医彩―Leader's insight

第19回 在宅医療を「面」で支える―臨床医がICTプロダクトを開発した理由―

  • 2026-06-16

組織変革を牽引するリーダーの思考に迫り、ヘルスケアの未来をともに創り上げるためのnext agendaを深耕する「Leader's insight」。今回は、臨床医として在宅医療の現場に立ちながら、ICTプラットフォーム「Pubcare」を開発・提供するUnited Vision & CompanyのCEOで、福岡市の医師会や在宅医療医会の役員として地域医療基盤づくりにも携わる村岡聡一氏とUnited Vision & CompanyのCOO、楳木陽子氏にお話を伺いました。

(左から)植田 賢吾、楳木 陽子氏、村岡 聡一氏、金野 楽

人口減少と高齢化が同時進行する日本において、在宅医療の重要性はますます高まっています。一方で現場では、多職種連携や膨大な書類業務への対応に追われ、属人的な運用に依存せざるを得ない状況も少なくありません。在宅医療を持続可能な形で地域へ根付かせるにはどうすればよいのか――。臨床医・起業家・医師会という三つの視点から、在宅医療の現在地と、これから求められる連携のあり方を伺います。(本文敬称略)

登壇者

村岡 聡一氏
株式会社United Vision & Company CEO(最高経営責任者)
医療法人あさかぜ 理事長
福岡市中央区医師会 専務理事
福岡市在宅医療医会 副会長

楳木 陽子氏
株式会社United Vision & Company COO(最高執行責任者)

植田 賢吾
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー

金野 楽
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー

※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。

医師の視点――現場から見える在宅医療のリアルな課題

植田:
最初に先生が在宅医療に取り組み始めたきっかけを教えてください。

村岡:
私が医師を志したのは、外科医だった叔父の存在があったからです。叔父は19床の有床診療所を営み、外来、手術、入院、往診での看取りまで一人で担っていました。在宅医療という言葉が制度として明文化される前から、地域完結型の医療を実践していたのです。

患者さんとの距離が近く、地域からとても慕われている姿を見て、子ども心に羨ましく感じていました。私は医学部卒業後、大学病院で循環器内科医として勤務しましたが、子どもの頃から思い描いていた叔父の姿を目指して、自分の育った地域で開業し、外来と訪問診療を通じて地域完結型医療に取り組むことにしました。

植田:
在宅医療に取り組む中で、直面した課題はありましたか。

村岡:
臨床以外の業務が多岐にわたり、負担が大きいことです。

叔父の頃は在宅医療が制度化されておらず、多職種連携という概念もありませんでした。しかし制度として整備され、多職種で支える構造になったことで書類や調整業務が増えていったのです。

在宅医療の業務は、大きく「移動」「診療」「事務作業」に分かれます。診療の前後には膨大な書類仕事があります。訪問看護師やケアマネジャーさん宛の指示書や報告書を作成、FAXで送信、確認の電話をし……といった具合です。患者さんをケアするために、多岐にわたる職種の方の相互連携が不可欠で、情報共有のための事務作業が発生します。

ただ、これは医師だけが直面している問題ではありません。在宅医療に関わるすべての職種、事業所、スタッフが非効率な構造の中で、別々の方法で情報を管理し、最後にやり取りして再統合している。この効率化の余地が大きい情報管理の構造が、本質的な課題だと感じていました。

金野:
在宅医療の「質を向上させるために克服すべき課題」というと、臨床スキルの話になりがちです。しかし、現場では業務オペレーションも課題となっているのですね。

株式会社United Vision & Company CEO(最高経営責任者) 村岡 聡一氏

村岡:
その通りです。在宅医療の質は、「良い医師がいるか」だけでは決まりません。情報が適切に共有され、多職種が連携し、必要十分なコミュニケーションを過剰な負担なく実現できる環境が整備されて、初めて高品質かつ持続的な在宅医療が成立するのです。

ところが現場では、多くの業務が属人化しています。特定のスタッフの記憶や経験に依存しているため、その人が辞めると品質が担保できないといったことも起こりえます。患者数が増えれば負荷も増大し、診療品質やスタッフのモチベーション低下にも直結します。これでは持続可能とは言えません。

