カスタマーID・アクセス管理の重要性:事業成長とセキュリティの両立

  • 2025-07-31

インターネットの普及とともに、私たちの暮らしは急速にデジタル空間へとシフトしています。かつて物理的な店舗や対面で行われていたことが、今やオンラインサービスとして提供されるようになり、企業と顧客をつなぐカスタマーIDは、事業成長を推進する上で不可欠な要素となっています。

一方で、この重要性を増すカスタマーIDがひとたびサイバー攻撃に遭えば、事業継続に直結する問題にもなり得ます。このため、カスタマーIDインフラの適切な管理は、事業継続における最重要課題の一つです。

本稿では、カスタマーIDインフラの管理に関する基本について解説します。

なぜ今、カスタマーIDの管理が重要なのか

データ分析技術を駆使したデジタルマーケティングの効果に関する認知が進み、顧客が利用するサービスやアプリケーションは日々進化しています。それに伴い、顧客のデジタルアイデンティティであるカスタマーIDを適切に管理し、保護することの重要性も飛躍的に高まっています。

1.顧客体験の向上と事業成長

顧客は、複数のサービスをシームレスに利用できる利便性を求めています。シングルサインオン(SSO)によるログインの簡素化や、パーソナライズされたサービスの提供は、顧客満足度を高め、エンゲージメントを強化します。これにより、顧客は特定の企業のサービスに対してより強い信頼とロイヤリティを抱くようになり、結果としてリピート率やクロスセルの機会が増大します。カスタマーIDの適切なアクセスマネジメントは、これらの優れた顧客体験を実現するための基盤となります。

2.セキュリティリスクの増大とブランドイメージの保護

不正の手口はフィッシング詐欺やマルウェアを利用した攻撃手法によって巧妙化しています。これに対応するため、企業は不正アクセスやアカウントの乗っ取りに対する対策を十分に行わなければなりません。
顧客情報漏洩は企業にとって壊滅的なダメージを与えかねません。不正アクセスによる個人情報の流出、アカウントの乗っ取り、不正送金、クレジットカードの不正利用などは、顧客からの信頼を失墜させ、ブランドイメージを大きく損ないます。カスタマーIDインフラにおける適切なアクセスマネジメントは、これらのリスクを最小限に抑え、企業のレピュテーションを守る上で不可欠です。

3.法規制への対応とデータ活用基盤の確立

GDPR(欧州一般データ保護規則)をはじめとするプライバシー保護に関する法規制は、世界中で強化されています。日本においても3年ごとに改正される個人情報保護法により、企業には厳格な個人情報管理が求められています。カスタマーIDの適切な管理は、これらの法規制への遵守を確実にするだけでなく、顧客から適切な同意に基づくデータ利活用のための強固な基盤となります。

図表1:カスタマーIDのアクセスマネジメント整備の目的

カスタマーIDアクセスマネジメントの主要な構成要素

カスタマーIDのアクセスマネジメントは、単なる認証にとどまらず、多岐にわたる要素から構成されます。

1.アカウントライフサイクル管理

  • アカウント作成と登録:顧客がサービスに登録する際のプロセスを安全かつ効率的に管理します。アカウント登録の際は、身元確認をどの程度厳密に行うかも、サービスの持つリスクに応じて判断することが重要です。
  • プロファイル管理:顧客の個人情報、設定、サービス利用履歴などのプロファイル情報を一元的に管理し、常に最新の状態に保ちます。
  • アカウントの有効化/無効化:顧客の退会や利用停止に際して、迅速かつ適切にアカウントを無効化し、データへのアクセスを遮断します。

2.認証(Authentication)

