医彩―Leader's insight

第14回 病院事務長と語る病院経営の哲学―東京医科大学病院 醍醐象器事務部長―

  • 2026-03-18

組織の変革を推進するリーダーの思考に迫り、ヘルスケアの未来をともに創り上げるためのnext agendaを深耕するLeader's insight。第14回は、教職からキャリアをスタートし、民間病院グループや大学病院で経営改善や人材育成の豊富な実績を有する東京医科大学病院事務部長の醍醐象器氏を迎え、病院経営の考え方や進め方、人材育成といった事務職に求められる役割を掘り下げます。病院経営が厳しいこの時代、そのかじ取りを担い、支える上で病院事務職に求められることを探ります。

(左から)増井 郷介、醍醐 象器氏、小田原 正和

(左から)増井 郷介、醍醐 象器氏、小田原 正和

登壇者

東京医科大学病院
事務部長
醍醐 象器氏

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
増井 郷介

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和

※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。

当たり前のことをばかにせずちゃんとやる
―その第一歩は医療者とのコミュニケーション―

東京医科大学病院 事務部長 醍醐 象器氏

東京医科大学病院 事務部長 醍醐 象器氏

小田原:
醍醐さんとの出会いは私がコンサルタントとしてのキャリアをスタートさせた10年ほど前にさかのぼります。その当時から、醍醐さんには病院経営のいろはについての薫陶を受け、今でも折に触れて、さまざまなテーマでの壁打ちにお付き合いいただいています。醍醐さんはよく、「当たり前のことをばかにせずちゃんとやる」ことの大切さを説かれています。本日は、この「当たり前のこと」を紐解きながら、病院事務職としての姿勢や動き方の他、事務長として意識されていることについてもお話を伺えたらと思います。

醍醐氏:
「当たり前のこと」の一つは、何より医療者とのコミュニケーションでしょうね。私が右も左も分からない状態で、初めて事務長を務めた病院の当時の院長先生から「朝早く来たら病棟をまわって、何でもいいから声をかけなさい」と言われました。そこで、素直に病棟をまわり、当直の人たちに「ご苦労様」「いつもありがとう」と声をかけることから始めましたね。それを続けていくと、夜中に起きたことなどをいち早く事務長が知ることができ、ファーストタッチが早くなるわけです。早めに看護部長とのすり合わせができるようになり、問題が大きくなる前に対処することができる。コミュニケーションをとることは「リスク管理」にもつながっていると感じるようになりました。

また、普段から医療職とコミュニケーションをとっていると、医療職の頑張りを実際に目にすることができ、それを事務職が代弁できるようになる。医療職の「私たちは頑張っている」という想いを分かってくれる事務職がいるということは、事務職と医療職との信頼関係を生む基礎になります。最初は局所的かもしれませんが、この信頼関係が強くなるとさまざまな成果につながりやすくなるのです。

小田原:
医療職からすると「自分たちの頑張りが理解されていない」「話が通じない、伝わらない」と感じると、「事務職に話してもどうせ無駄ではないか」という意識が生まれやすくなります。これは結果的にコミュニケーション頻度そのものの減少という負のスパイラルを生みかねません。そういった観点でも事務職が積極的に医療職にコミュニケーションを仕掛けることが本当に重要だと感じます。

新人も含めて事務職は病院収支のことを考えているか
―空気感を醸成し、院内のベクトルを合わせる―

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 増井 郷介

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 増井 郷介

醍醐氏:
次のステップとして、これは新人だろうが、10年選手だろうが、事務長だろうが関係なく、事務職においては、自分の立場の中でいいので「経営のことを考える」ことが当たり前のことと言えるでしょう。私たちの社会的使命は、患者さんのために持続的な医療提供体制を構築していくこと。そうすると、病院経営を考えることがスタートになるのです。

