
「世界中の人のココロを動かす作品とは?」〜世界で共感を呼ぶ作品の道程を探る〜
広島出身の映画監督で深いテーマ設定や情動の描写などに定評のある森ガキ侑大氏をお招きし、PwCコンサルティングの平間和宏が、世界に羽ばたく映像コンテンツ作りの要諦、不易流行や今後の業界展望について語り合いました。
「エンタテイメント&メディア(E&M)ダイアログ」では、さまざまな分野のプロフェッショナルとの対話を通じて、変化が激しいE&M業界のトレンドを見極め、未来志向のアジェンダを設定し、健全に業界を発展させる取り組みを行っています。
今回は、オーストリアのリンツ市を拠点とするクリエイティブ機関・アルスエレクトロニカが毎年実施しているメディアアートのコンペティション「プリ・アルスエレクトロニカ」を統括する小川絵美子氏と、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)ディレクターの平間和宏が、メディアアートの最先端のグローバル潮流を踏まえ、これからのE&M業界人に必要な視点・視座などについて語り合いました。
平間:クリエイティビティに関するグローバルフェスティバルの動向を見ると、例えばカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルやニューヨーク・フェスティバル、アジア太平洋広告祭といった主要なコンペティションにおいて、新たな部門の設立や扱われるテーマ、受賞作などからも、ダイバーシティやインクルージョン、公共性、地域特性への理解などの社会的な視点・視座を持つことが必須となってきました。これらの視点、視座の高まりは、従来の日本のE&M業界における不祥事や信頼低下、機能不全などが顕在化しはじめている理由の一つなのかもしれませんし、また、業界に身を置く私たち自身の意識/行動変容も強く求められていると感じています。
アルスエレクトロニカ(以降、アルスと表記)の小川さんにお話をうかがおうと思った背景にも、そうした業界の潮流があります。個人的には、10年以上前から「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」に参加したい意欲がありました。当時は”テクノロジーを全面に打ち出したメディアアートの祭典”という認識でしたが、今回、改めて注目したのは、アルスのフィロソフィーである「アート」「テクノロジー」だけでなく、設立当初から「社会」を掲げられている点に、大変な先見性を感じたからです。
小川さんは、アルスのフェスティバルにおけるコンペティション部門「プリ・アルスエレクトロニカ」を統括されていらっしゃいます。せっかくの機会ですので、私自身もぜひ、フェスティバルを実際に体感した上で、作品を鑑賞しながら感じた想いなども交えてダイアログで語り合った方が、よりリアリティのある深いお話ができると考え、実際に開催地であるオーストリアのリンツ市に赴くことにしました。
渡航前に小川さんがおっしゃった「覚悟を持って会場に来てください」という言葉が大変気になっておりましたが…(笑)。
(左から)小川 絵美子 氏、平間 和宏
小川:リンツまで来ていただき、ありがとうございます。
平間:こちらこそ、フェスティバル期間中のお忙しいところに対談機会をいただけて感謝しております。
メイン会場だけでなく、リンツ市を色々と周ってみましたが、大学や広場などでも街に溶け込む形でアートに触れる機会が設けられており、フィスティバル中だからといって、「テクノロジー」や「アート」が悪目立ちせず、古き良き街並みに上手に溶け込んでおり、落ち着いた佇まいのなかに”リンツらしさ”がしっかり醸成されているように感じました。PwCコンサルティングでも地域共創支援の考え方の一つに「クリエイティブ・シティ」構想がありますが、今回、実際にリンツを訪れ、その具体例を垣間見た気がします。
小川:アルスのフィロソフィーの一つに「社会」がありますが、そこには特に「市民参加」が含まれています。初期のフェスティバル開催時には、ドナウ川沿いの住民が窓の外にラジオを並べて、ブルックナーの交響曲を町中に流すという参加型の体験イベントが開催されました。当時の映像を見ると、参加した住民の皆さんが楽しんでいる様子が分かります。市民と接点のないところで単なる集客イベント装置としてフィスティバルを開催するのではなく、市民参加を前提とすることが、ソフト面の文化のアイデンティティを育み、社会のイノベーションを生むという発想だったから、長い期間にわたり市民にも受け入れられているのだと思います。
