隠れた炭素コスト

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  • 2024-10-07

カーボンプライシングのメカニズムは、サプライチェーンに深く、そして何気なく埋め込まれたコストを発生させ、企業の収益性や競争力に影響を及ぼします。こうしたコストがどのように積み上がるのか、リーダーはそのマネジメントに向けて何ができるのかを見ていきます。

Qiang Ma、Peter Merrill、Verena Quitta、Cameron Stonestreet

気候課題への対応を期待するステークホルダーの声を受けて、事業オペレーションやサプライチェーンの炭素排出量をモニターしようと努める企業が増えています。しかし、排出量そのものほど目立たず見逃されがちなのは、排出量に関わる金銭的コストです。特に注目すべきは、炭素税やキャップ・アンド・トレード制度など、企業が排出する温室効果ガス(GHG)への課金メカニズムの結果として表れる商品価格に埋め込まれたコストです。そうしたコストはともすれば追跡が困難であるため、私たちはそれらをまとめて「隠れた炭素コスト」と考えるようになりました。

その隠れた炭素コストに光を当てるため、私たちは141の国・地域の65の経済セクターを対象とするグローバルモデルを開発しました。このモデルにより、現在の炭素価格に基づく隠れた炭素コストと、炭素価格の2つのシナリオに基づく隠れたコストの推定値が導かれます。その結果、G20各国では、隠れた炭素コストが、鋼鉄やセメント、化学品など炭素集約度の高い商品の生産高の1.5%以上、電力に至っては10%を占めることが分かりました。

しかも、炭素コストは上昇が見込まれます。パリ協定の実質ゼロ目標を達成しようとすれば、さらに上昇せざるを得ません。多くの地方政府に加え、40以上の国や地域――世界の排出量の4分の1近くに相当――がすでに、炭素に直接価格を設定しています[1]。その中でカナダ、デンマーク、オランダなどは価格の値上げを予定しています。EU域内排出量取引制度(EU ETS)では無償排出割当の削減が予定されており、これも価格上昇につながりそうです。また、ブラジルやインド、インドネシアなどの主要国を含め、他に35の国・地域が炭素価格の導入を検討しています。

カーボンプライシングの新しいメカニズムも登場しています。その筆頭は炭素関税で、輸入業者は国内生産者と同じ炭素価格を支払わなければなりません。これは、炭素集約度の高い輸入品が享受するコスト優位性をなくそうとするものです。初の炭素関税制度であるEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、報告目的では2023年10月に発効し、2026年からは実際に課税がなされます。私たちのモデルによれば、CBAMの強化に伴い、多くの商品の隠れた炭素コストが5倍以上に増加すると推測されます。

炭素価格が上昇すると、炭素集約度の高い商品を生産または購入する企業は、競争上の地位が変化する可能性があります。しかし、隠れた炭素コストの動向を予測することで、準備を始めることができます。本稿では、隠れた炭素コストが現在のサプライチェーンでどのように増大するのか、カーボンプライシングの拡大や進化に伴ってそれがどう変化するのか、そしてこのようなダイナミクスの中、企業はどうすれば優位性を維持できるのか、具体的な事例をいくつか見ていきます。

企業によっては、自主的市場でカーボンクレジットを購入することにより、排出する炭素の一部または全部を相殺しようとします。こうしたクレジットのコストは相当額に上る可能性がありますが、企業に支払い義務はない(クレジットを購入しないことを選択できる)ため、本稿では取り扱いません。ここで検討するのは、企業が回避できない炭素コスト、つまり政府が政策上の義務や規制でプライシングメカニズムを構築する際に企業が支払う直接のコストです。そのようなプライシングメカニズムとしては、炭素税(排出量1トン当たりの課税)、排出量取引制度(政府発行の排出許可証を企業が売買する)などがあります。

政府が利用する炭素価格設定メカニズムは他にもあります。これは生産コストに影響を与える規制を通じて炭素排出量を削減しようとするものですが、排出量に直接値段を付けることはせず、例えば主要GHGであるメタンの漏出防止を企業に義務づけたりします。メタン漏出を防ぐための費用は、間接的な排出コストとなります。

