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損害保険にとどまらず、幅広い社会課題を解決するイノベーション企業を目指す三井住友海上火災保険(以下、MSI)。新たな価値創造と、社員が自ら変化する風土の醸成の実現に向けて、AI・生成AI活用の取り組みをけん引するのが同社ビジネスデザイン部だ。様々なサービスやソリューションを開発している当該組織の取り組みや今後の展望について、同部データサイエンスチーム長*の和食昌史氏と課長*の桑田修平氏(*対談当時)を迎え、PwCコンサルティングの三善心平氏と垣内啓子氏が話を聞いた。
左から、三善心平、桑田修平氏、和食昌史氏、垣内啓子
三善:MS&ADインシュアランスグループの中核事業会社であるMSIでは、中期経営計画において2025年度に目指す姿として「未来にわたって、世界のリスク・課題の解決でリーダーシップを発揮するイノベーション企業」を掲げられています。和食さんと桑田さんが所属されているビジネスデザイン部は、どのような経緯で発足され、どのような役割を担っているのでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー テクノロジー&デジタルコンサルティング事業部 三善心平
和食:この目指す姿の策定には「顧客本位」と「法令順守」の2つの事業活動が根幹に据えられています。この2つを基に、中期経営計画では新たなイノベーションの実現を目標に掲げ、お客様にとっての価値を創造する取り組みに力を入れてきました。
ビジネスデザイン部は、従来の保険にとどまらず、顧客本位の新たな価値を創造することを主軸に設立された部署で、保険本来の機能である補償の前後、つまり事故発生時だけでなく予防やリカバリーといった点に着目したサービスやソリューションを開発・提供することで、お客様に選ばれ続ける保険会社を目指しています。
三井住友海上火災保険株式会社 ビジネスデザイン部 データサイエンスチーム長(対談当時)和食昌史氏
垣内:「お客様に選ばれ続ける」という目標に対し、補償の前後という観点は、まさに大きく関わってくるのだろうと思います。さらに、この補償前後の強化により、お客様との新たな顧客接点が生まれ、これまでにはなかった新たな顧客データの獲得にもつながります。この新たな顧客データを、これまでに保持しているデータとどう融合し、活用するかがカギになりそうですね。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 金融サービス事業部 垣内啓子
和食:これまでに数回、部門の統廃合がなされていますが、DXの重要性が注目され始めたデジタル戦略部(ビジネスデザイン部の前身)設立当時、まさにデータ活用の重要性も社内で議論されていたのですが、保険業界特有のユニークなデータはたくさんあるものの、その量が膨大すぎて誰も扱えないという状況でした。そこで、最初の一歩として外部からデータサイエンティストを招き、社内の様々なデータを掛け合わせたリスク分析や課題解決のための補償前後のソリューション「RisTech」を開発しました。
当社が持つデータを活用した取り組みを進める中で、「RisTech」の拡大やドライブレコーダーの映像から道路の損傷具合をAIが検出する「ドラレコ・ロードマネージャー」、AIカメラとスマホを連動させたセキュリティサービス「MS LifeConnect」など、社会の様々なリスクや課題に対応した補償前後のサービスを開発・提供しています。
そして、保険という限られた領域の中でも、お客様が体験したことのないような新たな価値を提供するためには、高度化しつつ、お客様にとって使いやすいサービスを提供する必要があります。そのための手段の一つがAI活用だと考えており、それがAIの領域に強く踏み込んでいった理由の一つです。
三善:これまでの保険の契約プロセスの場合、契約後は更新手続きや事故対応等による新たな接点が発生しない限り、顧客情報が更新されないという構造上の課題がありました。そこに補償前後のサービス・ソリューションが追加されることで、顧客接点が増え情報のアップデートにもつながりますし、増えたデータを活用しながら適切に分析できれば顧客理解がさらに深まります。その先にはパーソナライズされた保険の提案などが生まれる可能性も見えてきますね。
三善:MSIのAI活用の取り組みは他にどのようなものがありますか。
桑田:当社では、代理店向けの営業支援システムとして「MS1 Brain」というものを提供しています。リリースは2020年で、当時は日本の損保業界として初めてAIを搭載した代理店営業支援システムとなりました。これまでの経験と勘だけに頼った営業方法ではなく、データとAIも同時に活用することで、より最適な契約プランやタイミングを代理店の営業担当に提案する仕組みです。お客様への提案の精度が高まれば、代理店にとって当社が良きパートナーだと信頼していただけるだけでなく、結果的にお客様への価値提供にもつながっていくと考えております。