顧客が本人であることを検証するプロセスです。

  • パスワード認証:最も一般的な認証方式ですが、パスワードリスト型攻撃などのリスクを考慮し、複雑性要件を高くするなどの対策が必要です。
  • 多要素認証(MFA:Multi-Factor Authentication):パスワードに加えて、スマートフォンアプリによるワンタイムパスワード、生体認証(指紋、顔認証)、セキュリティキーなど、複数の認証要素を組み合わせることで、セキュリティレベルを向上させます。昨今は、パスキーが利便性とセキュリティの両面で注目されています。
  • ソーシャルログイン:ビッグテックなどが提供するソーシャルメディアアカウントを利用したログインは、顧客の利便性を高めます。一方でセキュリティ面では、各認証結果の提供側のセキュリティレベルに依存します。例えば、ソーシャルログインでなりすましが発生し、認証結果の受け入れ側で問題が発生した場合でも、認証結果を提供した側は責任を負わないというのが一般的なため、受け入れ側は注意が必要です。
  • リスク判定:認証の際、顧客のロケーションやブラウザ、振る舞いによってリスクを判定し、必要に応じて追加の認証要求やアクセス制御を行います。

3.認可(Authorization)とデータプライバシー

認証された顧客が、どのデータに対して、どのような操作(閲覧、更新、削除など)を許可されるかを決定するプロセスです。特にカスタマーIDにおいては、顧客のプライバシーデータの利活用と密接に関係しています。

  • 同意管理(Consent management):顧客から個人情報の収集・利用・第三者提供について、明確な同意を適切に取得・管理することが最も重要です。これは、法規制遵守の基盤であるだけでなく、顧客からの信頼を得る上でも不可欠です。顧客が自身のデータ利用状況をいつでも確認し、同意を取り消すことができるメカニズムを提供することで、透明性とコントロールを確保します。
  • 目的制限(Purpose limitation):取得した個人情報が、顧客から同意を得た特定の目的のためにのみ利用されることを保証します。それ以外の目的で利用する場合は、再度同意を得るか、匿名化・統計化などの措置を講じる必要があります。

4.監査とモニタリング

顧客のログイン履歴、アクセス履歴、操作履歴などを詳細に記録することで、不正アクセスや不審な行動の兆候を検知します。特に、個人データへのアクセス履歴は厳密に記録され、セキュリティインシデント発生時の原因究明や法規制遵守の証明においても不可欠です。

アクセスマネジメントの実装における考慮事項

効果的なカスタマーIDのアクセスマネジメントシステムを構築するためには、いくつかの重要な考慮事項があります。

1.セキュリティと利便性のバランス

セキュリティを強化しすぎると、顧客の利便性を損なう可能性があります。例えば、MFAの強制はセキュリティを向上させますが、顧客にとっては煩雑に感じられることもあります。リスク評価に基づき、サービスの特性や顧客層に合わせた適切なバランスを見つけることが重要です。

2.セキュリティ技術の選定と適用

新しいセキュリティ技術は日々登場しますが、単に最新だからという理由で導入すれば良いわけではありません。重要なのは、自社が直面する具体的な脅威(例:アカウント乗っ取り、データ窃取、フィッシング詐欺など)に対して、その技術がどれだけ有効であるかを深く分析することです。その上で、技術を適用した場合のシステムパフォーマンス、運用負荷、顧客体験への影響(インパクト)を総合的に評価する必要があります。さらに、単一の技術導入にとどまらず、その技術が導入されることで周辺システムや既存のセキュリティ対策にどのような影響が生じるか、また、それに伴って追加で必要となる対策(例:監視強化、運用フローの変更、従業員への教育など)の有無も検討し、包括的なセキュリティ戦略を策定することが成功の鍵となります。

3.国際標準仕様への準拠による相互運用性と信頼性

アクセスマネジメントの領域では、OpenID Connect(OIDC)、OAuth 2.0、パスキーなどの国際標準仕様が確立されています。これらの標準に準拠することで、異なるサービス間での認証・認可の相互運用性が確保され、顧客はよりスムーズにサービスを利用できるようになります。

また、標準仕様に準拠したシステムは、一般的に堅牢性が高く、最新のセキュリティ脅威に対する耐性も高まります。これにより、顧客が安心してサービスを利用できる環境が整い、企業の信頼性向上にもつながります。

