
PBR1倍超を目指す企業が実施すべきポイント
直近10年における日本企業とステークホルダーの考え方の変化や現状の課題を整理するとともに、PBR1倍超を目指す上で企業が何を実施すべきかについて、投資家コメント、東証要請等より抽出した4つのポイントに沿って説明します。
不安定な国際情勢や業界の垣根を超えた競合の台頭、生成AIの勃興など、企業を取り巻く環境はこれまで以上に不確実性が高い状況にあります。このように先行きが不透明な状況において、企業は東京証券取引所からの資本コストを意識した経営の要請や、投資家からの期待に対応し、またこれまで以上に持続的な成長と中長期的な企業価値向上に取り組むことが求められており、経営者は難しい舵取りを迫られています。
PwCが2022年に実施した第26回世界CEO意識調査では、「現在のビジネスのやり方を継続した場合、10年後に自社が経済的に存続できない」と回答した割合は、世界全体平均が39%だったのに対し、日本企業は72%に上りました。日本のCEOは、自社の存続に強い危機感を覚えており、生き残りをかけて変革を早急に進める必要があると認識しているといえます。
日本企業のPBR(株価純資産倍率)は、欧米企業と比較して低水準に留まっており、TOPIX500の40%以上が1.0倍未満で、四半世紀前の1.5倍よりも低下しています。こうした背景もあり、東京証券取引所は、2023年3月31日に資本コストや株価を意識した経営の実現を全上場企業に要請しています。具体的には、持続的な成長と中長期的な企業価値向上の実現にあり、単に損益計算書上の売上や利益水準を意識するだけでなく、バランスシートをベースとする資本コストや資本収益性を意識した経営を実践することを求めています。
企業サイドが売上や利益などのPLベースの指標を重視しているのに対し、投資家サイドはROICやWACCに代表される資本収益性や資本コストなどのBSをベースとした指標に基づく経営の推進を企業に期待しており、投資家と企業の間で重視する指標にギャップが生じています。
また、企業は実績などの短期的な財務成果を注力すべき重要なテーマと位置づけることが多い一方、投資家は経営理念やサステナビリティなど中長期的なテーマを重視していることから、それぞれが期待するものにもギャップが生じています。
日本企業の業績は一定の改善傾向を示しています。しかし、持続的な成長と企業価値の中長期的向上を実現するためには、企業自身が目標とする企業価値と現状のギャップをしっかりと定量的に把握し、それを達成するための具体的なストーリーを、環境・社会課題への対応も考慮しながら、描くことが必要となります。
こうしたなか、企業は次のような課題を抱えていると考えています。
ここまで、企業サイドの企業価値向上に向けた課題を説明してきました。では、実際に企業に資金投入する立場の投資家サイドは、企業価値をどのように見定めているのでしょうか。
一例ではありますが、投資家は投資先企業の主要取引先の業績や進出国の実質GDP予測などの「外部情報」や「未来情報」を活用して投資先企業の売上・コストを試算し、10~20年の「長期的な予測」に基づき、実際に価値のある企業なのかどうかを見極めたうえで投資判断を行っています。
その反面、企業サイドにおいては次のような状況に陥っていることがあります。
①自社の情報のみに基づいて事業計画を策定している
②1~3年程度の短期間の予測・計画に留まっている
③現場レベルでは色々な情報を収集、分析し、長期的な見通しに基づいて事業活動を推進しているが、経営レベルに上がってくる段階で数値情報になっている
企業価値の向上に本気で取り組みたいのであれば、こうした投資家の取り組みも参考に、自社の活動を見直すことが必要と考えます。
ここでは中長期的な企業価値向上に取り組んでいる企業の事例を紹介します。
ある企業では、自社の企業価値を構成・創造する価値モデルを分析し、価値モデルの項目ごとにいくつかの前提をおいて価値を可視化するシミュレーションモデルをSaaS型のクラウドソリューション上に実装し、運用しています。シミュレーション結果は、現在推進中の各種企業価値向上に向けたアクションの見直しに活用しています。
ここからは、企業が持続的に企業価値を向上させるために必要となる取り組みを説明します。
全社を挙げて、企業価値向上に本気で取り組むためには、まずコーポレートレベルで価値向上計画を立案することが求められます。そのうえで、目標達成に向け、現行の施策をそのまま実行するのか、あるいは見直すのか、施策の実現可能性、効果、進捗状況を把握するための社内体制を整備する必要があります。
例えば、目標とする企業価値を時価総額で表す場合、時価総額を構成する要素に分解し、それらを向上させるための施策を全社レベルで定義したうえで、実行を担う組織に関連づけます。そして、こうした状況を俯瞰的に把握し、管理できる体制を整備することが必要となります。
不確実性が高い状況においては、企業価値向上に係る施策を明確化し、定期的にモニタリングを行う必要がありますが、その際には企業価値向上に影響を及ぼす「リスク」と「機会」を特定し、それらが及ぼす影響を適宜見極めたうえで施策を推進していくことが重要となります。
ここまで自社の企業価値を構成要素別に可視化し、各要素に対するアクションの策定からモニタリングまでの流れについて説明してきましたが、それぞれのアクションがもたらす効果も併せて可視化し、どの施策の進捗に注力すべきかを判断できるようにすることが有用となります。
例えば、企業価値向上への貢献度合いをアクション別に可視化し、どの施策が効果的なのか、どの施策の進捗を重点的にチェックすべきかといったことが確認できるようになると、モニタリングの実効性が高まります。
これまで、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を達成するために必要な取り組みを説明してきました。まとめると、企業価値を向上させるためには、目標とする企業価値と現状のギャップの定量的把握、価値創造ストーリーに基づくアクションの検討、環境変化や施策の進捗を踏まえたアクションの実践の3点を意識する必要があります。
繰り返しになりますが、測定できないものは改善できないため、目標とする企業価値と現状のギャップを定量的に把握することが第一に必要なアクションとなります。次に、そのギャップを解消するためのアクションとして、価値創造ストーリーを明確にします。そして、そのアクションが目標の達成に貢献できているのかなど進捗状況を適宜把握するとともに、効果検証を行います。加えて、外部環境の変化や足元の企業業績の状況が目標とする企業価値、または実行中のアクションに与える影響を評価し、アクションの変更、中止、再定義を行います。
PwCが長年にわたりクライアントを支援してきた経験を踏まえ、持続的な成長と中長期的な企業価値向上に向けたポイントを解説しました。
PwC Japanグループでは、企業価値およびその構成要素である資本コストの算定や、ESGに関連する取り組みが財務指標や株価に与える影響の分析など、企業価値向上に向けた各種サービスを以下のとおり提供しています。中長期的な企業価値向上に取り組む企業の一助となれば幸いです。
古後 莉奈
シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社
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