フェスティバルが最初に開催された1979年という年は、パーソナルコンピューターが登場した時期にあたります。それまで一部の人しか使えなかったコンピューターを個人が手にしたことで、当然アートにも影響がありましたし、同時にテクノロジーの転換点に立ち合った多くの人々にとって、社会がどう変わっていくのかという点が大きな関心事でした。
そこで、未来に向けたアートとテクノロジーとソーシャルバリューの探求の場にしようというフィロソフィーで始まったのがアルスエレクトロニカ・フェスティバルなのです。
平間:アルスのフェスティバルでは、毎年、社会情勢や世相を勘案した示唆に富むテーマが設定されていますよね。今年は「Who Owns the Truth ?」でした。そして、小川さんがヘッドを務めるプリ・アルスエレクトロニカでは、「Complexities of Being – Layered Truths」が展覧会テーマに掲げられています。昨今、E&M業界においても「Truth」は大変重要なキーワードだと思いますので、このテーマが選ばれた背景からお聞きできますか。
小川:一口に「Truth」といっても、テクノロジーから見える真実、人の主観的な真実、社会思想としての真実など、さまざまな「Truth」があります。レイヤー構造のように同時にいくつも真実は存在しますし、噛み合わないものや対立するものもあり、非常に複雑なはずです。
自分が何かを判断するためには、個々の真実をしっかり見ることが重要だという認識のもと、考える材料がたくさん出てくるテーマが時代的にもふさわしいのではないかということで「Truth」というテーマが固まりました。
アルスエレクトロニカ プリ・アルスエレクトロニカヘッド 小川 絵美子氏
平間:出展作品を見渡し、アーティストのお話を伺うと、社会課題の捉え方、時間軸、危機感など多様な領域に視点、視座が定められており、また、展示方法も二項対立や何か恣意的なバイアスが掛かるようなストーリーで配置されていることもなく、あくまでもフラットに、受け手側が主導になれるように工夫されて作品がプロットされているように感じました。
また、一昔前のメディアアートと言えば、VRやAR、プロジェクションマッピング、ロボティクスを表現手法に用いるなど、インタラクティビティにおける体験で新奇性を与える作品が多かったと感じていました。近年はコアアイデアの着想や制作過程自体にセンシング技術やデータマイニング、AI技術の利活用が進んでいるようにお見受けします。
審査をされる立場の小川さんからは今年の作品の潮流をどう感じられましたか。
小川:カテゴリーを横断して見ても、受賞作品はいろいろな視点の真実を包括する懐の深さがあったように感じます。視点、視座が増えれば、見えていなかったことも見えてくる、つまり、アルスは「インスパイアリングプラットフォーム」であるとも言えます。
例えば、南米の農業について、これまでの自分には遠い世界の問題だったものが、作品を通じて異なる視点、視座を得て、アートワークとして感覚的にも感じたことで、農業植民地化の現実や気候危機といったキーワードを感じ取ることができますし、その結果、自分の食に対する感覚や購買行動といったところにまで思考が拡張されるかもしれません。
また、例にあがっていたデータやセンサーなどについても、多くのアーティストたちがビッグデータを使って、言葉は良くないかもしれませんが「遊び」始めています。データを”主観的”に解釈し、新たなコードで組み換え、直感的に感じられる作品としてアウトプットする。
これらの強い主観的なメッセージを伴うアートワークにより、受け手である私たちはドラスティックな視点移動や感情が揺さぶられる体験を通じて、自分自身への問いが生まれる、そんなインスパイアされる力を持った作品が多かったという印象です。
平間:作品と向き合うと、都度、「問い」を突き付けられる感覚があり、見終わった後もモヤモヤした感覚、感情が引き起こされますね。これが、インスパイアされている証拠とも言えるのでしょう。
平間:せっかくですので、私がインスパイアされた作品を取り上げてもよいでしょうか?
