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2023-02-10
鼎談者
株式会社セールスフォース・ジャパン
常務執行役員 公共営業本部長
今井 早苗氏
デジタル庁
企画官
大平 利幸氏
農林水産省
大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官
信夫 隆生氏
PwCあらた有限責任監査法人
パートナー
辻 信行
モデレーター
PwCコンサルティング合同会社
Government&PublicServices シニアマネージャー
片桐 紀子
※本文敬称略
※法人名・役職などは対談時(2022年12月)のものです。
左から)片桐 紀子、大平 利幸氏、信夫 隆生氏、今井 早苗氏、辻 信行
片桐:
国や地方の公的機関など、行政にもデジタルトランスフォーメーション(DX)の波が及んでいます。「行政DX」は国民向けサービスの底上げのほか、生産性向上や業務効率化を実現します。一方、日々進化するデジタルツールを正しく効果的に使いこなすには課題もまだまだあります。行政DXがつくる未来を明るく照らすには何が必要でしょうか。人材育成やガバナンスの整備、システムの内製化といった観点から、皆さんとともに展望していきます。
大平:
まずは政府のデジタル施策の経緯を振り返ってみましょう。1959年、気象庁が情報システムを初めて導入したのが先駆けでした。当時は大型コンピューターが主流で、国内にプログラマーはほとんどいませんでした。そのため職員に訓練を施し、システムを自らつくる完全内製化の時代でした。
90年代になるとシステムの構成も大きく変わりました。橋本龍太郎元首相が主導した行政改革のもと、行政機能のアウトソーシングを進める機運が高まりました。情報システムの整備・管理も同様でした。アウトソーシングを進めていった結果、(過去の仕組みや技術のまま構築された)レガシーシステムがつくりあげられました。技術はもちろん、サービスや業務のノウハウも発注先に依存する形になってしまったのです。
2000年代前半には私自身、総務省に入省し、希望して情報システム部門の配属になりましたが、政府機関でシステムが行政サービスにとって重要だという認識を持った幹部はほとんどいませんでした。当時は運用経費が10億円以上のレガシーシステムが36もありました。政府の情報システム関連予算の多くを占め、そのシステム開発は一部のベンダーに半ば「丸投げ」状態だったわけです。経費の高止まり状態を解消しなければいけない、との反省から、システムの最適化計画を推進しようと動き始めました。また、(特定のベンダーへの依存度が高いため他ベンダーへの乗り換えが難しくなる)ベンダーロックイン対策から分離調達の機運も出始めました。1つのシステムをサービスのコンポーネント単位で分けて発注するという発想でしたが、結局はうまくいきませんでした。分離しすぎて関係者が増え、かえって混乱を招いたのです。
2010年代後半になると、クラウドサービスの普及に伴ってプライベートクラウドを各省庁で整えてサーバーを集約する動きが出ます。2021年9月にはデジタル庁が発足しました。今、運用が柔軟でコストを抑えられるパブリッククラウドを全面的に使おうとの流れも起き始めています。情報セキュリティ確保の必要性から、ISMAP(イスマップ)という政府情報システムのセキュリティ評価制度の運用も始まりました。
政府のデジタル施策を振り返ると、ある課題の解決のために新しい試みをすると別の課題が生まれる、というのを繰り返してきた歴史だと言えます。今もそうです。行政DXを進めるには、既存のやり方、あり方を変え続けないといけません。
デジタル庁
企画官
大平 利幸氏
2003年、デジタル化による行政改革を志し、総務省に入省。以後、業務・システム最適化、情報システム整備等標準ガイドライン、デジタル・ガバメント推進方針等デジタル化の方針・計画に関与。内閣官房、内閣府、消費者庁、愛媛県西予市に出向し、組織・業務・システム改革等にも貢献。
株式会社セールスフォース・ジャパン
常務執行役員 公共営業本部長
今井 早苗氏
日本電信電話株式会社、日本マイクロソフトでパブリックセクター営業部長、通信・メディア営業本部長などを歴任。2016年セールスフォース入社。執行役員インダストリー事業本部パブリックセクター部長、常務執行役員インダストリーズ トランスフォーメーション事業本部長を経て2022年より現職。
片桐:
公的機関の職員一人ひとりがオーナーシップを持って自ら推し進めていく、という新たなバランスを模索し始めているんですね。デジタルサービスを提供する立場としてどのように見ていますか。
今井:
政府がクラウド・バイ・デフォルト原則(政府が情報システムを整備する際、クラウドサービスの利用を第一候補として検討する原則)を掲げたことで、大きく環境が変化しました。(デジタル化が日本より進んでいる)米欧でも、クラウド活用は民間から浸透していきました。日本でも民間企業でのクラウド利用は進んでいましたが、公的機関でも新型コロナウイルス禍でクラウド活用に向けた機運が高まりました。
