医彩―Leader's insight

第16回 日本発のグローバル企業に問う―クロスボーダーM&Aの成否を分かつ、PMIと人材戦略(前編)―

  • 2026-05-14

日本の医療機器大手・テルモは2000年代以降に海外企業の買収を重ね、今では3カンパニー9事業を擁するグローバル企業として知られています。M&Aによる業容拡大の成否を左右する重要なポイントの1つに挙げられるのが、PMI(Post Merger Integration)をどう進めるかです。そこで今回はテルモ人事部門の責任者を務めるお2人と、PwCアドバイザリーのパートナー3名とともに「M&Aの成功要因」について話し合いました。(本文敬称略)

(左から)赤間 穏子、後藤 孝江、岩井 知子氏、足立 朋子氏、河 成鎭

(左から)赤間 穏子、後藤 孝江、岩井 知子氏、足立 朋子氏、河 成鎭

出演者

足立 朋子氏
テルモ株式会社 経営役員 チーフヒューマンリソースオフィサー(CHRO)

岩井 知子氏
テルモ株式会社 グループ人事戦略部 部長

河 成鎭
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー ディールズ・ストラテジー

後藤 孝江
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー/PwC Japanグループ チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー

赤間 穏子
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー

理念を尊重し、「統制」と「自律性」のバランスを設計

河:
日本発祥のグローバル企業であるテルモは、海外企業に対するM&Aを戦略的に生かしながら成長を遂げてきました。M&Aで重要なのは、PMIの過程で統制をどこまで効かせ、どこから先を相手の自律性に委ねるかの見極めです。テルモの歩みを振り返ると、統制と自律性のバランスがよく設計されているようにお見受けします。

足立:
確かに、「バランスのよい統制とは何か」を個々のケースごとに見極めながら探ってきました。ただし、M&A後の統合プロセスをあらかじめ精緻に設計していたわけではありません。テルモは、患者さんや医療に対する「想い」を軸とする会社です。M&Aに際しては、デューデリジェンスなどを通し、相手企業が同じ想いを共有できる会社か否かを精査します。共有できると判断すれば、全ての面で統制するよりも、一定の部分は自律的に統合を進めてもらう方が、どちらにとってもプラスに働くと考えています。

テルモ株式会社 経営役員 チーフヒューマンリソースオフィサー(CHRO) 足立 朋子氏

テルモ株式会社 経営役員 チーフヒューマンリソースオフィサー(CHRO) 足立 朋子氏

河:
軸である「患者さんや医療への想い」を自社の理念や価値観として位置付け、全社で共有していますね。ご紹介いただけますか。

足立:
私たちの掲げる企業理念は「医療を通じて社会に貢献する」です。さらに、それを実現するための5つのコアバリューズ、Respect(尊重)、Integrity(誠実さ)、Care(患者さんへの想い)、Quality(品質)、Creativity(創造力)が全社に浸透しています。コアバリューズを明確に言語化したのは2019年ですが、どれもそれ以前から社内で受け継がれてきた想いです。

河:
理念・価値観を共有することでグループ全体の針路に揺らぎがなくなり、自律性を尊重しながらも固い結束が生まれるのだと思います。他方、買収後の具体的な実務に臨んでは、例えばコンプライアンスや財務規律に関して「この点だけはテルモのOSをきっちりインストールしておきたい」という領域もあるのではないでしょうか。

足立:
コンプライアンスや財務規律に関しては、テルモの流儀に準拠することがマストです。対して人事では、買収した相手企業のトップの処遇や評価はテルモの本社取り扱い事項ですが、それ以外への積極的な介入はしてきませんでした。かなり緩やかな統合過程と言えるでしょう。トップ人事のみを統制し、それ以外は原則として既存のマネジメントに委ねるという考え方です。

赤間:
M&Aに際して、相手企業のトップの方などとは対話を通じてフィットするか否かを見極めているものと思います。ただ、買収成立後に相手企業のトップが交代するケースもあります。そのような場合に、テルモの理念や「コアバリューズ」を後継トップに継承してもらうことについてはどのように担保していますか。

足立:
相手企業のトップが交代する人事にはテルモ本社が関与します。その際に理念をきちんと引き継げる人を選びさえすれば、後は特に問題ありません。相手企業の中から選ぶにせよ、テルモ本社から人を送るにせよ、あるいは外部から採用するにせよ、「想いを共有できるか」のスクリーニングを行い、理念・価値観の継承を図っています。