植田:
私たちが自治体の在宅医療基盤整備に関わる中でも、同じ構造的課題を目にします。個々の医師の熱意と頑張りに支えられている地域ほど、その先生がいなくなった瞬間に体制が崩れてしまう。属人的な「頑張り」を「仕組み」に変えていくことが、地域全体の持続可能性につながるのだと思います。

村岡:
私自身も開業当初から、その「仕組み」を自分の手で構築するしかありませんでした。当時、電子カルテは導入していましたが、これは診療記録を残すためのものです。一方、在宅医療で必要なのは、多職種が患者情報を共有して継続的に情報を追加したり、帳票を作成できたりする基盤です。

そこで私は睡眠時間を削り、1カ月かけて独自のデータベース管理システム(DBMS)を構築しました。これは在宅医療に必要な患者情報を院内で一元管理し、書類作成や情報共有を効率化するシステムです。病歴や薬歴、介護情報などを構造化して管理し、複数の医師や看護師が同じ情報を見ながら業務できるようにしました。さらに、蓄積した情報を使って訪問看護指示書などを出力できるようにし、日々の事務負担を減らしていきました。

起業家の視点――現場の課題を「仕組み」に変える挑戦

金野:
院内DBMSを1カ月で構築されたとは驚きですが、先生はそこからさらに多職種で情報を共有する仕組みを作ろうと思われたのですよね。

村岡:
はい。DBMSによって院内業務はかなり効率化できたのですが、同時に、在宅医療の本当の課題は「院外との連携」にあると気付きました。当時から「医療と介護の一丁目一番地は連携」と言われていましたが、実際には各職種がそれぞれのフォーマットで大量の書類を作り、それをFAXや電話でやり取りしている状態でした。つまり、連携の実態が書類のやり取りに依存している状況になっていたのです。ですから、この仕組みを院内だけでなく、ケアマネジャーや訪問看護、薬剤師、歯科など、在宅医療に関わるすべての職種で共有できれば、非生産的と考えられた業務の多くは解消できるはずだと考えました。

当時、当院には開業や承継前の研修で来られるドクターが多く、DBMSを無償提供していたのですが、皆さん「これは自院でも使いたい」と非常に喜んでくださり、「これはどこでも使える」という確信が持てました。「医療DX」という言葉が広く使われる以前から、本格的な開発に向けてベンダーを探し始めたのです。

植田:
そうして誕生したのが「Pubcare」ですね。どのような仕組みなのか教えてください。

村岡:
ひと言で表現すると、「在宅医療を面で支える情報流通基盤」です。電子カルテが患者さんの病状と治療を記録した「日記」だとすれば、Pubcareは患者さんを「立体的」に理解するための情報を構造化し、一元的にまとめた「プロフィール」です。

Pubcareで管理しているのは、病名や薬歴だけではありません。要介護度、ACP、キーパーソン、家族背景までを網羅しています。ベースとなるシステムはDBMSですが、ここに医療機関、訪問看護、薬局、ケアマネジャーなど、多職種が同じ患者情報を共有・更新し続けられる仕組みに拡張しました。

金野:
医師がプロダクト開発まで手掛けるというのは、日本ではまだ珍しいケースです。臨床と経営、プロダクト開発を両立する難しさはどのような点ですか。

PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 金野 楽

村岡:
一番大きいのは、時間と資金の確保です。限られたリソースの中で、臨床を続けながら開発を進めるのは簡単ではありません。ちょうど開発の途中でコロナによるパンデミックが起き、オンライン診療の規制緩和や国の医療DX政策が想定以上に進みました。これは追い風になる部分もありましたが、ワンストップのシステムを目指していたため開発要件が大きく変わり、コストや期間にも影響しました。さらに、三省2ガイドライン(※)への対応やプライバシー保護、ヘルスケアプロバイダーが柔軟に使える設計の両立など、制度設計面の苦労もあり、システムの基本設計からやり直す場面もありました。

※三省2ガイドライン:厚労省・経産省・総務省が発行する、医療情報の安全管理に関する2つのガイドライン(医療機関向け・事業者向け)の総称。

ただ、Pubcareは電子カルテのような医療単体ではなく、ヘルスケアを起点とした包括的なプラットフォームとして設計してきました。だからこそ、大手SIer、情報通信、製薬、金融、さらに内閣府や経産省、厚労省関連の調査や実証事業に関わる企業・団体まで、さまざまな業界の方々から意見交換や情報共有の機会をいただいています。