4.スケーラビリティ

顧客ベースの拡大に合わせて、システムが柔軟に拡張できる設計になっているかを確認する必要があります。数百万、数千万ユーザーを抱える大規模サービスの場合、初期設計の段階からスケーラビリティを考慮することが不可欠です。

5.既存システムとの連携

既存のCRM(顧客関係管理)システム、MA(マーケティングオートメーション)システム、ECサイトなどとの連携は、円滑な顧客体験を提供するために不可欠です。API連携の容易さや、標準プロトコルへの対応なども考慮すべき点です。

6.データプライバシーとコンプライアンス

顧客の個人情報を扱うにあたり、データプライバシー保護は最優先事項です。個人情報保護法やGDPRなどの関連法規を遵守し、顧客データが適切に保護されていることを確実にする必要があります。同意管理の仕組みを堅牢にすることが、この要件を満たす鍵となります。

7.パッケージ選択

カスタマーIDインフラの構築において、オールインワンパッケージは迅速な導入と一貫性を提供する一方、カスタマイズ性が制限されることがあります。これに対し、BaaS(Backend as a Service)を組み合わせる方法もあります。これは各種の部品を組み合わせて使用する方法で、柔軟性と拡張性を提供しますが、統合の複雑さが増す可能性があります。このため、自社サービスのニーズやリソースに基づいてどちらを選択するかが重要です。

8.サービス運用体制整備とリスク対応計画

システム導入後も、適切な管理を継続する体制づくりが不可欠です。サービスの追加、変更時から自社へのインパクトを検証し、リスクを見定め、セキュリティインシデントが発生した場合に備え、組織全体で緊急時対応計画を事前に策定し、迅速に対応できる体制を整えておく必要があります。

図表2:アクセスマネジメントの実装における主な考慮事項

# 項目 説明
1 セキュリティと利便性のバランス 顧客の利便性とセキュリティ強化のバランス調整
2 セキュリティ技術の選定と適用 脅威への有効性分析、システムパフォーマンスの評価、包括的なセキュリティ戦略策定
3 国際標準仕様への準拠 相互運用性の確保、堅牢性向上、セキュリティ脅威への耐性強化
4 スケーラビリティ 顧客ベース拡大に応じたシステムの柔軟な拡張
5 既存システムとの連携 システム間の円滑な連携、API連携の容易さ、標準プロトコル対応
6 データプライバシーとコンプライアンス 個人情報保護法やGDPR遵守、同意管理の堅牢化
7 パッケージ選択 将来のニーズやリソースを鑑みた、オールインワンかBaaSなどのモジュール利用の選択
8 サービス運用体制整備とリスク対応計画 サービス追加・変更時からの緊急時対応計画の事前策定、迅速な対応体制の整備

まとめ:事業成長の礎としてのカスタマーID管理

カスタマーIDの管理は、単なるセキュリティ対策にとどまらず、顧客体験の向上、事業の成長、そして顧客からの信頼を獲得するための重要な投資です。特に、顧客のプライバシーデータを適切に管理し、同意に基づいて利活用する「認可」の仕組み、そして国際標準仕様への準拠、さらには脅威分析に基づいた適切なセキュリティ技術の選定と包括的な対策は、デジタルビジネスの成功に不可欠な要素です。

適切なアクセスマネジメントを実現することで、企業は顧客からの信頼を獲得し、持続的な成長を実現できるでしょう。顧客向けビジネスにおいて、より安全でシームレスな顧客体験を提供するために、今一度、カスタマーIDのアクセスマネジメントを見直してみてはいかがでしょうか。

本稿が、サイバーセキュリティ担当者と顧客向けビジネス担当者の、カスタマーIDアクセスマネジメントに対する理解を深める一助となれば幸いです。

執筆者

小林 公樹

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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柴田 健久

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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金田 智史

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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島﨑 岳歩

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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