
レジリエントな明日を目指したサーキュラーエコノミーの採用 アジア太平洋地域の変革
本レポートでは、サーキュラーエコノミーがアジア太平洋地域の経済、産業、排出量に及ぼし得る影響について調査しました。また、企業の競争力を高める5つのサーキュラービジネスモデルや、移行に向けた課題および実現要素を考察します。
急速に都市化が進む今日の世界では、環境意識がこれまでになく高まっており、インフラや建築物のオーナーとデベロッパーは、コストパフォーマンスも確保しながらサステナビリティに配慮した未来を築くという、途方もない課題に直面しています。その1つの解決策として、持続可能なグリーン建築資材調達のための包括的枠組みの導入が挙げられます。
建築資材は、特に製造・使用に伴う炭素排出量の削減に関して、長らく「脱炭素化が困難」と考えられてきました。19世紀以来、建造環境の根幹を支えてきた現代のセメントや鉄鋼は、生産に必要な原料や燃料の面で炭素集約度が高い産業です。国際エネルギー機関(IEA)によれば、セメントと鉄鋼の生産からは、それぞれ年に23億トン、26億トンのCO2が生成されます。この数字は、今後大幅に増えると見られています。国連の推定によれば、2050年には、世界の人口の80%以上が都市部に暮らすようになり、現在の建築資材需要が実質的に倍増する趨勢にあります。
グリーン建築資材は、ライフサイクルを通じてサステナビリティを優先的に考え、生産、建築、運用、廃棄に至るまで、従来の資材よりもCO2排出量が抑えられています。グリーン資材の製造に伴う直接、間接の排出量を最小限に抑える解決策の1つとして、エネルギーの効率化が挙げられます。例えば、生産施設では、水素高炉やCO2回収貯留(CCS)技術などの新しい低炭素プロセスが利用できます。しかし、石灰石や鉄鉱石などの原料の採取、加工、輸送の各段階を含め、サプライチェーン全体で発生する排出については、監視や削減が極めて複雑で、費用もかさみやすい問題があります。
低排出または排出ゼロの資材の開発は、さまざまな難題があるためになかなか進みません。セメントの原料となるクリンカー(鉱物などを焼き固めた焼塊)を製造する焼成工程には、1450°C以上の高温が必要になります。その際に放出されるCO2があるため、炭素排出量を完全に排除することが困難なのです。研究者や業界関係者は、高温炉の代わりに室温下での電気分解を利用したり、CO2排出ゼロのコンクリートの継続的な実験に取り組んだりするなど、革新的なセメント製造法を模索しています。しかし、これも一筋縄ではいかない難題であり、解決には時間がかかるうえに、それ相応の経営資源の投入が必要になります。
PwCのレポート「2023年版気候テックの現状」によれば、気候テック(気候関連技術)の投資家は、工業・製造・資源管理セクターからの排出の問題に的を絞ったスタートアップに、投資総額の14%に相当する81億米ドルを投じています。これらセクターを全て合わせると、世界の排出量の34%を占めます。従来の鉄鋼生産は、石炭やコークスなど化石燃料に大きく依存しています。従来型の高炉から、CO2強度を抑えたアーク炉に移行すれば、比較的短期間で効果が得られます。アーク炉は、2050年には世界の鉄鋼生産の35〜40%を占める可能性があります。しかし、水素製鉄や溶融酸化物電解(MOE)など、環境への影響をさらに抑えたクリーン技術の導入を拡大するほうが資本集約度は高くなります。その場合、再生可能エネルギーのパイプライン、製造施設の刷新、特殊グレードの鉄鉱石塊成鉱など代替原料の供給保証、マテリアルリサイクル(材料リサイクル)や循環型経済のハブなど、大がかりなインフラ変更が必要になります。
