描いた夢は「誰もが目指したくなる場所」

多様な人材が持てる能力を発揮し、持続可能な組織を築く土台として不可欠なインクルージョン&ダイバーシティ(I&D)。言葉自体は広く知られるようになったが、その実現を目指すには、さまざまな知恵と工夫、そして何よりそれにかかわる人間の熱意が問われる。PwC Japanグループで働くさまざまな人物の経験や肉声を通じ、I&Dに関する取り組みの現在地、そして未来図を示していく。

第1回の登場人物は、PwC Japan合同会社でチャレンジドアスリート(CA)チームをリードする及川晋平。東京パラリンピックで銀メダルを獲得した車いすバスケットボール男子日本代表を監督として率いた及川が車いすバスケでの活動やPwCでの仕事を通じ、実現を目指している夢について語った。

(※登場人物の所属名や肩書は公開時点のものです。)

「このチームのミッションはアスリート活動と仕事を両立しながら、目の前の目標だけではなく、その先の将来のキャリアを描いていくこと。この2、3年は仕事を効果的、効率的に進めるための課題に取り組んできましたが、アスリートとしてのプロフェッショナルも深掘りしていく必要がある。日本代表を目指すのか。パラリンピックで世界一か。それとも日本一なのか。このプログラムはそういった面でも過程を作り、成果を出すことを忘れないでほしい」

PwC Japan合同会社のチャレンジドアスリート(CA)のチームメンバー約10人が参加した全体会議の冒頭、マネージャーの及川晋平はそう力強く語りかけた。業務と両立しながら、障害者スポーツの世界においてトップアスリートとして活躍することを目指すメンバーが所属するCAチーム。そのメンバー6人が所属する車いすバスケットボールチーム「NO EXCUSE」の指揮を執る及川は、自らの経験・知見に基づいて後進の指導に力を入れる。一方で、社内外においてインクルージョン&ダイバーシティ(I&D)の推進することも及川の大きな役割だ。

止まらない右膝の痛み、失った5年

野球、サッカーと子どものころから体を動かすことが大好きで、中学校入学を機に、バスケットボール部に入部。「真剣に部活動に取り組みたくて、朝練からしっかりやっていたバスケ部を選びました。2学年上に兄がいるのですが、その友人がバスケ部にいたこともきっかけですね」と振り返る。

高校は千葉県内のバスケットボール強豪校に進学し、将来は実業団の選手になることを夢見ていた及川。厳しい指導を受けながら必死に練習にくらいついていくという充実した毎日を送っていたが、高校1年生の1月ごろから右膝の痛みに悩まされた。

「最初は肉離れとか、疲労骨折とか、その程度のものだと思っていたんです。ただ、そのうち痛みでジャンプができなくなってきて……。痛み止めを4時間に1回くらい飲みながら練習を続けていたのですが、よくよく考えると尋常じゃないな、と。そこで初めて病院に行きました」

近所の整形外科で診察を受けたところ、レントゲンを見た医師からすぐに大学病院を紹介されて受診。その足ですぐにがんセンターに向かうこととなり、再度検査を受けたところ、骨肉腫であることが判明した。

「その場ですぐに車いすに乗せられてすぐに入院です。そこから1年間、帰宅することはできませんでした」

副作用を伴う抗がん剤治療と20回を超える手術を繰り返す壮絶な入院生活は5年に及んだ。抗がん剤治療の副作用で髪は抜け、体重は60kgから44㎏にまで激減。18歳の時に右足の切断を決断し、完治を目指して治療を続けたが、それ以上の治療は困難との判断に至り、21歳の時に退院することになった。

「ここが、自分の居場所かも」

「退院してまず考えたのが、身体を鍛えて、ちゃんと歩けるようにならないといけないな、ということでした」

長野県諏訪市の祖母宅で山歩きをしたり、アルバイトをしたりしながら生活をしていた及川。程なくして、入院していたころの知人から、「知り合いの車いすバスケットボールチームのキャプテンが選手を探している。一度試合を見に行ってくれないか」との連絡を受けた。ただ、全く気乗りはしなかった。

「もともと自分は実業団のチームに入りたかったくらい真剣にバスケットボールをやっていたわけです。はっきり言って、最初は障害者の車いすバスケットボールを見下していた部分もあったというか。ただ、あまりにも熱心に誘われるし、また練習場がたまたま千葉の自宅のすぐ近くだったこともあって、一度だけは見に行こうと。でも実際に試合を見たら、印象は全く変わりました」

