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送配電事業者として首都圏エリアの電力供給を担う東京電力パワーグリッドでは、新旧混在する設備のメンテナンス業務や社員の技術伝承などに課題を抱えていた。その解決手段として生成AIを用いた業務の高度化プロジェクトを開始。開発パートナーにPwCコンサルティングを選んだ協業の結果、実施したPoC(実証実験)の9割が本番導入へと歩を進めたという。両社のキーパーソンに、プロジェクト成功の理由を尋ねた。
左から、富岡遼氏、大福泰樹氏、青木英隆、三善心平
――東京電力パワーグリッド(以下、東電PG)では、業務にどのような課題を抱えていましたか。
東京電力パワーグリッド株式会社 技術・業務革新推進室 データ戦略・高度化グループ グループマネージャー 大福泰樹氏
大福:当社は東京電力ホールディングスの子会社で、首都東京を含む関東一円の送配電事業を担っています。管轄地域の電力の安定供給とともに、事業領域の拡大を通じて福島への責任を貫徹することを使命としています。
当社の技術・業務革新推進室は、部門を横断して業務革新とDXを推進する組織です。その中で、私たちが所属するデータ戦略・高度化グループ(以下、DSG)は、データ活用によるビジネスモデルの変革や、それを通じた新たな価値創出への取り組みなどを担当しています。
長い事業の中で順次更新されてきた送配電設備は、非常に多くの種類が混在しており、中には数十年の長期間にわたり使われている設備もあります。これまで設備のメンテナンスは、どうしてもベテラン社員の知識、ノウハウに頼ってきた部分がありますが、社員の高齢化も進んできています。彼らの退職時期が同時期に訪れることに加え、自然災害が激甚化、高頻度化しており、設備メンテナンス等の業務量も膨大となっていることから、事業の継続のためにはノウハウの伝承、業務プロセスの自動化が急務となっていました。
業務の効率化で注目しているのが、デジタル技術を用いたデータ分析、とりわけ生成AIの活用です。これまで引き継ぐことが難しかったベテランのノウハウの継承だけでなく、社員が本来の業務に注力するためにも、生成AI活用への期待がありました。こういったデジタル技術を活用した業務改善の取り組みを「カイゼン×デジタル」として全社で重視しており、今回、DSGが中心となって生成AIによる業務効率化を目的にしたプロジェクトをスタートさせました。
――社会インフラの一端を担う企業でいらっしゃいます。生成AIといった先進技術に対する慎重な見方がある中で活動を推進するには、ご苦労があったのでは。
大福:ご認識の通り、様々な苦労がありましたが、経営層のリーダーシップによって実現しました。本プロジェクトを統括する経営層は、常に「目の前にある技術は小さくてもいいからすぐ始める」「長い時間をかけて検討するより、早く試して早く失敗するほうがいい」と社員に言っています。
東京電力パワーグリッド株式会社 技術・業務革新推進室 データ戦略・高度化グループ 富岡遼氏
富岡:とくに生成AIについては、ポテンシャルの大きさへの期待もあり、できるだけ早く導入し活用を推進する、という意志を経営層が示しておりました。社会インフラを担う当社のような企業にしては、早期にスタートすることができたと思っています。
――今回の生成AIプロジェクトは、東電PGのDSGとPwCコンサルティングのチームが共同で進められたそうですね。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー テクノロジー&デジタルコンサルティング事業部 三善心平
三善:当社は従来から、東電PGの業務改善や人財育成などの支援をさせていただいてきましたが、その中で、2023年の初頭から生成AIが企業にとって有用だという気運が盛り上がってきていました。こうした流れで、東電PG側から当社へ生成AIプロジェクトについてのご相談がありました。
テクノロジーの導入においては、技術的な領域に特化したチームによる導入・実装を行うケースもありますが、生成AIに関しては、テクノロジー以前に、DX構想の策定やデータ利活用に関する戦略立案が重要です。今回のプロジェクトにあたっては、まず、ビジネスコンサルティング領域でのヒアリングを行い、東電PGが抱えている業務の課題を抽出し、その中で生成AIによって改善や自動化ができるものは何か、ユースケースを洗い出していくことから始めました。
大福:当時、企業の生成AI活用は、汎用的な生成AIをいち早く導入し、テキスト生成や文章の翻訳、要約などの業務効率化に適用するケースが目立っていました。当社でも、どの業務部門でも使える汎用型の生成AIの導入を進めることはもちろん、特定の業務課題に対しても生成AIを活用したいと考えております。そのため、特定の業務に特化した「業務特化型生成AI」のPoCを並行して進めることにしました。
――本プロジェクトでPwCコンサルティングではどのようなチームを編成されましたか。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー テクノロジー&デジタルコンサルティング事業部 青木英隆
