フィジカルAI製品のリスク構造――AIモデルの不確実性と二つのループから捉える動的リスク

  • 2026-09-11

AIはこれまで、主にデジタル領域における推論や意思決定の高度化を担ってきました。一方で、近年はロボティクスや医療機器、製造装置、モビリティなど、物理世界と直接接続するAIの利用が検討・実装されています。この変化は、単なる応用領域の拡大にとどまりません。

フィジカルAIは、外界の認識から意思決定、さらには物理的な作用までを含む一連のプロセスを内包します。そのため、AIによる判断の誤りや不確実性が、人との接触、設備や製品の損傷、生産・サービスの停止など、物理世界における影響へ直接つながる可能性があります。さらに、物理的な作用によって環境やシステム状態が変化し、その結果が次の入力条件に戻ることで、リスクが循環的に持続・増幅する点も重要です。

フィジカルAIのリスクを理解するためには、稼働中のAIモデルだけでなく、そのモデルがどのようなデータによって学習・評価され、製品へデプロイされた後、どのように更新されるかを含めて捉える必要があります。そこで本稿では、フィジカルAIの稼働時に認識・推論・意思決定・行動を繰り返すループと、運用データの収集から学習、モデル化・評価、デプロイへ至るループの二つに着目します。

NIST AI Risk Management Framework1においても、AIリスクはモデル単体ではなく、利用文脈や人間との相互作用を含む社会技術システムとして扱う必要性が指摘されています。すなわち、フィジカルAIにおけるリスクは「構成要素の問題」ではなく、「システム全体の構造問題」として捉える必要があります。

以上を踏まえ、フィジカルAIにおけるリスク構造の特徴を整理し、従来型のリスクマネジメントとの本質的な差異について考察します。

1.クローズドループ化するフィジカルAIシステム

フィジカルAIの特長の一つは、現実世界との相互作用を通じて複数の循環構造を形成する点にあり、その循環として、稼働中に認識、推論、意思決定、行動を繰り返す稼働時のループと、データ収集、学習、モデル化・評価、デプロイを通じてモデルの開発・更新を担う学習・更新時のループがあります。この2つのループは運用データと更新されたモデルを介して接続されます。

図表1:フィジカルAIの二つのループの概念

フィジカルAIの二つの ループの概念

注:二つのループは、実装モジュールの固定的な分割ではなく、リスクの発生・伝播を捉えるための機能的な分析単位として示しています。

1.1 稼働時のループ

稼働時のループは、フィジカルAIが稼働中に外界を認識し、学習済みモデルを用いて推論し、行動を決定して現実世界へ作用する循環です。その機能は次の循環構造として整理できます。

  • Perception(認識)
    センサー等を通じて外界およびシステム自身の状態を取得し、利用可能な情報へ変換します。
  • Inference(推論)
    学習済みモデルを用いて、対象の識別、状態推定、将来予測などを行います。
  • Decision(意思決定)
    推論結果、目標、安全制約、運用ルール等に基づき、実行する行動を選択します。
  • Action(行動)
    アクチュエータや制御機構を通じて、現実世界へ作用します。

重要なのは、Actionの結果が環境やシステム状態を変化させ、その変化が次のPerceptionの入力になる点です。例えば、認識誤りが不適切な推論や意思決定につながり、その結果として生じた位置関係や環境状態の変化が、次の認識をさらに困難にする可能性があります。このように稼働時のループでは、工程間の誤差が一方向に伝わるだけでなく、複数回の循環を通じて持続・増幅することがあります。なお、この循環構造は必ずしもシステムの物理的なモジュール構成を意味するものではありません。End-to-End型のモデルなど、推論と意思決定が一体化されている場合でも、リスクの発生・伝播過程を理解するための機能的な分析単位として用いることができます。

1.2 学習・更新時のループ

フィジカルAIでは、稼働中のループに加えて、モデル開発・更新を担う学習・更新時のループもリスク構造の一部となります。このループの循環構造は次の4つの工程として整理できます。

