医彩―Leader's insight

第13回 昭和医科大学病院×小田原市立病院と語る「遠隔ICUが拓くこれからの医療」

  • 2025-11-11

遠隔医療の一つである遠隔ICUは、集中治療に成熟した医療従事者が協力して重症患者における医療体制を提供する、ビデオ音声通話やコンピューターシステムなどを用いた集中治療における診療支援システム*1であり、集中治療の標準的な医療展開や医師の働き方改革の推進に資するものとして昨今注目されています。

本稿では、遠隔ICUによる診療支援を行う支援施設である昭和医科大学病院の小谷特任教授と看護部の小松﨑氏、支援を受ける被支援施設である小田原市立病院の川口病院長と看護部の多田氏をお招きし、導入の背景や導入後の運用状況、今後の課題や遠隔ICUの可能性について伺いました。

(左から)PwC小田原、小松﨑氏、川口氏、小谷氏、多田氏

登壇者

昭和医科大学病院
集中治療科 特任教授(医師)
小谷 透氏

昭和医科大学病院
看護部 集中ケア認定看護師
小松﨑 渚氏

小田原市立病院
病院事業管理者・病院長(医師)
川口 竹男氏

小田原市立病院
看護部 急性・重症患者専門看護師
多田 昌代氏

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和

※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。

遠隔ICUは標準的な医療展開を可能にする鍵
―医療の担い手が不足する中、進化する技術を活用―

小田原:
昭和医科大学病院における遠隔ICU導入の背景について教えてください。

小谷氏:
新型コロナウイルス感染症が拡大する以前から、日本集中治療医学会において議論していた「全国で集中治療の標準的医療を展開する上で何が必要か」という点が始まりです。同じ病気でも高齢者の方が体力や免疫力の面で、どうしても治療が難しくなります。高齢者の増加に伴い、これまで以上に専門領域の知識を持った人が必要になるわけですが、働き手自体が減少しており、簡単に専門医を増やすことは難しい。また、医療の担い手が減少することで病床が減ると、どのような患者をICUに入室させ、どのような治療を行い、どれくらいの期間で社会に戻すのかという「質」の部分が問われてきます。
日本の医療制度は国民皆保険です。どの地域でも同じような医療を受けて頂くことが前提にありますが、こういった状況を踏まえると、遠隔システムを導入しなければ、標準的な医療を全国展開することは極めて難しいだろうと考えられます。ここに一番の「鍵」があると思いますね。

昭和医科大学病院 集中治療科 特任教授(医師) 小谷 透氏

小田原:
国民皆保険制度の中、限られた人材を活用して標準的な治療を全国で可能とする上では、遠隔システムの活用が大きな助けになるということですね。

小谷氏:
一方で、それと課題感の非常に近いニーズが自分たち自身にありました。昭和医科大学グループは4つの病院を有しており、それぞれにICUがあります。そこに集中治療医を充足させようとすると50人程度が必要となりますが、これだけの人数を確保することは非現実的です。そこで、まずはグループの中で、社会実験的に遠隔ICUを導入し、効果を検証しながら広めていこうと考え、運用を開始したのが2018年4月です。

小田原:
全国でも非常にニーズが高いように感じますが、特にどのような地域、病院にニーズがあると言えるのでしょうか。

小谷氏:
地域で患者搬送のシステムが確立しており、患者さんを集中治療の体制が整備されている医療機関に搬送可能な病院はそこまで困っていないかもしれませんが、例えば、病院間搬送が困難な地域、コンサルテーションする相手がいない病院、そもそも医療スタッフが少ない病院などは、遠隔ICUのニーズは非常に高いと感じます。

遠隔ICUの可能性の広がりに衝撃を受けて
―働き方改革や新型感染症への対応から、被支援施設としての導入を決意―

小田原:
川口先生にお伺いします。被支援施設として小田原市立病院で遠隔ICUを導入されたきっかけについてお聞かせください。

川口氏:
今から7年程前になりますが、昭和医科大学病院を訪問した際に、遠隔集中支援というアジアで初めて導入した新しいシステムがあるという話を伺い、実際に見学させて頂きました。小谷先生からも説明を受け、非常に驚いたことを今でも覚えています。まさに「未来の医療」をのぞいたように感じましたね。

