
日本が目指すべきテクノロジーの社会実装とその可能性(後編) 中長期を見据えたビジネスユースケースのつくり方
PwCコンサルティングの専門家が、「日本の課題とされるイノベーションをいかに起こし、未来を見通したビジネスユースケースをどうつくるか」について論考を深めました。後編は「R&D(研究開発)の成果は5年後。どう見据え、どう構想すればよい?」について議論します。
世界情勢の変化を踏まえたASEAN(東南アジア諸国連合)と日本との関係の在り方について考える対談の後編です。ASEANからの信頼という無形の資産を持つ日本は、中国の影響力の高まりを懸念する声があるASEANから、どのような役割を果たすことが期待されているのでしょうか。また、パートナーシップを新たな局面に発展させ、日本企業がASEANとのビジネスを拡大していくための糸口はどこにあるのでしょうか。前編に引き続き、ゲストにお迎えした南洋理工大学の古賀慶准教授とPwC コンサルティング合同会社シニアマネージャーの岡野陽二が議論を進めます。モデレーターはPwC コンサルティング合同会社のシニアエコノミスト薗田直孝が務めました。
(左から)岡野 陽二、古賀 慶氏、薗田 直孝
参加者
南洋理工大学 准教授
古賀 慶氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
岡野 陽二
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
薗田 直孝
薗田:
後編では主に、米中対立を踏まえた日本のASEAN外交と、経済協力について考えていきたいと思います。まず、議論の前提として、ASEANは日本に対して厚い信頼を寄せていると聞いています。この認識は正しいでしょうか。
岡野:
ASEANから見て、日本が信頼できる域内プレーヤーだという認識はかなり強くあります。シンガポールの政府系シンクタンクであるISEASユソフ・イシャク研究所が2024年1~2月に、ASEAN10カ国の識者などを対象に実施した「The State of Southeast Asia: 2024 Survey Report」という調査の結果が興味深いので共有します。
「東南アジアで最も経済的に影響力を持つ国・地域はどこか」という質問に対して、1位に挙げられたのは中国(59.5%)でした。ただ、その影響に対する見方については、「歓迎」が32.6%であるのに対し、「懸念」が67.4%に及んでいます。経済的にも政治的・戦略的にも中国が最も影響力を有しているとの認識ですが、それに対する懸念は大きいということです。以下、影響力の順位はASEAN(16.8%)、米国(14.3%)と続き、日本は3.7%で4位です。
もう1つ、「グローバルな平和、安全、繁栄、統治への貢献において正しい行いをするか」を国・地域別に尋ねたところ、「信頼する」との回答の比率が最も高かったのが日本(58.9%)でした。ASEAN全体のみならず、国レベルでみても、すべての国で日本は最も信頼が強いという結果になっています。対日認識そのものは国ごとにばらつきがある点に留意する必要がありますが、「正しいことをするだろう」という点で、日本への信頼度は高いと考えてよいでしょう。
古賀:
日本とASEANは高い親和性を持っています。経済協力でも、連結性(人や物の流れを活発にするために各国の生活基盤の拠点をつなぐこと)やインフラ開発、経済支援、さらにはデジタル協力など、多岐にわたる協力を行っています。もともとはODAなどを通じた社会経済的な考え方に基づく協力がベースでしたが、前編で触れた「共創」というキーワードが象徴するように、東南アジアの国々が発展していくにつれて、自分たちの強みを生かして、パートナーシップを組んで日本と協力していく方向性に移ってきています。
新たなパートナーシップの一例を挙げますと、私が研究の拠点を置いているシンガポールではスタートアップ関連のニーズが高まっており、日本から新たなスタートアップを誘致する動きがあります。逆にシンガポールのスタートアップが日本で事業展開できる環境があるかどうかを今、模索している段階です。こうした双方向で新しい可能性を築き上げていくような面白い動きが、今後は多方面で出てくると考えています。
薗田:
古賀先生には、前編で米国がASEANに対して2国間関係、中国が地域連携という外交アプローチをしているというお話をいただきました。この文脈で表現しますと、日本のアプローチはどのようなスタイルといえますか。
古賀:
ASEAN各国を日本側に呼び込むというよりは、それぞれの国に力を付けてもらう、つまり自分たちの考えや力で大国間関係を管理していくために必要な経済力などの向上を重視していくアプローチを取っているように見えます。安全保障面での協力も拡大傾向にあり、日本は2023年度から、防衛装備品を同志国の軍に供与するOSA(政府安全保障能力強化支援)というスキームを作っています。2023年度の供与国4カ国にはフィリピンとマレーシアが含まれています。
ASEANから見た場合、最近の日本は、独自の東南アジア外交を展開し、新たな選択肢を出してくれる国になるかもしれないといった認識が高まっています。東南アジアに対する米国の関与は薄まっており、具体的な政策が見えない状況にあります。外交の一貫性という観点でも、米国は政権交代によって外交政策が変わることがあり、米国と東南アジアとの信頼関係にギャップが出てきています。その一方で、日本は引き続き東南アジアに関与して協力関係を築き上げています。この一貫性はある程度、評価されているのではないでしょうか。
薗田:
そのような認識も、おそらく先ほどの「グローバルな平和、安全、繁栄、統治への貢献において正しい行いをするか」という問いに対して、日本に信頼を寄せる声が多かったことの根底にあるわけですね。
南洋理工大学 准教授 古賀 慶氏
古賀:
ただ最近、日米関係の強化が要因の1つとなって、日本とASEANの関係はトリレンマに陥っているのではないかという課題や認識もあります。
1つ目は中国の強硬姿勢が高まっている中で、外交、経済、安全保障における、米国との協力が欠かせなくなっていますが、米国との協力関係を強めれば強めるほど、自主的な安全保障政策のオプションは減っていくというものです。そして2つ目は、米国との関係を強くすればするほど、中国への態度は硬化してしまう可能性が高く、米中間の緊張関係が高まった場合、もしくは紛争が起こった場合に巻き込まれる可能性があるということです。
最後は、ASEANの懸念が高まっていくことです。ASEANは東南アジア地域を大国関係の緩衝地帯として成り立たせたい意向がありますが、日本、米国、そして中国が大国間の緊張や対立といった大国間政治を地域に持ち込んできてしまうと、緩衝地帯にもなり得なくなってしまう。ASEAN側が日本を含めそういった国々に懸念を表明する可能性が出てきます。米中競争が、さまざまな形で日本と東南アジアの関係にも深くかかわっているといえるでしょう。
薗田:
かなり悩ましいトリレンマですね。解消は可能でしょうか。
古賀:
米中関係を筆頭に多くの要件があり、今後の成り行きを個別にきちんと見ていく必要があります。2024年11月に行われる米国の大統領選によって、同盟関係や米国のアジア政策、インド太平洋政策が変わっていく可能性があると思いますが、その先行きはまだよく分かりません。習近平政権下の中国外交も、今後の展開を予想することは難しい。米中競争が激化すれば、日本のバランス外交、ASEANのバランス外交も維持が難しくなり、今後日本は米国か、中国か、ASEANかといった厳しい政治判断を迫られる可能性があることを意識しておいた方がよいと思います。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 岡野 陽二
薗田:
ここで日本とASEANにおけるビジネスの今後を見通してみたいと思います。岡野さん、日本企業にとってもASEANの重要性は高まっていますよね。
岡野:
ASEAN、もしくは東南アジア各国とはいろいろなビジネスができる可能性があると思います。市場として見た場合に魅力があるのはもちろんですが、生産拠点としてとらえると、グローバルサプライチェーンで確固たる地位を占めていますし、生産技術の蓄積もあります。
先ほど、古賀先生から日本とシンガポールでスタートアップの連携が始まっているとのご紹介をいただきました。連携によるビジネスチャンスという意味では、こうした全く新しい連携とは別に、日本がASEANで活動してきたことによる蓄積が生きてくる場面もあると見ています。例えば、ASEANでは現地の財閥も力をつけてきています。日本企業は、こうした財閥と伝統的にビジネスを展開してきた実績があり、信頼関係に基づいた太いパイプがあります。今までは、その財閥が本拠地とする国でビジネスを広げていくための協業でしたが、これらの財閥が海外に出ていこうとするときに、日本企業がそこに伴走していくという可能性があるのではないでしょうか。
薗田:
もう一歩突っ込んで伺います。共創の考え方に立って、現地のニーズを踏まえながら、具体的なビジネス機会を追求していく場合に、特に今後、日本がASEANとより深い紐帯(ちゅうたい)を築いていく上で有望な産業セクターはありますか。