  • Data Collection(データ収集)
    センサーデータ、操作履歴、異常・ニアミス、人間による介入、環境条件などを収集・選別・加工(正規化など)します。
  • Training(学習)
    収集・整備されたデータを用いて、モデルのパラメータを学習または再学習します(最適化工程)。
  • Modeling/Evaluation(モデル化・評価)
    モデル構成、目的関数、学習条件、評価指標、安全条件等を設計し、候補モデルの性能、限界、適用範囲を評価します(採用モデルの設計・判断工程)。
  • Deployment(デプロイ)
    承認されたモデルを、対象となる製品や運用環境へ展開します。

学習・更新時のループにおいても、リスクは各工程で独立して発生するとは限りません。例えば、特定の運用条件に偏ったデータ収集は学習データの偏りにつながり、その偏りがモデル挙動へ反映され、デプロイ後に特定環境での認識や判断の失敗として現れる可能性があります。また、異常時のデータが除外されたり、人間による介入の理由が記録されなかったりすると、運用上重要な失敗条件がモデルへ反映されない可能性があります。

1.3 二つのループの接続

それぞれのループは独立していません。稼働時のループで得られた運用データ、異常事象、ニアミス、人間による介入は学習・更新時のループへの入力となり、そこからデプロイされたモデルは次の稼働時のループの挙動を規定します。したがって、一方のループで生じた問題は、もう一方のループを介して将来の運用へ持ち越される可能性があります。

例えば、作業者による緊急介入によって事故が回避された場合、介入前後の状況や介入理由が記録されなければ、学習・更新時のループでは当該運用が「問題なく完了したデータ」として扱われる可能性があります。その結果、危険な挙動を生じさせたモデルの特性が修正されず、更新後も同様のリスクが残存することが考えられます。

これに対して、学習・更新時のループで適切に評価されたモデルであっても、デプロイ先の設備構成、センサー、通信遅延、作業手順、周辺環境が評価時の前提と異なれば、稼働時のループでは想定外の挙動が生じる可能性があります。このため、フィジカルAIシステムにおいては、モデル単体の品質だけでなく、データ、モデル、ソフトウェア、ハードウェア、運用環境、人間の介入を含む二つのループ全体を管理する必要があります。

2.フィジカルAI製品のリスク構造

フィジカルAI製品のリスクは、従来のAIシステムや制御機器と完全に異なるものではありません。一方で、学習済みのモデルの不確実な挙動が物理作用へつながり、さらに運用結果がモデル更新へ戻ることで、既存のリスク要因が複合化しやすい点に特徴があると考えます。以下では、主要なリスク構造を五つの観点から整理します。

2.1 相互依存性による複雑化

フィジカルAIにおけるリスクは、単一要因によって発生するとは限らず、複数要素の相互作用によって生じると考えられます。代表的には、次の依存関係が存在します。

  • 入力データの性質とモデル挙動
  • モデルの出力と人間の判断
  • 意思決定と物理的作用
  • 物理的作用と環境変化
  • 運用環境と収集されるデータ
  • モデル更新と既存の制御・安全機能
  • デプロイ設定とセンサー、計算基盤、通信、アクチュエータ等のハードウェア特性
  • ベンダーが想定した利用条件と導入・運用事業者の実際の利用条件

二つのループを考慮すると、稼働時のループで生じた挙動が学習・更新時のループのデータとなり、そこで更新されたモデルが再び稼働時のループの挙動を変化させるという相互依存関係も加わります。このため、個々のコンポーネントに不具合がなくても、データ収集条件、モデル、ハードウェア、運用手順等の組み合わせによって、望ましくない挙動が生じる可能性があります。

2.2 現実世界におけるアウトカム中心のリスク

従来のソフトウェアシステムや制御システムのリスク評価でも設計、実装、運用は考慮されますが、AIを含むシステムでは、利用環境における出力の不確実性や変化を継続的に確認する重要性が高まります。特にフィジカルAIでは、AIの出力が物理的な行動へつながるため、アウトカムが製品だけではなく、人、設備、業務へ直接的な影響を及ぼす可能性があります。

想定されるアウトカムには、人への接触、衝突、挟まれ等の身体的影響、設備・搬送物の損傷、生産停止・品質劣化、過信や不適切な依存などが挙げられます。また、モデル更新によって既存の安全機能や運用手順との不整合が生じる場合も考えられます。