日本では人手をかけて紙と対面を重視した形で行政サービスが成り立ってきました。これまではこの方法で業務を確実に進めることができましたが、コロナ禍で今までの矛盾が一気に噴き出し、対面原則・押印原則の見直しなど、国主導で改革が始まったのは記憶に新しいです。
一連の改革の中でデジタル庁が発足し、各自治体でもDXを推進し始めました。さらにプライベートクラウドからパブリッククラウドへ、という流れができつつあるのはある意味で必然だと考えます。今はさまざまなクラウドサービスがあります。職員一人ひとりがそれぞれの特徴を理解し、適材適所のクラウドを選択できるような知見を持ち、活用できる環境を整えられれば、更なる進化が見られるのではないでしょうか。ただ、現実的には全ての公的機関が同時に一気に同じレベルでDXを進めることが難しいのも事実です。一部の組織で先駆的な道筋をつけてほしいと感じます。
片桐:
コロナ禍が社会のデジタル化を推し進めた側面は大きいですね。農林水産省においても行政のデジタル化に取り組んでいる中、申請や補助金、交付金などをオンライン申請できる「農林水産省共通申請サービス(eMAFF)」の導入はまさに先駆的な取り組みといえるのではないでしょうか。
信夫:
eMAFFは(プログラミングの知識が要らない)ノーコード開発で各行政手続きのオンライン実装を実現しています。職員自らが行政手続きの申請画面や審査画面をつくっています。これが功を奏して、農林水産省の約3,300の行政手続きのうち、2022年11月末で約3,100の手続きでオンライン実装を終えました。このアイデアは2019年から始まったeMAFFの検討の初期に、限られた予算の中で開発や実装をどう進めればいいか、厳しい制約がある中で出てきたものでした。
私が今のポストに就いた2019年7月時点では、先行してオンライン化を進めるとされた5事業以外に具体的なスケジュールが決まっていませんでした。一方で「2022年度までに全ての行政手続きでオンライン化することを目指す」という目標はすでに設定されていました。行政手続きのオンライン化をどう進めていくか、頭を悩ませていた時に、eMAFF担当のスタッフが現場で撮ってきてくれたのが、農林水産省のある交付金の申請などに必要な書類を束ねた「厚さ50センチのファイル」の写真です。
写真を見て、既存の申請手続きを単にオンライン化しても何の意味もない、まずは業務内容や進め方を抜本的に見直すビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)が要ると痛感しました。そこで、農林水産省が所管する全ての行政手続きにBPRを反映するため、事務次官をトップにした「農林水産省業務の抜本見直し推進チーム」を2020年1月に発足させたのです。
そのうえで、省内全ての課の課長を集めて会議を開きました。「厚さ50センチのファイル」を念頭に、行政手続きに必要な書類作成で現場に相当負担をかけている、これではまじめに仕事をしても評価されない、オンライン化を契機として行政手続きにかかる業務の見直しを是非ともやらないといけない、と訴えた結果、省内で一定の理解が得られました。その後、約2カ月で3,000を超える行政手続きの業務実態の洗い出しと業務フロー図をつくって可視化し、BPRを終えたものからオンライン化を進めてきたのです。オンライン実装そのものに注目が集まりがちですが、組織全体でBPRを進める体制を早い段階でつくり、職員にeMAFFでの作業を自分ごととして感じてもらうようにした結果、オンライン化が進められたのだと実感しています。
農林水産省
大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官
信夫 隆生氏
1991年農林水産省入省。産業連携課長、内閣官房内閣参事官(官邸)、大臣官房政策課長などを経て、2019年7月~2022年12月まで同省のデジタル化を推進した。デジタルの力で消費者に新たな価値を創造・提供できる農業(FaaS)の実現を目指す。2023年1月から関東農政局長に就任。
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
片桐 紀子
官公庁・公共サービスチームにおいて農業・食料分野のリードを担当。農林水産省eMAFFプロジェクトにおいてシステムコンサルティングサービスを担当。また、衛星画像やドローン等のリモートセンシング技術を活用した実証等、農業DXに関わるサービスを実施している。
片桐:
私もeMAFFプロジェクトに参加している一員として、各方面から「eMAFFの成功の秘訣って何でしょう」とよく聞かれます。必ずお答えすることとして、デジタル化の前にまずBPRを行い、現行業務の可視化・見直しを実施していることを挙げています。現行業務を業務フローに落とし込む過程で具体的な課題を実感することも多いと想像します。現在、当初の目標どおり大部分の手続きのオンライン化が実現している状況ですが、この先の施策をどう見据えていますか。