隠れた炭素コストを明らかにする

カーボンプライシングがさまざまな商品のコストにどう影響するかを示すため、私たちは141の国・地域の65のセクターの製造・取引活動を表す産業連関(経済投入・産出)モデルを、関連するGHG集約度とあわせて用いました。次に、モデルのバリューチェーン上に重ねるようにして、排出量および炭素価格データを求めていきました。これにより、特定の国・地域の特定セクターのバリューチェーンの各ステップにおいて、炭素が平均でどの程度排出されているか、企業がその排出量に対してさまざまなカーボンプライシング・メカニズムでどの程度の金額を負担しているかを推定することができます。この現在のカーボンプライシング負担費用を積算すると、売上高1ドル当たりの隠れた炭素コストの平均値が分かります。

次に、炭素価格が上昇したときに隠れた炭素コストがどれくらい変化するかを示すため、2つのシナリオに基づいて炭素コストのモデルを作成しました。1つは私たちが「CBAMシナリオ」と呼ぶもので、EUのCBAMが完全実施されることを想定しています。このシナリオでは、EUに輸入される商品だけの炭素コストを扱います。もう1つは「実質ゼロシナリオ」で、これは2050年までに排出量実質ゼロ達成という国際エネルギー機関(IEA)の経済シナリオにおける、2030年の炭素価格を全世界で適用しています。これらのシナリオで、現状のバリューチェーン・パターン、排出量レベルおよび排出強度に、それぞれの炭素価格を当てはめていきます。言い換えれば、炭素価格を変化させてその影響をシミュレーションし、他の要因は全て一定に保ちます(現実世界では、排出強度は時間とともに減少する可能性があります。その場合、最終的な隠れた炭素コストは私たちのモデルで想定する不変値より小さくなります。詳しくは「分析方法」をご覧ください)。

モデリングの結果から一例を示すと、韓国で生産される鋼鉄の現在の隠れた炭素コストは、生産時とサプライチェーンの排出量に関わる税金や費用により、販売価格の平均0.54%に相当します。比較のため、2050年までに排出量実質ゼロ達成というIEAのシナリオにおける2030年の炭素価格も当てはめたところ、韓国の鋼鉄の平均トン当たりの隠れた炭素コストは現在の販売価格の12.85%に達します。現状の23倍近いレベルです。ここから分かるように、炭素集約度の高い産業は炭素コストの増加による財務リスクに直面する可能性があります。

1つの国の中でも、隠れた炭素コストは生産者によって異なります。投入資源の組み合わせ、エネルギー源、技術タイプなどに違いがあるからです。私たちのモデルが示す国別平均値は、企業がカーボンプライシング・リスクへのエクスポージャーを評価・管理するためのベンチマークとなります。

世界最大の生産国の比較

私たちの分析はごくシンプルな疑問からスタートしました。「全世界で取引されるエネルギー集約型商品の隠れた炭素コストはどの程度だろう」。2つのセクターの結果を以下に示します。1つは鋼鉄を含むフェラスメタル(鉄含有金属、以降「鉄金属」と表記)、もう1つはほぼ全ての産業にエネルギーを供給している電力セクターです。

鉄金属セクター

現在の炭素価格に対して、平均的な鉄金属生産者の隠れた炭素コストは、生産高上位5カ国の中で、売上高の0.09%(日本)から1.52%(ドイツ)まで、17倍近い開きがあります(下図を参照)。よって、ドイツの平均的生産者は日本の平均的生産者に比べて、売上高の1.43%(1.52%-0.09%)のコスト劣位に直面しています。

しかしCBAMが完全実施されると、EUに輸出される鉄金属のコストが上がり、ドイツの生産者が直面している炭素コストの劣位が軽減されます。また、実質ゼロシナリオ(2050年の排出量実質ゼロ達成を前提に、炭素価格を2030年の水準に設定)では、ドイツの平均的鉄金属生産者は中国や日本、韓国の競争相手よりも高い炭素コストを負担しなくてもよく、米国並みの水準となります。この例から分かるように、炭素価格が世界で一様に上昇すると、製品の排出強度が低い企業はコスト面で有利になります。

