観光業界

観光業とネイチャーポジティブ

観光業においては、ネイチャーに対して、以下の視点からの配慮が求められます。

気候変動:観光業は、温室効果ガス排出量の8%を占め、気候変動は自然と観光にとっての脅威となります。食料の調達方法の変更と食品廃棄物の削減、低炭素輸送の奨励、宿泊施設の炭素測定とネットゼロ(脱炭素)への対応が求められます。

土地利用の変化:観光地の建設等により土地利用が変化することで、周辺の環境や生態系が影響を受ける可能性があります。自然度の高い生態系の保護、森林破壊の抑止、持続可能な立地、建設、設計などが求められます。

汚染:廃棄物や生活排水等による汚染は、自然と生物多様性に重大な脅威となります。ごみゼロ、使い捨てプラスチックの削減や、適切な排水処理などが求められます。

乱獲:観光地の観光客らによる自然の乱獲は、環境への脅威となります。自然を傷つけない歩道の整備、自然保護区の拡大や復元、野生生物や天然資源の過剰な採集を抑止することが求められます。
侵入種:靴や車、ペット等への付着により、非在来の動植物種が持ち込まれることが、地域固有の在来生態系にとって脅威となります。外来種の侵入経路の管理や既に侵入してしまった外来種の駆除を含む管理が求められます。

2030年のネイチャーポジティブ実現に向けたイメージ

ネイチャーポジティブへの要請(環境変化)に対して、観光業界としてのビジネス上の取り組みは、企業価値の毀損を防ぐ「守り」の経営と、新たな収益源を開発する「攻め」の経営に分けて整理することができます。

「攻め」の経営では、「自然を活用したCX(顧客体験)の向上」に取り組みます。

「自然を活用したCX(顧客体験)の向上」には、サービス付加価値化とブランド価値向上の2つがあります。SDGsへの関心が高まる昨今においては、単に自然を維持・回復するだけでなく、自然を活用したアクティビティ・サービスの開発・プロモーションによって優れた顧客体験を提供することで、環境に配慮したブランド価値を消費者に届けることができます。こうしたブランディングは、自然維持・回復に関心を持つ新規顧客の開拓、既存顧客の定着化といった、新たな収益源の獲得につながります。

「守り」の経営では、エコシステムの構築や運営コスト削減に向けて、「ステークホルダーとの関係維持」や「事業継続性の確保」「事業脅威への対応」に取り組みます。

ステークホルダーとの関係維持:自然資本保全の取り組みは、自社だけでなく地域社会と連携しつつつながりを深化させ、愛されるブランド・施設作りを行うことになります。

事業継続性の確保:SDGsの策定(2015年)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の発足(2020年)等、ネイチャーポジティブを推進する動きが世界的に加速しており、社会や投資家との対話において、企業の対応も求められています。「自然資本」という概念が注目されており、自然は経営資源の重要な要素として認識されています。観光業界においては特にその傾向が強く、観光の魅力である自然資本は、事業継続性に大きな影響を持ちます。例えば、生物多様性を維持することで、自然災害の被害や不動産価値の低下を抑制する効果があります。

事業脅威への対応:自然災害の増加などの物理リスクや、法規制やレピュテーションなどの移行リスクといった事業脅威に対して、TNFD やSBT for Natureへの対応が考えられます。

前述の「守り」「攻め」を兼ね備えた経営を推進するには、自社のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)戦略(自然維持・回復のストーリー)とCX戦略(顧客体験・ブランドのストーリー)を踏まえたアプローチが必要になります。

