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2026年7月20日付の欧州委員会ガイドライン「Guidelines on the implementation of the transparency obligations for certain AI systems under Article 50 of the AI Act(欧州AI法第50条の透明性義務に関するガイドライン)」の公表と、「Code of Practice on Transparency of AI-Generated Content(AI生成コンテンツの透明性に関する行動規範。以下「Code of Practice」)」の策定は、欧州AI法における透明性義務が、抽象的な法的義務から具体的な実装・運用の段階へ移行したことを示しています。
欧州AI法第50条は、AIシステム提供者に対して、AIが生成または操作したコンテンツに機械可読な標識を付し、その検知可能性を確保することを求めています。また、AIシステム導入者に対しては、(i)ディープフェイクについて人工的に生成・操作された旨の開示義務、(ii)公共の利益に関する事項について公衆に情報提供する目的で公表されるAI生成・操作テキストについての開示義務、(iii)感情認識システムおよび生体カテゴリ分類システムの運用について自然人への通知義務を課しています。
欧州向けに、対話型AI、画像・音声・動画・テキスト生成AI、感情認識システム、生体カテゴリ分類システム、ディープフェイク生成・配信機能等を展開する企業にとっては、機能ごとに提供者・導入者の別を踏まえて責任主体と開示義務を整理する必要があります。企業は、UI上の表示文言を追加するだけでなく、生成物への機械可読な標識の付与、検知可能性の確保、利用文脈に応じた開示フローの構築、公共の利益に関する事項について公衆への情報提供を目的として公表されるテキストに該当するかの判定基準の策定など、プロダクト設計や運用体制そのものを見直す必要があります。
透明性義務に違反した場合には、最大1,500万ユーロまたは前事業年度のグループ全体の全世界売上高における3%のいずれか高い額の制裁金が科される可能性があります。対話型AIに関する欧州AI法第50条第1項の義務などは2026年8月2日から適用されます。一方、2026年8月2日以前に市場投入または供用開始された生成AIシステムについては、欧州AI法第50条2項の標識付与・検知義務に限り、Digital Omnibus on AI(AIに関するデジタルオムニバス)2026年12月2日までの経過措置が設けられています。
欧州AI法第50条の透明性義務に関するガイドラインとCode of Practiceは、相互に補完する関係にあります。ガイドラインが、透明性義務の対象範囲や責任主体、開示義務の内容など、法令の基本的な解釈を示すのに対し、Code of Practiceは、機械可読な標識、ウォーターマーク、検知手段など、その義務を製品・サービスに実装するための具体的な技術・運用方法を示します。Code of Practiceは法令そのものではありませんが、ガイドラインに示された義務を実務に落とし込む際の重要な参照資料となります。
欧州AI法第50条の透明性義務は、「AIを使っている」ことについて、「誰が」「どの場面で」「何について」説明すべきかを機能ごとに切り分けた設計になっています。人がAIに接する局面ごとに誤認や不透明さが生じやすい点を特定して、それぞれの義務を定めています。
対話型AIについては、自然人がAIシステムと直接対話していることを認識できるようにする「見える透明性」が重視されています。チャットボット、AIエージェント、カスタマーサポートなどでは、最初の接触時点までに、相手がAIであることを明確に伝える必要があります。AIであることが、合理的に十分な情報を持ち注意深い自然人にとって明白である場合や、自然人との直接対話に当たらないバックエンド処理・機械間通信は対象外です。利用者保護と実務負担のバランスを意識した設計となっています。
AIシステム提供者には、生成物に機械可読な標識を付与し、それがAIによって生成または操作されたものであることを検知可能にする義務があります。検知可能な透明性のための技術には、有効性・相互運用性・堅牢性・信頼性が求められます。
感情認識や生体カテゴリ分類に関しては、自然人がこれらのシステムの処理対象になる場合に、その旨を通知する義務があります。具体的には、生体データに基づいて自然人の感情・意図を識別・推定すること、または自然人を特定のカテゴリに割り当てることが対象となります。マーケティング・監視・採用・接客・車載システムなど幅広い用途に関係します。