現行政策の下では、炭素価格は排出量のごく一部にしか影響を及ぼさず、実質ゼロシナリオよりも低いレベルに設定されます。しかし、CBAMシナリオと実質ゼロシナリオ、いずれの場合も、炭素価格の影響を受ける排出量は増え、現行政策よりも高い価格を課されるようになります。

図表1 平均炭素コストはフェラスメタル生産高上位5カ国の中で大きな開きがある

電力セクター

電力生産高上位5カ国の中で、隠れた炭素コストの平均は売上高の0.03%(ロシア)から1.97%(中国)までの幅があります。この1.94%の差(1.97%-0.03%)は、輸入品と競争する、または外国市場に製品を輸出する中国の電力利用企業にコスト劣位をもたらします(中国の現在の炭素価格は比較的低いものの、電力セクターが石炭火力発電に大きく依存しているため、同国の電力の隠れた炭素コストは比較的高くなります)。

実質ゼロシナリオでは、中国の電力の炭素コストは売上高の86%まで上昇します。ロシアに比べて40ポイントのコスト劣位です(下図を参照)。一方、インドの炭素コストはそれほど影響を受けません。というのも、IEAの2021年モデルにおける2030年の炭素価格は、インドなどの途上国のほうが主要新興国(中国、ロシアなど)や先進国(日本、米国など)よりも低いからです。

図表2 実質ゼロシナリオにおける電力の炭素コストは開きが大きい

サプライチェーンにおける隠れたコストのホットスポット

主要商品の価格に炭素コストが隠されていることを知った企業幹部は、自社のオペレーションやサプライチェーンのどこでそうしたコストが発生しているのかをもっと正確に見極めたいと考えるでしょう。最終財が生産される国、あるいはサプライチェーンのはるか上流に、コストは集中している可能性があります。そうしたパターンを説明するため、中国の化学品セクター(化学品の生産で世界一)と米国のエレクトロニクスセクター(同国で2番目に大きい製造サブセクター)のサプライチェーンにおける隠れた炭素コストの内訳(地域ごと、セクターごと)を以下に示します。

中国:化学品セクター

現在の炭素価格に基づくと、中国の化学品セクターの平均炭素コストは比較的低く、同セクターの製品価額の0.3%を下回ります。そのコストの8割以上は中国でのカーボンプライシングによるもので、残りは中国国外のサプライチェーンが要因です。CBAMシナリオでは、中国からEUに輸入される化学品の炭素コストは売上高の2.4%へと増加します。そのシナリオの隠れたコストの9割近くはCBAM関税に由来します。実質ゼロシナリオの場合は、中国で生産される化学品の炭素コストは同セクターの生産高の16%に跳ね上がります。そのほとんどは中国の炭素価格の上昇が原因です(下図を参照)。

図表3 中国の化学品セクターの炭素コストは、実質ゼロシナリオで50倍に跳ね上がる可能性
図表4 炭素コストの内訳(バリューチェーン内の国ごと)

バリューチェーン内の各セクターが負担する炭素コストの内訳を見ると、中国で生産される化学品の現在の炭素コストは主に電力セクターに由来しており(64%)、化学品セクター自身も一定の要因になっています(26%)(下図を参照)。CBAMシナリオではその比率が次のように変わります。CBAM関税が中国の化学品メーカーに起因する場合、炭素コストに占める化学品の割合は52%に増加し、電力の比率(47%)をわずかに上回ります。また実質ゼロシナリオでは、炭素コストに占める化学品の割合は基本シナリオより増えて38%に達しますが、電力セクターの比率は44%に減少します。実質ゼロシナリオではその他に、石炭セクターと石油・石炭製品セクターに起因する炭素コストも比率が増加します。これは中国の生産工程がエネルギー源として化石燃料に大きく依存しているからです。

図表5 中国の化学品セクターの炭素コストは主に電力に由来し、同セクター自身も一定の要因になっている

米国:エレクトロニクスセクター

現在、米国のエレクトロニクスセクターの平均炭素コストは比較的低水準です(売上高の0.2%)。そのコストの7割以上は米国の国家レベルのカーボンプライシング・メカニズムに起因します(下図を参照)。実質ゼロシナリオでは、米国エレクトロニクスセクターの炭素コストは33倍に増え、売上高の7%を占めます。そのコストの大部分(80%)はやはり米国のカーボンプライシングが要因です。中国とメキシコに起因する部分も増加しますが、これは両国の現在の炭素価格が比較的低いからです(CBAMはエレクトロニクスセクターを対象としないため、CBAMシナリオはここでは省きます)。