プロジェクトのオーナーやデベロッパーにとって、新たなトレードオフの要素が出てきたことから、迅速な対応が求められることは明白です。過去100年間を振り返ると、建設業界では、コスト、品質、工期というおなじみの「トライアングル」のバランスをどう取るかという問題が常につきまとっていました。開発の計画・実施に当たって、こうした問題を重視することは依然として必要不可欠です。しかし、資材需要の高まりやサステナビリティを取り巻く期待を踏まえると、建設のこれからの100年は、今挙げたトライアングルに環境と社会の2つも含めた方向へと進むでしょう(以下の図を参照)。
出所:PwCによる分析
プロジェクトを評価する際、プロジェクトのオーナーやデベロッパーは、炭素排出量の削減や、グリーン資材の供給刺激策を含め、社会へのプラスの効果の実現など、新しい一連の達成目標を予算内に収めなければなりません。この取り組みに当たっては、サステナビリティに配慮した業務や製品イノベーションを誓約するサプライヤーの開拓、認定、協業(多くの場合はエコシステム内で実施)が必要になります。炭素市場やカーボンプライシング、科学的根拠に基づく目標、インセンティブなど、供給促進に照準を合わせた取り組みや政策手段は、脱炭素化の経済コストを背景とした供給側の不透明感を和らげるには至っていません。特に大規模インフラプロジェクトでは、市場での売り上げを確保する目的で、建設前にグリーン資材の一部を購入する「オフテイク」(長期購入)を保証し、こうした資材の需要を喚起することが極めて重要です。
グリーン資材の課題に対処するには複雑な変革が必要です。そこで、私たちは、企業やサプライチェーン全体でサステナビリティに取り組むデベロッパーとプロジェクトオーナーを支援する戦略的枠組みを構築しました。
持続可能なグリーン建築資材調達のための枠組み
このサステナビリティへの取り組みの第一歩となるのは、廃棄物や資材使用量の全体的な削減に向けて、グリーン資材や設計上の必須事項を盛り込んだ堅実な脱炭素化戦略です。持続可能な資材調達に移行する具体的な目標とスケジュールを設定すれば、セメントや鉄鋼からの排出量削減で野心的な目標を達成できます。英国では最近、大規模な高速鉄道プロジェクトが進められており、そのプロジェクトの脱炭素化戦略には、体化排出量(資材の生産・輸送・廃棄に伴う温室効果ガス総排出量)を2030年までに半減させる計画も含まれています。プロジェクトリーダーの間では、これを実施する手段として、プロジェクトの中でもとりわけ炭素負債が大きい初期段階で、絶えず変化するニーズに対応可能なグリーン建築資材の混合利用、リサイクル資材の利用拡大、エネルギー効率の高い建設施工法の導入が想定されています。
インペリアル・カレッジ・ロンドンがPwCとの提携で実施した調査によると、戦略的柔軟性を備えたプロジェクト設計にすることで、寿命、機能性、環境サステナビリティが高まるとともに、価値の保護や創出につながります。「大規模インフラプロジェクトは大きな不確実性とリスクを抱えているだけに、計画担当者は、設計段階でプロジェクトのライフコストと環境フットプリントのバランスを考慮しなければなりません。このプロセスには大きな価値がありますが、それを引き出すには、グリーン建築資材の採用と、戦略的な設計柔軟性の組み合わせが鍵を握ると実感しています」。同カレッジのダイソン・スクール・オブ・デザインエンジニアリングの准教授であるMichel-Alexandre Cardin博士はこのように説明します。
しかるべき戦略を策定するためには、サプライチェーンや製造工程について用意周到な取り組みが欠かせません。プロジェクトの計画担当者としては、資材の市場と供給状況の両面について理解を深めておくと、意思決定を促進したり、経済・環境・社会の要素のバランスを考えた方針を策定したりするうえで必要な知識が得られます。目指すべきゴールは、コストを最小に抑えつつ、温室効果ガスをできる限り削減することにあります。そこで、計画担当者としては、経営陣の賛同を得られるように、どのようなトレードオフを抱えているのかを把握しておく必要があります。
