ファーマコビジランス業務の現状・課題と今後の展望

 
  • 2025-09-08

はじめに

医薬品市場においては、従来、低分子医薬品が市場の中心でしたが、近年では多様な創薬基盤技術を用いた研究開発により、抗体医薬をはじめ、核酸医薬や遺伝子治療のようなさまざまな分子(中分子~高分子)が医薬品として実用化されています。世界中で大流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でも、その治療薬やワクチン開発において新規モダリティが注目を集めており、創薬基盤技術と新規モダリティの重要性が一段と高まっています。また、再生医療や遺伝子治療など次世代の治療法に対する研究開発も加速しています。

加えて、医療・健康産業においても、デジタル技術は日進月歩の勢いで進歩し、活用が広がっています。AI(人工知能)や機械学習、データ解析技術を用いた新薬開発や薬物の効果予測、臨床試験の迅速化の他、リアルワールドデータ(RWD)の解析から得られたリアルワールドエビデンス(RWE)を診療および治療アウトカムの理解に役立てるといった動きも広がりを見せている状況です。RWDやRWEの需要の高まりは、2016年に米国食品医薬品局(FDA)が「The 21st Century Cures Act」を可決し、承認済み医薬品の新たな適応症の承認など、規制上の意思決定を支援するためにRWEの活用にさらなる重点を置いていることや、欧州医薬品庁(EMA)や日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)でもRWDに関するさまざまな取り組みがなされていることからも裏付けされています。

このような画期的な作用機序を持つ医薬品や、がんなどの重篤な疾患に対して、より高い効果が期待できる医薬品の使用が進むなか、RWDの活用により新たな知見も得られるようになってきました。こうした進展の一方で、医薬品の安全性に対する取り組みは難しさを増しているのが現状です。医薬品の安全性は「副作用」という言葉で表現されることが一般的であるように、その効能・効果と安全性は、いわば表裏一体の関係であると言われており、例えば抗がん剤など高い効果のある薬ほど強い副作用が出るということは広く知られています。中には、時として死に至る重篤な副作用を引き起こす可能性のある医薬品もあるくらいです。新たな作用機序を持つ薬剤は副作用の予測が難しかったり、重篤な疾患に使われる薬剤は疾患の随伴症状なのか薬の副作用なのかの見極めが必要であったりします。また、副作用だと判断できても他の薬剤を併用している場合は、どの薬による副作用なのか特定が難しいといった問題もあります。

医薬品の安全性が重要であることは誰もが認めるところですが、その重要性を日常的に意識する機会は少ないかもしれません。医薬品の副作用は、誰もが期待しない作用であるため否定的に捉えられがちであり、また特段の理由もなく「自分には起こらない」と信じがちです。しかし、医薬品がヒトに投与される以上、大きな問題が生じれば製品の回収や業務停止の処分に至ることもあるため、安全対策は経営者が取るべきリスク管理の一種と考えるべきでしょう。

本稿では、PwCコンサルティング合同会社が日本の代表的な製薬企業に対して行ったベンチマーク調査に基づき、開発段階から市販後まで医薬品の安全性を一貫して管理するファーマコビジランス(Pharmacovigilance、以下PV)のオペレーション戦略の実態や傾向について解説し、調査から見えた今後のPV業務に求められるオペレーション戦略を提言することを目的としています。

第1章 製薬企業のファーマコビジランスに関するベンチマーク調査

個々の企業において、PV業務のパフォーマンスや取り組みの状況、現状への課題感は異なります。このような状況を踏まえ、PwCコンサルティング合同会社では、各製薬企業への調査を行いました。本章では、その調査結果を紹介します。

調査目的

日本の製薬業界におけるPVオペレーション戦略の実態や傾向を明らかにし、より効率的かつ付加価値の提供に繋がるPVオペレーション戦略を提言することを目的として、2011年より製薬各企業に対してベンチマーク調査を行ってきました。

5回目となった2023年の調査では、デジタル化の加速に伴い各社のPVオペレーション戦略の変化を把握するため、デジタルツール・AIの活用状況に関する設問を新たに追加した他、COVID-19流行前後(2020年と2023年)の調査結果の傾向分析も踏まえて、今後のPV業務の在り方について検討しました。

調査手法

2023年7月、日本市場に製品を提供する製薬企業31社にオンラインで調査票を送付し、うち9社から回答を得ました。調査票の内容は、企業の属性、PVの業務プロセス、組織体制、パフォーマンス管理、使用ツール、新しい取り組みの動向の6つの大項目から成り、選択式と記述式を合わせた計54問で構成されています。

調査結果

調査結果の概要について、前回2020年調査との比較も踏まえ、6つの大項目に沿って以下に示します。

1.回答企業の属性

回答のあった9社のうち、5社はグローバルな市場を扱う日本企業、4社は欧米にグローバル本社のある外資系企業の日本支社/支店でした(図表1)。

図表1:回答企業の属性

2.PVの業務プロセス

各社に対し、国内・海外症例それぞれにおける医療機関などからの有害事象の年間の受付件数と、PMDAへの報告件数を調査しました。その結果、2020年と比較し2023年においては、受付件数の各社平均は国内では横ばい、海外は約1.2倍に増加し、報告件数の各社平均は国内で約0.8倍に減少、海外で約1.2倍に増加しました(図表2)。