図表6 米国のエレクトロニクスセクターは、実質ゼロシナリオで炭素コストが増加。その大部分はやはり米国のカーボンプライシング・メカニズムが要因
米国のエレクトロニクスセクターは、 実質ゼロシナリオで炭素コストが増加。その大部分はやはり米国のカーボンプライシング・メカニズムが要因

米国エレクトロニクスセクターの炭素コストのセクター別比率は、基本シナリオと実質ゼロシナリオとでわずかに変化します。これらのコストは主に、エレクトロニクスセクター(45%)と電力セクター(33%)に適用されるプライシングメカニズムに起因します。実質ゼロシナリオでは、この2つのセクターがやはり炭素コストの約8割を占めています(エレクトロニクス52%、電力31%)(下図を参照)。

米国エレクトロニクス産業の炭素コストのセクター別比率は、 シナリオによってわずかに変化

各国の隠れた炭素コスト

炭素コストは企業だけでなく国の競争力にも影響を与えます。そのダイナミクスを説明するため、現在の炭素価格と実質ゼロシナリオに基づいて、G20加盟国(EUを除く)の生産高に占める炭素コストの総計を推定しました。

現在の炭素価格の下で、国の生産高に埋め込まれた炭素コスト総額が最も高いのは、中国(410億米ドル)、ドイツ(340億米ドル)、米国(310億米ドル)の3カ国です。米国の場合は事情が少々異なります。というのも中国やドイツと違って、米国は国家炭素価格を設定していないからです。しかし、カリフォルニア州とワシントン州には排出量取引制度があります。地域温室効果ガスイニシアチブ(RGGI)に参加する、北東部および中部大西洋沿岸の12の州も同様です。米国の企業も、米国外のサプライヤーに課される炭素コストの影響を受けます。

実質ゼロシナリオの下では、国の炭素コストは大幅に増加します。中国では50倍(410億米ドルから2兆米ドルへ)、ドイツでは5倍(340億米ドルから1,740億米ドルへ)、米国では28倍(310億米ドルから8,650億米ドルへ)という具合です。ドイツなど、すでに炭素価格が比較的高い国の経済は、中国や米国などの炭素価格が比較的低い国に比べて、炭素価格上昇リスクが小さくすみます(下図を参照)。

実質ゼロシナリオでは、 炭素コストが全般的に上がっても経済的公平性は高まる

隠れた炭素コストのさらなる検討

私たちのモデルによる隠れた炭素コストの推定値(地域・セクター別)はこちらからご覧ください(英語)

隠れた炭素コストのマネジメント:ビジネスリーダーのとるべき行動

2010年以降、世界の平均炭素価格は上昇を続けており、炭素価格が課される排出量の割合も同様に増加しています。どちらの傾向もまだ続くでしょう。多くの国が炭素価格の値上げ、またはプライシングメカニズムの開始を計画しています。これを踏まえて、先見性のある企業は炭素コストの管理策を講じ始めています。世界の有力な組織で有用性が明らかになった施策を4つ紹介します。

  • 排出量と炭素価格エクスポージャーをマッピングする
    隠れた炭素コストを管理するには、まず、オンサイト排出量からサプライチェーンの上流まで、自社の生産工程の炭素排出量に関する情報収集から始めます。これは簡単な作業ではありません。例えば、消費財企業はサプライヤーの数が何千にも上ることがあります。しかし私たちの分析では、組織のサプライチェーン排出量の8割が、購買額のわずか2割に起因することが分かっています。重要なのは、最終データポイントを全てカバーするのではなく、有効かつ実用性の高い排出量データを集めることです。

