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チャイナプラスワン戦略とは、企業が事業拠点を中国に過度に集中させることによるリスクを回避するため、中国以外の国・地域に拠点を分散させて投資・事業経営することで、中国事業を維持・成長させつつ全体としてのリスクを軽減する経営戦略を指します。
中国では鄧小平氏の指導のもとで改革開放政策が導入された1978年以降、豊富で安価な労働力を背景に多くの外資系企業の投資誘致に成功しました。中国は高い価格競争力を備えた「世界の工場」へと成長し、年平均で10%近い経済成長を続けます。しかし、急速な経済発展は賃金上昇を招き、2000年以降企業の経営課題として顕在化しました。さらに、世界有数の経済力を手にした中国は経済・軍事両面での覇権確立を志向するようになり、経済成長を梃子に軍事力の拡大を図ります。これに伴って企業にとっての中国市場での課題は複雑化し、2010年代に入ってからは領土・歴史問題を巡る反日運動、2010年代後半からは貿易摩擦や外資排除、2020年代にはハイテク覇権争い、台湾問題、経済成長鈍化といった経営課題が次々に顕在化しました。
こうした経済・社会の変化を受け、企業がチャイナプラスワン戦略を採る理由を中国の内政・外政要因に分けて考察します。
内政要因としては賃金上昇、知的財産侵害、環境規制強化、技術流出・移転、外資排除、経済成長鈍化が挙げられ、企業がチャイナプラスワン戦略を希求する背景は年代により変化してきました(図表1参照)。
賃金上昇(図表1の①)については前述のとおり、中国での急速な経済発展に伴い、中国国内の製造業の平均賃金は上昇し続けており、2000年時点で8,750元であった製造業の平均賃金(年収)は、2010年には30,916元と10年間で3倍以上上昇しました。特に沿岸部(上海、天津、北京など)の製造業の工員の平均年収は2010年時点で5万元(約100万円)近くまで上昇し、ベトナムのハノイ(約25万円)の約4倍となり、企業のチャイナプラスワン戦略を加速させる要因となっています1。2010年にJETROが実施した調査結果によると、日本企業が中国事業の縮小または移転・撤退を決断する理由で最も多かったのは「調達費や人件費などのコストの増加(70.4%)」でした2。その後も現在に至るまで、中国の製造業の賃金上昇トレンドは継続しています。
2010年代に入ってからは、知的財産侵害、環境規制強化、技術流出・移転、外資排除といった問題が指摘されるようになりました。知的財産侵害については、違法な模倣製造、商標・意匠盗用などによる被害の深刻化が指摘されています(図表1の②)。2010年代中盤以降は、中国において環境保護規制が強化され、政府から直近1年間で指導を受けた日系企業が4割強存在するという調査結果もあります(図表1の③) 3。
また、中国における一部産業分野に参入する外資企業に対する合弁規制など、外資企業に対する企業買収・統合を通じた重要技術の獲得、外資企業へのサイバー攻撃や産業スパイを通じた営業秘密の窃取といった技術流出・移転の問題も指摘されています(図表1の④)。米国のトランプ前大統領は2018年、中国政府が米国企業の先端技術や知的財産の中国企業への移転のために不当に介入しているとして対中制裁措置を決定するなど、欧米諸国を中心に対応策を講じる動きが加速しています4,5,6。
一方で、中国政府による外資排除の動きも指摘されています。政府調達における中国製品の優遇(安可目録、信創目録など)、複合機などを対象に国家標準を用いた中核部品の国内開発・生産の強要、そして自国産業が発展しつつある分野では外資を排除し、国産品を優遇するといった問題が顕在化しました(図表1の⑤)7,8。
2020年代に入り、ゼロコロナ政策の緩和で国内経済の持ち直しが図られていますが、中長期的には労働人口減少、民間企業統制強化、生産性低下などにより成長鈍化が見込まれ、市場および生産地としての相対的魅力の低下が指摘されています(図表1の⑥)。安価で豊富な労働力や成長する巨大市場へのアクセスといった中国投資の前提条件が変化することで、中国の事業環境を再評価する必要が生じています。
歴史問題や領土問題を背景とする外交政策上のビジネスリスクは、中国の経済・軍事面での台頭に伴い、大国同士の貿易摩擦や先端科学技術の覇権争い、そして台湾を巡る有事リスクにまで発展し、企業の対中認識に影響を与えています(図表1参照)。
靖国神社参拝問題を巡る反日デモは2005年頃から活発化しました。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件(2010年)や、日本政府による尖閣諸島「国有化」に係る閣議決定(2012年)を経て、日本の歴史教科書や歴史認識を巡り、中国国内の日本企業の工場や店舗などに対して破壊・攻撃活動が生じたり、一部中国メディアから名指しで批判された日本製品に対する不買運動が起きたりしました(図表1の⑦)9。