その日の対戦相手は日本一を競うようなハイレベルなチームだった。コート上をすさまじいスピードで駆け抜ける車いす。ゴール下での激しい競り合いや、車いす同士が激しくぶつかる際に生じる鈍い金属音。そして、車いすごと転倒してもものともしないタフな選手たち。

「自分がずっとやってきたバスケットボールそのものでした」

障害者になったことで、卑屈になり、孤立していたところもあったという及川にとって、車いすバスケットボールは人生における一筋の光となった。

「もともとはバスケットボールでトップになりたかったわけですし、車いすバスケに肌で触れて、すごく興味を持ちました。それに、チームのみんなが仲間として受け入れてくれて、『ここが自分の居場所かも』と思えたんです」

セカンドではなく、デュアルなキャリア

退院して以降も検査は続けていたものの、幸いにして再発などはなく体調は上向いていた。車いすバスケットボールに夢中になる一方で、及川は自分の今後の人生、将来を冷静に見つめていた。

「車いすバスケットボールだけで生きていけるわけではなく、一般のレールから外れたので、人生を自分で作る必要があると思いました。日本の大学に行くという選択肢も考えたのですが、英語が好きだったこともあり、全て新しいところから出発しようと、海外留学することにしたんです」

世界に出て、多様な環境や異なる文化に触れることで自分の頭の中を塗り替えたい――。米国では自ら積極的に行動することの大切さなど多くのことを学び、全米トップの車いすバスケットボールチームで活動するという貴重な経験を積んだ。米国に残る道もあったが、及川が選択したのは帰国。「車いすバスケットボールもそうですが、障害がある自分が米国に行って経験したことを日本の仲間たちに広めたかった」というのが理由だ。

帰国後、及川は車いすバスケットボール男子代表選手としてパラリンピック出場を果たすなど、競技者としてのキャリアを順調に積んでいく。だがその中で、日本の障害者スポーツ界が抱える課題が見えてきたという。

「日本には小中高とスポーツのエリート教育を受け、企業に就職しながら選手としての活動を続けられる道が健常者にはあります。また、米国では障害者スポーツと両立しながら仕事ができる道がありました。一方、当時日本でスポーツに真剣に取り組む仲間たちは、アスリートとしてのキャリアを積むことと、仕事としてのキャリアを積むことのどちらかを選択せざるを得ないという状況があり、そこに課題感を持っていました。そこで、そのような課題を抱えている選手たちのためにデュアルキャリアを実現できる仕組みを作りたいと考えたのです」

アスリートが引退した後の人生をセカンドキャリアと呼ぶ。一方の「デュアルキャリア」とは、アスリートとしてのキャリアを積みながら、引退後の生活を考えてビジネスなど人生を通してのキャリアを同時に積むという概念であり、日本のスポーツ界においてこの10年ほどの間に広まってきた考え方だ。

帰国した及川は2010年、PwC Japan合同会社で、そのデュアルキャリアのプログラムを作り上げる機会を得ることになる。及川がプレイヤーとしての現役を退き、車いすバスケットボール男子日本代表のアシスタントコーチとしての声が掛かった頃と重なる。

まず「分からない」の壁を崩す

車いすバスケットボールの指導者としてチーム、選手の強化に励む一方で、及川がPwC Japanグループ内で取り組んでいるのは大きく分けて2つ。1つはCAチーム内にデュアルキャリアの仕組みを作り、長期的にアスリートたちのキャリアトランジションをサポートしていくこと。もう1つは、この取り組みをPwCグループ全体で共有し、理解を促し、PwC全体で障害者アスリートたちのビジネスキャリアへのトランジションを応援するカルチャーを作っていくことだ。

及川はワークショップを開催するなど、さまざまなイベントを通して、多様な人材が一人ひとりの違いやバックグラウンドを受け入れ、お互いに尊重できるカルチャーを醸成することを目指している。

そんな及川にとって、PwCでさまざまな取り組みを進める中で、転機となったワークショップがあったという。

「入社して数年たった時に、パラリンピックの紹介とともに、どうしたらこのデュアルキャリアのプログラムを社内で実現できるだろうか、というテーマのワークショップを開きました。皆さん真剣にこのテーマに向き合っていただきました。一番のネックだったのは『そもそもみんな障害のことを知らない』ということ。しかし、一度それが分かるようになると、解決するためのアイデアはたくさん出てくるだろう、という結論になりました。その時に思いました。問題を解決するために『どうするか?』の解を目指す前に、まずは『分からない』というパズルを埋めていく必要がある。そのピースが埋まると、必然的に色々な解決策が生まれてくるんだろうなと」