    次に、セクターごと、GHGタイプごとに炭素価格がどう違うかに注意し、その価格が排出量にどのように適用されるかを理解します。例えばカナダのアルバータ州は、大規模排出者に対する規制制限値と、一般的な炭素税の両方を導入しています。しかし、企業が従うプライシングメカニズムは1つだけでよく、その選択は自身の裁量にある程度任されます。ある自動車部品メーカーは、大規模排出者規制に参加することで炭素コストを1,000万カナダドル(730万米ドル)節減しました。これにより、排出量が比較的少ない同社施設は競争力を維持することができました。
  • エクスポージャーをチャンスに変える
    多くの政府がグリーンインセンティブを導入する中、クリーンエネルギー投資のかなりの部分を助成金や低コスト融資などの政府援助で賄うことができるかもしれません。あるグローバルなセメントメーカーの場合、入念な調査の結果、検討中の排出量削減プロジェクトに要するコストの半分を政府インセンティブでカバーできることが分かりました。また、ほとんどの排出量取引制度は、排出量を削減する企業に、販売可能なカーボンクレジットの生成を認めているため、脱炭素化から価値創造への道筋がさらに開かれます。

    サプライヤーの炭素コスト削減をサポートするという発想も出てくるかもしれません。なぜなら、私たちのモデリングの結果によれば、企業の炭素コスト総額のうち、サプライヤーはかなりの部分を占める可能性があるからです。サプライチェーンのどの箇所が炭素コストの大きな部分を占めているかを知れば、適正なサプライヤーに対して、排出量削減計画を立てて行動を起こすよう促す(または要求する)ことができます。
  • 事前に計画を立てて価格ショックを回避する
    既存の、または来るべきカーボンプライシング規制により、事業オペレーションのコストが大幅に増える可能性があります。例えば海上輸送企業は間もなく、EU ETSに基づいて、燃料消費に関連した炭素排出量に対する費用負担を求められるようになります。これは海上輸送品の価格に影響を与えかねません。将来の価格シナリオに基づく自社の炭素コストを分析することで、当面の炭素コストを削減し、将来的な価格リスクを回避する機会を見極めることができます。例えば、ある農業肥料メーカーは、自社施設に炭素回収技術を導入することで将来の炭素価格エクスポージャーを削減できると気づきました [2]。企業幹部は炭素価格の上昇を、企業リスク管理および資本投資評価プロセスに少しずつ組み込むのがよいでしょう。 
  • 投資家に関与する
    隠れた炭素コストの上昇可能性は遠い未来のことに思えるかもしれませんが、市場はすでに、その上昇が企業に及ぼす影響を評価し始めています。例えば、一部の銀行やプライベート・エクイティ・ファームは、借り手やポートフォリオ企業が直面するカーボンプライシング・リスクを日常的に評価しています。企業幹部は投資家や貸し手、保険業者などの金融機関と関わりを持ちながら、彼らが炭素関連リスクをどのように分析・評価に取り込んでいるかを理解するとよいでしょう。また、カーボンプライシングをはじめとする気候関連リスクへのエクスポージャーを自社がどう管理しているかを、資本提供者に説明することもできます。排出量を削減した企業または削減予定の企業は、そうした取り組みを強調し、金融機関が企業価値への影響を理解する手助けをすることができます。

持続可能な経済への移行を成功させるには、自社ビジネスに抜本的な影響を及ぼす新しい気候・環境政策を予測しなければなりません。その動向には不確実性がつきまといますが、炭素の価格とコストは恐らく上昇し続けるでしょう。自社のサプライチェーンのどこに炭素コストが潜んでいるかを特定すれば、ビジネス上の意思決定に価格アップの可能性を織り込み、長期的な価値創造の強化につなげることができます。

カーボンプライシング・メカニズムは、時として測定が困難な形で、サプライチェーンのコストに影響します。私たちはそれを「隠れた炭素コスト」と考えており、そのコストを推測するために、確かな情報源である世界銀行のカーボンプライシング・ダッシュボードによる炭素価格を、PwCの環境要素を拡張した投入・産出モデル、ESCHERに組み込みました。その結果が「隠れた炭素コスト乗数」です。これは炭素税と排出枠のコストを、世界経済を構成する141の国・地域と65のセクターの売上高に占める割合で表したものです。

