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前回のコラムでは、コーポレートガバナンス・コード改訂を背景として、「なぜ今、取締役会事務局が注目されているのか」を整理しました。
本コラムでは第2回として、取締役会事務局が直面している課題を整理し、その「現在地」を確認したうえで、取締役会事務局の目指すべき姿を考察します。
多くの上場企業において、取締役会の開催頻度や構成、付議プロセスといった形式面は、一定の水準に達しています。社外取締役の比率も高まり、指名・報酬・監査等の各種委員会の設置といった制度上の「器」は整いつつあります。
しかし、重要なのは形式ではなく実質です。果たして取締役会は会社の持続的成長と中長期的な企業価値向上に資する戦略的な議論の場として機能しているのでしょうか。社外取締役の視点が経営判断や変革につながっているのか、経営戦略、成長投資、経営資源の配分、リスクテイクについて、単なる説明や承認にとどまらず十分に踏み込んだ議論が行えているのか――こうした点に課題意識を持つ経営者は少なくないのではないでしょうか。コーポレートガバナンス・コードが提示する「形式から実質へ」というメッセージは、こうした現状への問題提起です。
現状の取締役会事務局には、いくつかの構造的な課題が存在します。以下は、これまで当社が上場企業各社の取締役会機能の改善や評価を支援してきた中で、多くの企業において共通して見られた傾向です。
第一に、多くの場合、取締役会事務局の役割は会議運営や調整といった事務機能に重心が置かれ、「取締役会で何を監督するか」という議論の質そのものに踏み込めていません。議題設定や論点整理にまで関与できなければ、取締役会は執行側の提示した前提の範囲内で議論する場になりがちです。
第二に、社外取締役の割合は増加していますが、その社外取締役を実質的に支える仕組みが十分に確立されていません。情報が整理されておらず多すぎる、前提知識が分からない、論点が見えない、という声は多く聞かれます。社外取締役の知見や問題意識を議論に十分に反映するためには、取締役会事務局が社外取締役の視点を踏まえて情報の取捨選択、背景説明や論点の整理をすることが求められます。
第三に、取締役会事務局の業務量の増加と、兼務体制の限界があります。取締役会だけでなく、指名・報酬・監査といった各委員会への対応、社外取締役とのコミュニケーション、継続的なガバナンス高度化に向けた取り組みおよび開示対応など、取締役会事務局の業務範囲は拡大の一途をたどっています。にもかかわらず、総務、法務、経営企画などの担当者が兼務で事務局を担っているケースも多く、取締役会の実効性向上に資する「一段踏み込んだ支援」にまで手が回らないという声も少なくありません。
第四に、取締役会事務局の業務は属人的になりがちで、多くの企業において人材育成の仕組みも十分に確立されていません。事務局担当者が手探りで業務を遂行しながらノウハウを蓄積することも多く、標準化が不十分で、担当者の交代時に貴重なノウハウが失われるリスクや、ミス・抜け漏れが生じるリスク、業務品質のばらつきにつながるリスクがあります。
第五に、取締役会事務局は、直接収益を生まず成果も見えにくいため、組織内で「コストセンター」と見なされやすく、人員、IT投資、育成投資の優先順位が低くなりがちです。結果として、デジタル化・効率化の遅れや、慢性的な人手不足という悪循環に陥りやすいことが指摘されています。また、事務局業務は、高度な専門性、高い機密性を要する一方で、人事評価が曖昧、他部署へのローテーションが限定的、キャリアの出口が見えにくい、といった課題を抱えやすく、優秀な人材を獲得しにくい状況にあります。
これらの課題は、取締役会のみならず取締役会事務局自体も「形式」から「実質」への進化の途上にあることを示しています。取締役会が監督機能を担う主体として実質的に進化するためには、それを支える取締役会事務局も実質的に十分に機能する必要があります。取締役会事務局の機能強化は「コーポレートガバナンス・コードへの対応」という表面上のものではなく、企業価値の向上や変革を支える経営基盤への投資であり、経営の質とスピードを左右するインフラ整備にほかなりません。
コーポレートガバナンス・コードの改訂では、取締役会の議論を実効的なものとするために、取締役会事務局には能動的に関与することが期待されています。将来の取締役会事務局には、取締役会と執行、社外取締役と会社、そして取締役会と経理・財務・内部監査等の社内部署をつなぐ「結節点」として機能することが求められます。
取締役会事務局は、会社の事業、経営、ガバナンスに精通し、社内の各部門に分散する情報や問題意識を経営の観点で整理・統合し、取締役会の議論につなげるとともに、取締役会からの問いや視点、社外取締役の問題意識を執行や社内部署に還流させる役割を担います。これが機能すれば、次の意思決定や変革へと結び付く、質の高い議論が実現します。この循環が回り始めたとき、取締役会は「過去を確認する場」から「将来を構想し、経営の変革を後押しする場」へと移行します。
執行の立場からは、取締役会事務局を取締役会の実質化を支える経営基盤として捉え、役割と体制の見直しに着手することが求められます。
次回は、取締役会事務局を単なる運営機能から、議論を設計し企業価値創出を支える中核機能へと進化させるために、成熟度の観点からその現在地と進化の方向性を整理していきます。
荒井 佳奈子
マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人