「対中貿易赤字の解消」と「貿易不均衡の解消」を公約に掲げた米国のトランプ氏が2017年に大統領に就任すると、中国製品への25%の関税適用を契機に米中両国による報復関税の掛け合いに発展し、米国向け製品の製造拠点が中国から他国へ移管される事例も見られました10。米国による対中政策は、その後も輸出管理、中国製品排除、査証審査の厳格化などにも及びました。また、バイデン政権はフレンドショアリングを提唱し、西側諸国による自国または友好国・同盟国内でのサプライチェーン強靭化による対中依存度低減の動きが加速します。
2023年5月にはIPEF(インド太平洋経済枠組み)のサプライチェーン協定交渉の実質妥結が発表され、QUAD(日米豪印戦略対話)やAUKUS(米英豪安全保障協力枠組み)、米台日韓による半導体のサプライチェーン同盟である「チップ4」など新たな枠組みの議論も進んでいます(図表1の⑧)。
中国政府もそうした動きに対応するように、次々と対抗策を打ち出しています。習近平主席は2020年4月の中央財経委員会において、サプライチェーンの独立と複線化に加え、「キラー技術」の確立とグローバルサプライチェーンの中国依存強化を表明しました。また、第14次5カ年計画(2021-25年)では、科学技術の「自立自強」、自律制御可能なサプライチェーンの確立を目標化するなど、中国依存状態の創出によって外国からの圧力に対する反撃力や抑止力の向上が図られています(図表1の⑨)。
さらに、習近平政権(12年~現在)においては、胡錦濤前政権ではほとんど見られなかった台湾周辺での軍事行動が活発化しており、台湾有事に対する各国政府・企業の警戒感が高まっています。米国の民間シンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)が2022年に発表した報告書によると、米国の専門家の73%が今後10年以内に中国が台湾に侵攻する可能性があると認識していると指摘しています11。ロシアによるウクライナ侵攻以降、万が一の有事の際の事業継続、コンプライアンス遵守、有無形資産保護、従業員の安全確保といったさまざまな観点で事業リスクを検討する企業が増加したことを踏まえると、有事に備えてこうした事業リスクの検討も重要です(図表1の⑩)。
中国における対外関係の悪化や、国内経済の構造的な減速の影響は各種統計にも現れており、2023年第2四半期の中国の対内投資額は直近25年間で最少となり、米国の国別輸入金額に占める中国の割合も近年減少傾向にあります12,13。
図表2は、近年のチャイナプラスワン戦略の具体的な企業事例を移管理由ごとに分類したものです。これによると、2000年代以降から散見されたコスト増(人件費、原材料費など)に加えて、近年は米中対立、供給網途絶リスク、ゼロコロナ政策等生産制約、技術窃取・流出、環境規制強化といった新たな経営課題を理由とする移管事例が見られ、チャイナプラスワン戦略の多様化、具体化が進行していることが分かります。
ここでは日米欧企業の対中認識と、中国を含む供給網の多様化の動きについて、各種アンケート調査結果をもとに解説します。日米欧企業は総じて、米中対立や中国の政策方針、中国の経済成長鈍化見込みなどを理由に中国の事業環境を悲観的に捉える傾向が強く、創意工夫でリスクの低減を図る動きが出てきています。
PwC Japanグループが2023年8月に実施した「企業の地政学リスク対応実態調査2023」によると、日本企業の36%が直近1年間で中国の投資環境が悪化したと回答し、改善したと回答した企業はわずか6%に留まりました。また、46%が中国を優先投資先ではないとし、25%が中国で現在展開している生産や調達のプロセスを中国国外に移管を検討または実施中であると回答しました(図表3参照)。
中国国外への移管を検討する理由としては、「中国における政策環境の不透明性」が65%で首位となり、続いて「米中経済対立(貿易摩擦、デカップリングなど)」(44%)、「リスクマネジメント」(37%)、「人件費を含む中国でのコスト上昇」(35%)、「中国経済の成長鈍化見込み」(32%)などが上位に挙げられました。
移管先の地域としては、ベトナムが46%で首位となり、次いで日本(40%)、タイ(25%)、インドネシア(21%)、マレーシア(18%)などが上位を占め、サプライチェーンの多角化および国内回帰に向けた検討が進んでいることが分かります。