ディープフェイクおよび公共の利益に関する事項について公衆に情報提供する目的で公表されるテキストへの開示義務も定められています。ここでいうディープフェイクとは、「既存の人物・物体・場所・存在・出来事に似ており、人に真実または真正なものと誤認させる画像・音声・動画」をいいます。画像・音声・動画のディープフェイクについては、遅くとも人間が最初の接触時までに、人工的に生成または操作された内容であることを明確かつ識別可能な方法で開示しなければなりません。また、政治、民主的過程、行政、司法、法執行、基本権、公衆衛生、環境、消費者安全、経済、金融、科学、文化等の公共の利益に関する事項について、公衆に情報提供する目的で公表されるAI生成・操作テキストなど社会的議論に影響を与え得るものは、原則として開示が必要です。
一方、こうしたテキストであっても、十分な人的レビューまたは編集上の統制が行われ、かつ自然人または法人が編集責任を負っている場合には、AI生成表示は不要とされています。
図表1:見える透明性と検知可能な透明性
AIシステム提供者に課される機械可読な標識付与義務と検知可能性確保義務について、以下のとおり具体化されています。
機械可読な標識および検知手段については、主に以下の4つの技術要件が求められます。
有効性:標識・検知の技術的ソリューション全体として、自然人がAI生成・操作コンテンツを識別できるようにすること
信頼性:通常条件下で、AI生成・操作コンテンツを他のコンテンツと正確に識別できること
堅牢性:通常の編集処理や敵対的攻撃を含むさまざまな条件下でも、AI生成・操作コンテンツを正確に識別できること
相互運用性:複数のシステム、事業者、文脈、技術実装をまたいで、異なる標識技術が用いられていても検知が可能であること
Code of Practiceでは、現時点の技術水準では単一の標識のみで上記4つの技術要件を満たすことが難しいため、原則として少なくとも2層の機械可読な標識を用いる「multi-layered marking approach」が示されています。
第1層:デジタル署名とタイムスタンプが付され、改ざんから保護されたメタデータ
第2層:人の目や耳では通常認識できない不可視・不可聴のウォーターマーク
ただし、物理製品に組み込まれたAIアシスタントなど、技術的に制御された閉鎖環境で主として指示的な出力を生成し、当該出力が外部に取得・書き出し・拡散されないよう有効な技術的措置が講じられている場合には、1層の標識で足りるとされています。また、自由形式テキストについては、メタデータを運搬できないため、Code of Practice上、ウォーターマークによる単層の標識で足りるとされています。さらに、Code of Practiceでは、200トークン未満の「very short text」については、多くの場合十分な信頼性でのウォーターマーキングが困難であるとして、ウォーターマークの適用対象外とされています。
コンテンツがAIによって生成または操作されたものかどうかを確認できるよう、検知手段を提供しなければなりません。原則として、この検知手段は無償提供する必要があります。
もっとも、Code of Practiceでは、月間ユーザー数が100万人未満の事業者で、検知手段の運用コストが高く、かつ単一ユーザーからの大量リクエストが合理的閾値を超える場合には、その超過部分について合理的・公正・比例的な料金請求が認められています。
AIによって生成または操作されたディープフェイク、および公共の利益に関する事項について公衆に情報提供する目的で公表されるテキストの開示について、以下のとおり具体化されています。
Code of PracticeのAnnex 1で示された欧州共通アイコン、またはデザインや配置に関する要件を満たす同等のアイコンやラベルを用いて、AIによって生成または操作された旨を、明確かつ識別しやすい形で表示しなければなりません。
コンテンツの種類ごとに、表示方法には次のような基準が示されています。
画像:他の表示要素に隠れず、自然人が直ちに認識できる位置(例:右上)に表示
動画:動画の冒頭に表示し、必要に応じて再生中にも定期的に繰り返し表示
テキスト:見出しの近く、または本文の冒頭付近に表示
音声のみのコンテンツ:冒頭で音声による告知を行い、その後も適宜繰り返して案内
欧州AI法透明性義務の対象となる可能性があるのは、例えば、チャットボットやAIエージェント等の対話型AI、画像・音声・動画・テキスト生成AI、感情認識システム、生体カテゴリ分類システム、ディープフェイク生成機能、AI生成コンテンツを公衆向けに配信・公表するサービスなどです(図表2)。
