
シリーズ「価値創造に向けたサステナビリティデータガバナンスの取り組み」 第2回:統合管理を含めたデータガバナンス/マネジメントの要諦
多様なテーマを抱えるサステナビリティの領域におけるデータガバナンス/マネジメントを推進するにあたり、個別最適に陥りデータの全社的な利活用に至らないことが課題とされています。本コラムでは、組織横断的なデータガバナンスが必要な理由、そしてその推進の要諦を解説します。
気候課題への対応を期待するステークホルダーの声を受けて、事業オペレーションやサプライチェーンの炭素排出量をモニターしようと努める企業が増えています。しかし、排出量そのものほど目立たず見逃されがちなのは、排出量に関わる金銭的コストです。特に注目すべきは、炭素税やキャップ・アンド・トレード制度など、企業が排出する温室効果ガス(GHG)への課金メカニズムの結果として表れる商品価格に埋め込まれたコストです。そうしたコストはともすれば追跡が困難であるため、私たちはそれらをまとめて「隠れた炭素コスト」と考えるようになりました。
その隠れた炭素コストに光を当てるため、私たちは141の国・地域の65の経済セクターを対象とするグローバルモデルを開発しました。このモデルにより、現在の炭素価格に基づく隠れた炭素コストと、炭素価格の2つのシナリオに基づく隠れたコストの推定値が導かれます。その結果、G20各国では、隠れた炭素コストが、鋼鉄やセメント、化学品など炭素集約度の高い商品の生産高の1.5%以上、電力に至っては10%を占めることが分かりました。
しかも、炭素コストは上昇が見込まれます。パリ協定の実質ゼロ目標を達成しようとすれば、さらに上昇せざるを得ません。多くの地方政府に加え、40以上の国や地域――世界の排出量の4分の1近くに相当――がすでに、炭素に直接価格を設定しています[1]。その中でカナダ、デンマーク、オランダなどは価格の値上げを予定しています。EU域内排出量取引制度(EU ETS)では無償排出割当の削減が予定されており、これも価格上昇につながりそうです。また、ブラジルやインド、インドネシアなどの主要国を含め、他に35の国・地域が炭素価格の導入を検討しています。
カーボンプライシングの新しいメカニズムも登場しています。その筆頭は炭素関税で、輸入業者は国内生産者と同じ炭素価格を支払わなければなりません。これは、炭素集約度の高い輸入品が享受するコスト優位性をなくそうとするものです。初の炭素関税制度であるEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、報告目的では2023年10月に発効し、2026年からは実際に課税がなされます。私たちのモデルによれば、CBAMの強化に伴い、多くの商品の隠れた炭素コストが5倍以上に増加すると推測されます。
炭素価格が上昇すると、炭素集約度の高い商品を生産または購入する企業は、競争上の地位が変化する可能性があります。しかし、隠れた炭素コストの動向を予測することで、準備を始めることができます。本稿では、隠れた炭素コストが現在のサプライチェーンでどのように増大するのか、カーボンプライシングの拡大や進化に伴ってそれがどう変化するのか、そしてこのようなダイナミクスの中、企業はどうすれば優位性を維持できるのか、具体的な事例をいくつか見ていきます。
私たちの分析はごくシンプルな疑問からスタートしました。「全世界で取引されるエネルギー集約型商品の隠れた炭素コストはどの程度だろう」。2つのセクターの結果を以下に示します。1つは鋼鉄を含むフェラスメタル(鉄含有金属、以降「鉄金属」と表記)、もう1つはほぼ全ての産業にエネルギーを供給している電力セクターです。
現在の炭素価格に対して、平均的な鉄金属生産者の隠れた炭素コストは、生産高上位5カ国の中で、売上高の0.09%(日本)から1.52%(ドイツ)まで、17倍近い開きがあります(下図を参照)。よって、ドイツの平均的生産者は日本の平均的生産者に比べて、売上高の1.43%(1.52%-0.09%)のコスト劣位に直面しています。
しかしCBAMが完全実施されると、EUに輸出される鉄金属のコストが上がり、ドイツの生産者が直面している炭素コストの劣位が軽減されます。また、実質ゼロシナリオ(2050年の排出量実質ゼロ達成を前提に、炭素価格を2030年の水準に設定)では、ドイツの平均的鉄金属生産者は中国や日本、韓国の競争相手よりも高い炭素コストを負担しなくてもよく、米国並みの水準となります。この例から分かるように、炭素価格が世界で一様に上昇すると、製品の排出強度が低い企業はコスト面で有利になります。
現行政策の下では、炭素価格は排出量のごく一部にしか影響を及ぼさず、実質ゼロシナリオよりも低いレベルに設定されます。しかし、CBAMシナリオと実質ゼロシナリオ、いずれの場合も、炭素価格の影響を受ける排出量は増え、現行政策よりも高い価格を課されるようになります。
電力生産高上位5カ国の中で、隠れた炭素コストの平均は売上高の0.03%(ロシア)から1.97%(中国)までの幅があります。この1.94%の差(1.97%-0.03%)は、輸入品と競争する、または外国市場に製品を輸出する中国の電力利用企業にコスト劣位をもたらします(中国の現在の炭素価格は比較的低いものの、電力セクターが石炭火力発電に大きく依存しているため、同国の電力の隠れた炭素コストは比較的高くなります)。
実質ゼロシナリオでは、中国の電力の炭素コストは売上高の86%まで上昇します。ロシアに比べて40ポイントのコスト劣位です(下図を参照)。一方、インドの炭素コストはそれほど影響を受けません。というのも、IEAの2021年モデルにおける2030年の炭素価格は、インドなどの途上国のほうが主要新興国(中国、ロシアなど)や先進国(日本、米国など)よりも低いからです。
2010年以降、世界の平均炭素価格は上昇を続けており、炭素価格が課される排出量の割合も同様に増加しています。どちらの傾向もまだ続くでしょう。多くの国が炭素価格の値上げ、またはプライシングメカニズムの開始を計画しています。これを踏まえて、先見性のある企業は炭素コストの管理策を講じ始めています。世界の有力な組織で有用性が明らかになった施策を4つ紹介します。
持続可能な経済への移行を成功させるには、自社ビジネスに抜本的な影響を及ぼす新しい気候・環境政策を予測しなければなりません。その動向には不確実性がつきまといますが、炭素の価格とコストは恐らく上昇し続けるでしょう。自社のサプライチェーンのどこに炭素コストが潜んでいるかを特定すれば、ビジネス上の意思決定に価格アップの可能性を織り込み、長期的な価値創造の強化につなげることができます。
脚注
[1] 世界銀行の炭素価格。
https://www.worldbank.org/en/programs/pricing-carbon.
[2] モザイク社のケーススタディを参照。
https://www.pwc.com/us/en/library/case-studies/mosaic-climate-modeling.html.
※本コンテンツは、グローバルが2023年10月に公開した「The hidden cost of carbon」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。