岡野:
難しい質問ですね。あえて普遍的にご説明します。1つはやはり製造業全般です。日本は自動車産業を筆頭に、幅広い分野で現地に根を張って事業を行ってきた実績があります。もう1つ挙げるとすれば、ASEANは日本企業や日本ブランドへの親近感が強い地域ですので、アニメなどのコンテンツ関連も可能性があると見ています。これらに共通するのは、どちらも核となる製品やコンテンツにしっかりとした価値があるという点で、その核を生かしながら、周りにビジネスを広げていく発想が求められてくるのではないでしょうか。
製造業の場合は、産業の高度化が1つの切り口になると思います。生産現場で脱炭素の一環として工場を効率的に回していく仕組みが求められてくるようになると、その手法については日本に一日の長があります。さらに実際に物が動くときに、倉庫の運営管理をはじめとしたロジスティクスについても日本企業のノウハウが生きる部分は多いはずです。ものづくりの周辺に存在するグローバルでの社会課題や地域特有の課題に目を向けることで、日本企業は現地に貢献できるビジネスの機会を見いだせると考えています。
薗田:
製造業のように、資本集約度の高いバランスシートを持って、現地にしかるべき資本を投下して、雇用も創出して、地域にも溶け込んで産業として醸成されていく仕組みを考えた場合に、日本の持っている強さがしっかりと反映されて、いい産業チェーンが構築できればいいですよね。個別の国々、あるいは個別の産業によって現地のニーズも事業機会のありようも異なるはずです。各国の状況の解像度を高く見ながら、いいビジネス、いい国際関係を築いていくことが大事になってきます。
古賀:
その姿勢は非常に大切です。ASEAN加盟国の対日認識は一定ではなく、国によってばらつきが存在していることはきちんと認識しておく必要があります。ここでは個別には触れませんが、信頼性があっても実利的に協力関係が結べていなかったり、中国や米国の方を向いていたりすることもあるわけです。
また、東南アジアの国々は、日本に関してポジティブなイメージを持っていますが、第二次世界大戦などの経験、歴史を忘れたことがありません。この点を日本人も認識しながら付き合うと、東南アジアの国々とよりよい関係を築いていけるはずです。日本人はASEANを「まだまだ発展が足りない」といった過去のレンズで見てしまう傾向にありますので、各国の現状を予断なく見て、実態を正確に認識する努力を怠ってはいけないと思います。
岡野:
本当におっしゃるとおりですね。ASEANを古いレンズ、つまり上から目線で見てしまうと、見えるものも見えなくなってきます。
前編でASEAN10カ国のGDPが2025年に日本を超えるというIMFの予測を紹介しましたが、都市レベルで比較すると日本の地方都市を凌駕しつつあります。例えばジャカルタやバンコクでは、1人当たりGDPが2万米ドル前後の水準まで来ていて、日本の都道府県別1人当たりGDPと比較すると、下位の自治体と遜色なくなってきています。しかも、それぞれの都市の人口は1,000万人や900万人という規模です。その潜在力の大きさは、実際に現地に足を運び、現地の人と交流しながら実情を見聞きすると、より正確にとらえることができますし、ビジネスのヒントも見えてくるのではないでしょうか。
薗田:
ASEANの現状と今後の展望を踏まえながら、ASEANの重要性をより正しく、現実を見据えて理解するとともに、安定的かつ将来性のある事業のありようを模索していくことが、非常に重要であると実感しました。ASEANを見て、ビジネスを考える際の視座を広範にお示しいただき、ありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト 薗田 直孝
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東京大学教授の佐橋亮氏とPwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceの専門家が、「分断」しつつある世界における日本とアジアの展望をテーマに議論しました。後編では、“楕円化”する世界にあって、新たな国際秩序で日本が担うべき役割と挑戦を探求していきます。
東京大学教授の佐橋亮氏とPwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceの専門家が、「分断」しつつある世界における日本とアジアの展望をテーマに議論しました。前編では米中関係がどのような帰結をもたらすのかについて考察します。