これをばかにしないでやるために、しばしば「素数になるまで割り込め」という言葉をスタッフに投げかけています。この作業を行うと行きつくところは必ず患者さんです。患者さんに対して、自分たちがどのようにアプローチするのかということに真剣に向き合えば、おのずと経営にも結び付くはずです。新人の頃は、すれ違う患者さんに「ありがとうございます。お大事になさってください」という声かけをする、患者さんに気持ち良く利用してもらうために「洗面台でペーパータオルを使用した後に、水滴をぬぐう」といったアクションでもいいのです。

自分に求められている役割は何なのか、この役割意識を持ち、自分ができることは何かを考えて動いていくこと。上司はそれを否定せず、サポートしていくことが「当たり前のことをばかにせずちゃんとやる」につながるのだと思います。

増井:
病院の経営改善となると、最近は特に経営が逼迫している病院が多い中、「何か大きなことをやらなければならないのではないか」「必死になって周りを巻き込まなければならないのではないか」など、大きなアクションをイメージしている部分があると思います。ただ、結局は「できることの積み重ね」が改善につながるのですよね。

醍醐氏:
そのとおりで、大切なのは「空気感」です。皆が同じ空気感の中にいれば、おのずと目線も合ってきます。さまざまな職種、レベルの人がいる中では、まずは同じ象限内の同じベクトルを向いているだけでも御の字です。「北極星を見よ」ではなく「なんとなく北の方角を見てね」から始めればいいのです。

増井:
一般的にリーダーの役割というと、しっかりと目標設定を行い、それを具体化して行動を指示していくということも多いかと思いますが、必ずしもそれだけではないということですね。

醍醐氏:
いいかげんに聞こえるかもしれませんが、特に改善活動に慣れていない組織の場合は、向かうべきベクトルを合わせることに注力し、そこから少しずつ軌道修正をかけていくような動きがいいと実感しています。だからこそ、最初は目標値も細かいものを周知する必要はない。例えば、病棟稼働率88.8%、限界利益55億円というように、語呂が良かったり、キリが良かったり、とにかく記憶に残るような数値を意識することが肝要です。また、数多くのKPIを伝えたとしても、多すぎると逆に記憶に残りにくい。全体に伝える際には、せいぜい稼働率や入院患者数といったその病院の中での重要指標3つ程度で十分だと感じます。

小田原:
病院では目線合わせも相当に難しいと感じます。医師だけでも診療科ごとに考え方が異なったり、診療科内においても年代によってスタンスが異なってきたりします。一般企業と異なり、そもそも独立色が強い医師をまとめることは病院長でも苦労しています。さらに医療職はバックグラウンドを異にする多職種で構成されています。このような環境下にある病院において「強い病院は事務が強い」と言われますが、この事務の強さとは何かについてもお伺いできますでしょうか。

病院事務職は良い演出家たれ
―医療職が本来の役割に集中できる環境を整える―

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和

醍醐氏:
ロングランとなる舞台を例に出すことが多いのですが、常々「良い事務とは良い演出家になること」と伝えています。医師は医師の仕事をする、看護師は看護師の仕事をする、そういった自分たちの舞台を用意することができる事務が強いと言えるのではないでしょうか。働きやすい環境を整備することで、今まで以上に人が集まりやすくなり、収支が改善し、新たな投資余地が生まれ、好循環を生み出すことができるようになります。

小田原:
演出家というのは非常に分かりやすい例えですね。一方で「馬を水辺に導くことはできるが、馬に水を飲ませることはできない」という格言があります。要するに、機会や環境は提供できたとしても、行動するかは本人次第であり、当事者の内発的動機付けが大事です。そこのスイッチをどう押すのでしょうか。

醍醐氏:
かしこまりすぎる必要は全くありませんが「配慮」は大事です。例えば医師のスイッチを押すためには「いつもありがとうございます」という声かけから入るのもそうですし、「先生が普段やっていることを文面に落としました」というような伝え方もそうです。相談事をする際には、感謝から入った上で、こちら側の相談事項を提案し、ともに同じベクトルに向かって進んでいこうという空気感を作ること。当たり前ですが大切なことだと思います。

