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AIを中心としたテクノロジーの進化、地政学リスクやサステナビリティ規律の高まり、アクティビストの影響 ――こうした複合的な変化が、企業に迅速かつ果断な意思決定を迫っています。PwCは、2035年を見据えた産業アーキテクチャを基に、産業の枠を超えたディールオリジネーション*やAI活用によるM&Aプロセスの高度化・高速化を通じて、クライアントの新たな価値創造を支援しています。そこで今回はM&Aによる業界の枠を超えた価値創造をテーマに、PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役社長の鈴木慎介と、最高デジタル責任者(CDO)の加藤靖之が考察しました。前編では、昨今のM&A市場の動向を踏まえ、日本企業に求められるM&A戦略の転換について取り上げます。
* ディールオリジネーション:価値を生み出すM&Aの機会を構想し、さまざまなステークホルダーを巻き込みながら案件を創出する取り組み
登場者
PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役社長
鈴木 慎介
PwCアドバイザリー合同会社 CDO
加藤 靖之
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
左から、鈴木 慎介、加藤 靖之
鈴木:
2025年の日本のM&A市場は、件数・金額ともに過去最高水準に達しました。2026年第1四半期の実績を見ても同様の傾向が続いています。難易度の高い複雑な案件も増加しており、量と質の両面で大きな転換点を迎えています。M&Aは経済動向の影響を即座に受けるため、社会で発生するさまざまな課題がM&A市場にも直結します。この市場の活発化は、日本企業が「変化への適応」を迫られている表れです。要因は大きく3つあります。
まず1つ目は、AIを中心としたテクノロジーの急速な進化です。あらゆる産業がAIのテクノロジーによって業界構造の変革を求められています。こうした中で成長領域へのシフトを目的としたポートフォリオ再編が加速しました。
次に、地政学リスクの高まりです。トランプ関税、資源ナショナリズム、中東情勢を含む地域紛争の勃発など、不確実性は一段と増しました。効率化を追求してきたグローバルサプライチェーンは分断を余儀なくされ、国別もしくは日米などブロック経済別のオペレーション構築に向かう形での投資・提携が進んでいます。クロスボーダーM&Aは依然として重要であり、地政学リスクが最大のトリガーであると同時に制約要因でもある点が特徴的です。
そして3つ目が、サステナビリティ規律の継続とエネルギートランジションです。温室効果ガス(GHG)排出抑制は不可避の課題であり、再生可能エネルギーや低炭素技術への投資が引き続き進んでいます。同時に、AI需要の急拡大などに伴うエネルギー不足への対応として、化石燃料による従来型電源や原子力発電への投資を進める動きも加速しています。将来のエネルギーミックスを想定しながら、水素や核融合といった次世代エネルギーも含め、短期視点・中長期視点それぞれでの投資が進行しています。こうしたエネルギー分野の構造変化は、新たな価値創造の機会として、M&Aの重要なドライバーとなっています。
加藤:
こうした国家・社会・産業の構造変化に加えて、資本市場からの強い圧力も日本のM&A活性化のドライバーとなっています。特に2024年以降、アクティビストの影響は一段と顕著になりました。バランスシートに現金を積み上げているだけでは評価されず、成長戦略を明確に示すことが求められます。この認識は大手企業だけでなく中堅企業にも広がりました。
同業他社がアクティビストの影響を受ける姿を目の当たりにし、「動き出さなければならない」という意識が高まる一方、過去10年ほど本格的な戦略転換を経験してこなかった企業は「何から手を付けるべきか分からない」状態にありました。そこで戦略を組み立て直し、M&Aを自社の成長・変革にどう生かすかを問い直す動きが広がっています。
鈴木:
