アーキテクチャ視点による産業アクセラレーション 【第1回 新産業創出におけるアーキテクチャ視点の有効性】

2021-09-14

「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステム」を前提とするSociety5.0の実現のため、産業アーキテクチャやガバナンスイノベーションといったコンセプトが打ち出されています。このことからもうかがえるように、VUCA時代において新産業創出や産業変革を実現するためには、テクノロジー、ガバナンス、ビジネスをステークホルダーとともに一体的かつアジャイルにデザインし、実装していくことが求められています。

本稿では、産業創出における「アーキテクチャ視点」の有効性を紹介するとともに、連載コラムとして個別テーマに沿ったアーキテクチャ視点による産業のアクセラレーションの可能性を考察していきます。

Society 5.0実現に向けたアーキテクチャ視点の重要性の高まり

日本国内においては、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステム構築によって経済発展と社会的課題の双方の解決を目指す「Society5.0」が提唱されてから数年が経過しました。また、一つの産業分野に閉じこもるのではなく、異なる産業分野において横断的にシステムを連携・協調させ、新たな価値を創造する未来型の仕組みを実現していくための「Society5.0リファレンスモデル」も示されています。

海外においてもアーキテクチャ視点は既に有効活用されています。欧州ではIndustrie4.0に始まりGAIA-Xなど産官学の連携による産業戦略が推進されており、また米国ではメガプラットフォーマーが自社を起点としたエコシステムを構築し、デファクトスタンダードを促進しています。

図表1 Society5.0におけるリファレンスアーキテクチャ

海外での進展を踏まえ、日本国内においてこのようなリファレンスモデルに基づいて社会システムや産業構造全体、その運用の仕組みの複雑性を捉え、システム全体を把握・設計・最適化するためには、産官学が連携してアーキテクチャの設計を推進し、改善していくための「場」が重要な役割を果たします。

2020年5月に施行された「情報処理の促進に関する法律の一部を改正する法律」により、社会全体でデータを連携・共有するための基盤づくりを行い、システム全体のアーキテクチャ設計ならびに提案を行っていく組織として「デジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)」が独立行政法人情報処理推進機構(IPA)内に新設されました。また、Society 5.0におけるアーキテクチャ設計の重要性に係る共通認識を醸成する場としては、経済産業大臣をはじめ、デジタル改革担当大臣や民間企業関係者らが参画する「Society 5.0の実現に向けたデジタル市場基盤整備会議」が重要な役割を担っています。さらに、2021年9月1日に設置されたデジタル庁においても、アーキテクチャ設計のコンセプトは重要視されています。デジタル庁の新設を見据え、デジタル社会形成基本法に基づいて2021年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、デジタル庁として包括的データ戦略を実践するに際し、トラスト、プラットフォーム、デジタルインフラの整備および拡充などを掲げていますが、プラットフォームの構築に関しては「重点的に取り組むべき分野ごとのアーキテクチャ設計等を技術的に整理し、その知見を構築していく」としています。

アーキテクチャ視点の重要性が高まっているもう1つの背景として、ガバナンスの在り方の変化が挙げられます。経済産業省はビッグデータ、IoT、AIなどデジタル技術により社会が急激に変わっていく中で、「イノベーションの促進」と「社会的価値の実現」を両立する新たなガバナンスモデルの必要性と、その在り方を示す「GOVERNANCE INNOVATION: Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」を公表しました。ガバナンスモデルの実装に際し、各分野の法規制は、「民法・刑法等の構成的な『法』(第1層)」「法益や基本原則を示す規制法(第2層)」「特別な主体や領域毎の規律(第3層)」という構造になっていくと指摘し、特に第2層においては、具体的な規制内容としてリファレンスアーキテクチャを基準として妥当性を担保すること、官側に留まらないマルチステークホルダーの協力の重要性を説明しています。新たな産業分野においては、特定の業態に対して特定の行為義務を設定することは難しいことから、政府が法令や規則を制定して企業が遵守するという従来のような一方通行型ではなく、特定のリスクに対し達成されるべき目的を原則とし、達成方法は各企業ならびに業界の自主的な取り組みに委ねるという共同連携型が主となり得ます。つまり政府側は、従来の「ルールの設計者」から、達成されるべきゴールを示し具体な達成方法などを民間側に委ねる「ルールによるインセンティブ創出者」となり、その一方で企業側は、従来の「被規制者」から、対応するガイドラインや標準を主体的に策定する「ルールの共同設計者」になることが求められています。

また、経済産業省は2021年7月、Society5.0における新たなガバナンスの考え方をより明確に提示するため、報告書(案)「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2:アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」を発表しました。Society 5.0においては、ガバナンスにより目指す一定のゴールをステークホルダー間で共有し、ゴールに向けて臨機応変に対応していく姿勢が求められます。また共有するゴール自体も技術の進展などと共に変化し続けることから、一義的に決めるのではなく、常に変化する環境や技術に対応し、環境・リスク分析、ゴール設定、システムデザイン、運用、評価、改善といったサイクルをマルチステークホルダーによって継続的かつスピーディーに回し、ゴールおよび解決策を見直し続ける「アジャイル」な姿勢が求められます。

