{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.text}}
「気候変動がもたらすリスクとチャンス」について、京都大学大学院総合生存学館の関山 健教授をゲストに迎えたディスカッションの後編です。前編では、気候変動が社会に与える影響と日本が直面し得る気候安全保障リスクについて考えました。後編では、気候変動により開かれる北極海航路の活用やCOP30への期待、2050年を見据えた日本企業の取り組みとビジネスチャンスについて深掘りします。前編に引き続き、関山 健教授と、PwC Intelligence シニアマネージャーの相川 高信とマネージャーの富澤 寿則が議論を進めます。モデレーターはPwC Intelligence シニアアソシエイトの榎本 浩司が務めました。
(左から)富澤 寿則、相川 高信、関山 健氏、榎本 浩司
参加者
京都大学 大学院 総合生存学館 教授
関山 健氏
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
相川 高信
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー
富澤 寿則
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト
榎本 浩司
※法人名、役職などは対談当時のものです。
榎本:
前編では、気候変動がもたらすリスクについてお聞きしましたが、より踏み込んだ議論として、「社会経済の混乱や紛争が、気候変動そのものに与える影響」について考えたいと思います。2022年から続くロシアによるウクライナ侵攻や、2023年に始まったパレスチナ・イスラエル戦争では、空爆や兵器の使用、地上侵攻、インフラの破壊、軍事物資の輸送などを通じて大量のCO₂が排出されています。これらはすでに、いくつかの国の年間CO₂排出量を超える規模になっています。
また、民間航空機がロシア上空を飛行できず迂回を余儀なくされていることや、紅海を航行する船舶への攻撃が続いているために、喜望峰経由での通航が増えていることから輸送距離が伸び、燃料消費とCO₂排出量が増えています。さらには、ロシアからの天然ガス供給停止により欧州が石炭火力の使用を見直すなど、エネルギー安全保障の観点で脱炭素の動きに遅れが生じるような動きも見られます。
このように気候変動と紛争は双方向に影響を与え合う関係にあり、安全保障の取り組みが環境に与える影響についても注目すべきだと考えますが、先生のご意見をお聞かせください。
関山:
軍事が気候変動に与える影響についてはしっかりと見ていく必要があります。軍事部門は、主な二酸化炭素排出セクターの一つです。米国の国防総省は単体の組織としては世界最大の温室効果ガス排出機関であり、米国の鉄鋼業やスウェーデン、デンマーク、ポルトガルといった国々よりもCO₂排出量が多いのです。安全のための軍事活動が気候変動を招き、その気候変動が世界中で紛争や暴動を招くという本末転倒な状況を避けるため、世界の軍部は温室効果ガス削減の取り組みを始めています。兵員輸送用車両のEV(電気自動車)化や古いボイラーの廃止などがその一例です。
日本はまさにこれから官民挙げて防衛産業を育成しようとしています。後発ながら世界市場で存在感を出すにはどうすればいいかを考えると、世界の軍事部門で起きている脱炭素の流れをうまく取り入れた製品やサービスの展開が、日本の軍事関連産業が進むべき一つの方向性となり得るかもしれません。
榎本:
ロシアの安全保障が専門の富澤さんは、世界の現状をどう見ていますか。
富澤:
脱炭素をはじめとする気候変動対策は、新たな地政学的摩擦を生み出しています。石油やガスへの依存からの脱却が進む中で、リチウムやレアアースなど戦略的鉱物の重要性が急上昇し、資源ナショナリズムや輸出規制が強まっています。その結果、資源価格やエネルギー供給を巡る国家間の競争が激化し、国際秩序の不安定化を招いています。
一方、北極圏においては、米国のトランプ大統領がグリーンランド購入を公言したことに象徴されるように、資源権益を巡る米国、中国、欧州の関与が続き、グリーンランドのレアアース開発や北極圏の資源開発を巡る競争も顕在化しています。また、海氷面積の減少によって開けた北極海航路の活用については、脱炭素化に伴う輸送効率化の観点から注目される一方、ロシアによる事前許可制度の要求や国連海洋法条約の解釈を巡る対立など、法的・政治的リスクが高い現実もあります。中国は北極海航路を「氷上のシルクロード」と位置付け、経済利益と影響力の確保を狙って砕氷船の建造・運用を進め、ロシアとの協力を通じて港湾利用やインフラ整備にも関与しています。
北極圏は今、安全保障と経済の両面において緊張が高まっています。こうした中、日本企業にとっては資源調達先の多様化、北極海航路の利用是非を含む物流戦略の見直し、北極海航路に適した特殊仕様船舶への投資判断などについて再設計が迫られていると考えています。関山先生は、北極圏において日本がプレゼンスを確立するには、どのような外交的アプローチが必要だと思われますか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー 富澤 寿則
関山:
北極海航路がロシアに面しているという地理的事実は変えられませんが、航路を使うユーザーとしての視点を生かすことはできるでしょう。北極海航路は東アジアと欧州を結ぶ重要なルートであり、日本もそのユーザーです。欧州諸国や、アジアでは韓国、できれば中国も含めて航路ユーザー同士で協力し、北極海航路の安全な利用をロシアに強く働きかけていく必要があると考えます。
その一つの手法として、北極評議会があります。北極圏の国々が経済協力などについて話し合う北極評議会では現在、安全保障問題は扱わないことになっていますが、航路の安全は経済問題に直結します。日本もオブザーバーとして参加している立場を活用し、欧州諸国と一緒になって北極海航路の安全な利用をロシアに求めていくことが重要と言えるでしょう。
富澤:
日本からの積極的な働きかけはハードルが高いとも考えられますが、何か打開策はあるでしょうか。
関山:
北極圏の安全保障に関して日本にできることは限られているため、情報収集活動や安全確保に向けた抑止力の行使などは、やはり米国に頼らざるを得ないと考えています。米国が北極圏に関心を示していることを好機と捉え、日本も一緒になって北極圏への関心を表明し、日米で協力できることに積極的に取り組んでいくことが重要です。北極評議会には当然米国も参加しているため、米国と協力していくことが鍵となるのではないでしょうか。
榎本:
北極圏の活用というテーマに関連して、海底通信ケーブルの敷設についてもご意見を伺いたいと思います。現代社会の情報通信網を支える海底通信ケーブルですが、日本の場合、主要な海底ケーブルは太平洋を横断して北米と結ぶルートの他、中国を迂回して東南アジアから中東を経由して欧州へつながる南回りルートがあります。しかし、南回りルートでは紛争リスクが高まっていることや、日本が抱える自然災害リスクを踏まえ、海底ケーブルの複線化によって冗長性を確保することが重要だと考えます。
北極海を経由する新たな海底ケーブル計画への期待の高まりについて、関山先生はどうお考えですか。
関山:
海底ケーブルに関しても北極海の重要性が増しているのはご指摘のとおりです。米国がグリーンランドへの関心を高めている背景の一つも海底ケーブルです。グリーンランドにはヨーロッパ大陸と米国大陸を結ぶ大きな海底ケーブルの陸揚げポイントがあり、これをロシアや中国に握られることへの安全保障上の懸念が、米国のグリーンランドへの関心を高めているのでしょう。世界的なインターネットの普及やトラフィック増大によるデータセンターの重要性が増す中で、海底ケーブルの重要性も今後さらに高まっていくでしょう。
相川:
中国への言及がありましたが、世界全体で気候変動対策を進めていくにあたり、中国の存在は決して無視できません。どう巻き込むかが課題ですが、米国がパリ協定からの離脱を表明している中で、中国や欧州、もしくはCOP30の議長国であるブラジルのようなグローバルサウスの国々をリードする形で「脱炭素経済圏」のような枠組みをつくるなど、少々踏み込んだアイデアも今後必要になってくるのではないでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 相川 高信
関山:
はじめに、中国が温室効果ガスの排出削減に無関心ではないことを強調しておきます。気候変動に対する自国の脆弱性への危機感は、2000年代から長らく持ち続けているという認識です。
一方、中国は急速な経済発展により、温室効果ガスの排出削減を進めてもなお全体の排出量は増加していました。しかし昨今の経済成長の鈍化に伴い、排出量もそろそろピークアウトの時期を迎えると言われます。2025年11月に開催されるCOP30において、中国が今後世界の気候変動対策をリードすることを宣言する可能性は十分にあるでしょう。今のところ確定的な情報は得られていませんが、気候変動対策に関して、中国がリーダーシップを握ろうとすることは決して不思議なことではありません。
相川:
そうした可能性を踏まえ、日本にはどんな打ち手が考えられるでしょうか。
関山:
中国が気候変動対策を前面に押し出し、新興国を引っ張るポジションを狙う可能性があると考えると、日本にとっては特にアジアの国々との外交が重要になってきます。アジアの国々は、気候変動対策の必要性を認識しつつも技術や資金が不足しているため、そこを日本が支援するのか、あるいは中国が取り込んでいくのかが、今後の外交において焦点の一つになるでしょう。
日本はアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)などの取り組みを進めていますが、中国が周辺諸国の気候変動対策に積極的に動き出した場合、日本の独自性をどう出していくかが課題になるとみています。
相川:
COP30への注目が高まっていますが、関山先生が特に期待しているポイントはありますか。
関山:
ブラジルのアマゾン川河口付近に位置するベレンで開催されることもあり、COP30については当初、生物多様性と気候変動の関係が焦点になると言われていました。しかし、議長国ブラジルと各国とのコミュニケーションを見ていると、生物多様性に限らず、気候変動への「適応」の重要性に焦点が当たる会議になりそうだと考えています。
過去30年の歴史を振り返ると、主に温室効果ガスの削減、いわゆる「緩和」について議論がなされてきました。その結果、先進国も途上国も温室効果ガスの排出削減に取り組むパリ協定という枠組みができたわけですが、一方で、気候変動の影響を抑え、気候変動に適応する能力を強化する「適応」の重要性が高まっていると言えます。