グリーン資材調達を盛り込んだ脱炭素化戦略を展開する際、経営陣は次の点に取り組む必要があります。
このプロセスで重要な柱となるのが、グリーン資材の評価です。この段階では、環境に配慮した資材の認定や、プロジェクトへの導入に関する実用性評価を通じて、フィージビリティ(実行可能性)を判断します。プロジェクトオーナーは、脱炭素化戦略の一環として、品質、供給状況、体化排出量などの基準に沿ってグリーン資材を評価しなければなりません。
このフィージビリティ評価で重要なポイントは、グリーン資材導入に関連するコストの影響を徹底比較することにあります。脱炭素化戦略の段階ですでに多くのトレードオフに対処済みとなっていることから、利益に対するコストの評価に当たっては、特定のプロジェクトの初期投資、保守管理、長期サステナビリティなどの要因を、政府が支援する目標を基に慎重に検討する能力が求められます。ドイツ連邦経済・気候保護省の助成の下、WWFドイツとPwCドイツが手がける共同プロジェクト「Pathways to Paris」などのツールは、世界の平均気温の上昇を2℃以下に抑えるパリ協定の目標に合わせ、地域別に鉄鋼やセメントのコストと排出量の比較シナリオを作成できます。
この比較により、資材のライフサイクル全体について深く掘り下げ、原料採取、生産、輸送、建設、廃棄からの排出量を明らかにします。このように見ていくことにより、複雑な環境コストがあぶり出されると同時に、プロジェクトの総所有コスト(TCO)の細部に至るまで、プロジェクトオーナーの理解を深めることにもつながります。
サステナビリティに意欲的に取り組む熱意があり、ビジネス上も不可欠である場合、透明性は信頼の架け橋となります。現在、資材の購買に当たっては、ネット・カーボン・ポジション(CO2の総排出量から総隔離量を除いたもの)を低減できるグリーン認証など、カーボンオフセットの購入という選択肢があります。しかし、これは生産現場での削減と同じものではなく、特定のオフセット請求については禁止措置が導入され始めています。企業は、科学的根拠に基づく目標の原則にのっとり、何よりもまず脱炭素化に取り組む必要があります。これまでに削減量のおおむね80〜95%を占めているのが、この脱炭素化です。そして残る5〜20%に相当するやむを得ない排出についてはオフセットで対処します。したがって、影響評価の結果を広く公開することは、持続可能な成長を支える重要な要素になります。
フィージビリティの検証という複雑な状況を経営陣が先頭に立って切り抜けていくためには、以下の措置を検討することが大切です。
持続可能な調達戦略は、単なる資材確保にとどまりません。業界全体でグリーン資材のイノベーションや需要を喚起するうえで、サステナビリティへの取り組みに確固たる誓約を掲げるサプライヤーの選定が極めて重要です。その際、ベンチマークに基づいて一定割合のリサイクル骨材をコンクリートに混合することを求めたり、排出性能の強化・保証に適合させたサプライヤー契約の重要業績評価指標(KPI)を策定したりするなど、新たな設計や循環型経済の原則を考慮することも含まれます。
パートナーシップは、エコシステム内での業界の融合促進につながります。その好例が、柔軟性に優れたコンクリートやバイオプラスチックなどの素材技術、さらに野心的な目標に関する活発な協業やイノベーションです。ある大手欧州系自動車メーカーでは、世界初の化石燃料不使用の鋼材を使った市販車の製造を目指しています。同メーカーは、鉄鉱石生産者やエネルギー企業も含めた広範なエコシステムの一環として、鉄鋼メーカーとの協業を進めており、2026年までに製鋼工程からの化石燃料排除の目標を掲げています。こうしたプレミアム製品を始め、さらに長期にわたる同様のグリーン資材調達の確約などを通じて、グリーン資材市場が成長すれば、コスト低減を背景にグリーン資材の技術習得や幅広い導入に道が開かれる可能性があります。