その気づきに基づき、及川はCAチームの活動を活発化させ、チームのメンバーを社内外にアピールする機会を意図的に増やしていった。2013年に五輪・パラリンピックが東京で開催されると決まったことも追い風となり、障害に対する「分からない」の壁は徐々に取り除かれていったという。

天皇杯で感じた、準優勝以上の手ごたえ

CAチームのメンバーの社内における認知度を高めるにあたって一役買っているのが、グループ内の職員であればだれでも参加できる「Ability Network(アビリティネットワーク)」だ。車いす利用者だけではなく、発達障害や精神障害、視覚障害などさまざまな障害を経験している人たちが集まる。さらに、障害を持つ家族の介護やケアをしながら働いている人たち、そして、彼らのサポートに関心のある職員たちも加わり、ネットワークを作っている。

2023年1月に行われた車いすバスケットボールの日本一を決める天皇杯で、及川が指揮を執る「NO EXCUSE」は見事決勝に進出。PwC Japanグループはスポンサーとしてチームを支え、「NO EXCUSE」には及川を含め7人の職員が在籍していることもあり、PwC Japanグループの同僚約200人が駆け付け、お揃いのオレンジのシャツを身に着けて声援を送った。残念ながらチームは準優勝に終わったが、及川は大きな手応えを感じていた。CAチームの地道な活動が実を結び、観客席とコート上でPwC Japanグループとしての確かな一体感が生まれたことを強く実感できたからだ。

「この数年で障害者スポーツへの理解が進み、多くの企業が選手やチームをサポートしていますが、企業の職員や社員が実際に会場まで足を運び、応援するということの意義は非常に大きいです。さらに言えば、PwC Japanグループの誰が車いすバスケットボールコートで活躍していて、その人が普段どのような仕事をしているかまで知ったうえで応援してくれる同僚がたくさんいる。顔と名前が一致した上で声援を送っているということ自体、非常に先進的な光景だと思いますし、長年積み重ねてきた大事な財産になっていますね」

そして、I&Dのキーパーソンとして活躍する及川には、こんな夢がある。

「障害がある若者が『PwCに入りたい。PwCに入れば色々なキャリアを築くことができ、未来の人生を描ける』と思ってくれるような環境を社内で作れればと思います」

毎年のようにさまざまな企業や団体が就職人気ランキングを発表しているが、それは基本的には健常者の目線に立ったもの。特別支援学校に通う子どもや、障害がある子どもが将来を見据えた際に、目指したくなる場所がPwCであってほしい――。及川はそんな未来を描いている。

誰もが、自身の可能性を最大化できる

2023年6月初旬。東京都江東区のバスケットボールコートには、車いすに乗ってボールを追いかける“選手たち”の様子を柔和な表情で見つめる及川の姿があった。

この日は、PwC Japanグループが主催する社内外の女性エグゼクティブにとっての学びとネットワークの場「Women in Action」のワークショップの一環として、車いすバスケットボールの体験会が開かれていた。及川は体験会では参加者にシュートやドリブルのコツを伝えるなどした後に、自らの障害者としての体験、車いすバスケットボールの選手、そして指導者としての経験を披露した。

PwCコンサルティングの戦略コンサルティングを担うStrategy&のパートナー唐木明子は、この体験会について「及川さんの車いすバスケットボールの選手、そして指導者としての経験を語ってもらうことで、I&Dについてしっかりと考える機会になりました。何よりも、世界に伍していくための経営、リーダーシップのあり方を考える上での示唆も得られたと思います。100点を軽く超えて、120点です」と納得の表情を浮かべた。

及川がこうした活動に精力的に取り組むのには、大きな理由がある。

「自分は常に“maximize your potential(可能性を最大化する)”という言葉を大事にしています。身体的な障害があったとしても、それだけで力がない、というわけではないし、障壁を取り除けば力を伸ばして活躍できることもある。確かに障害があることで、生きづらさ、困難はあるんですけど、それを『助ける・サポートする』という視点だけではなく、特別な経験を通して多様な力が身についている、という目線でも見てほしい。そこから新たな可能性が見えてきたりするんですよね。今回のようなイベントを通じて多くの人にその気づきを与えたいんです」

そして、力を込めてこう締めくくった。

「障害のある無しにかかわらず、誰もが自分の力を発揮できる環境づくりに向けて、今後も貢献し続けたいです」

障がい者アスリートの活躍

“Be yourself. Be different.” PwC Japanグループは、障がい者アスリートの挑戦を応援しています。

PwCの成長戦略:The New Equation

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