エンタテイメント企業の海外展開ファーストステップ

  • 2025-08-26

はじめに

「日本のコンテンツは世界に通用する」と言われて久しいですが、実際に海外展開を検討すると、言語・文化・法制度はもちろん、現地の趣味趣向や消費習慣まで大きく異なる中でさまざまな壁に直面し、どこから手を付けるべきか悩む企業も少なくありません。本稿では、そのような課題に直面するエンタテイメント企業が、海外展開を成功させるための実践的なステップを解説します。

1. 海外展開の重要性

(1)海外市場の成長と可能性

PwCでは、日本国外のエンタテイメント&メディア(E&M)市場は2025年に297兆円に上ると推計しています。一方、日本市場は推計16兆円であり、海外にはその20倍近くの市場が広がっていることになります。

海外と日本のE&M市場規模

(出所:PwC Global Entertainment, Media & Telecommunications Outlook 2025 – 2029)
※通貨換算は2024年の1~9月の平均1米ドル=151.181円を適用

さらに、海外市場は2029年には推計353兆円に到達するなど、年平均6%の成長が見込まれています。これは日本市場の成長率年平均約4%を上回り、海外は日本のエンタテイメント企業にとって非常に有望な市場と言えるでしょう。

(2)新たなクールジャパン戦略における日本政府の支援

日本政府も、海外展開を強力に支援しています。2024年6月に発表された「新たなクールジャパン戦略」では、コンテンツ産業を基幹産業として位置付け、2033年の海外市場規模を20兆円に拡大することを目標としています。

政府は、民間企業への支援に対して大規模な投資を行っており、コンテンツ海外展開促進事業やクールジャパン機構への出資を通じたサポートを行っています。ローカライズやプロモーションへの補助を活用することにより、現地文化に適応した形での配信や広告宣伝が可能となり、国際的な競争力を向上させることができます。また、デジタル化に対する補助も行われており、効率的なコンテンツ制作と流通により企業活動のさらなる最適化を図ることができます。

このように、現在の日本のエンタテイメント企業は、政府の支援も受けながら海外市場でのビジネス展開力を強化し、持続的な成長を目指すことができる環境にあります。

(3)海外展開のポテンシャル

日本のエンタテイメント業界にとって、海外市場はどのような成長の舞台となり得るのでしょうか。

日本のコンテンツの海外売上は、11兆1,000億円に上ると推計しています。国内のコンテンツ市場規模は12兆円ですから、国内市場に匹敵する規模の市場が既に形成されていることになります(図表1)。

図表1:日本のエンタテイメント業界の規模推計

(出所:PwCコンサルティング エンタテイメント&メディア・インダストリー・イニシアチブ)

実際に、コロナ禍の影響でデジタルプラットフォームの利用が広まり、日本のエンタテイメントコンテンツが瞬時に世界規模の消費者に届けられるようになりました。この変化が特にアニメや音楽業界での急速な国際的人気を後押しし、海外市場の急成長をもたらしています。日本発のアニメが動画配信サービスでグローバル上位にランクインすることも、珍しくなくなりました。

このように、既に海外には相当規模の市場が存在し、これから海外展開を目指す日本のエンタテイメント企業も海外での売上拡大を期待できる状況にあると言えます。

※令和6年度メディア・ソフトの制作及び流通の実態に関する調査(総務省情報通信政策研究所)

2. 海外展開にあたり理解すべきこと

日本国内では、コンテンツへ投資し(資本:Capital)、コンテンツを創り(創作:Creator)、配る(配給:Channel)ことを通じて、生活者による所有(Commerce)・体験(Community)として消費され、再び新たなコンテンツの創出へかえるという循環が、メディア系ビジネスの一種として複数の企業の有機的な連携によって実現しています(図表2)。

図表2:コンテンツの生態系モデル

(出所:PwCコンサルティング エンタテイメント&メディア・インダストリー・イニシアチブ)

このモデルを海外で展開するには、これらのCそれぞれについて順を追って検討を進めることが有用です。 

具体的に、各ステップで何を理解すべきかをまとめたのが、以下の図表3です。

図表3:海外展開のステップと理解すべきこと

(出所:PwCコンサルティング作成)

