連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

「企業の地政学リスク対応実態調査 2024」から見る企業動向とは

  • 2024-09-19

PwC Japanグループでは、2019年、2021年、2022年、2023年に続いて第5回となる「企業の地政学リスク対応実態調査2024」を2024年7月に実施しました。

米中両国間の緊張は長期化し、中東情勢やウクライナ紛争も収束の兆しが見えず、経済安全保障環境の複雑化が進むなか、日本企業は今、何を脅威と感じ、どのような対応を行っているのでしょうか。

<本稿のポイント>

  • 2023年から中東情勢が緊迫化し、2024年11月の米国大統領選挙を間近に控えるなか、海外で事業を展開する日本企業の地政学リスクレベルの認識は過去最高を更新。地政学リスクマネジメントの重要性認識も高い水準で推移している。
  • 最も懸念される地政学リスクは3年連続でサイバー脅威が首位となるも、脆弱性把握や脅威対策などの対応は必ずしも十分に進んでいない。
  • 米国大統領選挙、中東情勢、台湾有事リスク、中国事業リスク、日本の経済安全保障推進法への対応など、自社への影響が大きい地政学リスクや法規制について、影響分析やシナリオ検討など一定程度対応が進んでいる実態が明らかに。
  • 日本企業においては、年々変化・多様化する地政学リスクを俯瞰し、経営戦略上重要な地政学リスクを選び出し、優先順位を付けたうえで対応に取り組み、自社の戦略ポートフォリオや技術に実装していくことが求められる。

リスク認識は過去最高を更新し、地政学リスクマネジメントの重要性認識も高く推移

調査ではまず、ビジネスに関しての地政学リスクレベルの認識について尋ねました。地政学リスクが過去5年の間に「著しく高まっている」「やや高まっている」と答えた割合の合計は、国内のみで事業を展開している企業で51%、海外事業を展開する企業で78%に上りました(図表1)。

企業の地政学リスクレベルの認識は、ロシアによるウクライナ侵攻直後に調査を行った2022年に一旦ピークをつけた後、前回調査(2023年8月実施)では落ち着きを見せました。しかし、2023年10月以降の中東情勢の緊迫化や、2024年11月に迫る米国大統領選挙とその後の政策転換の可能性などを背景に地政学的展望が混沌とするなか、足元では海外で事業展開する企業の8割近くが地政学リスクレベルの高まりを認識していると回答し、今回の調査で過去最高を更新しました。

これと並行し、地政学リスクマネジメントの重要性の認識も年々増加しており、海外事業展開ありの企業の場合、86%が経営戦略において地政学リスクマネジメントが重要であると回答しています。特に、「とても重要」と回答した企業の割合は前年比で12ポイント上がりました。地政学リスクは企業経営に強い影響を与える重要な経営課題であるとの認識が一段と広がっていることを示唆しています(図表2)。

「最も懸念される地政学リスク」は3年連続でサイバーアタック/サイバーテロ

具体的に懸念される地政学リスク事象について質問したところ、「ロシア・中国・北朝鮮などによるサイバーアタック/サイバーテロ」が40%に達し、3年連続で首位となりました(図表3)。日本へのサイバー攻撃関連通信の観測数は2023年に過去最高を記録し、企業活動にも重大な支障を及ぼす事案が発生していることが背景として挙げられるでしょう*1

そのほか、「エネルギー供給構造の変化に伴う需給の不安定性」は20%となり、2位へと順位を上げました。中東地域やウクライナでの紛争の影響に加え、2024年11月の米国大統領選挙でトランプ氏が再選を果たした場合のエネルギー政策や補助金政策の転換などを想定している企業が多くいることが考えられます。

また、「保護主義的政策」(19%)が大きく順位を上げて3位となりました。2023年後半から2024年にかけて、EUによる中国製EV調査の実施やこれに基づく追加関税の賦課が開始されたり、インドネシアや中国などの資源国が資源輸出の禁止もしくは審査制を導入したりと、各国の保護主義的措置が具体化したことで企業が意識を向ける契機となったとみています。