三井住友海上火災保険株式会社 ビジネスデザイン部 データサイエンスチーム課長(対談当時) 桑田修平氏
三善:先ほど、足がかりとして外部からデータサイエンティストを招いたとのお話がありました。「MS1 Brain」のような開発実績が増えるに従って、内部人財へのシフトも進んでいるのでしょうか。
和食:当初は勢いをつけるために外部人財が必要でしたが、データサイエンティストの市場価値が高まっている今では採用もたやすくありません。それに、社内全体でAIへの理解が進まなければ真のデータドリブンにはなりませんし、新しいものをどんどん取り込んで成長していく姿勢が生まれなければ会社としても停滞してしまいます。そのため、自社でデータやAIを活用する人財の内製化を進めました。
三善:せっかく外部からデータサイエンティストを招いても、事業会社のカルチャーや求める環境の不一致等でモチベーションが左右されてしまい長く続かないという話はよく聞きます。当社も多くの企業においてAI活用の人財育成面の支援を行っていますが、和食さんのおっしゃる通り、社内でAIを当たり前のように活用するカルチャーを浸透させるのは非常に重要だと感じています。その上で、ビジネスコンテキストに沿ったデータや生成AIの活用スキルを身につけさせるような育成を実施していくことで、真の意味でAIが生きてくると思います。
桑田:私自身、データサイエンティストとして外部から来た人間ですが、重要なのは課題を見つけてどう解決するかであって、データやAIはそのための武器の一つでしかないと考えています。先進技術ありきではなく、データ活用をベースに価値創造とカルチャー醸成の両立を目指すのもこうした考えからです。
和食:そこで重視したのが、社員自身が変わろうとする風土の醸成です。繰り返しになりますが、顧客本位の新たな価値を創造するためにもサービスやソリューションの高度化は必須で、そのためのデータカルチャーを根付かせる取り組みが必要であると考えました。
垣内:データサイエンティストの視点とコア業務を担う方の視点、2つの視点を持った上で風土醸成に取り組まれているというのが印象的です。
価値創造という点では、保険会社ならではのユニークなデータを大量に保有されていると思いますが、これを顧客本位の新たな価値につなげていくストーリーは確立されていますか。
桑田:「MS1 Brain」をはじめ、一定の形になりつつありますが、価値創造に向けて、とくに顧客接点はこれからまだまだ増やしていきたいと考えているので、それをどうストーリーとしてつなげていくかは非常に大事な観点で、継続的に考えていかなければならない課題です。
三善:MSIでは生成AIの活用に向けても多岐にわたり取り組まれていると伺いました。生成AIの活用はあらゆる業界で進みつつありますが、企業の規模が大きくなるほど、生成AIへの取り組みには社内、とりわけ経営層の理解は必須だと思います。先ほど話されていた風土を醸成する上で、具体的にはどのように取り組まれているのでしょう。
和食:対話型生成AIが出始めたころにデータサイエンスチームで議論を行い、どのようなことができるのか、どの業務に生かせるのか等、様々なアイデアを出し合いました。そうした意欲的な姿勢もあってか、経営層の理解も早く、活用も後押ししてくれました。そのかいもあり、23年5月には、生成AIの積極活用に向けた研究・検討を行う社内横断組織「AIインフィニティラボ」を立ち上げることができました。
桑田:「AIインフィニティラボ」では、まず生成AI活用で目指す姿について考えました。結果、生成AIの恩恵と実現する価値について、3つのフェーズで継続的サイクルを回す新しい世界のイメージにたどり着きました。その3つとは知の統合、活用、創造です。
1つ目の統合は、散在しているデータをAI活用しやすい形に整えるフェーズ。2つ目の活用は、整備したデータを使って人間の能力を拡張するフェーズ。人間の能力では不可能だったことが、生成AIの活用により可能になっていくイメージです。そして3つ目の創造は、人間もAIも成長することで新たな価値が生まれるフェーズです。生まれた価値がさらにリッチなデータを生み、統合、活用、創造のサイクルが継続的に回っていくことで、社員が成長していく世界を目指しています。
この他にも、社内環境の早期リリースやプロンプト研修、アイデアコンテストの実施など、カルチャー醸成のための取り組みを進めています。
(cap)知の統合、活用、創造のサイクルで生まれた価値には、新たな情報や視点が付加されているため、継続的なサイクルを回すことでさらに大きな価値を生むことができる(出典:三井住友海上火災保険 作成資料より)
三善:好きなように使ってくださいと言うだけでは利用率も効果も上がらないと思うのですが、そのあたりの工夫はどうされていますか。