青木:三善も私も、当社の中でデータアナリティクス活用のご支援を行う組織に所属しており、チームには業務コンサルタントや、データサイエンティストなどを含めた多種多様な人財をそろえています。しかし私たちは、技術を導入することを目的とはせず、まずクライアントの課題を見いだし、理解して、その上でベストな解決法を探るコンサルタントとしての視点を第一に支援に当たっています。
そのため今回のプロジェクトでは、どのような課題にも対応できる人財を用意する必要があり、様々な業務知識、技術の専門性を備えたメンバーを編成した上で、まずは真の課題がどこで何であるかを東電PGと対話を重ねながら共に考えるところから始めました。その結果、業務に直結しかつその効果が大きいユースケースを選定することができたと考えています。
大福:プロジェクトの開始当初は「生成AIを活用したいが、何から進めていいか分からない」という状況でした。PwCコンサルティングは、当社の置かれている状況を理解し、プロジェクトを具体的に進められるように支援してくれました。まずは各業務部門のビジネス課題の抽出に注力したことが、PoCの成功と実業務への適用を多く実現させた最大の要因だと思います。
――生成AIプロジェクトのスケジュールとPoCを実施したユースケースについて教えてください。
富岡:生成AI利用環境の開発は23年度の後期からスタートし、まずは生成AIの活用用途や活用効果の見極めを行うため、24年の2月に一部の社員に限定し汎用型の生成AIを先行して導入しました。これはいわゆるチャット型の生成AIで、業務で扱う文章の生成や、アイデアの壁打ち相手などに使えるものです。こちらは一定の効果が見込まれたことから、24年9月に全社員へ展開をしております。
一方の業務特化型の生成AIは、各業務部門との対話を通じて課題抽出したもののうち、10件のケースについて順次PoCを進めました。
具体的な例を挙げると、点検業務等におけるマニュアルやドキュメントの検索をサポートする生成AIを開発しました。現場の設備点検を担当する社員は、マニュアルや過去の点検資料等から必要な情報を調べますが、業務ごとに存在するマニュアルは1冊100ページ以上になるものもあり、情報を探すだけでもかなりの労力を要します。さらに、欲しい情報に関連するドキュメントが他にも多数存在し、複数の業務を抱えている社員がそのすべてを読み込み、理解して業務に当たるのは非常に大変です。また、人事異動で担当業務が変わった場合などは、新たなマニュアルを把握しなければなりません。こうした点を効率化すべく、マニュアルやドキュメントを生成AIを使って検索できる仕組みを構築し、例えば「●●設備の点検周期を教えて」と聞くと、「この設備の定期点検は5年に1回です」といったように、求めている回答を即座に生成AIから得られるようになりました。
また、法令が改正された際に、それが当社の業務マニュアルのどの部分に影響するかを特定する生成AIツールの開発を進めています。改正された法令情報を読み込ませると、社内にある多数のマニュアルから法改正の影響を受けるものをリストアップしてくれるようにする仕組みです。生成AIによって改正法令に関連する業務マニュアルの影響範囲を100%の精度で割り出すことはできませんが、作業時間は大幅に削減できる見通しであり、生成AI活用の効果が大きいユースケースだと考えています。
――開発ではどのようなご苦労がありましたか。
富岡:先ほどマニュアルやドキュメントの検索を例に挙げましたが、社内で各業務部門が扱っているドキュメントは多種多様で、ファイル形式が異なるだけでなく、図やイメージを読み込ませたいといった、現行の生成AIでは少しハードルが高いニーズが一定数ありました。
また、生成AIは機械なのだから回答の精度は100%なのでは、というような声もありました。生成AIでできることや生成AIの限界を理解してもらうともに、生成AIの回答が正しいかどうかを判断できるように、生成AIが参照したドキュメントを可視化する仕組みを取り入れるなどの工夫を凝らし、安心して使用してもらえるよう努めました。
図表:生成AIを用いた業務の高度化プロジェクトの全体像
東電PGの生成AIプロジェクトの全体図。プロジェクトの進行にあたり、PwCコンサルティングは戦略立案から課題とユースケースの選定、環境構築やPoCまで一貫して支援にあたった
青木:東電PGではDSGの皆様が丁寧に現場の方々に説明をされたので、生成AIの精度に対する現場の理解が早かったと感じています。私たちも、生成AIは万能ツールではないことを理解していただくため、今できることとできないことは最初にお伝えするようにしました。その上で、例えばAIが対応しきれない使い方を要望された時は、現時点で対応可能な範囲を現場の方と調整の上、ユースケースを設定するなどして、確実に成果につながるよう進行していきました。