では、このような地政学リスクがもたらすビジネスへの懸念により、企業が「今後、事業拡大や投資を控えたほうがよい」と考える国・地域はどこでしょうか。前回に続き中国とロシアがトップ2となり、当該2カ国での事業拡大や投資について、日本企業は再考する傾向が継続していることが分かります。また、上位10か国・地域が前年と比較してほとんど変わらなかったことも特徴として挙げられます(図表4)。

地政学リスクへの対応力向上に向けて7割の企業が取り組み

こうした地政学リスク環境を受け、企業の具体的対応はどのように進展しているでしょうか。地政学リスクの情報収集やモニタリング体制をとっているか、との問いでは「対応をとっていない」との回答は32%にとどまり、7割の企業が高まる地政学リスクを踏まえ体制確保を行っていることが分かりました(図表5)。

また、地政学リスク対応をさらに進めるため、「海外拠点・子会社における情報収集と本社への共有」(26%)、「専門人材の採用強化」(20%)、「専門人材の社内育成」(19%)、「学術研究者やコンサルタントによる支援」(18%)、「法律専門家による支援」(16%)など、多くの企業が具体的な取り組みを行っている実態が判明しました。一方、「特に対応強化を行っていない」との回答も25%に上りました。複雑化する地政学リスクに、どう優先順位を付けて対応すればいいか苦慮する企業の悩みを映していると言えます(図表6)。

事業運営の変更に着手も、特にサイバー脅威対応に遅れ

一方で、考えうる、或いは実際に被った地政学リスク要因による悪影響または損失に会社としてどのように対応したか、との問いに対しては「サプライチェーンと調達戦略を調整」が42%、「生産を別の国や地域にシフト」が24%、「成長領域を別の国や地域にシフト」が21%となりました。取り組みを進めるにあたって負荷の大きい実際の事業プロセスの変更に着手し、具体的に経営に影響が出た際の対応を着実に実施している企業の実態がうかがえます(図表7)。

ただし、地政学リスク対応としてサイバー対策を講じた企業は1~2割で推移しています。先述の図表3のとおり、「ロシア・中国・北朝鮮などによるサイバーアタック/サイバーテロ」が3年連続で最も懸念される地政学リスクとして挙げられる一方で、足元での企業の対策は十分に進んでいない実態が浮かび上がります。

要因の一つとしては、近年のサプライチェーンの途絶リスクや強靭化ニーズの高まりを背景に、自社のサプライチェーンを可視化する必要性が増すなか、その現状把握に困難を抱える企業が多い実情があります。サイバー脅威に対するサプライチェーン上の脆弱性把握も進んでいないことがデータから読み取れます(図表8)。

ここからは、直近で注目を集める地政学関連の個別リスク事象に関する対応を解説します。

個別地政学リスク事象への認識・対応①:2024年米国大統領選挙

2024年11月の米国大統領選挙でトランプ氏が再選を果たした場合、「米中対立の激化(関税引き上げ、半導体輸出規制など)」(43%)に続いて、「日米関係の悪化(貿易摩擦、日本の防衛費増額要求など)」(26%)を懸念する企業が多いことが分かりました(図表9)。

第1期トランプ政権期(2017~2020年)には、日本政府は米国との強固な同盟関係を重要視したうえで、故安倍晋三元首相がトランプ氏との緊密な関係構築に成功しました。2024年11月の米国大統領選挙で第2期トランプ政権が誕生した場合に、日米貿易摩擦や日本の防衛費増額要求などによる日米関係の悪化を懸念する企業が多いことがうかがえます。

そのほかには、トランプ氏再選の場合の「欧州安全保障の不安定化(ウクライナ支援停止、NATO弱体化など)」や、「中東情勢の悪化(イスラエル・ハマス紛争、米国・イラン対立など)」、そして「友好国との貿易摩擦の再発(10%普遍的基本関税の導入、インド太平洋経済枠組み撤退など)」を懸念する企業が多いことが分かりました。

