米国通商政策の新時代~米国の製造業にとって 何を意味するのか~

2017-09-29

新政権の通商政策の方向性がどうなるのか。これは米国の製造業者や、工業用資材の輸出入業者にとって重大な関心事です。彼らは情勢を注視すると同時に、来年以降徐々に明らかになると思われる新政策に向けた対策についても注目しています。

まだまだ分からないことばかりです。北米自由貿易協定(NAFTA)の先行きもまだ不透明ですし、非NAFTA諸国との貿易協定が見直される可能性もあります。

一方、米国だけでなく世界各地でも通商政策の見直しが始まっています。欧州では英国のEU離脱交渉開始にともなって製造業の再編が予測され、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)については、米国を除いた残る11カ国で話を進めようとしています。EUとメキシコの間には自由貿易協定(FTA)の内容を新しい時代に合わせて更新しようとする動きが出て、6月にはドイツのメルケル首相がメキシコを訪問しました*1。両者の間には製品の通関規則の改定、データフローやプライバシー保護に関する規則、サービスへのアクセス確保、投資や知的財産の保護措置など、新しい貿易協定の中で今すぐ検討すべき複数の課題が持ち上がっています。

現状、貿易をめぐる状況の不透明性が高まっていることは明らかですが、その中でひとつ確実だと思われることがあります。今後、通商政策が政府の検討課題となり、見直され、交渉も行われていくであろう中で、来年には具体的な結果が出始め、それにともなって米国では工業用資材および消費財の製造業者を中心に、大きな影響を受ける一部の業界が、サプライチェーンの再評価と必要に応じた再編成、また生産・販売拠点の再検討を加速させるだろうということです。コモディティ化した利益率の低い製品の場合などは、企業の存続そのものを検討する必要が出てくるかもしれません。いずれにせよ、米政府は一貫して、米国の産業、特に製造業を活性化させるために、貿易協定を刷新もしくは調整するのだというメッセージを発信し続けています。ホワイトハウスは2017年の初めに「米国の製造業および防衛産業の強靱(きょうじん)な基盤を守ること」を含め、「自由で公正な貿易は、米国の繁栄、国家安全保障、外交政策に不可欠である」との声明を発表しています*2。

米国の製造業が変化に適応し、変化を活用する道を開く3つの重要な不確実性

通商政策の今後の方向性については、多くの可能性が考えられます。これから数カ月の間に米国(および他国の)政府が交渉の目的を発信していくにつれ、事態はさらに展開していくでしょう。しかし政策の行方がどうなるにせよ、揺れ動く世界の通商政策に適応し、それを活用する戦略を策定するため、現段階でビジネスリーダーが注力できる実践的な施策はあります。本レポートで“ブラックボックス”としてまとめた3つの不確実性は、特定の通商交渉を反映したものではありません。むしろ通商政策全般が新しい段階へ進む中で、作用するものだと考えています。これまで世界の貿易システムには、長い間大きな変革が起きなかったことは事実です。私たちは先頭に立って、通商政策の新時代の到来を迎えようとしています。

ブラックボックス#1 どの材料が輸入品か?

なぜこれが重要なのか

付加価値税を導入する国、国内雇用の保護に注力する国が増えています。そのため政策当局にとっても企業にとっても、最終製品の構成要素の正確な分類は大きな関心事になっています。とは言え、世界のバリューチェーンが高度に複雑化している今、その作業は簡単ではありません。もし原産地規則が大幅に変更されるならば、米国の製造業者は使用する部品の原産地についてより厳しい報告を求められることになり、そうなると調達先の変更を検討することになるかもしれません。もちろん報告の難易度は業種によって異なります。例えば自動車産業の場合、組み立てに使う何百という部品の多くを世界中のサプライヤーから輸入しています。2016年の米国のモノの貿易赤字7500億ドルのうち、29%にあたる2000億ドルが自動車の車両、部品、エンジンによるものでした*3。NAFTAの原産地規則では、自動車、小型トラック、エンジン、トランスミッションの部品について、金額ベースで62.5%(その他の車両や部品では60%)以上がNAFTA3カ国のいずれか(複数の国でもよい)の産品であれば、関税が免除されます*4。しかし(中国、韓国、ドイツ、ベトナムなど非NAFTA諸国からの輸入抑制を期待して)原産地規則の基準が引き上げられれば、自動車メーカーが1994年のNAFTA発効以来実施してきた輸入材料の産地報告の方法は、より複雑なものになるでしょう。