ESCHERは主に、国際貿易分析プロジェクト(GTAP)投入・産出データの第10版(2014年の直近データが入手可能)と、二酸化炭素、亜酸化窒素、メタンおよびフッ素化ガスの排出量に関するGTAPデータに基づいています。このデータは、実際のサプライチェーン・フローおよび排出量レベルとは異なるサプライチェーン・フロー(すなわち各セクターの調達パターン)および排出量レベルを反映する場合があります。それでもこのモデルは、現状に近い条件でサプライチェーンと排出量レベルを表現し、企業が現在支払っている炭素コストをほぼ示すことができます。最新データを入手したら、それを使ってモデルを更新します。 

一例として、カナダの実効炭素価格がどのように導かれるかを紹介します。世界銀行のカーボンプライシング・ダッシュボードによると、連邦規制に基づくカナダの現行炭素価格は1トン当たり48米ドルです(少数の例外を除き、州レベルの炭素価格も同じ)。しかし各セクターの排出量のうち、価格が設定されているのはごく一部です。このばらつきを考慮し、公表されている連邦・州の炭素価格に、各セクターでカバーされている排出量の割合を掛けて、実効炭素価格を算出します。例えば、電力セクターの実効炭素価格は1トン当たり19.90米ドル、農業関連セクターは1トン当たり5.70米ドルです。私たちのモデルの実質ゼロシナリオでは、実効炭素価格は現状より大幅に高くなります。なぜなら同シナリオは、カナダなどの先進国による電力、工業およびエネルギー生産に起因する全排出量の炭素価格が2030年に1トン当たり140米ドルと想定しているからです。 

このモデルを用いて、3つの炭素価格シナリオに基づく隠れた炭素コスト乗数を計算しました。

  • 現在の価格
    このシナリオでは、直近の世界銀行データに基づく現行のカーボンプライシングを用います。同データは、2023年3月31日現在行われている、国家・地域の73のカーボンプライシングの取り組みをカバーしています。世界銀行は、排出量取引制度と炭素税という2種類のカーボンプライシングに関する情報を提供しています。
  • CBAMシナリオ
    このシナリオはCBAMの完全実施を前提にしています。つまり、炭素集約度の高い一定製品(鉄、鋼鉄、アルミニウム、セメント、肥料、化学品、水素)のEUへの輸入に関しては、スコープ1とスコープ2の排出量に対する関税を支払う必要があります(EU法では、CBAM関税は2026年から2034年にかけて段階的に導入されます)。モデルで適用する関税は、輸出国の現状炭素コストに対する、現行EU炭素価格でのスコープ1(直接排出)とスコープ2(電力購入)の炭素コストの超過分(もしあれば)です。
  • 実質ゼロシナリオ
    このシナリオでは、2050年までに排出量実質ゼロ達成というIEAの経済シナリオ(2021年版)で規定された、2030年の炭素価格を用います。IEAは3つの国家グループのそれぞれについて異なる炭素価格シナリオを設定しています。その3つとは、先進国(OECD加盟国のほか、ブルガリア、クロアチア、キプロス、マルタ、ルーマニア)、主要新興国(中国、ロシア、ブラジル、南アフリカ)、その他です [3]。これらの価格シナリオでカバーされるセクターは、電力、工業およびエネルギー生産です。その他のセクターについて、また、現行炭素価格がIEAの実質ゼロ価格を上回る場合については、モデルでは現行炭素価格を使用しています。


Qiang Ma: PwC米国の国民経済・統計担当マネージングディレクター

Peter Merrill:PwC米国のシニアアドバイザー

Verena Quitta: PwCドイツのエネルギー・炭素経済担当マネージャー

Cameron Stonestreet:PwCカナダの持続可能性・気候変動担当ディレクター

本稿の執筆や関連の調査に当たっては、Lucas Faller、Niels Muller、Karl Russoの協力を得ました。この場を借りて感謝いたします。

※本コンテンツは、グローバルが2023年10月に公開した「The hidden cost of carbon」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

主要メンバー

服部 真

パートナー​, PwCコンサルティング合同会社

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林 素明

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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本多 昇

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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田原 英俊

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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安田 裕規

パートナー, Japanese Business Network UK Co-Leader, PwC United Kingdom, PwC Japan

Email

屋敷 信彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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