桑田:生成AIを活用すると自分の業務がどう変わっていくのかを実感してもらうことが肝要なので、社内研修においては業務部門別に具体的なプロンプトを用意したり、生成AIの活用アイデアコンテストでは実施に先立って外部有識者によるアイデア発想セミナーを開催したりするなど、なるべく社員自らがアクセスできるような仕組み作りを心がけています。
また、最初から業務の中に組み込んで日常的に生成AIに触れてもらう機会も設けています。例えば、事故対応におけるお客様と損害サポート部門担当者との電話でのやり取りでは、ボタン一つで生成AIが通話内容を自動で要約し、短時間で登録が完了する機能を実装しています。それにより、担当者は自身の作業時間の削減を身をもって体験できます。
和食:日々の業務でこうしたことが当たり前になっていくことがカルチャーの醸成につながると思いますし、実際に今では社員がAI活用のアイデアを出して、それらの情報を社内のポータルサイトに蓄積するまでになっています。
三善:生成AIは対話型インターフェースで使いやすくはなってきていますが、活用の仕方が無数で選択肢が多すぎて、逆にどれを選べばよいか分からないといった、ツールの自由さが逆に不自由さを生んでいるのも事実です。そういった中で生成AIをうまく活用していくには、日常的に生成AIに触れる機会を増やし、慣れさせ、各々が成功体験を積み重ねていく。そうしたサイクルを回していくことが大切です。だからこそ「何を聞きたいのか」「それを聞いて何が解決するのか」「得られた回答によってどのようなアクションを起こすのか」といった、人間の生成AI活用能力が必要なスキルになってきますね。
垣内:最近では、カスタマーハラスメント対策が重要な取り組みとなっており、その中で生成AIが一助を担っていると考えられます。生成AIは業務の効率化だけでなく、従業員の心理的安全性を高め、従業員間のエンゲージメント向上にも貢献している可能性があります。一方で、MSIのビジネスの根幹には、長年の経験に基づくリスク引き受けや適正価格の算出といった重要な要素が存在します。これらの要素とのバランスをどのように考えていらっしゃるでしょうか。
桑田:業務の効率化については歓迎されていますが、仕事が取って代わられるのではといった漠然とした不安はあると思います。ただ、三善さんが言われた「何を聞くか」という点でも業務経験は役立ちますし、損害査定の際には長年の知見に裏打ちされた人間にしかできない判断も必要です。先ほども述べたように、生成AIはあくまで課題解決の手段の一つですから、うまく活用しながらバランスを取ることは可能だと考えています。
三善:補償前後のソリューションや「AIインフィニティラボ」の設立など、AI活用の現状についてお話しいただきましたが、今後についてはどのような世界観を描いてらっしゃいますか。
桑田:大きく2つあります。1つは自動化がもたらす未来で、もう1つは人間の成長がもたらす未来です。
生成AIの活用を突き詰めていくと、社員の代わりにAIが代理店とやり取りするような業務の自動化が実現します。時間から解放された社員は、お客様への新たなサービスの開発や新規事業の開拓等に取り組めますので、自動化は新しい価値の創造につながっていくと期待しています。
また、その実現のために必要なのが人間の成長です。これまで以上に個人の業務スキルが重要になる中で、生成AIが良き相棒として業務のサポートをしてくれる世界が実現すれば、社員の個性がより発揮されるようになり、私たちの目指すイノベーション企業に近づいていくと考えています。
和食:生成AIを含むAIは、決して社員の居場所を奪うものではありません。補償前後のソリューションに限らず、いずれ保険ではない領域でもお客様に貢献できるような未来があるかもしれません。私たちデータサイエンスチームもそうしたメッセージを社内に向けて積極的に発信していこうと思います。
三善:和食さんも少し触れていましたが、AIと人となると対立構造でイメージされがちな一面があります。ですが、本来は両者が合わさることで価値が最大化するものなので、アクセラレートさせていくという考え方にシフトしていくことが前提として大切です。効率化して手間を削減した上で、その削減されたものを何にシフトしていくのか。ここから新たな価値を生み出していくという意識変革が重要です。
AIによる社内業務の自動化や業務効率化のみでは、それ自体はエンドユーザーにとっての価値提供にはならないので、それをどうやってイノベーティブな価値に結びつけるかが、今後の企業の勝敗を分けていく要素になってくるでしょう。
垣内:本日は和食さんと桑田さんのお話を伺い、損害保険会社として蓄積した独自のデータと、長年のリスク移転の経験を融合させ、社会全体のリスク予防や軽減に貢献する新たな役割を担っていかれる姿勢を改めて感じました。MSIが描く顧客本位の新たな価値を持続的に創出する世界観に、大きな期待を寄せています。
※本稿は日経ビジネス電子版に2025年に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
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