製造業者は現時点で何ができるか

  • 米国で最終製品の材料に輸入品を使っている企業は、NAFTAの原産地規則が変更された場合に備えて、材料の調達場所について、より綿密で透明性の高い報告の実施が必要になります。その影響はNAFTA域内のサプライヤーだけにとどまらず、その他の国々、特にアジア太平洋地域との取引にも影響する可能性があります。報告強化に向けて多くの製造業者は、材料の原産地情報を確実に入手するために、サプライチェーンの各段階にいるサプライヤーに対し、より厳格な要件を設定する必要があるでしょう。
  • 全ての輸入材料を原産地に基づいて分類し、それぞれの材料の価格を正確に割り出すために、プロセスの厳格化が必要になる場合もあります。常に新しい部品を設計しながら(それに応じてサプライチェーンの連携も適宜変更して)最終製品を製造している企業など、一部の製造業者にとって、これは重い負担になります。例えばメキシコから輸入した部品に、中国や日本から輸入した材料が使われていることもありますが、その場合、原産地規則に従って分類するにはどうすればいいでしょうか?あるいは米国産品の自動車部品や素材(鉄鋼など)がメキシコに輸出され、それを材料として製造された部品を今度は米国に輸入した場合、どのように報告すべきでしょうか?

ブラックボックス#2 サプライチェーンの破壊に備える

なぜこれが重要なのか

最終製品の材料の原産地を厳密かつ明確に把握し、それぞれに価格を割り振ったら、次はサプライチェーンの構成を見直します。この作業は、サプライネットワーク全体に2次的、3次的な波及効果を及ぼすことがあります。施策の例として、これまでとは異なる国でのサプライヤー探しを加速させるケースが考えられます。「売る場所で作る」というモデルにシフトするために、生産拠点の近くにサプライヤーのネットワークを構築する企業が増えています。NAFTAの見直しは、国際的なサプライチェーンに複雑な変化が起きる前兆になるかもしれません。NAFTAの発効以降、米国のメキシコからの輸入額は約400億ドルから2940億ドル(2016年)に増加しています*5。また、規模の大きい多国籍メーカーがサプライチェーンの大幅な再編を実施して対応した場合、多くの中小サプライヤーに破壊的な波及効果が及ぶおそれがあります。さらに、輸入や税に関する情勢を勘案して各社が戦略を変更した結果、M&Aや子会社の売却などが起きることも考えられます。