河:
統制を徹底するのではなく、かと言って自律に委ね切るのでもなく、必要性とタイミングを見極めて親会社が関与する──そのバランス感覚が大切なのですね。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー ディールズ・ストラテジー 河 成鎭

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー ディールズ・ストラテジー 河 成鎭

対話で欠かせない問いかけ「自社が大切にしていることは?」

後藤:
先ほど「デューデリジェンスを通じた精査」とおっしゃいました。デューデリジェンスの段階で「この会社とは一緒にやっていけそう」という確信を持つために、ここだけは押さえておきたいと思っているポイントは何でしょうか。例えば経営トップに関しても、経営手法の傾向や人柄など、いろいろな着眼点があると思います。見極めのポイントを教えてください。

足立:
人物に対する具体的なチェックリストのようなものがあるわけではありませんが、買収前のミーティングやディスカッションを通して、相手が「何を大切にしているのか」はかなりうかがい知ることができます。直近の例では早い段階から、当社の社長や経営企画室長の他に人事部門からも私や岩井が加わり、相手企業の経営チームとのリモート会議を重ねました。そこでは「何を大切にしているのか」「買い手に何を期待するか」「買収後にどうありたいか」などを話し合ったのですが、例えば「大切にしていること」を問われて経営者が何を最初に挙げるかで、その会社の考え方はある程度見えてきます。

後藤:
そうしたディスカッションでは、テルモの側からも「自社が大切にしている理念や価値観」を早い段階でお伝えしますか。入札方式のM&Aでは、相手側も買い手を見極めようとします。テルモならではの「自社の価値観の伝え方」があるのではないかと推察するのですが。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー/PwC Japanグループ チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー
後藤 孝江

足立:
入札方式のM&Aでは、当社の企業理念や「コアバリューズ」をまず提示します。加えて、それらに根差して患者さんのことを中長期的な視野で真剣に考える姿勢を訴えます。この点にかけては、私たちよりも規模の大きな外資系企業であろうとどこにも劣らぬ自負があるなど、自分たちが大切にしていることをしっかりと伝えるのです。これらは、当社が常日頃から発信していることでもあります。

河:
事に際しての意思伝達や見極めもさることながら、広く社会に向けた日頃からの発信が、いざM&Aに臨んで求められる「両社の戦略の一致」をみる上でも重要になるということですね。

PMIの初動に表れるテルモ流の「with respect」

河:
M&Aで日本企業に買収された外国企業が、日本企業の意思決定のあり方に戸惑うことがあるという話も一般論としてしばしば耳にします。テルモの場合でも、PMIの中で相手企業に驚かれるようなことがあるのではないでしょうか。

岩井:
はい、あります。一般的に、医療業界のM&Aで買収される側の企業がまずイメージするのは、米国企業のPMIでしょう。進め方の標準的なパッケージがあり、PMIチームが方針を提示して推進する、そんなプロセスを想起されるのではないかと思います。

しかしテルモではこれまで、一貫して相手企業の自律性を尊重してきました。Day1に「今日から全て、こう進めます」と示すようなことはありません。何かを問われて「そこは柔軟に考えましょう」と答えるケースも多く、そのような対応に驚かれることがあります。

足立:
先ほど、「患者さんに対して中長期視野で寄り添う」と話しましたが、それはテルモグループの全社員に対しても同じです。私たちは社員の成長についても、長いスパンで支援していきたいのです。

「相手を尊重する」「相手に寄り添う」という姿勢は、それが患者さんであれ社員であれ、テルモが常に重視してきた価値観です。買収の相手企業に対しても、自分たちの統合パッケージを押し付けて「これを踏まえて全て進めてください」といったアプローチは取りません。私たちの価値観を知った相手企業が「この会社とならともに歩んでいける」と思ってくれれば、シナジーはそこから生まれるのだと思います。

岩井:
中長期的な視野で考える姿勢は、米国企業との大きな違いの1つと考えています。実際、相手企業との対話でも、この点が米国企業との差として認識されることを感じます。過去のケースでは、買収する側の最終候補として当社と米国企業の2社が競合したのですが、この部分の差が決め手となり、買収金額の面ではビハインドとなっていた当社を選んでもらえました。目指す方向性の合致をしっかりと確かめられた、よい買収になったと考えています。

