動き出した天然水素(下)――不確実性の分析と国内開発の勝ち筋

Hero image
  • 2026-06-23

はじめに

天然水素は、環境負荷が小さく、コストが低いエネルギー源となる可能性を持ち、ネットゼロ実現への貢献が期待されています。しかし、現時点で商用的な生産事例はマリ共和国の1カ所に限られ、世界的にも試錐・掘削など実開発に踏み込む企業は限られています。期待は大きい一方で、事業化を判断するための実績と知見がまだ十分に蓄積されていない段階にあります。

本稿では、天然水素の商業化を阻む主要因である、①資源としての存在確度、②技術成熟度、③経済性、④規制・法制度における不確実性を整理し、国内の天然水素開発推進に必要な要素を提言します。

資源としての存在確度

天然水素の主要な課題の1つが、どこにどれだけ存在し、どの程度の期間にわたり安定的に生産できるのかが見通しにくい点です。天然水素の探鉱は、過去の地質データに記録された水素検出情報を手がかりに進められていますが、高濃度水素の検出記録は限られています。さらに、検出値には計測機器の問題や掘削工程由来の人工的な水素混入の可能性もあり、計測データの精度にも課題があります。また、地下では水素が生成される一方で、拡散・移動や微生物反応による損失も起こり得るため、長期的に十分な量を安定的に確保できる保証は現状ありません(図表1)。

図表1:天然水素が貯留するまでの各メカニズムの概要と、さらに調査が必要な点

出所:
Etiope, G., 2023. Massive release of natural hydrogen from a geological seep (Chimaera, Turkey): gas advection as a proxy of subsurface gas migration and pressurised accumulations. https://doi.org/10.1016/j.ijhydene.2022.12.025を基にPwC作成

技術成熟度

天然水素の開発に必要な技術も発展途上です。天然水素を安全かつ継続的に生産するには、坑井や設備における水素脆化、微生物腐食、セメントやシール材の劣化などのリスク対策が必要となります。他方、長期的かつ高温・高圧環境下で、これらリスクに対する耐久性や機能健全性が実証された工学技術は限られています。実用化に向けたデータや設計基準はまだ不足しており、既存技術をどこまで適用できるかの見極めが必要です。

経済性

天然水素は低コストでの生産が期待される一方、水素市場自体が発展途上であり、将来の需要規模や価格水準は定まっていません。加えて、生産コストはガス流量や水素濃度など鉱床条件に大きく左右され、事前予測が難しいという特徴があります(図表2)。さらに、需要地から離れた立地では輸送・貯蔵インフラへの投資負担も重く、事業採算性を見極めにくくしています。

図表2:天然水素均等化生産コストの感度分析

出所:
Musa, M. et al.,2024. Techno-economic assessment of natural hydrogen produced from subsurface geologic accumulations., https://doi.org/10.1016/j.ijhydene.2024.11.009を基にPwC作成

規制・法制度

天然水素は、日本を含む多くの国で法令やガイドラインで明確な位置づけがなされておらず、開発許認可の取得に時間を要する可能性があります。加えて、環境アセスメントや安全基準も、天然水素特有の拡散性・可燃性・材料劣化リスクを十分踏まえた形では整っておらず、事業判断の障壁になっています。

天然水素開発推進に必要な取り組み

天然水素開発を推進するためには、これら4つの不確実性を縮減する取り組みが必要です(図表3)。資源面では、生成・移動・貯留・損失を統合したモデル構築と広域スクリーニングにより、有望地域の特定と実地調査を進めることが重要です。技術面では、天然水素開発が想定される地下環境条件を体系的に把握したうえで、既存の資機材・設備の適用性を検証し、対応可能な領域はガイドライン化し、困難な領域は材料試験や新工法開発を進める必要があります。経済面では、低炭素水素としての制度的支援の活用、需要地近傍でのオフテイク確保、増進回収技術の導入などを通じて採算性を高めることが求められます。制度面では、天然水素開発に対し、現行の鉱業法や環境・安全規制の適用範囲とグレーゾーンを整理し、短期は運用改善、中長期は新制度設計や法改正の検討につなげることが肝心です。

図表3:事業化における課題と解決に向けて実施すべき取り組み案

出所:PwC作成

国内の天然水素開発に向けた企業の勝ち筋

国内開発の勝ち筋としては、海外先行企業や研究機関が蓄積した知見・データ・実務経験を、投資や提携を通じて取り込み、日本の地質条件や制度環境に適合させていくアプローチが有効です。具体的には、まず海外プレーヤーとの接点構築と国内地質データの棚卸しを進め、次に海外案件への参画を通じて実務知見を獲得し、その後に国内向け事業モデルの具体化と制度改善への働きかけを進めます(図表4)。

図表4:国内天然水素開発のためのアプローチ

出所:PwC作成

おわりに

本稿では、天然水素の事業化を阻む4つの不確実性の整理と、国内開発の効率的な進め方を提言しました。天然水素は、実績データの蓄積と制度・技術基盤の整備が進めば、クリーンで低コストとなり得る一次エネルギーとしてネットゼロ社会の実現に貢献し得ます。今後は、実証とデータ公開を通じて不確実性を段階的に縮減するとともに、支援制度・許認可プロセスを含む実装の枠組みを具体化することが求められます。

動き出した天然水素(下)――不確実性の分析と国内開発の勝ち筋

( PDF 2.55MB )

執筆者

安田 翔馬

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

横田 秀晴

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