欧州域内に設立・所在する場合に加え、欧州域内で出力が使用される場合にも、透明性義務の対象となり得ます。既存製品・サービスについても、欧州AI法第50条第2項に基づく機械可読な標識付与および検知可能性確保義務に関する経過措置の範囲を確認のうえ、必要な対応を行うことが求められます。
図表2:対象となる製品・機能と例
類型 |
対象となる製品・機能 |
例 |
1 |
対話型AI |
スマートフォン、PC、タブレット、テレビ、スマートディスプレイ、スマートスピーカー、サービスロボット、AIペット、AI玩具、AIグラス、AIイヤホン、スマートウォッチ、スマートコックピット など |
2 |
テキスト、文書、画像、音声、動画などの生成AI |
アプリ、スマートフォン、PC、タブレット、AIディスプレイ、カメラ、AI録音ペン、スマートコックピット など |
3 |
感情や属性(性別、年齢など)を識別できるAI |
各種監視カメラ など |
4 |
ディープフェイクを生成できるAI |
ディープフェイク生成機能を持つもの |
5 |
一般公衆向け公開文章を生成できるAI |
公開用テキストを自動生成する各種AIサービス・製品 |
欧州AI法第50条の透明性義務に関するガイドラインに基づきPwCが作成
各国・地域においてもAI生成コンテンツに識別表示やラベル付けを求める制度整備が進んでいます。規制の内容は法域ごとに異なりますが、利用者に分かる明示的表示と、メタデータやウォーターマークなどの機械可読な標識の付与を組み合わせる方向が共通しています。透明性の確保を通じて、詐欺、偽情報、なりすまし等のリスクを抑え、AI利用への信頼を支えることが、世界的な政策潮流となっています。
中国、韓国、ベトナム、インド、米国カリフォルニア州でも識別・表示義務が施行されており、対象法令と施行状況の確認が必要です(図表3)。
図表3:各国・地域の透明性義務に関する立法状況
国・地域 |
ステータス |
主旨 |
中国 |
義務化済み |
深度合成規定、表示法、対話型AI管理弁法の三層規制により、明示ラベルとメタデータ識別子の付与が義務化されています。 |
韓国 |
義務化済み |
AI基本法施行令により、高影響AIや生成AIの提供時に事前通知とラベル付けが義務化されています。ガイドラインで表示方法も具体化されています。 |
インド |
義務化済み |
合成コンテンツに対し、明確なラベル、永続的メタデータ、来歴マーカーの付与が義務化されています。後から消せない識別情報を重視しています。 |
ベトナム |
義務化済み |
AI法と複数の政令により、中リスクAIへの通知・ラベリング、技術的マーキングが義務化されています。報道分野では特別表示も求められています。 |
米国カリフォルニア州 |
義務化済み |
カリフォルニア州ではウォーターマーク指針の整備が進められています。 |
フィリピン |
審議中 |
法案審議中であり、音声・画像・動画ごとに、口頭宣言、画面テキスト、アイコンなどの詳細な表示方法を定める方向で検討されています。 |
ブラジル |
審議中 |
審議中のAI法案では、合成コンテンツへの識別子付与と来歴の検証可能性確保を義務化する方向で制度設計が進められています。 |
トルコ |
草案段階 |
すべてのAI生成コンテンツに「AI生成」と表示させる包括的義務が検討されています。広範かつ明快な表示規制を志向しています。 |
ケニア |
草案段階 |
2026年草案AI法にAI生成コンテンツのラベル付け義務が盛り込まれており、利用者の認識可能性を高める方向で検討されています。 |
公開情報に基づきPwCが作成
欧州AI法第50条の透明性義務は2026年8月2日から適用が開始されています。欧州向けにAI製品・サービスを提供する日本企業だけでなく、第三国に所在していても、そのAIシステムの出力が欧州域内で使用される場合には域外適用の対象となり得ます。各国・地域でもAI生成コンテンツの識別・表示に関する制度整備が進んでおり、企業には複数法域への同時対応が求められます。
各国・地域の法令内容を個別に確認する必要があり、画面上のラベル表示だけでなく、多くの法域で共通して重視される機械可読な標識の付与に対応できる技術基盤を整備することが重要です。ガイドライン本文では原則が示され、Code of Practiceでは2層標識や欧州共通アイコンなどの実装指針が具体化されているため、両者を合わせて理解することが重要です。国内の規制強化や海外対応を見据え、対象となるコンテンツやユースケースの棚卸し、機械可読な標識の付加方法の設計、改ざん防止措置、社内教育、ガバナンス体制の整備を早めに進めることが実務上の鍵になります。
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