『Broken Spectre』という作品は今も強い余韻が残っています。今回の会場の中で一番大きな横長の巨大なスクリーンで展開される映像作品でした。74分にも及ぶ大作でしたが、どうしても気になって、2度最後まで見た作品です。また、このアーティストの方の別の作品も知りたくなりWebサイトを来訪しました。
映像表現の類型で言えば、アンドレイ・タルコフスキー監督やヴィム・ベンダース監督に通じるようなロードムービーを想起させる作風ではあるものの、アマゾンの環境問題に対するアクティビズムを感じる象徴的なメタファーやストーリーテリングに秀逸なアートジャーナリズムを感じました。
Broken Spectre / Richard Mosse (IE) Photo:vog.photo 『Broken Spectre』は、写真家のリチャード・モス氏がアマゾンの熱帯雨林の気候変動による影響を約74分のドキュメンタリー映像にまとめた作品。4K画質の4面スクリーンを寝そべった状態で視聴する。プリ・アルスエレクトロニカと同時開催されたEU主催のS+T+ARTS Prize「Innovative collaboration」部門で大賞を受賞
小川:『Broken Spectre』は、EUがテクノロジーや産業、社会におけるイノベーションを刺激するアートを表彰する目的で設置したS+T+ARTS Prizeの「Innovative collaboration」部門で大賞を受賞した作品です。
4面独立したスクリーンを繋ぎ合わせた4K映像と大音量の音声により会場でしか味わえないイマーシブな体験が可能ですが、裏側ではリモートセンシングと呼ばれる技術、特に熱帯雨林の緑の劣化を明らかにするマルチスペクトル・カメラや、衛星GPSデータ、白黒映像をベースに極色彩を有効活用する編集や撮影テクニックなど最先端のテクノロジーが使われています。
また、先住民のコミュニティとの信頼関係が築けているからこそ可能なカメラワーク、秀逸なプロットによるストーリーテリングの力など、映像作家としての情熱が詰まったメッセージ性の強い作品に仕上がっていると思います。
平間:私たちも、アカデミズムの観点から感動や余韻についての研究をしていますが、このような強い余韻が残る作品は商業的な価値も高く、そのメカニズム解明や因子特定はE&M業界の「作り手」にとっても、大変有用だと考えています。『Broken Spectre』は、既存の映像作品フォーマットでも“伸びしろ”がまだ残されていることを強く感じさせてくれました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 平間和宏
平間:今回、参加されたアーティストの方とお話される機会も多かったと思いますが、小川さんご自身のインスパイア体験はありましたか?
小川:『Cartographies of the Unseen』というコロンビアの先住民コミュニティへの参加型研究として映像作品を発表したアーティスト、Lydia Zimmermannと話していた時に、彼女は「Re-Pair」というキーワードを発していました。これは単に何かを修復する意味の「Repair」ではなく、生態系を見つめ直し、新たな結合による価値創造=ペアし直すというニュアンスです。彼女たちの作品はまさに、今まで異なるレイヤーで扱われていた別々の事象を繋ぐことで、新たな価値創造をする、まさにRe-Pairを体現していますよね。
平間:「Re-Pair」は興味深い示唆ですね。私たちは自身が知り得る顕在化した課題だけにフォーカスしがちですが、昨今、既存の壁を超えるバウンダリー・スパナー人材の重要性が増していることにも通じる大変有用なキーワードとお見受けします。
E&M業界に目を向けると、OTT(over-the-top media service)の世界的な普及を背景に、コンテンツを閲覧したユーザーのデータ分析が進んだ反動もあり、作風は既視感が増し、分かりやすいローコンテクストのテンプレート作品が増え続けています。テレビや映画のコンテンツは“時代を映す鏡”と言われますが、文化教養、新たな価値観の形成にも繋がる側面もあるため、作品のコモディティ化は、多様性の時代に逆行しているともいえます。
「Re-Pair」は近視眼的になっている業界人に対する「問い」の一つかもしれません。
平間:視点・視座のお話をもう少し掘下げたいと思います。私たちはコンサルティングサービスを提供する立場であり、ロジカルシンキングやシステムシンキングなどのイシュードリブンによる「課題の解決」は元来の得意分野です。また、E&M業界では、ユーザーオリエンティッドなデザインシンキングへの希求も高まっています。一方で、これらの思考には欠けやすい視点として「社会」を意識する、言い換えれば「ソーシャルバリューを高める」ことも今後重要になってくると思います。また、自ら「問題提起」をする姿勢も非常に重要だと感じています。これらを包括した概念として、アルスのフューチャーラボでは独自のアートシンキングを提唱されていますね。