パリ協定では「適応」に関する世界目標をつくることも規定されていますが、これまでの会議ではあまりその議論が進展していませんでした。その意味において、COP30では、「適応」の世界目標策定に向けてどれだけ具体的な議論が進むかに注目しています。COP30が「気候変動外交における『適応』の議論の元年になった」と、のちに評価されるような会議になることを期待しています。
京都大学 大学院 総合生存学館 教授 関山 健氏
榎本:
最後に、気候変動と経済についてお話を伺います。気候変動により地域情勢の不安定化や地政学リスクの高まりが進むと、サプライチェーンの寸断などのリスクが想定されます。日本企業にとって、どのような対策が必要だとお考えでしょうか。
関山:
気候変動が経済に与える影響として、サプライチェーンを展開している国々でのカントリーリスクの上昇があります。考え得る対策の一つは、リスク対応の基本である「分散」です。サプライチェーンを集約するのではなく、複数地域に分散する必要性があります。
もう一つはサプライチェーンを短くする、つまり消費地や消費国に供給拠点を置くことでリスクを軽減する方法です。例えば、米国が世界最大の市場であることを考えると、米国で生産し米国で売るという戦略は気候変動の文脈からも理にかなっています。ただし米国自身も気候変動の影響を受けるため、分散とのバランスを取ることが重要です。
また、気候変動による生産性の低下も経済的影響と言えるでしょう。熱中症リスクの増加や猛暑による作業制限など、すでに日本でも影響が出ていますが、従来は30日で完了していた工事が45日かかるようになれば生産性は大幅に下がります。気候変動の進展により、2050年までに生産性が20%程度下がるという予測※もあり、猛暑や酷暑の中でいかにパフォーマンスを維持して経済活動を継続するかは、技術的なブレイクスルーも含めて重要な課題と言えるでしょう。
榎本:
ありがとうございます。先ほど、気候変動対策に関して日本からアジア諸国への支援可能性について言及されましたが、日本企業はこれからどのような意識を持つべきでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト 榎本 浩司
関山:
気候変動を遠因とする紛争や暴動の増加が、世界経済に与える影響を心配する声が高まっています。特に2050年以降、気候変動によるサプライチェーンや生産性への影響とともに、アフリカ、中東、アジアの途上国などでの紛争多発が、世界経済に与えるマイナスの影響は無視できるものではないだろうと予測されています。気候変動は決して経済と無関係ではなく、さまざまなルートを通じて経済にマイナスの影響を及ぼすものだと認識しておく必要があると考えています。
相川:
気候変動によるマイナスの影響を毎年分析し、政策的な意思決定につなげるといったサイクルを今後回していくことができれば、より効果的かつ持続的な対策が実現できるかもしれません。2050年までの25年間でどんな取り組みが展開できるか、どれだけ踏み込んだチャレンジができるかが重要であると再認識しています。
関山:
仮に2050年にカーボンニュートラルを達成したとしても、それまでの間、私たちは温室効果ガスを排出し続け、気候変動も止まることなく進み続けます。2050年には産業革命以前と比べて世界の平均気温が2℃、あるいはそれ以上の温暖化が進んでいる可能性があります。
たかが2℃と思われるかもしれませんが、世界の平均気温が1.5~2℃上がることで気流や海流の流れが変わり、海面が上昇し、北極圏の氷が解けるなど大きな影響があります。北極海航路が使えるようになるメリットもありますが、それ以上のインパクトとして、日本を襲う異常気象や自然災害が、想像できないほどに激甚化する可能性が大いにあります。
気候変動対策としての再生可能エネルギーの普及は、欧州や米国で一時的な揺り戻しの動きがあっても、長期的なトレンドとしては今後も進展していくでしょう。化石燃料はいずれ尽きますし、気候変動の影響が激甚化すれば、世論が温室効果ガス排出の継続を許さなくなる局面がやってくると思います。再生可能エネルギーへのアクセスを高める取り組みは、今後の企業経営において極めて重要になってくるでしょう。
日本は、地熱エネルギーのポテンシャルが世界的に見ても高いのが強みです。ただし、このポテンシャルを使い切っても日本全体の電力需要を賄うことはできないため、やはり太陽光や風力が不可欠です。地理的に恵まれているのが東北地域の沿岸から少し離れた海上であり、強い風が安定的に吹く地域です。日本企業の総力を挙げ、ぜひ洋上風力発電の普及に努めていただきたいと思います。
榎本:
今回の対談では、気候変動がもたらすリスクとチャンス、それに伴う各国の動きと思惑、エネルギー転換における日本企業の貢献可能性など、多岐にわたるテーマについて議論を深めることができました。ありがとうございました。
※ 出典:Dunne, J. P., Stouffer, R. J., & John, J. G. (2013). Reductions in labour capacity from heat stress under climate warming. Nature Climate Change, 3(6), 563–566.
{{item.text}}
{{item.text}}