増井:
事務職の立場からすると、頑張っている医師や気難しい医師に対して、伝えなければならないけれども、なかなか伝えられずに悩むケースも多いのではないかと思いますが、そのような時にも参考になりますね。また、過去に有用だった例として、医療職の改善マインドに火をつけるために、まずは事務職が成果を出し、それを示すことで次は医療職の番だぞという空気感を作って改善を進めたこともありました。

小田原:
以前、民間病院で集患を目的とした診療科別ディスカッションを行う際に、ある医師から「この疾患を集めるためにどうすべきか、という問いからではなく、先生が得意な疾患や集めたい疾患は何ですか、という問いから入って議論しよう」というアドバイスをいただいたことがありました。言葉のチョイス、議論の展開方法など通じるものがあると感じます。改善活動を進めるためには、変に敵をつくらず、一体感を作り、協力関係を構築していく仕掛けが重要です。

意識的に「褒める」ことをしているか
―褒める時は「みんなの前で」または「間接的に」―

東京医科大学病院 事務部長 醍醐 象器氏

東京医科大学病院 事務部長 醍醐 象器氏

小田原:
経営改善活動を持続させるためには、組織のモチベーションを高め、維持することも重要です。例えば、院内に表彰制度を設けるなど。中堅~幹部クラスの医師と会話していても「この年齢になると、頑張っているのに褒められることがない」という声をよく耳にします。先ほどからしばしば話題になっていますが、そういった頑張りに対して感謝の声をかける、というのも「当たり前」のことなのかもしれません。

醍醐氏:
「褒める」というのは大切です。病院ごとにやり方は異なると思いますが、表彰制度は設けていましたね。売上や稼働状況などの指標を基に病院長賞を作っていました。ただし、その範囲は職員だけでなく、委託会社も含めてです。委託会社さんの日常の協力があって病院は運営されています。病院全体で気持ちよく働ける空気感を作りたかった。

小田原:
委託会社も含めてというのは私も初めて耳にしました。とても良い取り組みですね。

醍醐氏:
「褒める」という点で、私自身が教員時代に教わって、今でも大切にしていることがあります。褒める時は「みんなの前で」または「間接的に」ということ。叱る時は「個別に、直接」ということです。時と場合にもよりますが、これらを組み合わせることで、組織のパフォーマンスを最大化することを狙うのです。

小田原:
確かにAさんが自分のことを褒めていたよと伝え聞くと、直接褒められる以上に嬉しいものです。

人材育成に関して、自分たちの役割を問いかけることで、自らに考えさせることの重要性について伺いましたが、他に留意されていることがあれば教えてください。

醍醐氏:
特に中堅の役職者に対して「君たちには人材育成が求められている」ということを問いかけています。ただただ自分の仕事をしていればいいというのが役職者ではない。役職者というのは人を育てることだと伝えています。そして、人材育成というテーマには中堅もそうですが、主任だろうが係長だろうが関わらせて、意識させることはしていました。

とにかく問いを投げて考えさせる、そして自分たちで行動するよう促すこと、この繰り返しかもしれませんね。

増井:
最後にお伺いします。事務職の強さというのは、経営をちゃんと考えていたり、演出家としての自分の役割を理解して実行したり、といったことにあるのかと思いますが、そこまで到達している病院は必ずしも多いわけではありません。医師との間に勝手に見えないヒエラルキーを意識してしまっているのでしょうか。うまくいかない理由はどこにあるとお考えでしょうか。

醍醐氏:
見えないヒエラルキーを勝手に意識している、すなわち、自分の中で勝手に「事務職はこういうものだ」と決めつけている人が多いように感じます。もっとできるはずなのに、事なかれ主義で無理に動かない。こういったことは事務職のフロアの雰囲気にも表れてきますよね。自分たちの役割は何なのかを考えて「行動」まで移せるといいですね。事務職の皆さんにも楽しんでほしい。病院事務職はまだまだ可能性に満ちています。

小田原:
事務職としてのマインドや動き方、強い事務の作り方など、本日はとても勉強になりました。また、心に残る良いワードを何個もいただいたように思います。貴重なお話をありがとうございました。

執筆者

増井 郷介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

小田原 正和

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