まずは①コンテンツの展開国とIP(コンテンツやキャラクターなどの知的財産)を選び(Content)、その後②そのIPを用いてどのような商品を展開するかを選んだ上で(Commerce)、③その国で展開するのに最適なチャネルを開拓して市場に参入し(Channel)、さらに継続的に④市場を深耕していく(Community)ことで、海外展開の成功確度を高めることができます。また、規制対応は全てのステップで必要となり、リスクや留意点を把握しておくことも重要です。

次項からは、上記のステップ①~④を順に解説します。

ステップ①:展開国×IP選定

自社のIPラインナップから、どのIPをどの国で展開するかが、最初の検討事項となります。

やみくもに市場の大きな国を選んでも、その国に合ったIPでなければ巨大市場の中で埋もれてしまいますし、市場が相対的に小さくても、その国に合ったIPであれば一気にシェアを拡大できる可能性があります。

この検討にあたっては、市場規模や自社IPとの相性、さらに法規制や慣習を考慮して、展開する地域を見極めることが重要となります。

検討アプローチの1つとして、過去の類似地域でのIP市場規模や、似た特性のIPの実績を参考にすることが可能です。

各国における日本IPの市場規模

下の図表4は、市場規模と日本IPのプレゼンスを分析した結果です。

図表4:エンタメキャラクター市場規模に対する日本IPのプレゼンス

(出所:PwCコンサルティング作成)

市場規模が9.5兆円超の米国や1.7兆円超の英国を含む右下の象限は、日本IPとの親和性は必ずしも高くないものの、巨大市場であり海外展開先として優先されるべき市場であるといえます。

一方、右上の象限の中国・ドイツは、一定以上の市場規模があり、かつ、日本IPとの親和性も高いため、北米や英国で大きな人気を期待しにくいIPであっても浸透していく可能性のある市場です。

また、アジア諸国や一部の南米・欧州・中東諸国を含む左上の象限は、日本IPとの親和性が高いため、特定の国・地域でのコアファン層の形成が見込めるIPであれば、展開先の選択肢に入ってくるものと考えられます。

国とIP特性の相性

市場規模のみならず、IPの性質との相性も展開の成功を左右します。

海外未展開のIPと市場との相性を検討するにあたっては、既存の日本IPの消費実績を参考にすることも有用です。

図表5は、2025年5月に米国・中国の15歳以上約1,000人に対し、国内外の20IPについて2024年に消費した金額をアンケート調査したものです。

図表5:2024年消費額ランキング

(出所:PwCコンサルティング アンケート調査(米国n=995、中国n=998))

このように、米国と中国の2カ国を取っても、好まれる日本IPの傾向には大きな違いがあります。米国では、バトルやアクションの要素の強いIPやゲームIPが注目を集めています。文化的基盤を共有していなくとも楽しみやすい、ノンバーバル(非言語)かつローコンテクスト(背景や文脈の理解を重視しない)なものが好まれる傾向にありますが、忍者には根強い人気があり「NARUTO」のランキングが米中で大きく異なるのは特筆すべき点です。一方、中国の2位は「ハローキティ」で、可愛いキャラクターとの親和性の高さを物語っています。米国と比較すると、中国では全体的により長く複雑なストーリーのあるIPが好まれます。日本との文化的距離が相対的に近いため、ハイコンテクスト(背景や前提条件が多く複雑)なコンテンツが理解されやすいことに起因していると考えられます。

さらに、地域ごとに好まれるIPが異なる背景には、IPそのものへの需要のみならず、その地域で流通・消費されている商品カテゴリの偏りも影響していることを留意しなければなりません。

PwCコンサルティングの調査では、地域ごとに商品カテゴリ別(ホビー、玩具、アパレルなど)の流通量に違いがあることが明らかになっています。

IPごとに向いている商品も異なるため、その地域で流通量の多い商品カテゴリのIPが好まれる傾向があるとも考えられます。

このように、各市場で好まれる・消費されるIPは異なるため、自社の取り扱うIPと親和性の高い市場を選定することが重要です。

法規制や慣習

さらに、ここまでのような攻めの観点のみならず、守りの観点での検討として、現地の法制度・商慣習・業界の自主規制なども考慮する必要があります。著作権・特許権・商標権等の知的財産法制の理解や登録状況の予備調査、表現規制の有無や、直接的な規制はなくとも現地のユーザー感情を害する表現の有無、いわゆる炎上事例などの調査も、この段階で行うことで手戻りなく検討を進めることができるでしょう。また、法務のみならず税務上も、例えば源泉税等が論点となるケースもあります。