こうした方々に共通しているのは、「自分たちの取り組みとペインを明らかにしたうえで、現場で何が起きているのかを教えてほしい」とおっしゃること。私たちも単なる業務改善ツールを作っている感覚ではなく、AI時代のヘルスケアを支える新しい基盤を構想しています。そうしたニーズの広がりを、多くの対話を通じて感じています。

植田:
楳木さんは、Pubcareを提供するUnited Vision & CompanyのCOOとして現場運営も担っておられます。バックオフィスの立場から、在宅医療の現場が抱える課題をどのようにご覧になっていますか。

楳木:
在宅医療は病院以上に制度や運用が複雑です。特に小規模診療所では、医師一人で診療しているケースも多く、事務や看護師が書類作成を支えながら何とか回している現場が少なくありません。
ただ、在宅医療特有の制度や多職種連携を十分理解できている事務人材は決して多くないのが現状です。そのため、「これで本当に合っているのだろうか」と不安を抱えながら運用されているケースも多く、「まず制度や業務の流れ自体を教えてほしい」という相談を受けることもよくあります。

植田:
制度そのものの複雑さが、現場負担になっているのですね。直近のPubcareにはAI-OCR機能を搭載されると伺っています。

村岡:
はい。在宅医療の現場では、紙の書類が多く残っています。診療情報提供書、訪問看護指示書、居宅療養管理指導の報告書など、他のヘルスケアプロバイダーから届く情報を毎回手入力で転記するのが大きな負担になっています。AI-OCRを活用することで、紙帳票をそのまま読み取り、PubcareのDBMSへ自動で取り込めるようにしました。紙が残る現実を否定せずに、業務フローを変えずDXを進める。この姿勢はPubcare開発当初から一貫しています。

楳木:
訪問診療では、訪問看護師に指示を出す際も「訪問看護指示書」という連携文書を発行する必要があります。PubcareではDBMSに蓄積された情報へ少し追記するだけで指示書を出せる仕組みになっています。これにAI-OCRが加わることで、他事業所から届く紙情報の取り込みも一気に効率化されます。

株式会社United Vision & Company COO(最高執行責任者)楳木 陽子氏

医師会の視点――地域の「面」で在宅医療を支える

植田:
ここまで臨床医・起業家としての視点を伺ってきましたが、もう一つの軸についてお聞きします。村岡先生は臨床・プロダクト開発・医師会活動の三つの立場から在宅医療に関わっておられます。地域全体を支える視点から見ると、どのような課題が見えているのでしょうか。

村岡:
医師会と一口に言っても、国、県、郡市区で役割は異なります。私は医師会の公務を通じて、行政や政治がどのような力学で動いているのかが把握できるようになりました。

特に福岡市は医療資源が豊富で、医師会活動に関われる人材も多いですが、同時に良くも悪くも都市部特有の構造があります。一方、医療資源が少ない地域の医師会と関わる中で改めて強く感じたのは、「地域全体として在宅医療をどう維持するか」という視点の重要性です。医師同士が連携できていなければ、24時間365日の体制は維持できません。急変時のバックアップ、看取り、情報共有などは一つの診療所だけでは完結せず、地域を「面」として支える必要があります。

しかし現実には、医師会会員のICT環境はバラバラです。電子カルテを導入している先生もいれば、紙カルテ中心の先生もいます。FAXが主な連絡手段というケースもまだ少なくありません。この中で、地域全体の情報連携基盤をどう作るかは非常に難しい問題です。

植田:
根底にあるのは「面としての連携不足」であると……。

村岡:
その通りです。だからこそ医師会が旗振り役となり、地域全体で必要な情報を共有できる基盤を整えることが重要になります。ポイントは一つの診療所だけがシステムを使うのではなく、訪問看護ステーション、調剤薬局、ケアマネジャー、病院の地域連携室など、多職種が同じ基盤上で情報共有できることです。そこで初めて、本当の意味での地域連携が成立します。

また、多職種連携や患者起点で考えると、地域や事業所ごとにシステムが分断されていては限界があります。「システムが多すぎるので一本化してほしい」という声は現場から常に上がっています。エリアを超えて、包括的に情報連携できることは、プロジェクト当初から変わらない重要テーマです。