日本企業は選挙動向の把握に加え、選挙結果に伴う政策変更の分析や、それらを踏まえた事業影響と事業戦略の検討を行うことが求められます。(参考:徹底解説 2024年米国大統領選挙(更新版 前編)

個別地政学リスク事象への認識・対応②:中東関連地政学リスク

中東地域の地政学リスク事象に関しては、2023年10月に始まった「イスラエル・ハマス紛争」をはじめ、「中国企業の中東進出(一帯一路)」、イエメンの親イラン武装組織フーシ派による紅海航行妨害、「イスラエルとイラン・シリアの対立」、「OPECプラスによる石油減産と価格上昇」などが業績や事業に影響を与えていると考える企業が多いことが分かりました(図表10)。

また、そうした中東の地政学リスクに対して、「情報収集の強化」や「事業影響の分析」に取り組む企業が全体の2~3割強に達することに加え、拠点配置やサプライチェーン、投資計画の見直しといった実際の事業戦略変更に取り組む企業も1割程度に上ることが分かりました(図表11)。

個別地政学リスク事象への認識・対応③:中国事業に関するリスク認識や対応状況

企業が意識する地政学リスクの中でも毎年上位に位置付けられる中国事業に関するリスク認識について見ていきます。

中国関連の地政学リスクのなかで、影響を与えているものとして、「全般的な中国経済の減速」(43%)、反スパイ法などの「中国国内の治安維持強化」(23%)、エンティティリストなど「米国による経済制裁による中国企業との取引見直し・中止の必要性」(22%)、「中国からの輸出品にかかる関税コスト増」(19%)などが上位に入りました。

中国経済の低インフレの長期化や内需低迷リスクの高まりや、反スパイ法などをきっかけとした事業環境の悪化、対内直接投資の減少、そして米中対立を要因とした中国ビジネスコストやリスクの上昇が、企業活動に影響していることが分かります(図表12)。

こうした中国関連のリスクを背景に、3割の企業が生産や調達プロセスの中国国外への移管を検討し、移管先として「日本」(44%)、「ベトナム」(29%)、「タイ」(19%)が選ばれています。地政学リスクの高まりや円安の長期トレンド化を受けて、日本国内への回帰やASEAN諸国へのサプライチェーンの多角化を検討する企業が多いことが分かりました。(図表13、14)

実際に事業の縮小・撤退・移管といった決断をする場合には、適切な事業売却・承継、労務・法務対応など対処すべきポイントは多岐にわたるため、平時から事業を取り巻くリスクの動向を把握し、事業や戦略への影響を調べ、取りうるオプションを検討しておくことは、一定の潜在リスクを抱えつつ各国企業が果敢に挑み続ける中国で勝ち残っていくために欠かすことのできない重要な備えとなるでしょう。

個別地政学リスク事象への認識・対応④:台湾有事

次に、台湾有事リスクについて見ていきます。「台湾有事リスクを懸念事項として捉えていますか」との問いに対して、懸念事項であると回答した企業の割合は72%と、前年比で8ポイント増加しました。米国のペロシ下院議長による台湾訪問直後に実施した2022年8月の調査時と同水準にリスク認識が高まっていることが分かります(図表15)。

これは、2024年1月の台湾総統選挙での対中強硬派の民進党・頼清徳氏の当選や、米国の台湾政策の見直しにつながる可能性がある米国大統領選挙を間近に控え、再び台湾有事リスクが重要な懸念事項として強く意識されていることが考えられます。

また、台湾有事リスクに対する対策の実施状況を聞いたところ、「有事シナリオの検討」や、「個別事業への影響分析」、「チョークポイント(部材・原材料、取引先、物流)の特定」、「サプライチェーン改変(取引先・生産地の変更、在庫方針変更など)」といった、具体的な対策を実施済みまたは対応中と回答した企業は2~3割程度にとどまりました。一方で、今後対応予定である企業が2割程度、対応方針が決まっていない企業が3~4割程度存在することが分かりました(図表16)。