※本稿におけるアウトカムとは、AIの出力および現実世界に作用した結果として生じる状態変化や影響を指します。関連するリスクとして「プロセスリスク」があり、こちらはAIシステムの設計、開発、学習、評価、デプロイ、運用の進め方に内在するリスクを指します。両者は独立ではなく、プロセス上の不備や不確実性が、望ましくないアウトカムの発生可能性や影響を高める関係にあります2。

2.3 非線形性と予測困難性のリスク

フィジカルAIでは、モデル、制御ロジック、閾値、環境条件等によっては、入力の小さな変化が異なる行動選択につながる場合があります。非線形な挙動が顕在化する条件では、予測可能性の低下、安全境界の定義の困難化、連続的なリスク評価の難しさ等につながる場合があります。

非線形性は稼働時のループ内部だけでなく、学習・更新時のループを通じても生じます。少数のデータの追加、ラベル付け方針の変更、モデル構成や学習条件の変更が、一部の運用条件における挙動を大きく変える可能性があります。また、モデル全体の性能が改善していても、安全上重要な特定条件では性能が低下することがあります。

2.4 人間を含む系としてのリスク

フィジカルAIでは、人間がシステムの外部にいるとは限りません(Human-in-the-Loop(HITL)やHuman-on-the-Loop(HOTL))。稼働時のループでは、作業者、監視者、遠隔操作者、保守担当者、緊急介入者などが、AIの出力を解釈し、行動を承認・修正し、必要に応じて停止やオーバーライドを行います。その過程では、過信、誤解釈、不適切な利用、意思決定の過度な委譲、責任分担の不明確化、人間による介入が新たなリスクを生む可能性などに留意する必要があります。

さらに、人間は学習・更新時のループにおけるデータ選定、ラベル付け、モデル開発、評価、デプロイ承認の主体でもあります。そのため、人間による介入を例外処理として扱うのではなく、介入理由と結果を記録し、学習・更新時のループへ正しく引き渡すことが重要です。

2.5 プロセスを跨ぐリスクの連鎖

フィジカルAIのリスクには、少なくとも三つのリスク連鎖があります。第一は、認識誤りが推論、意思決定、行動へ伝わる稼働時のループ内部の連鎖です。第二は、収集データの不足や偏りが学習、モデル化・評価、デプロイへ伝わる学習・更新時のループ内部の連鎖です。第三は、実運用の結果が学習データとなり、更新されたモデルを介して将来の運用へ戻る二つのループを跨いだ連鎖です。

例えば、自律移動ロボットにおいて、誤認識に基づく進路選択が環境状態を変化させ、その結果が次の認識条件を悪化させる場合があります。さらに、その事象が人間の介入によって回避されたにも関わらず、介入理由が学習用データに反映されなければ、同じリスクが将来のモデルに残存する可能性があります。

したがって、ある時点の異常をその場で修正するだけでは十分とは限りません。異常の原因となったモデル、データ、運用条件、ハードウェア状態が学習・更新時のループへどのように戻されるかまで確認しなければ、同じリスクがモデル更新後も再現される可能性があります。

3.フィジカルAIのリスクは動的に変化する

フィジカルAIにおいて本稿で特に着目する特徴の一つが、リスクの動的な変化です。従来の製品安全では、設計時に安全を作り込むことが重視されてきました。しかし、AIシステムでは、データ分布、環境条件、運用方法、機体構成、モデル更新などが時間とともに変化するため、リスク水準も変動します。時間とともに変動する要素の例は以下の通りです。

  • データ分布や利用者行動の変化
  • 照明、騒音、温度、混雑度、設備レイアウト等の環境変化
  • 作業手順、運用ルール、利用目的の変更
  • 機体、センサー、アクチュエータ等の更新・劣化
  • モデル、推論設定、閾値、制御ロジックの更新

リスクの動的変化は、稼働時のループにおける環境変化だけでなく、学習・更新時のループによるモデル更新によっても生じます。更新されたモデルは従来モデルの性能を改善する一方で、別の利用条件において、新たな失敗要素を生じさせる可能性があります。また、同一のモデルであっても、デプロイ先の機体、センサー、アクチュエータ、設備レイアウト、作業手順などが異なれば、リスク水準は変化します。このことから、フィジカルAIのリスクは、一度評価して終了する対象ではなく、継続的に観測し、変化を把握し、必要に応じて制御する対象として捉える必要があります。