また、JETROが2022年度に現地日系企業を対象に実施した調査によると、今後1~2年で事業を「拡大」させると回答した企業の割合は、中国が2007年度以降で最も低い33.4%となり、インド(72.5%)、ベトナム(60.0%)、インドネシア(47.8%)、タイ(40.3%)などと比較しても低い数字となっています14。
欧米企業も日本企業と同様の対中認識を有していることが、各種調査によって明らかになっています(図表3参照)。
中国に所在する米国企業で構成される在中国米国商工会議所(AmCham)が2023年3月に発表した調査によると、中国から他国への移管を検討している、または既に開始したと答えた在中国米国企業は24%にのぼりました。その理由として、43%が米中貿易摩擦、20%が地政学リスクの上昇を挙げています。移転先として選ばれた地域としては、ASEANを含む新興アジア地域(日本、韓国、台湾、オーストラリア、シンガポールの各国以外のアジア諸国)が29%と、米国(30%)に次いで選ばれています15。
また、中国に所在する欧州企業で構成される在中国欧州連合商工会議所が2023年5月に実施した同様の調査でも、21%が中国への投資を国外移転させることを検討または実施済みと回答しました。中国でのビジネスの最も大きな課題として、「中国経済の成長鈍化」(36%、前年比12ポイント増)、「米中貿易摩擦」(24%、同12ポイント増)が挙げられました。中国からの移転先としては、ASEANを含むアジア地域が45%と最も多く選ばれました16。
一方で、注目すべきデータとして、中国日本商会が2023年6月発表した「中国経済と日本企業2023年白書」によると、中国事業を「縮小」または「第三国に移転ないし撤退」と回答した日系企業は6.3%に留まっていることを紹介しておきます。前述の在中国欧州連合商工会議所の調査でも、サプライチェーンの中国からの完全撤退を検討している企業は0.2%に留まったとの結果が報告されています17。
一見、これまでの調査結果と矛盾するように感じられますが、中国事業環境の見通し悪化を懸念して投資や事業の見直しをする企業が多い一方で、生産拠点および市場としての中国の魅力は依然として強く、中国事業の縮小・撤退まで行う企業は限定的であることを表しています。すなわち、チャイナプラスワン戦略による調達・生産や販売先の多角化の流れは、単純に企業の中国離れの動きではなく、中国事業の現地化(In China, for China)による米国の対中規制や中国の外資規制の影響緩和などと合わせ、中国市場におけるチャンスの捕捉と並行していかに全体としてのリスクを下げるかという企業の検討の一環であると理解できます。
ここまでの内容を踏まえ、チャイナプラスワン戦略の具体的な検討にあたり、(1)自社の中国事業のバリューチェーンに沿った影響やリスクの整理・評価、(2)移転候補先との比較ポイントの整理、(3)中国と各国の投資環境比較、という3段階での検討手法を解説します。
図表4は、縦軸が前節までで解説したチャイナプラスワン戦略の検討要因、横軸が自社の中国事業のバリューチェーンおよび影響・リスクを示しています。この図表を用いることで、自社ビジネスにおける縦軸の検討要因の蓋然性を評価したうえで、横軸の自社のバリューチェーンのどの部分にどれくらいの影響・リスクがあるかを分析することができます。
影響やリスクの評価においては、単に定量的にインパクトの評価を下すだけでなく、評価の前提となる事実認識が正しいか、それに基づく評価結果が妥当かについて、中国事業の実情に照らして十分に協議、検証したうえで慎重に評価することが重要となります。
図表5は、自社のバリューチェーンに沿って、中国と移管候補先の投資環境をPEST分析により比較する際の指標を示しています。(1)で評価・整理した中国事業の影響やリスクを踏まえ、移管候補先と中国には投資環境の面でどのような差異があるかを自社のバリューチェーンに沿って整理することで、自社ビジネスの中国へのエクスポージャーの在り方について検討することができます。中国で顕在化するリスクを回避するために中国国外に移管したとしても、移管先においてその影響やリスクを全て回避できるとは限りません。企業のリソース(ヒト・モノ・カネ)が限られるなか、影響やリスクに優先順位をつけて判断することが求められます。
図表6は、チャイナプラスワン戦略の検討候補となる主要国と中国について投資環境を比較したものです。経済見通し、労働人口、スキル人材、インフラ、政治リスク、規制リスクなどの要素について比較すると、中国は高い規制リスクを有するものの、依然として巨大な労働人口や豊富な高スキル人材、競争力のあるインフラを保有していることが分かります。
