欧州AI法の透明性義務が始動――執行フェーズに入ったAI規制への実務対応

  • 2026-10-08

2026年7月20日付の欧州委員会ガイドライン「Guidelines on the implementation of the transparency obligations for certain AI systems under Article 50 of the AI Act(欧州AI法第50条の透明性義務に関するガイドライン)」の公表と、「Code of Practice on Transparency of AI-Generated Content(AI生成コンテンツの透明性に関する行動規範。以下「Code of Practice」)」の策定は、欧州AI法における透明性義務が、抽象的な法的義務から具体的な実装・運用の段階へ移行したことを示しています。

欧州AI法第50条は、AIシステム提供者に対して、AIが生成または操作したコンテンツに機械可読な標識を付し、その検知可能性を確保することを求めています。また、AIシステム導入者に対しては、(i)ディープフェイクについて人工的に生成・操作された旨の開示義務、(ii)公共の利益に関する事項について公衆に情報提供する目的で公表されるAI生成・操作テキストについての開示義務、(iii)感情認識システムおよび生体カテゴリ分類システムの運用について自然人への通知義務を課しています。

欧州向けに、対話型AI、画像・音声・動画・テキスト生成AI、感情認識システム、生体カテゴリ分類システム、ディープフェイク生成・配信機能等を展開する企業にとっては、機能ごとに提供者・導入者の別を踏まえて責任主体と開示義務を整理する必要があります。企業は、UI上の表示文言を追加するだけでなく、生成物への機械可読な標識の付与、検知可能性の確保、利用文脈に応じた開示フローの構築、公共の利益に関する事項について公衆への情報提供を目的として公表されるテキストに該当するかの判定基準の策定など、プロダクト設計や運用体制そのものを見直す必要があります。

透明性義務に違反した場合には、最大1,500万ユーロまたは前事業年度のグループ全体の全世界売上高における3%のいずれか高い額の制裁金が科される可能性があります。対話型AIに関する欧州AI法第50条第1項の義務などは2026年8月2日から適用されます。一方、2026年8月2日以前に市場投入または供用開始された生成AIシステムについては、欧州AI法第50条2項の標識付与・検知義務に限り、Digital Omnibus on AI(AIに関するデジタルオムニバス)2026年12月2日までの経過措置が設けられています。

欧州AI法第50条の透明性義務に関するガイドラインとCode of Practiceは、相互に補完する関係にあります。ガイドラインが、透明性義務の対象範囲や責任主体、開示義務の内容など、法令の基本的な解釈を示すのに対し、Code of Practiceは、機械可読な標識、ウォーターマーク、検知手段など、その義務を製品・サービスに実装するための具体的な技術・運用方法を示します。Code of Practiceは法令そのものではありませんが、ガイドラインに示された義務を実務に落とし込む際の重要な参照資料となります。

各国・地域の規制動向

各国・地域においてもAI生成コンテンツに識別表示やラベル付けを求める制度整備が進んでいます。規制の内容は法域ごとに異なりますが、利用者に分かる明示的表示と、メタデータやウォーターマークなどの機械可読な標識の付与を組み合わせる方向が共通しています。透明性の確保を通じて、詐欺、偽情報、なりすまし等のリスクを抑え、AI利用への信頼を支えることが、世界的な政策潮流となっています。

中国、韓国、ベトナム、インド、米国カリフォルニア州でも識別・表示義務が施行されており、対象法令と施行状況の確認が必要です(図表3)。

図表3:各国・地域の透明性義務に関する立法状況

国・地域

ステータス

主旨

中国

義務化済み

深度合成規定、表示法、対話型AI管理弁法の三層規制により、明示ラベルとメタデータ識別子の付与が義務化されています。

韓国

義務化済み

AI基本法施行令により、高影響AIや生成AIの提供時に事前通知とラベル付けが義務化されています。ガイドラインで表示方法も具体化されています。

インド

義務化済み

合成コンテンツに対し、明確なラベル、永続的メタデータ、来歴マーカーの付与が義務化されています。後から消せない識別情報を重視しています。

ベトナム

義務化済み

AI法と複数の政令により、中リスクAIへの通知・ラベリング、技術的マーキングが義務化されています。報道分野では特別表示も求められています。

米国カリフォルニア州

義務化済み

カリフォルニア州ではウォーターマーク指針の整備が進められています。

フィリピン

審議中

法案審議中であり、音声・画像・動画ごとに、口頭宣言、画面テキスト、アイコンなどの詳細な表示方法を定める方向で検討されています。

ブラジル

審議中

審議中のAI法案では、合成コンテンツへの識別子付与と来歴の検証可能性確保を義務化する方向で制度設計が進められています。

トルコ

草案段階

すべてのAI生成コンテンツに「AI生成」と表示させる包括的義務が検討されています。広範かつ明快な表示規制を志向しています。

ケニア

草案段階

2026年草案AI法にAI生成コンテンツのラベル付け義務が盛り込まれており、利用者の認識可能性を高める方向で検討されています。

公開情報に基づきPwCが作成

まとめ

欧州AI法第50条の透明性義務は2026年8月2日から適用が開始されています。欧州向けにAI製品・サービスを提供する日本企業だけでなく、第三国に所在していても、そのAIシステムの出力が欧州域内で使用される場合には域外適用の対象となり得ます。各国・地域でもAI生成コンテンツの識別・表示に関する制度整備が進んでおり、企業には複数法域への同時対応が求められます。

各国・地域の法令内容を個別に確認する必要があり、画面上のラベル表示だけでなく、多くの法域で共通して重視される機械可読な標識の付与に対応できる技術基盤を整備することが重要です。ガイドライン本文では原則が示され、Code of Practiceでは2層標識や欧州共通アイコンなどの実装指針が具体化されているため、両者を合わせて理解することが重要です。国内の規制強化や海外対応を見据え、対象となるコンテンツやユースケースの棚卸し、機械可読な標識の付加方法の設計、改ざん防止措置、社内教育、ガバナンス体制の整備を早めに進めることが実務上の鍵になります。

執筆者

村上 純一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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橋本 哲哉

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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鮫島 洋一

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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エレドン ビリゲ

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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上野 浩

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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野地 舞花

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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