台湾有事が個別の企業に与える影響の程度は、各社が展開する事業や地域別のポートフォリオの構成、各事業の戦略商材・サービスにおける台湾や中国の不可欠性など多くの要素により決まります。そのため、各企業には、市場や供給網、自社の技術優位性といった多角的な側面から独自の分析を行うことが求められます。

その際、留意すべきは、中国・台湾に直接の拠点や販売・調達網を持たない場合でも、グローバルな物流の要所である台湾海峡周辺での物流機能不全が直接的・間接的に自社事業に大きな影響を及ぼす可能性があることを念頭に検討要否を見極める必要がある点です。

いずれの対策も実行には時間と労力が伴うことから、平時のうちに打ち手を講じることで可能な限りリスクを下げ、有事の際にはいち早く行動に移すことが肝要です。こうした台湾有事を想定したシナリオ分析や対策検討の手法は、その他の地政学リスクにも応用が可能であり、企業のケイパビリティ向上につながることが期待できます。

個別地政学リスク事象への認識・対応⑤:経済安全保障推進法

個別事象への認識・対応の分析の最後に、2022年に成立した日本の経済安全保障推進法に関する企業対応について見ていきます。同法に基づき、2024年5月に運用が開始された「基幹インフラの安全性・信頼性確保」および「機微技術の特許非公開化」の対応状況について尋ねたところ、「法律専門家に相談した」「関係省庁に相談した」といった対応が先行的に行われていることが分かりました(図表17、18)。

また、2024年5月に法案が成立し、2025年春頃の運用開始が見込まれる、機微情報を扱う資格要件を定める「セキュリティ・クリアランス(適格性評価)」の導入への対応としては、「法律専門家への相談」「制度内容の理解と自社事業との関連を検討」が上位となりました。これは、全社横断や部門ごとの事業影響や対応の検討に取り組む企業の約2倍にあたり、現在は制度そのものへの理解を深めるフェーズにあると言えるでしょう(図表19)。

企業においては、社内外協業や政府調達の前提要件となった場合の制度対応コストの発生、非対応時の相対的競争力の劣後、人事管理・労務管理のオペレーション変更といった対応や懸念が想定され、2025年春頃の運用開始に向けて事前検討や対応を不断に進める必要があります。(参考:経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス(適格性評価)制度の企業影響について

最後に

ここまで、幅広い地政学リスクのテーマの中から、今企業が何を脅威と感じ、対応するためにどのような体制を構築しているのか、世界や日本を揺るがす主要な地政学リスクに対して企業の対応がどこまで進んでいるのかといった点に着目して解説してきました。

本調査の結果は、世界の中でも官民での経済安全保障への取り組みで先行していると目される日本企業の現在の立ち位置を全体として俯瞰するのに有益です。一方、企業経営の視点からみると、多様な地政学リスクの中から、いかにして自社事業の足元および先々の将来戦略に最も重要で重大なリスクを選び出し、自社の戦略ポートフォリオ、技術を含むケイパビリティ、アセットに応じた優先的な取り組みを実装していくかが肝要となります。

混沌とした地政学リスク環境を背景に事業環境の不確実性が一層高まるなか、日本企業においては冷静に事業影響を見極め、中長期的なトレンドや足元の重点リスクを捉え、リスク管理対策を実行し、危機にも耐えうるレジリエントな企業体制を構築することが求められます。

調査について

「企業の地政学リスク対応実態調査2024」

海外で事業を展開する年商100億円以上の企業に勤務する管理職400名(一部の設問は国内のみで事業を展開する年商100億円以上の企業に勤務する管理職100名を加えた合計500名)を対象に、2024年7月にオンラインで調査を実施。調査対象とした企業は製造業、サービス業など産業全般をカバーした。同様の調査は2019年3月、2021年8月、2022年8月、2023年8月に実施しており、今回が5回目。

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執筆者

坂田 和仁

マネージャー, PwC Japan合同会社

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