小田原市立病院 病院事業管理者・病院長(医師) 川口 竹男氏

小田原:
先日、私も見学させて頂きましたが、モニター室のカメラから病室内の点滴袋の文字や輸血ポンプの数値まで鮮明に読み取りが可能であることや、モニター室のオペレーターとの通話品質が極めてクリアで、ここまで技術が進歩しているのかと驚きました。

川口氏:
当院が位置する神奈川県の県西2次保健医療圏において、ICUを有している病院は当院のみであり、地域完結型の医療を期待されています。一方で、県西2次保健医療圏は医師少数区域と指定されているように、医師が豊富にいる地域ではありません。
ICUでは患者さんの24時間体制での治療と管理が必要であり、施設基準上も専任の医師を24時間配置する必要があります。特に夜間においては、他にも一般当直を行う医師が必要となる中で、ICUにも経験と専門性を有する人材を配置しなければならないことは、人材確保の観点から非常に苦慮していました。それを遠隔技術で担保できるのであれば、こんなに嬉しいことはないと。当時は漠然とそのように考えていましたね。

小田原:
そこから外部環境の変化もあり、2025年3月に遠隔ICUを導入されたと伺いました。

川口氏:
医療業界における働き方改革の波に続いて、新型コロナウイルスの感染拡大がありました。そういった環境変化に対応するためにも導入を決めました。

小田原:
導入にあたってハードルはあったでしょうか。

川口氏:
一番は導入コストですね。医師の偏在問題や働き方改革の影響もあり、地域に専門医が足りない状況の中、そういった課題を解決するような技術は日々進歩してきています。全国に拡大させていくべきだと思いますが、投資余力がある病院はほとんどありません。これからの医療を見据えると、ここに何らかの政策的支援が必要ではないかと感じます。

チームの治療方針を尊重し、それを最大限高める支援を行う
―遠隔ICUシステムの構築は教育システムの構築と不可分―

小田原:
導入時および導入後の院内の医師や看護師の反応についてはいかがでしたか。

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和

川口氏:
導入時にはおおむね皆さん賛成してくれましたね。従前のやり方と変わりますので当然反対する方もいないことはなかった。しかし、実際に稼働し始めてみるとスタッフからは「ありがたい」という実感があり、円滑に運用できていると感じます。この点は、小谷先生を始めとした昭和医科大学病院の遠隔ICUチームの皆さんにとても丁寧に対応頂いたから叶ったのだと思います。

小田原:
小谷先生にお伺いします。特に導入当初においては、さまざまな点に配慮されたのではと推察しますが、遠隔ICUの支援施設である昭和医科大学病院において、被支援施設とのコミュニケーションの観点で留意されていることがあれば教えてください。

小谷氏:
私たちが一番に考えるのは、患者さんに満足してもらうことです。そのためには、患者さんと主治医を始めとした治療チーム全体に対して貢献できるシステムでなければなりません。私たちとしては、教科書的な正解と実際の現場と付け合せて添削するようなことは絶対に実施してはいけませんし、そもそもそういうものではありません。要するに「治療チームの方針に則って、それをさらに高めていくために何をすべきか」を重視しているのです。一般的にICUの患者さんの病態は複雑です。一つの病名が存在し、その病気によって生じる症状のみならず、複雑な臓器障害が絡み合ったような病態に向き合います。そのため、治療のアプローチもどの臓器に焦点を当てるのかで変わってきたりします。だからこそ「治療チームが何を重視し、どういった治療の方向性で考えているか」を正確にとらえることが私たちの一番の狙いであり、ここを、私たち支援施設側のチーム全員にも十分に理解してもらうようにしています。

小田原:
「治療チームが実施したいことをさらにスムーズに負担なく実施できるようにするためにはどうしたら良いかを考えている」ということですね。被支援施設側からは治療の質の向上や職員の負担軽減にもつながったという声も耳にします。

小谷氏:
プロトコール(標準的な医療手順)をICUの中で共有していくことも心がけています。プロトコールがあれば、一部の治療に関しては、あらかじめ医師のオーダーが決められているので、主治医がICUに来なくとも、それに則って看護師が判断して実施できます。困ったら遠隔で支援施設の看護師に相談し、納得して対応できる。精神的な負担も含めて看護師の業務負担は相当に軽減されると思います。

