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鼎談者
島根県出雲市長
飯塚 俊之氏
株式会社モンスターラボホールディングス 代表取締役社長
鮄川(いながわ) 宏樹氏
モデレーター
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー
公共事業部 デジタルガバメント統括
林 泰弘
※本文敬称略
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
(左から)飯塚 俊之氏、鮄川 宏樹氏、林 泰弘
林:
デジタルトランスフォーメーション(DX)の概念は2004年、スウェーデンのウメオ大学教授(当時)のエリック・ストルターマン教授が提唱したと言われています。DXとは「デジタル技術を活用すること」ではなく、「デジタル技術の存在や活用を前提とした社会生活のあらゆる面での変化・変革である」と定義されています。すなわち「世界を変えること」と言い換えられると思います。デジタル技術の活用に加え、私たちの常識をひっくり返すような価値観の転換、それによって生まれる新たな暮らしがDXの1つの理想とも言えます。
鮄川社長は「多様性を生かし、テクノロジーで世界を変える」という思いで創業し、培ったノウハウを生まれ故郷の出雲市でも役立てようとしています。まさに新たな価値観の具体化を、起業と経営を通じて実践していると感じます。まず、創業時の思いについてお聞かせください。
鮄川:
モンスターラボのメイン事業は今でこそデジタルコンサルティングですが、創業時に手掛けていたのは音楽配信プラットフォームです。創業した2006年にはすでに、デジタル音楽プレーヤーや音楽配信サービスのような、音楽を手軽に聞けるインフラができていました。ただ、「音楽がデジタル化する」という本質的な変化は、単にCDがMP3などのファイルに変わるということではなく、今までなかった多種多様な音楽を楽しめる場がインターネット上にできることだと考えたのです。また、アーティスト目線に立つと、良い音楽を作っても発信する場がありませんでした。インターネットを通じて誰もが情報発信できることで、多様な才能を持った人たちが輝ける時代になるはず。そういうプラットフォーム、エコシステムをさまざまな領域で創りたいと思ったのがきっかけです。
林:
鮄川社長が見通されている未来を一緒に見たいと感じました。さて、出雲市では2021年に飯塚市長が新市長に就任されました。自治体の首長になる前には民間企業での勤務経験もお持ちですね。出雲市長という全く異なった職に就くことは新たな価値を生むことになろうかと思います。就任時の思いを教えてください。
飯塚:
私は市長になる前、3期12年間、出雲市議会議員を務めました。それ以前にはケーブルテレビ会社を創業するなど、民間企業の社長としての経験もあります。今まで培ってきた経験や視点を行政運営に生かし、出雲市をけん引したいとの思いで市長になりました。
株式会社モンスターラボホールディングス 代表取締役社長 鮄川 宏樹氏
島根県出雲市長 飯塚 俊之氏
林:
お二人には何か共通する点があると感じました。出雲の土地柄、歴史的な背景もあるのでしょうか。ここからは出雲市のデジタル施策についてうかがいたいと思います。
出雲市は2020年に「市民サービス」「まちづくり」「産業・観光」の3分野で「デジタルファースト」に取り組むこと、持続可能な都市づくりを推進することを宣言しています。足元の状況をみると、人口減少や少子高齢化といった難しい社会課題が山積しています。Society5.0時代を迎える中、出雲市ではどのような姿を目指し、どのような施策で達成しようとしているのでしょうか。
飯塚:
出雲市総合振興計画「出雲新話2030」では、「誰もが」「どこでも」「いつまでも」、すなわち「みんなが活躍する」「地域の魅力を生かした」「持続可能なまちづくり」を目指しています。計画の実現へ今年度、市政運営の6つのポイントを掲げました。①社会経済活動の再生と更なるステップアップに向けた取り組み、②安全・安心なまちづくり、③人口減少対策と中山間地域振興、④民間企業等と連携して本市の活力を高める取り組み、⑤デジタルファーストの推進、⑥脱炭素社会・環境保全への取り組み、です。
6つの中で、「デジタルファーストの推進」については2020年に「デジタルファースト宣言」を打ち出しました。デジタルの力で「安心・快適に暮らすことができる」「将来にわたって地域への誇り・期待が持てる」「スマートな行政運営で市民サービスが充実する」を目指す姿としています。
今、各課の課題を「見える化」しようと試みています。そのために、地元のIT企業などと連携し、私たちの抱える課題を実際に見てもらう機会を設けたいと思っています。各課題に対して「自社ではこんな強みがあるので解を導けますよ」という循環を進めたいのです。具体的な内容を検討していますし、地域の皆さんと一緒になって課題を解決していく環境を整えたいと考えています。
デジタル化を1つの課で考えても意味がありません。横断的にやることが重要です。まずは行政を運営する過程で、業務プロセスの見直しや効率化を進め、市民の利便性を高める施策を展開したいと考えています。