後藤:
「このM&Aにどのような背景や狙いがあるのか」を相手企業の社員にまできちんと伝えることは極めて重要です。入札方式のM&Aでは、より高い買収金額を提示した企業を選ぶという意思決定も当然あり得ます。その中で、相手企業の経営陣が「自社が目指しているものを大切にするためにテルモを選んだ」と社内に向けて説明できることは、とてもポジティブなメッセージになるはずです。

足立:
直近のM&Aのケースでは買収後のタウンホールミーティングの場で、相手企業の社長が印象的な話を披露しました。買収後の統合方針について、テルモの社長が最初の会合で言明した「with respect」という一言に強く共感し、安心し、引かれたというのです。こうした言葉は、当社が日頃から大切にしている想いがあるからこそ、対話のプロセスで自然に出てくるものだと思います。

人事部門の早期関与で相手企業の今後を見通し、M&Aの価値をシェア

後藤:
世界規模でのM&Aを重ねながら成長してきたテルモの場合、相手企業の得意領域を含めたグローバルな事業の中で、人事面のさまざまな課題に直面されることもあろうかと思います。

直近の買収では、交渉の早い段階から人事部門も関与したとのことでした。「テルモは人を大切にする会社である」と相手企業に伝える意味でも、また、新たに仲間に加わる社員がテルモの企業文化にフィットするか否かを見極める意味でも、人事部門による早期からの関与は重要なポイントなのではないでしょうか。

岩井:
ご指摘のとおりです。例えば、当社では交渉のできるだけ早い段階で、相手企業のトップに買収後の進退について意向を尋ねるよう心がけています。共通の「想い」を持つ会社や経営者を選ぶからこそ、できれば相手企業のトップには残っていただき、引き続きその想いをもって経営を担っていただきたいと考えているからです。ですから、「ぜひ買収後も、ともに成長していきましょう」というメッセージを初期段階でお伝えしています。

テルモ株式会社 グループ人事戦略部 部長  岩井 知子氏

テルモ株式会社 グループ人事戦略部 部長 岩井 知子氏

河:
人事チームが早い段階から関わることには、M&Aに伴う人材流出のリスクを最小化したり、組織の混乱を未然に防いだりする「守り」の効果がまずあると考えられます。同時に、相手企業の組織力や人材力を買収完了後のグループ全体で存分に生かす「攻め」の狙いもあるのではないでしょうか。そんな守りと攻めの両側面で、日本発のグローバル企業として米国のグローバル企業などとは異なる観点、「人事としてここを見ている」というポイントはありますか。

岩井:
守りでもあり、攻めにも通じることですが、人事を含めて私たちがM&Aで常に意識しているのは、「相手企業が患者さんにいま提供している価値」を損なわないことです。例えば、テルモのR&D(研究開発)が底上げされる代償として相手企業の成長性や患者さんに提供する価値が損なわれてしまっては、テルモにとって価値あるM&Aであっても、相手会社にとっては魅力がありません。「共に成長する」が当社のM&Aの目指すところであり、この考え方は、「自律性の尊重」からつながる当社の一貫した姿勢として貫かれています。

足立:
人事としての観点から、事業の継続や今後の成長を考え、「誰がキーパーソンなのか」という点は見ます。ただ、特定の人物がグループの経営幹部に将来なるか否かまでをデューデリジェンスの短期間に見極めるのはなかなか難しいですね。

赤間:
「相手企業が患者さんに提供している価値を最優先にする」という考え方は、私たちとも共通する側面ですね。例えば、PwCアドバイザリ―が案件において支援する際にも、「これがベスト」と考える選択が、法務担当・税務担当・役職者それぞれで異なるケースはあります。そんな時に私たちが帰着するのは「クライアントにとって結局、どの選択が最もメリットになるか」という点です。それを踏まえて、「ではそこに向けて、ハードルが上がるチームも、ともに力を発揮しましょう」と改めて結束していくのです。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 赤間 穏子

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 赤間 穏子

河:
ここまでのお話から、テルモのM&Aの特徴が見えてきました。後編では、PMIや人事を貫く組織としての理念や価値観について、さらに議論を深めていきましょう。

主要メンバー

河 成鎭

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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後藤 孝江

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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赤間 穏子

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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