信夫:
eMAFFには2つの目的があります。1つは行政手続きの利便性の向上、もう1つはデータを十分に活用した政策立案の実現です。申請情報などのデータを電子的に集めることで、政策立案のためのエビデンスがデータベースに蓄積されていきます。例えば、これまで各申請手続きで縦割りになっていたデータを横ぐしで見て分析していくことで、紙の書類に埋もれていた着目すべき情報が浮かび上がり、新たな政策に生かすチャンスが生まれます。
農林水産省だけでなく、ほかの機関でもeMAFFの申請データを使ってもらう取り組みも進めています。その1つが、政府系金融機関と包括連携協定を締結し、農林漁業者にeMAFFで融資の申請をしてもらうプロジェクトです。申請者の同意が前提になりますが、農林水産省が認証した金融機関とデータを共有できるようにすることで、申請者が何度も同じ情報を複数の申請先に提出する必要がなくなるワンスオンリーの仕組みが生きてきます。
今後もさまざまなデータの共有・連携を通じて、行政サービスの利便性向上や行政業務の効率化を進め、さらにデータをEBPM(証拠に基づく政策立案)に生かしていきます。
今井:
eMAFFで申請する利便性が利用者にも職員にもだんだん浸透してきているのでは、と思います。省内のIT部門以外の職員の方も「もっとこうすればいいんじゃないか」とデジタルを活用した行政サービスの利便性向上について考え始めるきっかけになったのではないでしょうか。
信夫:
はい。デジタルツール活用に向けた職員の意識は高まりつつあり、省全体に展開していきたいと考えています。その一環として、今年度からはBIツール研修も始めています。BIツールは組織内のデータをつないで簡単に分析ができ、課題に気づきやすくなるため、素早い意思決定に役立ちます。データが膨大にあっても、加工して分析するのに時間がかかっていては生産性は上がりません。特に若手職員の負担が重くなり、新しい施策づくりまで手が回らなくなります。ある資料をつくる際にBIツールを導入したところ、以前なら200時間を優に超えていた作業時間が10時間程度に縮まり、かつ、さまざまなインサイトが得られたという事例も出てきています。
片桐:
行政DXが仕事の生産性を高めるきっかけになり得ることがわかりました。一方、デジタル化の進展と切っても切り離せない課題はセキュリティです。データを共有する幅が広がるほど、管理も複雑化し、ガバナンスを効かせる必要があります。ITガバナンス・リスクの専門家の目線からはどう見えていますか。
辻:
PwC Japanグループでは民間企業だけでなく、中央省庁や地方、独立行政法人など公的機関のDXの推進を支援しています。クライアントからよく聞くのは「DXを進めるうえでセキュリティやガバナンスを担保できないと怖い」という声です。利便性と情報セキュリティ管理のバランスをしっかり整えることは、公的機関でも民間企業でも変わりません。
一例を挙げると、あるクライアントで、若手職員が「BIツールを導入したい」と内部で主張しました。幹部会議で議題に挙げたところ、幹部の一人が導入を後押ししてくれました。幹部曰く「前職で導入したところ作業時間を大きく減らせた」という成功体験があったそうです。その後、セキュリティ部門を交え、どのデータをオープンにして、どこまでを守るのか、きちんと線引きする会話や体制づくりが進められました。
デジタル化に伴うガバナンスは、ひと昔前だと今ほど注目度はありませんでした。今、関連するセミナーを開くとたくさんの人が集まります。それだけ意識が変わってきているのだと実感します。リスク管理は厳しくかつ柔軟に、が理想です。リスクが高いからダメ、で終わるのではなく「ここまでならいい。こう変えれば許容できる」と話し合う文化が育てばいいなと思います。せっかくいいものがあるのに「ダメだ」で切り捨ててしまうようだと、組織としてデジタル化へのモチベーションが下がりかねません。
PwCあらた有限責任監査法人
パートナー
辻 信行
金融機関、航空会社やテクノロジーをベースとしたスタートアップなどに対して、ITガバナンス、デジタル戦略の立案、プロジェクトアシュアランス、サイバーセキュリティ、ビジネスレジリエンスに係るサービスを幅広く提供している。
今井:
ガバナンスはとても重要です。私たちもクライアントに「弊社のサービスをより効果的に使うためにもガバナンスは大事です。ガバナンスを効かせるために必要な対策を講じましょう」と提案しています。自分たちだけでどう対応していいか分からない場合は、外部の専門家の知見を採り入れるのも有効だと思います。
片桐:
クライアントに常にベストな施策を提案できるよう、最新の知見をどんどん蓄えていきたいと改めて感じました。後編では、公的機関におけるデジタル人材の育成、システムの内製化を進めるための課題を中心に議論を重ねたいと思います。
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