図表2:症例数の変化

海外のグローバル本社または海外関連会社への有害事象の連携については、自発報告由来の個別症例および製造販売後調査由来の個別症例のほぼ全てを連携している企業が多い傾向は2020年から変わらず、連携した症例数は2020年に比べて平均30%ほど増加しました(図表3)。

図表3:グローバルへの有害事象報告の変化

3.PVの組織体制

人員数、外注状況をはじめとするPV部門の組織体制について調査しました。
主にGVP関連業務(医薬品の安全管理情報の収集・評価・報告および安全性確保措置の実施などに係る製造販売後安全管理ならびに治験薬安全管理に関する業務)を行う人員について、2023年は2020年と比較し、正社員・契約社員数が平均約1.3倍、派遣社員数が約1.8倍に増加しました(図表4)。

図表4:GVP関連事業スタッフ数の変化

CRO(開発業務受託機関)/BPOに外注しているPVの業務量(フルタイム当量で算出)については、「国内症例報告」「海外症例報告」「使用成績調査」の全ての業務において、2023年の業務量は、2020年と比較して減少しました(図表5)。

図表5:CRO/BPOへの外注業務量の変化

また、CRO/BPOに対する満足度について、業務を「国内症例」「海外症例」「調査の進捗管理」「調査のデータ管理」「調査の統計解析」「その他」の6項目に分けて、料金、期日、品質の3つの観点から調査しました。その結果、料金についての満足度は、「調査の進捗管理」と「国内症例」を除いた4項目で2020年と比較し2023年は低下したものの(図表6)、期日順守に対する満足度は2020年に引き続き、高い状態を維持していました(図表7)。また、品質に対する満足度は2020年と比較して改善傾向にあるものの、国内および海外の症例処理については4割程度の企業で満足度が低い状況でした(図表8)。

図表6:CRO/BPOのPV業務の料金に対する満足度

図表7:CRO/BPOのPV業務の期日に対する満足度

図表8:CRO/BPOのPV業務の品質に対する満足度

PV業務において、医薬品の使用による未知のリスクや有害事象を早期に発見するプロセスを「シグナル検出」と呼び、具体的には収集された医薬品に関するデータを解析し、異常なパターンや新たなリスクが存在するかどうかを判断します。このシグナルの検出方法やリスク評価方法は各社で異なっていました。また、検出には社内外の各種データベースが用いられることが多く、検出頻度は製品ライフサイクルによって、1カ月~年1回の範囲で設定されていることが多かったです。

4.パフォーマンス管理

GVP業務の生産性の評価において、約8割の企業が定期的に何らかのパフォーマンス指標を計測していることが明らかになりました。その中で最も多く計測している企業の約9割で用いられていた指標は、「1受付、1症例にかかる費用(外注および社内費用)」でした。その他に、「症例報告のデータ入力にかかる時間」「一定時間内に処理される症例報告の数」「エラー数」などの指標が用いられており、中には複数の指標を用いている企業もありました(図表9)。

図表9:GVP業務の生産性評価において用いられているパフォーマンス指標

5.使用ツール

安全性管理に用いているデータベースは、世界各国のPVデータを一元管理するための「グローバルシングルデータベース」となっている企業が約8割でした(図表10)。用いられているデータベースのうち、最も多くの企業に採用されているものについては、2020年から2023年にかけて変化は見られませんでした。

図表10:安全性管理データベースの利用状況

6.新しい取り組みの動向

RPA(Robotic Process Automation)の活用状況を見ると、約6割の企業がすでに活用中であり、さらに約3割の企業が導入を計画しています(図表11)。一方、AIの活用状況については、活用中の企業は全体の約3割にとどまっています(図表12)。また、PV部門が将来創造するべき価値については、全ての企業が「安全性データを含む患者データを基に、医薬品のリスクを最小化し、ベネフィットの最大化を図る」ことを重要な価値と認識しています。次いで、「製造販売後安全性データを基に構築したエビデンスを社会全体に提供することで、患者主体の医療サービスや高齢者の介護などに活用する」ことを選択した企業が多くなりました(図表13)。

図表11:RPAの活用状況

図表12:AIの活用状況

図表13:製薬企業のPV部門が将来創造するべき価値

第2章 PwCからの提言

第1章では、2023年に実施したベンチマーク調査の結果をまとめ、2020年と比較しました。本章では、調査の結果から読み取れるPV部門のあるべき姿と、その実現に必要なアプローチを考察します。

まず、今回の調査に協力していただいた全ての製薬企業が、PV部門のあるべき姿として「安全性データを含む患者データを基に、医薬品のリスクを最小化し、ベネフィットの最大化を図る」ことであると回答しています。リスクを最小化するためには、シグナル検出や医薬品リスク管理計画(RMP)の検討など、より付加価値の高いコア業務にこれまで以上に注力する必要があります。なお、2020年と2023年を比較すると、人員数と個別症例安全性報告業務(ICSR)における症例受付件数がともに増加していることから、ICSRにおけるプロセス全体を最適化し、より付加価値の高いコア業務に注力できる組織へと変化する必要があると言えます。プロセス全体の最適化は、次の2つの観点から実施すべきだと考えられます。