アクティビストの影響により、大企業がパフォーマンスの低い事業をカーブアウトし、売却する事例が目立って増えてきました。経営パフォーマンスを徹底的に追求する欧米では当たり前のダイベストメントが、日本でも普通に行われるようになってきています。こうしたカーブアウト事業を積極的に取り込んだのが国内外のプライベート・エクイティ(PE)ファンドです。
PwCアドバイザリー合同会社 代表執行役社長 鈴木 慎介
加藤:
かつて「ハゲタカ」的な印象を持たれたPEファンドですが、この20年で実績を積み重ね、その存在価値が市場に浸透しました。いまやPEファンドは、産業再編を進める上での「触媒」あるいは「ドライバー」と捉えられています。こうしたPEファンドの位置づけの変化も、昨今のM&A市場の象徴的な動きです。
鈴木:
まず、日本国内に閉じた発想からの脱却が必要だと感じます。テクノロジー分野のM&Aを日米で比較すると、取引バリューが1桁、場合によっては2桁違うことがあります。米国企業は最初からグローバル市場を前提にビジネスを展開し、高い付加価値を生み出している。日本企業も、海外市場でどう価値を取りにいくのか、そのためにどのようなM&A戦略が必要かという発想を持つべきです。
もう1つは、業界構造の変化を踏まえてM&Aの方向性を描くことです。従来のM&Aは、自社が属するセクター内でのシェア拡大が主眼でした。しかしその発想だけでは成長の余地は限られます。求められているのは、業界の壁を越えた新たなエコシステムを構想して、成長機会を再定義することです。業界構造の変化を先取りし、仮説ベースで「価値がどこで生まれ、どこにポジションを取るのか」を検討する必要があります。PwCは従来の産業構造が再構築され、経済価値(Value)が劇的に移動(Motion)している状況を捉えた「Value in motion」という概念を提唱しています。
具体例を挙げると、スマートモビリティの分野では、従来の自動車メーカーだけでなくIT企業や新興サービス企業も巻き込んだ新しいエコシステムが生まれています。データセンター分野でも、AI需要の急拡大により、テクノロジーセクターにとどまらず、再生可能エネルギーやインフラ事業者との連携が価値創造の鍵となりつつあります。
PwCでは、2035年の産業アーキテクチャを想定し、そこからバックキャスティングするアプローチを推奨しています。未来予想図を踏まえ、中長期でどのようなケイパビリティやアセットを獲得すべきかを検討することが不可欠です。
加藤:
まさにその長期視点に立った時、既存のセクター分類が思考の幅を狭めてしまう場面は少なくありません。「自動車」ではなく「スマートモビリティ」と呼ぶだけで、発想の起点や領域の幅が変わります。数十年前に定義された業界区分をリフレーミングし、「ある技術を起点に、どのような新しい価値やビジネスが生まれるのか」と問い直す。「価値の軸」や「価値が生まれる仕組みそのもの」が変わることを前提に、M&A戦略へ落とし込めるかどうかが、今後の企業の競争力を大きく左右するでしょう。
こうした新しい産業領域が急速に立ち上がる局面では「Value in motion」の考え方に基づき、複数の業界から強みを持つ企業がコンソーシアムを形成し、新たな産業クラスター、さらには産業アーキテクチャそのものを構築していく動きが顕著になります。
先述のデータセンター分野がまさにその好例です。運営企業だけでなく、機器メーカー、建設、電力供給など多様なプレーヤーが大きな市場を形成します。こうしたプロジェクトでは、初期段階で参画する「ファーストムーバー」の顔ぶれが固まると、参入障壁が形成されます。日本企業は、自社の競争優位や役割を明確にし、どの「勝ち筋の座組み」に入っていくのかをグローバルな視点で主体的に見極める――まさにそうした戦略的な意思決定が求められています。またデータセンター以外にも、フィジカルAIや環境分野、防衛分野では新たな産業への転換・再編が急速に進むとみられます。
鈴木:
私たちは今、この産業アーキテクチャの未来予想図に基づき、ディールオリジネーション(案件創出)に積極的に取り組んでいます。新たなエコシステム全体を構想した上で、異業種も含めてどのようなM&Aの座組みが大きな価値を生み得るのかを仮説ベースで議論し、買い手・売り手の候補にアプローチして、意義あるM&Aを起こすこと自体を支援する。未来の産業構造を見据えた戦略的M&Aの提案・実行支援を行っている点が、私たちの特徴です。