小川:アートシンキングの本質は「疑い、問いを立てる」ことです。疑うというのは、平間さんもおっしゃった「自発的な問い」ですよね。社会や自分にとって当たり前だと思っていることを疑うことで、新しい視座が生まれ、問うべきことが言語化・可視化されていく。つまり、フィロソフィーが明確になるわけです。
フューチャーラボでは、アートシンキングと同時にデザインシンキングについても言及しています。アートシンキングで明確化したフィロソフィーを具現化し、前に進めていくために必要なのがデザインシンキングと以下のイメージで位置付けています。
アルスのフューチャーラボによるアートシンキングは、自らビジョンやフィロソフィーを明確化するプロセスであり、クリエイティビティクエスチョンの重要性を説いている。また、デザインシンキングとの接点も設けられており、サービスや製品といった具体アクション化のプロセスも包括される。
平間:なるほど。アルスのフィスティバルで過去にテーマとなった“Out of the Box”に通じているとも感じますね。
今、E&M業界人が求められているのは、既存の「課題解決」思考に留まって近視眼的にならずに、まさに、自ら「疑い・問いを立てる」ことなのかもしれません。「興行性」と「作品性」という二項対立のビジネスモデルに固執し過ぎず、テンプレートやフォーマット、メディア自体の現状を疑う。クリエイティブプロセス自体を疑い、自ら問うべきだと。
アートシンキングを自身の思考に新たにインストールすることで、多様性への理解にも通じる重要な視点・視座が得られますね。図示すると以下のようなコンセプトになるのかもしれません。
深耕型の問題解決思考の領域に留まらず、“Out of the box”を意識するために、自らの既視領域を疑い、問いを立てる。そのためには視点・視座を「社会」まで高める必要がある。
小川:プリ・アルスエレクトロニカに出展される作品に共通して感じるのは、万人受けを狙うのではなく、“自分にとって”のTruthやリアリティを追求することの重要性です。
先ほど平間さんからエンタテイメントのコモディティ化という指摘がありましたが、商業的な作品であればあるほど、こうしたジレンマはあると思います。受け手の意識は変わりつつあるようにも感じていますし、送り手が信念を持って自分のリアルを発信することで新たな共感や理解が生まれる場面をいくつも見てきました。
E&M業界で活躍される方にとっても、アートシンキングを意識し、各自がさまざまな問いを立て、リアルなメッセージを作品に込め、共感を生むことで、これからの時代を彩る素晴らしいコンテンツが生まれていくことを期待しています。
小川:「覚悟して来てください」と言ったのは脅したわけではないんです(笑)。
アルスのフェスティバルは、グリーンフェスティバルに認定されており、環境負荷の低減にも積極的に取り組んでいるため、世界中から多くの方々に集まっていただく際には、どうしても一定の環境負荷がかかります。実際に、会場となっているここポストシティも配送センターの跡地を有効活用しており、大きな手を加えていません。フェスティバルの設営も建材類は再利用を前提として、簡易的な物ですぐに撤去できるようになっています。
また、フェスティバルの前は難民の方の滞在場所となっており、フィスティバルの持続可能性という点でもさまざまな配慮が成されています。
そして、せっかく来ていただくのなら、このフェスティバルでリアルに感じ、心に残った“種”を持ち帰って、各自のコミュニティに還元するという気概を持って私たちのインスパイアリングプラットフォームに参加してほしいという願いがあるんです。それによって社会参加の意識、考え方や価値観、生活の仕方、仕事の捉え方、いろいろなものが変わってくると思っています。
平間:物見遊山で訪れた意識はありませんでしたが、「覚悟」の真意が分かりました。PwCコンサルティングは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というパーパスを掲げています。小川さんやアーティストの方々と接したことで、改めてこのパーパスが自分事化された気がしますし、我々の思考にもアートシンキングを取り入れていくことで、ソーシャルバリューの発揮にも積極的に取り組んでいく覚悟も固まりました。
今回、お預かりした“種”をE&M業界にも蒔き、成長させていくことが、このインスパイアリングプラットフォームに加わったメンバーとしての責務ですね。
どうもありがとうございました。
アルスエレクトロニカ
プリ・アルスエレクトロニカヘッド
2008年にアルスエレクトロニカに参画。オーストリアのリンツを拠点に、アルスエレクトロニカ・フェスティバルやアルスエレクトロニカ・センターのキュレーションや企画を手がける。2013年以降は世界で最も歴史あるメディアアートのコンペティション部門であるプリ・アルスエレクトロニカのヘッドを務める。
E&M業界の企業に対するビジネスコンサルティングサービスを提供してきた経験と知見を生かし、本シリーズではE&M業界からさまざまなゲストをお招きし、対話を通じてE&Mの未来に向けたインサイトをお届けしていきます。
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