ステップ②:商品選定

どの国にどのIPで展開するかが決定された後は、どのような商品を展開していくかを検討します。具体的には、自社の商品ラインナップの中で優先的に展開していくべき商品はどれか、その商品はローカライズ、カルチャライズが必要か、を判断していく必要があります。

現地の文化・慣習に合わせて可能な限りローカライズすることで大ヒットを狙えるのか、逆に日本で販売されているものと何も変わらないことがファンにとっての価値になるのかは、国・地域や商品などによって異なります。

また、先にも述べたように、IPの特性によって向いている商品カテゴリは異なります。つまり、IPごとにターゲットとなるユーザー属性があり、そのユーザー属性に応じて異なる商品カテゴリが好まれる傾向があるということです。例えば、大人の女性ユーザーをターゲットとしたキャラクターIPは、大人向けデザインの雑貨やアパレルと相性が良く、子ども向け番組のキャラクターIPは玩具で展開するケースが多い、などの事例があります。

また、市場によって好まれる商品のテイストや価格帯が異なるという見方もあります。

例えば、米国には子ども時代の玩具を好んで収集する成人層を指す「キダルト」需要もあり、本格的で「かっこいい」デザインの人気が高い傾向にあると言われています。事例として、ホビーメーカーの壽屋では、アメコミ作品の精巧なフィギュアを米国市場向けに展開しています。

一方、中国では「かわいい」商品や、「ゆるい」と称される親しみやすい商品が人気を獲得するケースが見られます(例:「ちいかわ」や「クレヨンしんちゃん」のグッズなど)。中国を含めたアジア諸国では、ソーシャルメディアなどを通じて日本のいわゆるオタク系カルチャーが浸透しており、大量の缶バッジなどでバッグを飾る行為や、好きなコンテンツ・キャラクターのグッズで部屋の一角を飾る文化も一部のファンには馴染みのあるものになりつつあります。

他方、欧州は精巧なフィギュアなどの人気は根強いものの、アジアのような雑貨などの比較的安価な商品を購入・収集する文化はそこまで広がっていないと言われています。

さらに、商品の選定においては、現地の法規制等についても調査と検討が必要です。例えば、フィジカル商品の場合は安全基準や認証が国・地域ごとに異なるため、基準や認証の取得方法を確認しなければなりません。デジタル商品の場合でも、ゲームのレーティング取得や消費者保護・未成年者保護関連の法規制の遵守が必要になるケースがあります。加えて、自社の商品を守るため、海賊版・模造品対策の状況やDRM保護法制も確認し、適切な措置を講じることが求められます。

ステップ③:チャネル開拓

展開国・IP・商品が決定したら、いよいよチャネルを開拓し実際に商品を市場に投入していくフェーズに入ります。現地の業界構造や主流のビジネスモデル、大手プレーヤーの存在や商慣習によって最適なチャネルは異なりますが、一般的には価格帯に応じてチャネル開拓方針を検討していくことが有用です。図表6は、デジタル商品と比較して流通網など検討すべき事項の多いフィジカル商品におけるチャネル開拓の例です。

図表6:価格帯別チャネル開拓例

(出所: PwCコンサルティング作成)

なお、チャネルや展開の仕方に応じて、法規制・税規制の確認も必要となります。法務面では消費者保護や個人情報保護に関する法制度、マーケットプレイス規制等、税務面では移転価格税制等が重要な論点となることが一般的です。

ステップ④:市場深耕

ステップ③まで進むことで海外で商品・サービスを展開することができるようになりますが、海外展開の成功には市場の深耕が欠かせません。新しい市場からのフィードバックを、商品・サービス開発やマーケティング活動、コミュニティマネジメントに反映していくことで、海外の消費者がIPや商品のファンになってくれるような仕組みづくりが必要となります。

世界中のファンによってもたらされた利益でより良いコンテンツを生み出しファンに還元する、という上記の5つのCの好循環が生まれれば、日本のみならず世界で成長していくエンタテイメント企業となることができるでしょう。具体的な施策としては、国・地域別のエンドユーザーの購買行動や嗜好性の分析、現地に密着したマーケティングやコミュニティマネジメントによるファンダムの盛り上げなどが挙げられます。