出典:「北米自由貿易協定(NAFTA)」、M・アンジェルス・ヴィラリアル、イアン・F・ファーガソン、米国議会調査局レポート、2017年2月22日

製造業者は現時点で何ができるか

  • オペレーショナルサプライチェーンに関する作業部会の立ち上げを検討する。通商政策のシナリオを複数想定し(NAFTAが改定された場合、新たな二国間貿易協定が締結あるいは既存の協定が変更された場合など)、自社への影響をモデル化する。
  • NAFTAおよびその他の貿易協定の影響について、深くかつ緻密なモデル化とシナリオプランニングを行い、一次的、二次的、三次的影響を正確に予測し、それぞれの協定のもとでサプライチェーンがどう変化するかを幅広く想定する。
  • 米国が現在貿易協定を締結している国、または新たに締結する可能性がある国全てについて、シナリオプランニングを実施する。ベストケース、ワーストケースはそれぞれどのようなシナリオになるか?
  • 貿易協定が突然変更された場合、自社のサプライチェーンは迅速にそれに適応し、持ちこたえることができるかを確認するため、シナリオプランニングやモデル化を行ってサプライチェーンのストレステストを実施する。
  • サプライチェーンを米国内で賄う選択肢を探る。また、米国から他国への輸出品を含むシナリオを検討する。
  • 税制改正の結果、調達ネットワークを米国内にシフトしたほうが有利になった場合には国内調達が順調にできるよう、M&Aもしくは戦略的連携の計画について検討しておく。
  • 通商政策が自社の国際的なデータの移動に影響を及ぼす場合や、データのローカリゼーションが義務化される場合に備えて、準備しておく。

ブラックボックス#3 事前準備をする:第二、第三の計画はあるか?

なぜこれが重要なのか

具体的なことがまだ何も分からない今、企業は何らかの通商政策が決定・施行されるまでの事前対策については、静観する構えを見せています。しかし大筋の方向性を示すシグナルは発信されており、ビジネスリーダーはそれを読み取ることによって自社への影響の大きさを知ることが可能です。今年後半に通商措置の強化を招きそうな調査2件がすでに始まっています*6。12カ国とEUに対する米国の貿易赤字に関する商務省報告と、米国の貿易協定における不正行為の有無に関する個別分析調査です。これらの調査の対象国から調達している製造業者は、現段階で米国の貿易収支が赤字ではない国のサプライヤーへの変更を検討するのも一案です。その他にも、トランプ政権の「Buy America, Hire America(米国製品を買おう、米国民を雇用しよう)」と題する大統領令について、連邦政府が調達するプロジェクトでは米国産品を最大限に使用するとの規則につながる可能性を検討する必要があります*7。

政策の変化への事前の備えとして、企業は自社事業に影響を及ぼすこうした注意信号を見極め、それに基づいて計画の優先順位を決定しておくことが可能です。なおコモディティ製品など利益率が低い製品を製造している場合は注意が必要です。メキシコや中国などから輸入している資材の関税が引き上げられると、すでに低い利益率がさらに圧迫されるため、特に深刻な影響を受けるからです。米国内も国外も調達コストが高すぎるとなれば打つ手がなくなり、場合によってはビジネスモデルそのものの存続が脅かされることにもなりかねません。

出典:国勢調査局ウェブサイト、https://www.census.gov/foreign-trade/balance/c5800.html、2017年6月2日アクセス
「米国の貿易‐国際収支統計(BOP)」国勢調査局(2017年2月7日)

現時点で何ができるか

  • 通商政策担当、政府担当のチームを組成し、通商政策がどのように変更されそうかを注視・追跡していく。また考えられる全ての政策を幅広く予測する(例えば、トランプ大統領が単独で実行可能なのはどの政策で、議会その他の承認が必要なのはどの政策か?NAFTAその他の貿易協定が撤廃された場合、どんな政策でそれを代替することになるのか?)
  • 自社にとって最大の「カントリーエクスポージャー」を見極める。自社が多額の輸出・輸入をしているのはどこか、米国が最大の貿易赤字を抱えている相手国はどこか、関税もしくは非関税措置を課してくる可能性がある国はどこか、など。
  • 地政学リスクや外国との緊張関係が、自社の事業遂行能力を毀損(きそん)する可能性について評価し、それに備えておく。
    自社が今後どうすべきかを知るために、クライアントの考え方を調査する。通商政策によって製品の値上げ、もしくは新製品への転換、ときには事業そのものの見直しを迫られる可能性がある。自社のクライアントはどれを望んでいるのか?
  • 市場での現地生産を増強し、かつ米国の国内生産も行うデュアル製造(すなわち、サプライチェーンもデュアルになる)戦略を検討する。コストと利益率はそれぞれ異なるが、通商問題や関税を回避することができる。
  • 通商政策の永続性について検討する。その政策が同じ内容のまま2年後、6年後、20年後も残っている可能性について考える。長期間存続しそうもない政策に関連して、長期的な戦略を仕掛ける場合は慎重に行う。