この観点から、モデルのデプロイは単なるソフトウェア更新ではなく、稼働時のループのリスク構造を変更する管理イベントとして扱うことが有効と考えます。管理策としては、更新前後の差分評価、対象機体と運用条件の確認、段階的デプロイ、異常時のロールバック、運用モニタリングなどを組み合わせることが考えられます。

3.1 二つのループをつなぐ情報共有と役割分担

稼働時のループと学習・更新時のループは、単一の企業・組織だけで完結するとは限りません。例えば、AIモデルや開発ツールを提供するベンダーと、工場などでフィジカルAIを導入・運用する事業者との間で、データ、利用条件、モデルの制約、異常情報、更新判断を適切に共有する必要があります。

図表2:二つのループを接続する情報項目の例

共有が必要となる情報例

学習・更新時のループ

稼働時のループ

想定利用条件

対応範囲、前提、既知の制約を定義・説明

実環境との差分を確認し、変更を共有

学習・評価データ

データ構成、評価条件、限界を説明

現場固有の条件、異常、介入情報を提供

モデル性能

評価方法、失敗条件、既知の限界を提示

実運用で性能と安全上の兆候を監視

ハードウェア統合

接続要件、処理性能、遅延等の前提を提示

実機・設備との適合性を確認

モデル更新

変更内容、影響範囲、復旧方法を提示

デプロイ判断、現場検証、段階導入を実施

インシデント

モデル・ツール側の原因を解析

現場状況と物理的影響を記録・共有

この表は、法的責任の確定を意図するものではなく、二つのループを通じて必要となる情報と管理活動の主な接点例を示したものです。実際の役割分担は、製品構成、契約、運用体制、関連法令・規格等に応じて各企業・組織において具体化する必要があります。

4.おわりに:リスク構造理解が設計・運用の中心になる

本稿では、フィジカルAI製品のリスク構造を、稼働時のループと学習・更新時のループの二つの循環構造から整理しました。

フィジカルAIにおけるリスクは、モデル単体の性能だけで決まるものではありません。稼働時のループでは、認識や推論の誤りが物理的な行動へ伝わり、その結果が次の入力条件を変化させます。学習・更新時のループでは、運用データや評価結果がモデル更新へ反映され、更新されたモデルが将来の運用挙動を変化させます。さらに二つのループが接続されることで、一時的な運用上の問題が将来のモデルへ組み込まれたり、モデル更新によって新たな運用リスクが生じたりする可能性があります。

本稿で示した主要な特徴は、次のとおりです。

  • 相互依存性による複雑化
  • 現実世界におけるアウトカム中心のリスク
  • 非線形性と予測困難性
  • 人間を含む系としてのリスク
  • 二つのループを跨ぐリスクの連鎖

AIモデルや開発ツールを提供するベンダー側で検討すべき事項として、性能だけでなく、モデルの適用条件、既知の限界、評価方法、更新内容を明らかにすることが求められます。一方、導入・運用事業者で検討する事項として、実際の利用環境、設備、作業者との相互作用、異常や介入の情報を継続的に把握し、必要な情報をベンダーと共有することが求められます。

今後のフィジカルAIのリスク管理では、設計時の評価と運用時の監視を別々に扱うのではなく、稼働時のループで得られた知見を学習・更新時のループへ戻し、モデル更新後の挙動を再び稼働時のループで検証する一連の仕組みの構築が課題となります。そのため、設計時の安全評価と、運用時のモニタリングを一体的に行い、「だれが(利用主体)」「いつ(利用時点)」「どのような目的で(利用目的)」「どのように(運用条件)」利用するのかを明確にすることが重要です。

主な参考文献・一次情報

1 NIST AI Risk Management Framework
https://www.nist.gov/itl/ai-risk-management-framework

2 A First-Principles Based Risk Assessment Framework and the IEEE P3396 Standard
https://arxiv.org/abs/2504.00091

執筆者

奥山 謙

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

和栗 直英

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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堀江 涼介

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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露木 彩葉

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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