林:
自治体を経営する上では、すでに地方自治法をはじめとした法令や制度の枠組みがしっかりと整っています。一方、新たな施策や取り組みを始めるには大変な点が多いのでは、とも感じます。そのあたりのバランスをどう取っているのでしょう。例えばドローンを使って林業や農業に活用したいとします。しかし飛行区域や操縦免許は当然必要で、飛行する際には近隣住民の理解も得なければなりません。今までにないこと、あるいは新しい価値観への共感が必要な場面もたくさんあるのではないでしょうか。
飯塚:
確かに自治体の活動は市民生活を公平に保ち、社会基盤を維持するのに重要な法令や制度の枠内で行うこととなります。そうした環境下で新たな取り組みを実行するには、民間企業などの外部団体と連携して進めることが重要です。
例えば再生可能エネルギーの地産地消を通じて地域の脱炭素化、省エネルギー化、地域経済の活性化の好循環を生み出すため、民間事業者と連携して地域新電力を設立しました。また、DXを進めるために外部の専門人材の登用を進めています。鮄川社長には出雲市CDO(Chief Digital Officer)補佐官に着任していただき、「今までにない取り組みをどんどん始めよう」と意見を交わしています。
林:
民間人材の専門性を積極的に施策に採り入れつつ、民間と行政との信頼関係を醸成する環境を整えているのですね。2021年にCDO補佐官に就任された鮄川社長への期待の大きさもひしひしと感じます。鮄川社長はご自身で大切にしたいと思われていることは何でしょうか。優先度が高いものを3つ教えていただけますか。
鮄川:
コンセプトは出雲に合った、出雲の良さを活かしたまちづくりです。極端なコンパクトシティや人口増を志向するのではありません。取り残される人や地域を無くし、人口を維持し、市民の暮らしの満足度向上を実現するものです。地方が抱える課題は全国共通のものが多いですよね。出雲がほかの地域のモデルケースになれればと思っています。
具体的な施策としては、以下の3つがあります。1つ目は、出雲市役所がテクノロジーを活用すること。市職員の方々と会話する中で、電子化できないボトルネックを1つずつ見つけていきました。全ての課にヒアリングすると70くらいの課題が出てきました。その時点では方向性がまだ定まっていなかったので、飯塚市長とディスカッションをしながら重点分野を絞り込んで手を付けることになりました。とにかく「現場の方々の仕事を楽にし、付加価値の高い仕事ができる状況をつくる」というスタンスで取り組んでいます。デジタルによって庁内業務や市民サービスを効率化したり、市民の利便性を高めたりといった目標を実現したいと考えています。
2つ目は、IT企業や人材を積極的に誘致すること。新しいサービスを担っていくのは市役所ではなく民間であるとの考えに基づいた狙いです。IT企業の誘致に関しては、島根半島の西端に位置する日御碕という自然豊かな場所と、出雲市駅近くのアクセスの良い場所のそれぞれにコワーキングスペースをつくり、定期的にコクリエーション(共創)できるコミュニティを設計します。人材誘致については、外国人人材を増やしたいと考えています。出雲は歴史的に多文化共生の考え方を持つ土地柄なんです。すでにロシアやウクライナ出身の方々が出雲に移住しています。今後も積極的に受け入れたいと思います。
3つ目は、市の課題解決に貢献する官民連携を増やすこと。例えば、不登校問題の解決や脱炭素社会の実現などは今後も自治体の課題として残るでしょう。市内外の民間事業者の多様なノウハウを活用し、先進的な施策をどんどん進めていきたいです。課題ごとにソリューションを提供できる企業とパートナーシップを組むなど、最適なスキームをつくっていきたいです。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 公共事業部 デジタルガバメント統括 林 泰弘
林:
歴史と伝統のイメージが強い出雲市の新たな側面を垣間見た気がしました。鮄川社長のビジネスへの取り組みを拝見すると、常に課題を軽々と飛び越えてしまう印象を受けます。実際はそんなに簡単なことではないと思いますが、ご自身の実行力の源は何だと自己分析されていますか。きっかけになる体験などはあったのでしょうか。
鮄川:
20代の時の仕事の経験が土台になっています。1999年に新卒で入ったプライスウォーターハウスクーパースコンサルタント(当時)では当時から完全ペーパーレスやオフィスのフリーアドレス化を実現していました。グローバルでのケーススタディなどにアクセスできるデータベースやトレーニングプログラムも組まれていました。転職先のスタートアップでは、米国シリコンバレーの企業とジョイントベンチャー(JV)をつくったり、今のように発展していなかった中国で開発拠点を立ち上げたり、という経験もさせてもらいました。DXやグローバル展開ということを当たり前のように感じられる環境を自ら選んでいったのが大きかったと思います。
林:
仕事上の経験と、仕事を選ぶタイミングの大切さについて教えていただきました。後編では、出雲市での教育の今とデジタルで目指す未来、官民のDX連携の可能性などについて議論を重ねられればと思います。