地政学リスクの今を読み解く

韓国の社会分断深化が招く“国内政治のための外交”化 ―日韓関係や北東アジアの安全保障環境への影響を考える―

  • 2025-07-07

ポイント

  • 近年の韓国の政情混乱の背景にある国内社会の分断は深刻で修復は容易ではなく、二大政党の政策の重点がより内向きになることで“国内政治のための外交”化が加速。韓国の外交はその時々の国内政治に応じて振れ幅を拡大または突然断絶し得る状況で、日韓関係や北東アジア全体の安全保障環境の予見可能性を低下させる要因となる。

  • 直近では尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領による非常戒厳宣布と弾劾・罷免を受けて、李在明(イ・ジェミョン)大統領が誕生。米国のトランプ政権が在韓米軍の縮小・撤退を示唆する中、李大統領が外交政策を転換して対中・対北朝鮮関係改善に動くことで、米韓関係や日米韓3カ国での安全保障協力枠組みの弱体化も懸念される。

  • 日韓関係について、李大統領は、就任後しばらくは二国間協力に意欲を見せるも、経済・外交で成果が出ないなどで支持率が低下した場合は対日強硬姿勢に転換し、歴史・領土問題を政治利用する可能性が高まる。それに世論や司法が同調した場合は、文在寅(ムン・ジェイン)政権期のような日韓関係に戻り、B2Cビジネスを中心に日本企業への影響も懸念される。

日韓関係が大きく転換する可能性

戦後最悪と言われるほど日韓関係が冷え込んだ文在寅政権期(2017~2022年)を経て誕生した尹錫悦政権期(2022~2025年)において、日韓関係は大きく改善しましたが(図表2)、李大統領の誕生を受けて、再度日韓関係が大きく転換する可能性があります。

図表2:日韓関係の経緯

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李大統領は、就任後しばらくは対日融和姿勢を続けるものの、国内政治や自身の実利に基づき対日政策を局面に応じて変更する、実利主義に基づいた対日外交を展開するとみられます。過去には日本に対して厳しい発言を行ってきたことから、対日強硬派と分析される一方で、大統領選挙キャンペーンにおいては、支持を呼び込みたい中間層や無党派層、特に対日感情が良い若年層を意識し、日本に対する厳しい表現を避けた上で、政策公約集4においても対日強硬的な文言はみられませんでした。李大統領は、必ずしも反日を信条とする政治家ではないものの、経済・外交で成果が出ずに国民の不満が高まった場合や、不祥事が発生して支持率が低下した場合など、自身に追い風を吹かせたい局面で対日政策を政治利用する可能性が高い政治家であるといった意見は、筆者が韓国の有識者にヒアリングした際にも多く聞かれました。

こうした対日政策の転換や断絶は、先述の韓国社会の分断の根本原因が解消されない限り、先々の政権においても保守・革新を問わずみられることになるでしょう。

B2Cビジネスを中心に日本企業への影響も懸念

李大統領が対日強硬路線に舵を切り、世論や司法が同調した場合は、文在寅政権期のような日韓関係に戻るという事態も想定した上で、韓国にエクスポージャーを持つ日本企業は自社のリスク管理を行うことが求められます。自動車、化粧品、衣料品、ビールなどの酒類、飲食店、インバウンドビジネスといった、韓国の消費者に直接製品・サービスを届けるB2Cビジネスを行う日本企業においては、日韓関係が悪化した場合は、特に影響が出ることが懸念されます。

韓国ではこれまでも、日本との関係が悪化した際に日本製品の不買運動が起こり、日本企業に影響を与えてきました。直近では文在寅政権期において、元徴用工訴訟問題や韓国海軍レーダー照射問題の発生を受け、日本政府が輸出管理上の優遇対象国から韓国を除外し、韓国向け半導体材料(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の3品目)の輸出管理の運用見直し5を行ったことを契機に韓国国民の反日感情が高まり、2019年に大規模な日本製品不買運動(ノージャパン運動)が発生しました。

その後の尹前政権期では、岸田前首相との間で首脳同士のシャトル外交が再開され、韓国の対日政策の変化が韓国国内での日本に対するイメージ改善にもつながり、日本食や音楽を中心に韓国の若者の間で「イエスジャパン現象」が巻き起こりました。こうした形で、大統領の信条やイデオロギーによって対日政策が大きく変動することで、国民の対日感情も影響を受ける傾向がある点に留意が必要です。

一方で文在寅政権期と比較すると現在は、大統領が容易に対日強硬路線に舵を切りにくくなっています。与野党ともに支持を集めたい無党派層の若年層に親日派が増加していることや、中国の台頭や北朝鮮の核兵器開発、トランプ政権の孤立主義・保護主義的政策や、米中対立の激化といった、韓国を取り巻く安全保障環境の不安定化や地政学的リスクの高まりに対して、日韓両国が協力して対応することの重要性が韓国にとって高まっていることがその背景にあります。こうしたことからも、李大統領が安易に日韓関係悪化を招くような言動を起こせない状況が作られつつあると言えますが、これまで説明した理由から、自身の支持率が低下した局面で対日政策を転換する可能性は残ります。

日本企業は日韓関係悪化や米韓関係悪化などを懸念

PwC Japanグループが2025年6月に実施した「企業の地政学リスク対応実態調査 2025」によると、李在明氏が当選した場合に自社事業に影響があると考えられる対外関係の変化として、日本企業の30.1%が「日韓関係の悪化(歴史・領土問題再燃、日本製品不買運動、日本政府による輸出規制強化など)」と回答し、設問の中で最多となりました。その他「対米関係悪化(駐留米軍の韓国からの撤退、日米韓協力体制弱体化など)」(18.9%)、「北朝鮮との融和路線回帰に伴う朝鮮半島情勢の変化」(16.3%)などを懸念する声がありました。多くの日本企業にとっても、韓国の外交の変化に伴う自社影響が懸念材料であることが分かります。

図表3:李在明氏が当選した場合に自社事業に影響があると考えられる対外関係の変化

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B2Bビジネスへの影響は限定的か

これまで政治面で日韓関係が悪化した時期においても、経済面では両国企業が貿易や投資を通じて相互に依存関係を深め、両国間でビジネスが完全に途絶えることはありませんでした。今後また日韓関係が冷え込む時期を迎えたとしても、強い結び付きを根本から揺るがす事態は想定されないでしょう。

特に半導体産業においては、日本が輸出する半導体製造装置や素材を活用し、韓国の大手企業が製造した半導体製品を世界市場に輸出するなど、両国企業の相互補完関係が形成され、世界市場で高いシェアを誇っています。

2019年に日本政府が韓国向け半導体材料の輸出管理の運用見直しを行った時期においても、韓国企業は日本製品を求め続けました。日本企業の高い技術力や品質管理を代替できる企業を探すことは容易ではなく、韓国において他国企業からの輸入や自社生産への転換が進まなかったことが背景にあります。

※本文中の意見や見通しは著者個人の見解であり、PwCの公式見解ではありません

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執筆者

坂田 和仁

マネージャー, PwC Japan合同会社

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