鈴木:
かつて事業成長のアプローチは、インオーガニック成長に比べてオーガニック成長の比重が圧倒的に高かったです。しかし大きな変革をスピーディーに実現しなければならない今、成長戦略の大きなポーションをインオーガニックな成長が占めている企業も多くなっています。M&Aに積極的に取り組まなければ事業変革が進みません。M&Aはもはや事業部長クラスだけで完結できる仕事ではなく、最高経営責任者(CEO)をはじめとするCxOがスピード感を持って主体となって取り組むべき経営アジェンダです。
加藤:
正直なところ、「変わってきている」というより「変わらなければならない段階に来ている」という印象です。日本企業ではボトムアップで施策を積み上げるケースが多く、既存事業の延長線上の小粒な案件にとどまりがちです。CEOや最高戦略責任者(CSO)が成長の仮説を明確に持ち、大きなスケールで戦略を描く必要があります。その視座を将来の経営を担う幹部層とも共有し、グループ全体を俯瞰できる人材を育てていくことが重要です。
そのためには、事業戦略およびM&A戦略の策定プロセスそのものを変える必要があります。従来の3カ月程度の調査・戦略検討では「絵に描いた餅」になりがちです。PwCアドバイザリーでは半年以上の伴走型プロジェクトを提供し、バックキャスティングによる思考サイクルを繰り返すことで、2035年に起こり得る世界を「腹落ち」させ、変革への危機感とコミットメントを醸成しています。
実際、約8カ月間にわたりクライアントの中長期戦略策定に伴走したプロジェクトでは、最初の1カ月でAIによるビジネス構造の変化や消費者構造の長期的変化をインプットしました。しかし2カ月目に入ると、議論は再び目の前の機会に引き戻され、現状の延長線上のストレッチにとどまりかけた。そこで私たちは「AIがさらに進化した10年後、いまの業態がこのかたちのまま価値を持ち続けられるのか」という問いを粘り強く、繰り返し投げかけ続けました。「言われたから考える」のではなく「自分たち自身が危機感を覚え、考えずにはいられない状態」に至るまで、対話を重ねたのです。
最終段階でクライアントが発表した中長期戦略は、的確な未来予測に基づく戦略設計と事業オペレーション設計、そして強いコミットメントが込められたものでした。その後、この企業では10年先を見据えたM&Aを含むダイナミックな投資方針の設定や人材育成の在り方を根本から見直すなど、現在も変革を進めています。
鈴木:
戦略や人材の変化に加え、M&Aの実務プラクティスそのものの見直しも求められています。M&Aを通じて創出すべき価値の源泉がこれまでとは大きく変わっている以上、画一的なプラクティスを再考し、案件の特性に応じて柔軟に新しいアプローチを取り入れていく必要があります。「Value in motion」の視点に立てば、これまでと異なる分野のビジネスを買収・提携することは避けられません。同じ業界内ならリスクや技術力を感覚的に見極められましたが、業界の枠を超えるM&Aではその前提が通用しないのです。
加藤:
従来のデューデリジェンス(DD)では、ビジネス・財務・税務・法務の「基本セット」で対応できましたが、近年はそこに新たな専門領域が加わっています。
代表格がAI・テクノロジーDDです。AIを競争力の源泉とする企業が増える中、「そのAIは本当に高度なケイパビリティを持っているか」「独自性はあるか」「新たなビジネスリスクが生じないか」を技術的に見極める専門性が求められています。
サイバーセキュリティも重要です。特にカーブアウト案件では一時的にシステムの脆弱性が生じる可能性があり、各国で規制も強化されています。対応が不十分であれば事業認可そのものに影響が及ぶケースもあり得ます。
地政学リスクやESGも含め、評価すべきリスクと専門領域はますます多岐にわたっています。従来型のDDに加え、こうした専門領域のDDを組み合わせていくことが、これからのM&Aには不可欠です。
PwCアドバイザリー合同会社 CDO 加藤 靖之
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