また、市場深耕のステップでは、現地法人を設立してさらに本格的に現地に向き合っていくケースも多くなります。その際は、外資規制やジョイントベンジャー(JV)設立義務の有無、法人税や恒久的施設(PE)課税といった所得税法上の論点などが発生します。国や地域によっては、本社から赴任させる人材のビザ取得要件が非常に厳格なケースや、現地の雇用創出の観点から外国人と現地人の雇用人数比率が定められているケースもあります。

ただし、このような規制対応ばかりではなく、現地の政策から恩恵を受けられるケースもあります。コンテンツ産業の振興を掲げている国や地域も多く、制作機能の一部を現地に持つことでタックスインセンティブ(優遇税制)が生じたり、政府からの補助金の支給対象となったりすることがあります。

3. 海外展開を進める際の課題

ここまで、海外展開の4つのステップをお伝えしましたが、実際に調査や検討を進め意思決定していく中では、さまざまな困難や課題が発生すると考えられます。先行事例においても、例えば以下のような課題が確認されており、対応に苦慮するケースが見受けられます(図表7)。

図表7:海外展開の各ステップで直面しうる課題

(出所:PwCコンサルティング作成)

4. グローバルでの持続的成長を目指して

これまで述べたように、海外は魅力的な市場であり、現在は日本政府の支援という追い風も吹いています。ステップバイステップで調査・検討を進め、戦略的な意思決定を行うことで、成功確度を高めることが可能です。

しかしながら、海外展開は中長期的な投資として捉えるべきです。事業が軌道に乗るまでは、海外展開部門を継続的に支援することが必要となります。

以下のグラフは、既に海外展開に取り組んでいる国内エンタテイメント企業各社における、海外売上高比率と営業利益率の推移です(図表8)。海外展開が軌道に乗ると、海外売上高比率と営業利益率の双方が上がり、グラフ上は右上に向かって推移していきます。しかし、多くの企業において、海外売上高比率が高まった反面、一時的に営業利益率が低下し、グラフ上は右下に振れる時期が見られます。

海外売上高比率と営業利益率の推移

(出所:国内エンタテイメント業界 各社IR資料よりPwCコンサルティング分析)

この時期は各社で投資を先行しながら、現地の理解やブランドの浸透に取り組んできたものと考えられます。成果が見え始めるまでには、少なくとも数年単位の取り組みが必要とされるケースが一般的です。最初の数年は我慢の時期と捉え、海外展開推進部門を支援していくことが、中長期的な利益拡大につながります。

5. PwCの支援

このように、海外市場は日本のエンタテイメント企業にとって魅力的な成長の場であり、日本政府の支援が追い風となっています。ステップバイステップで調査と意思決定を行うことによって、成功の可能性を高めることができます。忍耐強く進み、初期の挑戦を乗り越えることで、グローバルで長期的な成長を実現する道が開かれているのです。

PwCコンサルティングでは、国内エンタテイメント企業の海外展開を多面的に支援しています。戦略立案から市場調査、現地パートナーとのアライアンス構築、ブランド戦略の策定、オペレーションモデルの設計、デジタル活用による顧客接点の最適化に至るまで、企業の成長フェーズや展開国の特性に応じた包括的なコンサルティングサービスを提供しています。特に、IPビジネスにおけるグローバル展開に強みを持ち、エンタテイメント業界特有の課題に精通した専門チームが、戦略から実行まで一貫して伴走します。

その一環として、海外展開の初期段階で多くの企業が直面する「どこから手を付けたらいいのか分からない」という課題に対応するため、調査レポートとコンサルティング支援のパッケージを開発しています。このたび、その第1弾として米国市場を対象としたパッケージをリリースしました。米国の15歳以上約1,000人に対するアンケート調査に基づく消費者嗜好分析や、市場構造、規制環境などを網羅的に整理した内容となっており、初期検討の出発点としてご活用いただけます。

調査レポートに加え、お客様の課題・ご希望に沿ってカスタマイズした追加調査およびコンサルティング支援をご提供いたします。

ぜひお気軽にお問い合わせください。

(ご参考:米国版調査レポートに含まれる目次)

  1. 本レポート概要
  2. 市場参入環境分析
  3. IP好意度分析
  4. IP関連商材消費分析
  5. 現地ビジネス環境分析
  6. 事業リスク分析
  7. ファンエンゲージメント
  8. 先行事例
  9. 今後のご検討に向けて

執筆者

藤島 太郎

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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河波 佑介

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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林 かほり

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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櫻井 優子

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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菊池 なのは

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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