川口氏:
当院の医師も共有されたプロトコールに則って対応することで、同じような効果を感じてくれています。

小谷氏:
ICU内に集中治療の専門医や専従医がいれば良いのですが、そもそも集中治療の専門医自体が少ない。多くの地域では、ICU内にさまざまな診療科の医師がいるため、かえって合意形成が難しくなり、統一したプロトコールを作ることが困難であったりします。それぞれの診療科がそれぞれの患者さんをICUという場所で別々に治療せざるを得ない、という状況がまだまだ日本にはたくさんあります。そうすると、ある病気に対して治療薬が7~8種類も存在したり、アプローチが異なったりするなどして、医療の質のバラツキが生じたり、スタッフも異なる対応を求められ、疲弊しやすくなります。これは患者さんにとっても喜ばしいことではない。そこを整理するのが集中治療医の重要な役割であり、それを遠隔でサポートすることが私たちの重要なミッションなのです。こういったプロトコールを被支援施設と共に構築していくプロセスを非常に重視しています。

小田原:
お話を伺っていると遠隔ICUの導入は「教育」という観点でも非常に重要であり、そういった教育プロセスと共に構築していくことが肝要と感じます。

小谷氏:
前述のように、私たちは治療チームの方針を最大限に尊重します。プロトコールの構築プロセス自体もそうですが、私たちのアドバイスはあくまで主治医が考えるための材料として使ってもらい、現場の医師が自ら考えて自らオーダーを出す、それは若い医師にとっても経験となり、必ず次に生きてくると信じています。遠隔ICUのシステムは、そういった教育システムを作り上げていく過程と切っても切れないものだと言えるでしょう。

お互いの価値観や文化が異なることはマイナスではない
-事前のコミュニケーションで不安なくスタートできた-

小田原:
看護現場からすると、コミュニケーションの点などで不安な点はありましたでしょうか。

多田氏:
導入が決まった当初は、顔の見えない相手からどのような支援を受けられるのだろうという不安はありましたね。また、大学病院と異なり、新卒からICUで育ってきた経験豊富な看護師ばかりではない。スタッフたちは自分たちの知識の無さを露呈するのではないかという不安もありましたが、杞憂でした。運用が始まる1年前に直接お会いして、まずは中心となる医師や看護師の間でしっかりとコミュニケーションを取りました。お互いに「いかに一つのチームとして医療に当たれるか」を意識しながら準備をしてきましたね。価値観や考え方の他、細かいルールも異なりましたが、当院のICUに勤務しているスタッフを尊重してくれていることは当初から感じました。そのため、ほとんど不安がない状況で運用のスタートを切れました。

小田原市立病院 看護部 急性・重症患者専門看護師 多田 昌代氏

小田原:
コミュニケーションを十分に取ることで当初の不安にも対処できたということですね。大学病院側からすると関連医療機関以外との初めての遠隔ICUということで、難しさはありましたでしょうか。

小松﨑氏:
昭和医科大学病院と小田原市立病院とでは文化や背景も異なるため、当初はコミュニケーション面で不安が大きかったのは事実です。ただ、導入開始前から関係性を構築していく中で、お互いの理解が進み、多田さんがお話してくれたように、運用開始時には不安なく始められましたね。

昭和医科大学病院 看護部 集中ケア認定看護師 小松﨑 渚氏

多田氏:
小谷先生や小松﨑さんからも「困ったらすぐに連絡をください」と声をかけて頂いており、躊躇なく連絡できます。当院のICUは現在4床であり看護師が2人配置されていますが、互いに常に相談できるわけではない。遠隔でも相談しやすい相手がいるという安心感は精神的な負担の軽減に大きく寄与しています。ちょっとした疑問に対しても専門家からのアドバイスを頂けるので、それを踏まえて当院の主治医に相談したり、新たな気付きを得たりと、私たち自身の勉強にもなるため、医療の質の面においても以前より向上していると感じます。

小松﨑氏:
お互いの価値観や文化が異なることは決してマイナスではない。意見をぶつけ合うことで私たち自身も新たな気づきを得ることが多いのです。共に成長していると思います。