生成AIの特徴を事前に理解していただけたので、実際にツールを操作したときに、「ここまではできる」「ここからはできない」といった具合に、生成AIが導く結果に納得してもらえます。そして、さらに精度を上げるにはどうすればいいかといった、生成AIのより効果的な活用に向けた議論もなされるようになっています。AIの正確性が100%でないことを不満に思うのではなく、現時点でもできることを前向きに捉えてもらうことが、プロジェクトを成功させる上で重要であり、東電PGのケースではそれが非常にうまく進みました。
三善:多くの日本企業では、生成AIに対して厳しい評価をする傾向があります。100点を求めて結果が99点では許されないという企業が少なくありません。それに対して東電PGは、伝統的な企業でありながらも、生成AIが現時点でできることを理解した上で、積極的かつ柔軟に取り組んだことがプロジェクトの成功要因の一つだと感じました。この先進テクノロジーに対する姿勢の違いは、将来の競争力に大きな差を生むことになると考えています。
――生成AIプロジェクトでは、ここまでどのような成果が出ていますか。
大福:汎用型生成AIは、25年1月時点で全社員の40%ほどが利用しています。生成AIを活用した結果についてアンケートを採ったところ、利用者は平均して1日0.5時間程度の業務効率化を実感しています。まだ全社員へ利用展開をしてから4カ月程度しかたっておらず、かつ利用者数も4割ですから、今後利用者が増え利用頻度も高まり、生成AIの利用スキルも向上すれば、さらなる業務効率化が実現すると見込んでいます。
――一方の業務特化型は、実施したPoCの9割が実業務に適用する段階に進むそうですが、これほどにPoCが成功できた理由は何でしょうか。
富岡:生成AIは日進月歩で進化していますが、技術的な部分で背伸びをせず、シンプルかつ生成AI活用による効果が大きい案件に取り組んだことが大きな要因だと思います。これは、PwCコンサルティングと併走し、各業務部門と丁寧に対話を重ねて行った課題抽出の結果です。加えて、各業務部門担当者の、生成AI活用による効率化効果が2割、3割であっても、少しでも仕事が楽になるならやってみようという前向きで積極的なマインドが、取り組みを支えたと思います。
青木:私が今回のプロジェクトに携わって感じたのは、東電PG全体の組織構造や業務変革カルチャーが秀でているということです。DSGという、データや生成AI活用による業務改善に専任で当たる組織があることは大きな強みです。PoCについても、DSGによる現場との多岐にわたるコミュニケーションがあったからこそ、この結果につながったのだと思います。生成AI活用を含めたデジタル化が停滞している企業は、東電PGのように生成AI推進組織を明確に設定すること、加えて、現場の業務部門にその推進組織との橋渡し役となる担当者を配置すること。この2点に取り組んでいただくことを推奨します。
三善:DX推進が進まないとお悩みの企業によくあるケースの一つに、デジタル化推進組織と事業部の連携・コミュニケーションが希薄であることが挙げられます。そのため、事業部のやりたいことをデジタル化推進組織がくみ取れなかったり、テクノロジーを効果的に活用したユースケースが事業部側からあまり出なかったりというのはよくある話です。その点東電PGは、経営層の強いリーダーシップに加えその活動を後押しするDSGの推進力もあり、三位一体で取り組めた点が、本プロジェクトが成功した大きな要因であると思います。
――生成AIプロジェクトの今後の展望を教えてください。
大福:25年度は、PoCで成功した事例を他の業務部門に横展開することと、より高度な生成AIの活用に注力したいと考えています。チャレンジしたいこととしては、昨今話題となっている「AIエージェント」の検証です。人間と生成AIが一連の業務をシームレスに行える世界を目指したいと考えています。PwCコンサルティングには、今後もパートナーとして、生成AIの最新動向を見据えた業務改善の支援をお願いしたいと思います。
三善:繰り返しのようですが、生成AI活用の一番の障壁となっているのは組織・人財・カルチャーの課題です。また、「生成AI」というとその導入を目的としてしまう企業が少なくありませんが、実際には生成AI活用は“目的”ではなくあくまで企業の業務変革の一助となる“手段”の一つです。
なので、生成AI活用以前に組織カルチャーの変革が重要で、生成AIのような先進技術に対してポジティブなマインドや行動力を発揮できる人財を据えて推進していく必要があります。さらに、昨今の生成AIの進化は非常に速く、ビジネスの現場でも素早い導入が進んでいます。そのスピード感にいかにキャッチアップしサイクルを回していけるかもカギとなるでしょう。今回のプロジェクトにおける東電PGの組織全体での取り組みを通してそれらの重要性を再確認しました。
当社はテクノロジーに精通したAIコンサルタントを多数抱えており、戦略提案から開発、実装、運用までワンストップでご支援するケイパビリティを備えています。これからもコンサルティング能力と技術力を磨き、クライアントの変革を後押しできればと思っています。
※本稿は日経ビジネス電子版に2025年に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
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