投資に際して考慮すべき要素全てで中国を上回る国・地域は、今のところ存在しないと見受けられます。従って、チャイナプラスワン戦略では、依然として高い比較優位性をもつ中国での事業継続を前提としつつも、中国と移管候補先を十分に比較・検討したうえで、中国拠点の機能の一部の国外移転や、複線化などを通じた中国依存度の低減といった選択肢を検討する視点を持つことが基本となるでしょう。
移転候補先についても、経済合理性の観点に加えて、総体的な地政学リスクの先行きについて想定するシナリオに基づき、当該国において地政学リスクがどのように変動するかを検証した上で比較する必要があります。その際、発生し得る事象をさまざまな角度から想定・検証し、それらへの対応アプローチを準備するとともに、定期的に見直すことが肝要となります。
本稿では、チャイナプラスワン戦略が必要とされる意義の変化や、複雑化する中国の投資環境を踏まえた上で中国市場とその他グローバル市場を両立して事業成長を成し遂げるために日本企業に求められる対応について検討しました。チャイナプラスワン戦略の在り方を検討するためには、単純に、中国かその他市場か、ではなく、世界の成長エンジンであり続ける中国で正当な事業成長を実現しつつ、全体としてのリスクを下げるために、プラスワンとしてどのような事業展開を追求していくべきか、の視点を忘れないことが肝要です。そのために、激化する米中デカップリングや各国による経済安全保障政策、台湾有事リスクなど自社の中国およびグローバルビジネスに影響を与える世界の大局的な動きや事業環境の変化を正確にとらえ、自社のバリューチェーンやリソース(ヒト・モノ・カネ)などの視点から影響やリスクを考察することが求められます。本稿が、近時の地政学リスク動向を踏まえたグローバルな事業展開の在り方を検討される皆様の一助となれば幸いです。
1 中国国家统计局「中国统计年鉴2022」
2 JETRO「2010年度在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査(中国編)」2010年12月
3 JETRO「2021年度中国進出日系企業環境規制アンケート調査報告書」2021年10月
4 Office of the United States Trade Representative "USTR Announces Initiation of Section 301 Investigation of China" August 18, 2017
5 Bundesministerium für wirtschaft und klimaschutz "Investitionsprüfung"
6 Office of the United States Trade Representative "2018 Special 301 Report" April 2018
7 経済産業省「2023年版不公正貿易報告書」
8 JETRO「日米欧の商工団体、政府調達における外資製品排除の動きを相次いで指摘」 2020年10月23日
9 外務省「外交青書2013」
10 JETRO「米中貿易摩擦の日本企業への影響(その1)対中制裁関税などへの対応に苦慮」2020年1月10日
11 CSIS, ”Surveying the Experts: China’s Approach to Taiwan,” September 19, 2022
12 国家外汇管理局 “SAFE Releases Preliminary Data of the Balance of Payments for the Second Quarter and the First Half of 2023” 2023年8月4日
13 Bloomberg "China Now Sells Fewer Goods to the US Than Mexico or Canada Do" August 9, 2023
14 JETRO「2022年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」2022年12月15日
15 American Chamber of Commerce in China, “China Business Climate Survey Report,” March 2023
16 European Union Chamber of Commerce in China, “Business Confidence Survey 2023,” May 2023
17 中国日本商会 "中国経済と日本企業2023年白書" 2023年6月
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坂田 和仁
マネージャー, PwC Japan合同会社