多田氏:
そう言って頂けると嬉しいですね。普段の遠隔でのコミュニケーション以外にも勉強会を開催するなど意見交換をしており、本当に多くの刺激を受けています。

小田原:
現場においても気兼ねなく相談できる関係性を構築し、意見を出し合い、チームとして治療の質を高めていく。同じ方向性を向いた強いチームができていると感じます。

これからは互いが寄り添って連携していく時代
―実態に合わせた制度面での支援も必要―

小田原:
これからの遠隔ICUの拡大を考えた際に、何を解決していかなければならないのでしょうか。

小谷氏:
どのような遠隔ICUシステムを導入するにせよ投資コストが生じます。診療報酬において、導入コストはカバーされないため、利益率が低い病院経営の特性を踏まえると、まずは、何らかの補助制度が期待されます。
また、集中治療の専門医数は限られています。そのような中で、支援施設側の施設要件を満たすための人員配置や、被支援施設側に要求される施設要件も今の日本の実態に合っていない側面があると言えます。本当に遠隔ICUを必要としている病院が、遠隔支援を受けたいと思える形に保険診療の枠組みの中で検討することが必要だと思います。
そして、導入を決断し推進していくためには強力なリーダーシップが必要です。「他病院が実施しているから導入しよう」ではなく「うちの地域や病院にはこういう課題があるから、こういうシステムがあると解決につながる」、そこまで考えたうえでの強いリーダーシップが不可欠でしょう。

川口氏:
私たちからすると、重症の患者さんを診る必要があるICUで、ボタン一つ押すだけで専門特化した方からアドバイスをもらえるというのは夢のようなシステムです。日本全国に普及すると本当に良いなと感じます。一方で、24時間体制でアドバイスをする支援施設側には保険診療による手当は何ら設定されていません。現在は過渡期だとは思いますが、制度自体も環境変化に対応して変わっていかなければならないと思います。
2026年5月に小田原市立病院は新病院となります。ICUはこれまでの4床から16床に拡大しますので、昭和医科大学病院のICUチームには負担となるかもしれませんが、小谷先生からの「大丈夫です」との言葉がとても心強いです。そのような思いに報いるためにも、定量的な成果をどんどん示していくなど、私たちがモデルケースとなって広く訴えていかなければと考えています。

小田原:
最後に小谷先生に伺います。遠隔ICUの拡大には支援施設側の忍耐や負担も生じることになりますが、これを推進していくモチベーションについてお聞かせください。

小谷氏:
集中治療はとにかくチーム医療が重要です。外来診療とは異なり、患者さんが自身のことを言葉で伝えらない可能性もあるなど、非常に厳しい状態を過ごしています。背景疾患の影響を受けますし、治療の経過も刻一刻と変化します。日々、昨日までの治療を振り返りながら、先の予想をしながら、その瞬間に一番良いものを提供していかないといけない。しかし、限られた病院のリソースで、全国をまんべんなく同じやり方で実施するのは無理があります。当院も得意な分野もあればそうでない分野もありますし、相互に助け合っていかなければなりません。そういった部分をよく自覚して、互いが寄り添ってカバーし合うことがこれからの保険診療にとっては欠かせない考え方の一つになるのではないでしょうか。
そして、他所の病院や医師に相談することが恥ずかしい、気が引けるという感覚は持ってはいけない。難しい話をしているのではなく、標準的な医療を展開していく中で、できない部分をどう解決していくのか、共に悩む相手や解決する相手がいることが大事だと感じます。とにかく「そのスタートラインに立ちたい」というのが一番強い気持ちです。遠隔のネットワークが広がっていくことでそれが可能になるのではないか、これが私のモチベーションになっていると言えますね。

小田原:
昨今の環境変化を踏まえると、何ごとも病院単独ではなく連携を前提として動かなければならない時代となっています。リソースが限られている中、遠隔ICUが拓く標準的な医療の展開には大きな可能性を強く感じます。本日は貴重なお話をありがとうございました。

参考資料:
*1 ⽇本集中治療医学会 ad hoc 遠隔ICU委員会「遠隔ICU設置と運⽤に関するガイドライン改訂版―2023年5月―」
https://www.jsicm.org/pdf/Guidelines_of_Tele-ICU_JSICM2023.pdf

執筆者

小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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