出典:「米国の貿易‐国際収支統計(BOP)」米国勢調査局(2017年2月7日)

第115議会の中心議題は、トランプ政権下における通商政策の方向性です。NAFTAを時代に合わせて再交渉するにはどうするか、再交渉が実現した場合に議会はどんな役割を果たすか、メキシコやカナダがどんな立場で交渉してくるか、もしNAFTAから撤退することになればどんな問題が起きるか、といった点が議論されるのではないかと思われます。また、米韓FTAやTPPなどの自由貿易協定において米国が最近対応した「21世紀型」の新しい問題や、NAFTAに関してそうした問題が議題に上るかどうかについても議論されるかもしれません。もし米国がNAFTAから完全に撤退すれば、北米の製造網全体に甚大な混乱が発生しかねません。3カ国のすべてで雇用も失われるでしょう。他方、大統領や議会の前向きな姿勢次第では、NAFTAの成功点や期待通りでなかった点について再検討する機会ともなり得ます。

‐米国議会調査局*8

トランプ大統領は何を目指しているのか?

通商政策の変化の予兆は、さまざまな分野に表れています。その最たるものが北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉で、2017年の8月に開始され、年内の合意を目指しています。また、トランプ政権は、米国が「巨額な」貿易赤字を抱えている国々との通商関係に関する調査を要請し、合わせてそうした赤字の原因(非関税障壁、不当廉売、知的財産の盗用、技術移転の強制など)の評価を実施するよう指示しました*9。関税引き上げなどの通商政策が貿易赤字にどんな成果をもたらすのか、あるいはもたらさないのかについては、議論が続いています。例えば一部には、貿易赤字の主な原因は、関税とは無関係な複数の要因が組み合わさって生じているとする意見があります。その場合の要因としては、特定の国の産品(石油やエレクトロニクスの輸入など)が米国内で需要が高かったり好まれていたりすること、貿易相手国の景気が低迷していること、相対的にドルが強いこと、米国の家計、企業、政府によるモノやサービスへの支出が収入を上回っていることなどが挙げられています*10。また、トランプ政権は多国間協定よりも二国間協定の方が望ましいと主張しており、TPPからの離脱を受けて、日本、マレーシア、ベトナム、ニュージーランドなどTPPに残る国々と二国間協定を目指すものと思われます。

注記

1 “Mexico says new EU trade deal is ‘paramount’, eyes 2017 conclusion:, Reuters, April 4, 2017.
2 “Presidential Executive Order Regarding the Omnibus Report on Significant Trade Deficits,” The White House, March 31,
2017.
3 “U.S. Trade in Goods and Services- Balance of Payments (BOP) Basis,” U.S., Census Bureau, February 7, 2017.
4 “The North American Free Trade Agreement (NAFTA),” M. Angeles Villarreal,
Ian F. Fergusson, Congressional Research Service, February 22, 2017.
5 “The North American Free Trade Agreement (NAFTA),” M. Angeles Villarreal,
Ian F. Fergusson, Congressional Research Service, February 22, 2017.
6 “Presidential Executive Order Regarding the Omnibus Report on Significant Trade Deficits” The White House, March 31,
2017.
7 “Presidential Executive Order on Buy American and Hire American,” The White House, April 18, 2017.
8 “The North American Free Trade Agreement (NAFTA),” M. Angeles Villarreal,
Ian F. Fergusson, Congressional Research Service, February 22, 2017.
9 “Presidential Executive Order Regarding the Omnibus Report on Trade Deficits,” White House, March 31, 2017.
10 “Public Comment on trump Administration Report on Significant Trade Deficits,” Caroline Freud, Peterson Institute for International Economics, May 8, 2017.

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