近年、防衛産業や重要インフラ事業者、製造業を取り巻くサイバー脅威は大きく変化しています。攻撃の目的は、機密情報の窃取や金銭獲得だけではありません。企業の事業継続や社会機能に影響を与え、意思決定を遅らせるだけでなく、国家や社会の対応能力を低下させることも想定する必要があります。
例えば防衛装備品の生産基盤や、電力、通信、物流などが停止した場合、その影響は一企業の枠を超えて波及します。OT(Operational Technology:制御・運用技術)を守ることは、設備保全にとどまらず、社会と国家の機能を維持する課題になりつつあります。
近年の安全保障分野では、攻撃を防ぐことに加え、攻撃下においても重要な機能や任務を維持するレジリエンスの考え方が重視されています。例えば、近年の防衛白書では、「サイバー攻撃状況下においても、指揮統制能力、戦力発揮能力、作戦基盤を保全し任務が遂行できる態勢を確立する」という方針が示されています。※1
本連載では、こうした考え方を踏まえ、「ミッションを継続する」という視点を軸に議論を進めます。
以下では平時の延長としてのセキュリティ対策だけでなく、サイバー有事において何を守り、何を維持し、どの順序で復旧するのかを考えていきます。
これまで企業が想定してきた脅威の中心は、情報窃取、金銭目的のランサムウェア、不正アクセスなどのサイバー犯罪でした。その評価軸は、侵入を防げたか、被害を抑えられたかという点に置かれていました。
しかし、防衛産業や重要インフラでは、こうした犯罪への対応だけでは十分とは言えません。近年では、重要インフラ等に対するサイバー攻撃が各国の安全保障上の脅威として認識されています。直接的な武力攻撃との連動を企図するものに限らず、偵察や能力実証、示威を目的とした活動も想定する必要があります。
こうした攻撃が実施された場合、その影響は国家防衛に関わる機関にとどまらず、装備品の生産、エネルギー、通信、物流、金融、医療などを担う民間基盤にも及び得ます。
そのとき問われるのは「攻撃されなかったか」だけではありません。「攻撃下でも、国家と社会に必要な機能を維持できたか」です。
本連載では、このような安全保障上の影響を伴い得るサイバー攻撃や、それによって重要な機能やミッションの維持が脅かされる状況を「サイバー有事」と呼びます。サイバー有事への備えとはすなわち、重要ミッション、許容停止時間、代替手段、復旧順位を平時から明確にすることです。
こうした状況で重要になるのが、サイバーレジリエンスという考え方です。サイバーレジリエンスとは、攻撃への防御から、攻撃や障害が発生した際の重要な業務やミッションの継続、影響の局限化、許容できる時間内での安全な状態への復旧までを含む組織能力を指します。
従来のセキュリティが「侵入を防ぐこと」を重視していたとすれば、レジリエンスは「侵入や停止が起きても、任務を遂行し続けること」までを射程に入れます。防御の重要性を踏まえつつ、防御、検知、封じ込め、復旧、継続を一つの運用体系として結び付ける考え方です(図表1)。
図表1:レジリエンスを構成する主な能力
能力 |
OT・重要インフラでの意味 |
Protect|防御 |
侵入経路を減らし、重要資産への到達を難しくする。 |
Detect|検知 |
異常や兆候を早期に把握し、判断に必要な情報を確保する。 |
Contain|封じ込め |
影響範囲を限定し、他設備や他拠点への波及を抑える。 |
Recover|復旧 |
安全確認を伴いながら、優先順位に沿って機能を戻す。 |
Sustain|継続 |
代替運用や手動運転を含め、重要ミッションを維持する。 |
例えば、ランサムウェアによって認証基盤や管理端末が利用できなくなった場合でも、工場はどこまで操業を継続できるのでしょうか。復旧に必要なシステム構成情報や手順は保全されているのでしょうか。代替手段による運転は可能でしょうか。こうした問いへの備えこそがレジリエンスです。OTの世界では、「侵入されないこと」だけでなく、「侵入されても操業を継続できること」が重要になります。
サイバー防衛の現場では、個別端末の感染有無だけでなく、任務遂行に必要な機能が維持されているかという視点が欠かせません。状況把握、指揮命令、関係組織との連携、優先順位の判断、代替手段への移行を含め、組織全体が不確実な状況でも動き続けられることが重要です。
この視点をOTへ置き換えると、守るべき対象は制御機器から、HMI(Human Machine Interface)、認証基盤、保守端末、時刻同期、構成情報、復旧要員、委託先との連絡手段など、操業を支える依存関係全体へと広がります。
サイバー有事では、全てを同時に守り切ることが難しい場合もあります。だからこそ、どの機能を優先し、どこまで縮退運転を許容し、誰が復旧判断を下すのかを平時に決めておく必要があります。
攻撃者との技術的な優劣と併せて重要になるのが、限られた情報と時間の中で、組織として状況を判断し、被害を局限化し、任務を継続する力です。
防衛省・自衛隊は、サイバー攻撃を受けている状況下においても、指揮統制能力や優先度の高い装備品システムを保全し、自衛隊の任務遂行を保証できる態勢の確立を進めています。※2
こうした重要な機能や任務の継続を重視する考え方は、防衛産業や重要インフラにおけるOTレジリエンスを検討するうえでも参考になります。
装備品を生産する工場、電力や通信を供給する設備、輸送を支えるシステムが長期間停止すれば、影響は企業の収益だけにとどまりません。国家全体の持続力、すなわちナショナルレジリエンスにも関係します。OT環境の継続能力と復旧速度は、競争力の指標であると同時に、安全保障上の能力になりつつあります。
これは防衛分野や重要インフラにおいても同様であり、その復旧能力は単なるIT運用上の課題ではありません。有事に生産設備や供給能力が長期間停止すれば、防衛装備品の供給や社会基盤の維持にも影響が及ぶ可能性があります。
これからのOTセキュリティでは、「どれだけ侵入を防げるか」に加え、「どれだけ早く復旧できるか」「どの程度ミッションを継続できるか」を、経営と現場が共有できる指標として扱うことが求められます。
サイバー攻撃を完全には避けられない時代において、OTセキュリティは「防御の議論」から「事業継続の議論」へと軸足を移しつつあります。防衛産業や重要インフラにとって、レジリエンスは技術部門、経営、事業継続にまたがる課題であり、安全保障上の能力でもあります。
まずは、自社において「最も止めてはならない設備・機能・ミッションは何か」を問い直すことが必要です。そして、それが失われたときに、どのように継続し、どの順序で復旧するのかを具体化することが、レジリエンス強化の第一歩となります。
次回は「サイバー有事に問われるOT環境の自律復旧能力」と題して、OT環境において認証基盤や管理端末などが停止した際に、どのように操業を維持・復旧していくのか、有事に求められる「自律復旧能力」について考察します。
※1 防衛省・自衛隊『令和6年版防衛白書』第III部第1章第4節「サイバー領域での対応」
※2 防衛省『令和7年版防衛白書』第IV部第3章第2節「1 防衛省・自衛隊の任務とサイバー人材」
星埜 正和
マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人
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