例えば、既存の法令に形式的には違反し得る先端技術を用いた実証実験を行い、当該技術リスクを早期に判断し、受容可能な水準へ再設計したり、既存規制を合理的な内容に軌道修正したりすることが例として挙げられるでしょう。一度定めた法令やガイドライン、民間団体が設定する標準、自主規制などについて、その効果や影響を継続的に評価し、ゴールの妥当性を検討し、見直しの機会をマルチステークホルダー間で設けていくことも大切です。

アーキテクチャ視点による産業創出・産業変革の加速

PwCコンサルティングでは上記の政策や産業界における潮流を踏まえ、異なる事業者間や社会全体でビッグデータやシステムの連携を可能にする「見取り図」を示し、アジャイルに産業を設計・実装していくための方法論として「アーキテクチャ視点による産業創出」に取り組んでいます。この取り組みの対象領域としては、先端技術などにより新たに創出される「新産業領域」、新技術の導入などにより既存のルールやシステムやオペレーションが変革される「レガシー産業変革領域」、産業横断により多種多様なプレイヤーが登場または関与する分野であり、政府が道筋を示すと共に民間企業および企業間の協調が求められる「産業横断領域」の3つが挙げられます。

図表2 アーキテクチャ視点による産業創出の対象領域

例えば自動走行ロボットなどの分野において、アーキテクチャ視点での検討は有効と考えられます。

EC市場の拡大などに伴い、宅配サービスの受容が高まる一方で、配送スタッフの不足や労働環境の悪化などの問題が顕在化しており、自動走行ロボットの活用に期待が寄せられています。他方で、部品メーカーやロボットメーカー、ロボットの運用・監督者、ITベンダーなどがそれぞれ個別に開発と運用を進めてしまうと、互換性の担保やリスクおよびコストの最適な分担、業界全体としての社会受容の形成が遅れ、ユースケースの実現が阻害される恐れがあります。また、安全性を重視しすぎるあまり、必要以上に厳格な性能要件や試験などを前提とする国内法規や認証制度が構築されてしまうと、企業の開発期間やコストが増幅し、市場投入やマネタイズの機会の損失、市場拡大や産業振興の阻害につながるという懸念もあります。アーキテクチャ視点により産業の在るべき姿と、それに対して各ステークホルダーが整備すべき技術やガバナンス、役割を可視化することで、ユースケースの実現や事業者の強みを活かした製品やサービスの提供ならびに連携の活発化が期待でき、これにより、社会受容と産業振興の双方を推進できると考えられます。

また、ヘルスケア領域においても、アーキテクチャ視点での検討は有効と考えられます。近年、個々人が自身の医療に関わる情報や健康に関するデータを記録し、それを自身の手元で管理していく仕組みとしてパーソナル・ヘルス・レコード(Personal Health Record:PHR)が注目されています。しかしながら、PHRサービスの普及やサービス自体の付加価値向上などは発展途上にあり、産業化に向けては道半ばです。PHR産業の拡大は、単に個々の企業が技術力やサービス品質を向上させればよいということではありません。ユースケースやデータを企業間で共有する仕組みや、マネタイズ可能でインセンティブを創出する制度を構築するだけでなく、これらのサービスを利用する消費者側においてもバイタルデータ活用の必要性や利便性の実感といった社会受容性を確立することが求められます。また、データ利活用のための基盤整備やデータフォーマットの統一、新たな機器やプログラムが技術進歩の時間軸と合った形で承認されていくような法規制の検討も必要です。このように、各ステークホルダーの視点や構造的な検討レイヤーを俯瞰的に捉え、優先順位を考慮しながら検討していく際にも、アーキテクチャ視点は有効と考えられます。

アーキテクチャ視点を活用することで、関係者間でビジネス、テクノロジー、ガバナンスを組合せていかに産業を創出するかがデザインできれば、個別要素が上手く進展した場合でもそうでない場合にも、それを軸に産業創出に向けたPDCAをアジャイルにまわすことが可能です。

産業アーキテクチャ視点によるアプローチは官民双方に重要

アーキテクチャ視点による産業創出ならびに産業変革の加速アプローチは、Society5.0の実現を目指す官公庁にとってはもちろんのこと、事業成長や新事業創出に取り組む民間企業にとっても重要です。官公庁や他の企業とともに産業全体のアーキテクチャを描き、連携することで、自社のみでは実現できない規模の市場の創出、社会受容性や経済合理性の実現を図ることが可能です。また、アーキテクチャの中で自社がどの領域を担うか、協調領域と競争領域をいかに設計するかを考え、その実現に向けて官公庁や他の企業に働きかけることは、事業の成否を大きく左右します。

次回以降は、本コラムで紹介したアプローチに基づき、個別の産業領域ごとにアーキテクチャ視点を活用したアクセラレーションについて考察していきます。

図表3 民間企業による産業アーキテクチャ視点の活用

執筆者

三治 信一朗

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

瀬川 友史

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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