1つ目の観点は、ICSR業務における安全性データベースの整備です。安全性データベースはICSR業務のプロセス全体を通貫する基盤であるため、自社に最適な安全性データベースの選択は業務プロセスの最適化に不可欠です。その際に検討すべきポイントが2点あります。1点目は、グローバルシングルデータベースとすることです。ベンチマーク調査から、既に約7割の製薬企業がグローバルシングルデータベースで運用していることが明らかになりました。加えて、グローバルと連携した症例数は2020年と比較して約1.3倍となっており、今後ますますグローバルシングルデータベースの重要性が高まることが予想されます。2点目は、各安全性データベースの特徴を理解することです。各安全性データベースは異なる特徴を持ち、ICSRの業務プロセスも各社で異なります。そのため、自社の業務プロセスに最適な安全性データベースを選択する必要があります。

2つ目の観点は業務効率化であり、その手法として自動化とベンダ活用があります。自動化に関してはICSR業務プロセスへの積極的なテクノロジー活用が期待されます。ベンチマーク調査からRPAについては約9割の製薬企業が活用中/計画中であり、AIについては約3割の企業が活用中であることが明らかになりました。RPAやAIは安全性管理データベースへの入力業務や入力準備業務などの定型業務の自動化に有用であるため、未活用の製薬企業においては早急に導入を検討すべきでしょう。また、近年注目を浴びている生成AIは、PV部門においても多くのICSR業務を自動化できる可能性を秘めています。一例として、有害事象情報の受付から入力までの非定型業務を含む多くの業務の自動化が可能になると予想されます。そのため、PV部門においても生成AIの活用検討を開始することが期待されます。

テクノロジーの活用により多くの業務が自動化されることが期待されますが、全ての業務の自動化は現段階では不可能です。そこで、自動化が難しい業務についてはベンダを活用することでさらなる業務効率化が可能になると考えられます。例として、一部の製薬企業では国内症例報告業務において、受付からファイリングまでのほぼ全ての業務について一部または完全にベンダを活用しています。この例に限らず、社内で実施している業務についてベンダの活用を検討することは業務効率化に有用です。一方で、ベンチマーク調査からベンダに対して料金と品質の観点で満足度が低いことが明らかになりました。そのため、製薬企業はベンダのパフォーマンスを評価し、評価結果に応じたパフォーマンス改善活動を実施することで、ベンダをマネジメントする必要があります。

これまで業務プロセスの最適化に必要な観点について述べました。しかし、製薬企業を取り巻く外部環境は変化し続けているため、業務プロセスの最適化は1回のみではなく、継続的に実施することが求められます。一度、業務プロセスを最適化すれば業務プロセス全体が可視化され、重要なプロセスや指標が明確になることが予想されます。そのため、部門全体、社員、ベンダなど、さまざまな角度からパフォーマンスを評価する指標を選定し、評価することで、継続的な業務プロセスの最適化が可能になると考えられます。

ICSR業務プロセスの最適化により、PV部門はシグナル検出やRMP検討などのより付加価値の高いコア業務に注力できる組織へと変化することが想定されます。しかし、ベンチマーク調査からシグナル検出やリスク評価方法は現状、各社で異なることが明らかとなったため、これらの業務においても改善の余地が存在すると考えられます。そのため、将来的にはICSR業務の最適化にとどまらず、シグナル検出などについても業務プロセスの最適化が必要になることが予想されます。このように、組織として絶えず改善し続け、PV部門の提供価値を最大化することで、PV部門のあるべき姿である安全性データを含む患者データを基に、医薬品のリスクを最小化し、ベネフィットの最大化を図ることを実現することが期待されます。

おわりに

本稿では、PV業務の現状や、世の中のトレンドをもとにPV部門のあるべき姿を考察しました。製薬企業を取り巻く環境や各企業における状況は異なりますが、医薬品のリスクを最小化し、ベネフィットの最大化を図るといったあるべき姿の実現に向け、安全性データベースの整備や業務の効率化といった対策に、早い段階から着手するべきではないでしょうか。

参考文献

1. 鶴谷武親著 (2022) 「医療・健康ビジネスの未来2023-2032」 日経BP

2. Costello, C. et al. (2019) Future Oncol. (15) 1411-1428.

3. Office of the Commissioner. Real-World Evidence. 2020. FDA. (https://www.fda.gov/science-research/science-and-research-special-topics/real-world-evidence) Last accessed May 2025.

4. Patrick Waller, Mira Harrison - Woolrych著、久保田潔訳(2018)「医薬品安全性監視入門第2版」 じほう

5. 一般社団法人レギュラトリーサイエンス財団(2024)「PVの概要とノウハウ 第2版」 じほう

ファーマコビジランス業務の現状・課題と今後の展望

( PDF 900.32KB )

執筆者

ヴィリヤブパ プルック(エディ)

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

水野 光

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

林 利美

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

荒木 亮輔

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