ネイチャーポジティブの実現をマネタイズしていくためには、以下の4つのパスがあると考えられます。

①チャンス(新規顧客)を伸ばしてマネタイズ

例1:脱炭素施策により海外から渡航する外国人
例2:生物多様性により若い世代の顧客獲得

②売上(単価・リピート)を伸ばしてマネタイズ

例:リゾート会員のシニアへの価値訴求

③ライフサイクル/O&Mコストを減らしてマネタイズ

例:リジェネラティブ農業、地域循環施策でコスト削減

④環境リスクを抑えてマネタイズ

例:グリーンインフラ、自律発電などによる事業リスク低減

ネイチャーポジティブな取り組みの事例

事業形態

旅行業:自然再生・自然保護に配慮したネイチャーポジティブな旅の実現

  • 森林の炭素吸収能力の把握や、脱炭素の取り組みと関連付けることで、旅行会社として自然再生を積極的に支援
  • 旅行関係者への自然保護教育を実施。また、ホームページなどで自然保護・回復の情報を掲載し、顧客にも自然と観光の共存について啓蒙。既存の保護区の環境を改善し、新たな生息・生育環境を創出し、自然再生を支援

リゾート業:自然の豊かさが価値となるリゾート運営

  • 野生生物にダメージを与えない農業を行う農地と、野生生物の保護区を含む田園地帯をリゾートとして活用。野生生物に配慮した管理を行い、季節ごとの自然を体験できる保護プロジェクトに。宿泊施設の光熱は、再生可能エネルギーを利用
  • 多くの野生生物をキャンプ地に呼び込み、野生生物とキャンプに訪れる客との接点を増やすことで、野生生物への親しみを持つよう促進

宿泊業:施設や立地への環境配慮が、優れた滞在体験につながる

  • 地下水を利用した冷暖房システムや太陽光発電システムの採用によって、建物のエネルギー消費量を削減
  • 地元で創られた再生品を多く利用することで、建物内装の生産時に排出されるCO2や廃棄物排出を削減。サプライチェーンが生物多様性に与える影響に配慮
  • 経済的に困窮する地域や農村部の土地所有者と協働。自然をテーマにした現地ならではの観光体験を提供し、地域の自然を保護

マネタイズ事例

チャンス(新規顧客)を伸ばしてマネタイズ

  • 地産地消グルメ、オーガニックコットンのリネンの提供や、地元の間伐材を利用した木質バイオマスボイラーの導入によるCO₂排出の削減等、環境貢献や自然を意識した新規ユーザー層を開拓
  • オーストリアに本部を置くビオホテル協会の厳しい基準をクリアした、BIO HOTEL®認証の取得などによる認知度の向上

売上(単価)を伸ばしてマネタイズ

  • 非日常を体験したい高所得者をターゲットとし、自然とのふれあい機会を提供
  • 本格的な野鳥観察のエコツアーや、ジビエ料理の提供、地形を生かした建築デザインの施設と地熱温泉など、エコロジーをコンセプトとして顧客の体験価値を高めるツーリズムを提供

ライフサイクルコスト/O&Mコストを減らしてマネタイズ

  • 地元の間伐材を利用した木質バイオマス発電と発電に伴い発生する熱の有効利用
  • 自社太陽光発電所、自営線、自己託送を組み合わせた「地産地消エネルギーシステム」の導入によるエネルギーの地産地消化によるコスト競争力の向上や、バリューチェーン全体を通じたアライアンス
  • AIを活用したスマート化、自動化、デジタル化を達成したO&Mコストの低減

環境リスクを抑えてマネタイズ

  • 防災・減災につながるグリーンインフラ機能を有する公園や緑地等の整備

PwCのサービス 

SX戦略

1.自社所有の自然資本の洗い出し、および自然維持・回復の施策検討

  • 自社所有の森林における新たな生息環境作りによる自然再生
  • TNFD開示案作成支援

2.ネイチャーポジティブのモニタリング・評価の仕組みの検討

  • CO2の計測、レーザー計測による森林評価、環境DNA技術による希少種や水域生態系評価等を行うネイチャーポジティブMRV(測定・報告・検証)

CX戦略

1.自然を活用したアクティビティ・サービスの検討

  • 自社所有の自然資本をメタバースで再現(デジタルツイン)、ロゲイニングやスカベンジャー等の新規アクティビティを展開
  • ネイチャーポジティブビジネス戦略の策定

2.ブランディング

  • 上記施策の目的や成果を積極的にマーケットに発信し、企業のブランディング、および支援者(ファン)の獲得を推進
  • ネイチャーポジティブブランディング戦略の策定

参考文献


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