さらに、医師会が推奨することで、「医師会が勧めている仕組みなら安心だ」という空気が生まれます。これは地域へ普及していく上で非常に大きいと思っています。

植田:
私は以前、地方の在宅医療基盤整備に携わったことがありますが、この時も、医師会との連携が鍵でした。行政が仕組みを作っても、現場の先生方が動かなければ機能しません。医師会が間に入ることで、「上から導入されたシステム」ではなく、「地域の取り組み」として受け止めてもらいやすくなるのだと思います。先生が医師会理事とPubcare開発者の両方の立場を持たれていることは、このモデルの大きな強みですね。

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 植田 賢吾

村岡:
ただ、医師会経由だからといって簡単に進むわけではありません。先生方は忙しいですし、医療DXは費用がかかる割には便利にならないという受け止めや、新しいシステムへの抵抗感もあります。だからこそ重要なのは、現場の業務フローを変えないことです。各医療現場に説明し、「これなら今の延長線上で使える」と感じてもらう。その積み重ねが必要です。

AI-OCR機能を搭載したのも「今ある紙をそのまま使える」ことを重視しているからです。理想論としてDXを押し付けるのではなく、現場に寄り添いながら地域全体へ広げていく。それが重要だと考えています。

これからの在宅医療――社会インフラの起点としてデータ・人材・制度を循環させる

植田:
最後に、これからの在宅医療の展望をお聞かせください。

村岡:
これまでお話ししてきた通り、在宅医療の本質的な課題は、「情報が流通しない構造」にあります。だからこそ重要なのは、現場へ新たな負担をかけることなく、業務の中で自然に情報が共有・蓄積される仕組みを作ることです。そうした仕組みをどのような思想で設計するかによって、これからのヘルスケアのあり方は大きく変わると考えています。

私たちのコーポレートスローガンである「connexion by Pubcare」は、その考え方を表しています。これまでの連携は人の努力に依存してきました。私たちはそれを、プラットフォームによって”構造としてつなぐ”ことを目指しています。こうした基盤が整えば、患者さんの状態変化を早期に捉えたり、地域全体の在宅医療の質を可視化したり、現場の実態を制度設計へフィードバックしたりすることも可能になります。

植田:
仕組みづくりに加えて、人材育成にも力を入れておられるのですね。

村岡:
はい。在宅医療に興味を持つ医師は増えていますが、一方で「どう始めればいいか分からない」という声は非常に多いのです。私は自院で在宅医療の同行研修を受け入れていますが、実際の訪問診療や多職種連携の現場を見て、「自分にもできそうだ」と感じて帰っていかれる先生方を見ると、本当にうれしいですね。

重要なのは、単に知識を教えることではなく、「安心して始められる環境」を構築することです。現場で使われている業務フローや情報共有の仕組みも含めて、在宅医療の「型」を伝えていく。その中で、自然とPubcareも使われていく形が理想です。

また、現場で得られた知見やデータを、制度設計へ還元していくことも重要だと考えています。テクノロジー、人材育成、制度は別々ではなく、相互に循環して初めて持続可能な仕組みになります。

植田:
お話を伺って、在宅医療は単なる医療提供の枠を超えた広がりを持ち始めていると実感しました。

村岡:
在宅医療の現場には、患者さんの日常そのものに近いデータが蓄積されます。それは将来的に、臨床研究や医薬品開発、予防や生活支援など、さまざまな領域につながっていく可能性があります。だからこそ私たちは、医療を起点に、必要なデータが自然に流通し続ける基盤を作ろうとしているのです。在宅医療は、生活に密接にかかわるためこれからの社会インフラの一端を担う可能性を持つ領域だと考えています。

植田:
私たちPwCも制度と現場をつなぐ立場として、共に在宅医療の基盤構築に尽力していきます。本日は大変貴重なお話をありがとうございました。

村岡:
こちらこそ、ありがとうございました。臨床の現場に立ち続けながら、そこで見えた課題をテクノロジーと仕組みに変換し、同じ志を持つ仲間を増やしていきたいと思っています。今日のような対話がその一歩になればうれしいですね。

主要メンバー

植田 賢吾

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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金野 楽

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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