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前編では、日本のM&A市場の構造変化と、「Value in motion」の視点に基づくディールオリジネーション*による新たなM&A戦略について議論しました。後編では、AI活用によるM&Aプロセスの高度化・高速化と、そこで人間が果たすべき役割について考察します。
* ディールオリジネーション:価値を生み出すM&Aの機会を構想し、さまざまなステークホルダーを巻き込みながら案件を創出する取り組み
登場者
PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役社長
鈴木 慎介
PwCアドバイザリー合同会社 CDO
加藤 靖之
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
左から、鈴木 慎介、加藤 靖之
加藤:
M&Aプロセスは、AIの進化によって劇的に変わりつつあります。戦略策定・企業探索からDD、企業価値評価、PMI(買収後の価値創造)に至るまで、全工程にAIが組み込まれ始めています。
特に戦略策定や企業探索のフェーズでは、AIによるリサーチの深度とスピードが飛躍的に向上しています。また、昨今の生成AIの進化によって、数値分析や財務モデリング能力が劇的に進化したことを実感します。膨大なデータベースや公開情報に加え、PwCが持つ業界専門知見やプライマリ情報を組み合わせることで、ターゲット企業の発見や市場分析のスピードと精度が格段に向上しています。生成AIの急速な進化により、より的確な候補リストを短期間で作成できるようにもなりました。
DDは限られた期間の中で異なる分野の膨大な情報を整理し、統合的な意思決定を行うプロセスです。短い時間で高度かつ正確な判断を下すという本質は変わりませんが、その難易度の高さを乗り越える手段としてAIが不可欠な存在になっています。
今後は、AIを単なる効率化ツールとしてではなく、戦略立案からPMIまでをワンストップで支える「基盤」として活用することで、「より良い統合的意思決定を、より短い時間で行う」ことが可能になり、それがM&Aの質を決めていくと考えています。
鈴木:
PwCでは現在、Harvey社と連携し、「Harvey, powered by PwC」をグローバルで開発・展開しています。数百におよぶ資料ファイルをAIに読み込ませ、重要な論点やリスクを抽出した「Red flag(重大懸念事項)レポート」を自動的にドラフトすることが可能になりました。これまで2名体制で2〜3週間を要していた作業が、わずか数日で完了したケースも出てきています。文章データの整理・分析ではAIの処理スピードと精度は非常に高く、今後は数値データの分析にもさらなる効率化が進むでしょう。
ただし、当然ながらAIに全てを任せればよいわけではありません。人間による指示やレビューを丁寧に重ね、ハルシネーションへの細心の注意が不可欠なのは言うまでもないですが、特に重要になるのは「そもそも何を課題として設定するのか」という、問いの設定・設計の部分です。加えて、分析結果を踏まえてどうクライアントに向き合い、意思決定を促していくか――「人を動かす力」こそが、これからの提供価値の中心になっていきます。
PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役社長 鈴木 慎介
加藤:
まさにそのとおりです。これまで、経営会議で出た論点を「次回までの宿題」として持ち帰り、追加調査を行うことがよくありました。しかしAIの活用が進むことで、論点の抽出・分析・検証を同時並行で進め、その場で即座に回答できるケースも増えています。思考の深掘りと判断のスピード・精度は格段に高まっています。
実際、投資判断を高速で回しているPEファンドの方々からは、「従来2〜3週間を要した作業を数日で一定精度まで引き上げられることは、相当な投資競争力になる。プレDDを高速に行えるかどうかは、M&A投資における意思決定力そのものに直結する」と評価いただきました。こうしたAI活用はPEファンドに限らず、M&Aを自社の競争力として考える全ての企業にとって、ますます重要になるでしょう。
さらに、エージェント型AIやワークフローの開発が進むことで、M&Aプロセスは一段と進化していくとみています。複数の専門AI同士がデータやアウトプットを連携させ、人間はその推移をモニタリングしながら、最終的な統合的意思決定を支援・助言する役割へと集約されていく。AIの台頭により、M&Aにおける人間の価値は、まさにそのような領域へシフトしていくのではないでしょうか。
加藤:
PwCではDDで取得したデータや分析結果を「Junction」というクラウドプラットフォームに集約し、プロジェクトのあらゆる情報を一元管理する取り組みを始めています。格納した情報に基づくドキュメント作成、経営データの多角的分析ダッシュボード、さらにAIも搭載しています。
DDのアウトプットをPMI・バリュークリエーションのフェーズでも継続的に活用し、リアルタイムで分析結果や進捗を確認できる点が特徴です。「過去に何が起きたか」「次に何をすべきか」といった問いをAIと対話しながら投げかけることで、DDの内容やインタビュー、分析結果を瞬時に引き出せます。JunctionをPMIの「経営エンジン」として活用することで、迅速かつ確実な意思決定とシナジー創出の加速が可能になります。
そのためにはPMIの段階からではなく、DDの段階から、将来の経営を支えるデータ基盤やAIエンジンをつくり始めるという発想への転換が求められます。
鈴木:
まさに、M&Aの戦略策定からディール実行、PMIを通じた価値創造まで、プロセス全体がAIを核として活用する新しい時代へ移行しています。AIによって情報の探索や分析は飛躍的に高度化・高速化する一方で、「どういった未来を描き、どの価値を取りにいくのか」という仮説構築のクオリティーが、これまで以上に問われます。M&Aは、データとAIを前提とした経営変革の一部として再定義されつつあります。
加藤:
さまざまな観点から「日本企業は変わらなければならない」と述べてきましたが、突き詰めると「どう人をつくっていくのか」に集約されると考えます。PwCも「Human-led, tech-powered」を掲げていますが、変革を実現し発想の根源を生み出すのは、やはり「人」です。
日本企業にとってこれから問われるのは、意思決定にどうAIを使いこなすかだけではなく、「変化を前提に考え続け、リスクに立ち向かって行動できる人を組織内でどれだけ育てられるか」です。AIは意思決定のスピードと選択肢を広げてくれます。しかし、AIをどう使い、どの未来を選び取るのか、アスピレーションを持って決断することは人間にしかできません。
M&Aは人の思考や視座を引き上げる「実践の場」でもあります。そのプロセスを通じて人が育ち、組織が変わる。テクノロジーを使いこなすこと以上に、変化に向き合い続ける人と組織を意図的につくり続けることに投資していくべきだと思います。
PwCアドバイザリー合同会社 CDO 加藤 靖之
鈴木:
今求められるのは、M&Aを「未来の競争力を獲得するための設計図づくり」と捉える視点です。2035年の産業構造を見据え、どういったエコシステムを構築し、どの価値を取り込むのかを逆算する。人間による戦略的判断とAIを活用したプロセスの高度化を組み合わせ、クオリティーとスピードを両立させたマネジメントプロセスを整えることが重要になります。
私たちは、その起点となるディールオリジネーションの段階から支援していきたいと考えています。「各企業がどのような成長を描き得るのか」「既存の業界構造を超えて、どのような価値創造が可能なのか」「そのためにどのようなM&Aが最適なのか」を仮説として構築し、積極的に社会に提案しています。
M&Aは、新しい産業や社会的価値を生み出すための「変革エンジン」です。ディールオリジネーションで違いを生み出せる企業こそ、次の10年でリーダーの座を確保できるのではないでしょうか。
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