供給サイドに目を転じると、今後の進展を阻む障害があります。特にサステナビリティ基準が厳格でない地域や生産面のイノベーション導入が乏しい地域では、需要が拡大してもサプライヤーがそれに見合った供給体制を維持できない可能性があります。サプライヤーに意識改革を迫り、サステナビリティ意識の高い事業活動へと誘導することは容易ではありません。
プロジェクトオーナーやデベロッパーとしては、持続可能な資材を優先的に選定する姿勢を打ち出し、需要を集約していくことが明らかに急務となります。多くのプロジェクトで同様の方針を打ち出すようになれば、財務上のメリットがもたらされるだけでなく、意向表明としても説得力を持つようになります。
調達面の課題に関して、経営陣は以下の点を考慮する必要があります。
実行段階は、品質管理、リアルタイムモニタリング、順応的管理の種をまく段階です。
グリーン資材の適正使用を徹底し、品質管理を維持するうえで、サプライチェーン評価とサプライヤー・製品の品質保証が欠かせません。資材の徹底したモニタリングとは、具体的には、定期検査の実施、寿命・性能に関するデータの収集、グリーン資材のエネルギー効率や全体的な環境フットプリントに対する影響の追跡調査を指します。
この段階で最も重要な特徴として、適応性が挙げられます。確かな成果を生むためには、新たなデータに対応し、得られた気づきに応じて戦略を発展させていく能力が不可欠です。最近、ある風力発電事業者と鉄鋼メーカーが提携しましたが、これは、持続可能な調達のコミットメントを絶えず進化させながら履行していく一例と言えます。この提携では、風力発電用タワーの建設に当たって、最初のグリーン鋼材調達計画の策定段階から、リサイクル材料で製造する交換用ブレードが将来的に市場投入された時点で調達対象に含める方針が盛り込まれています。このような協業は、現場の声を反映させる仕組みを確立できるかどうかにかかっています。
この段階に移る際、経営陣は以下の点を考慮しておく必要があります。
たとえプロジェクトの最後の作業が終わったとしても、サステナビリティの飽くなき追求に終わりはありません。成功、失敗を問わず、経験と教訓を文書にまとめることは、単なる事後検討作業にとどまらず、継続的な改善に道筋をつける手順でもあります。
また、この段階は、市場の革新とグリーンビル運動に影響力を行使する重要な手段としても機能します。皆さんがもたらした実績は、プロジェクトや事業の範囲を超えて大きな影響力を持つこともあります。ある組織内で生まれた気づきが、業界関係者との緊密な協業や意思疎通を通じて、業界全体の変革のきっかけとなることもあるのです。例えば、ある工業ガス供給業者と建材メーカーは、全長4kmのパイプライン施設の建設プロジェクトで協業を進めており、ドイツにあるグリーン資材製造施設のエネルギー確保を目的に、効率的で環境に配慮した水素の供給を目指しています。
こうした目的を達成するには、以下の主な施策を通じて、学びと適応の文化を醸成することが大切です。
この枠組みを採用することにより、プロジェクトのオーナーとデベロッパーは、建設産業・建造環境関連産業の再構築への道筋を描くことができます。その結果、業界のサステナビリティ志向を高めるとともに、各社独自の競争力向上につなげる機会が生まれます。サステナビリティを中核戦略に織り込む動きが続く中、世界中のプロジェクトから得られる教訓は、進捗状況を示す重要な手がかりとなります。グリーン資材の採用が広がり、市場やサプライチェーンの目鼻がついてくる中、先頭に立っていち早く動く企業こそが、これまで以上に持続可能で収益性も高く、環境意識の高い世界への道を開くことになるのです。
本レポートでは、サーキュラーエコノミーがアジア太平洋地域の経済、産業、排出量に及ぼし得る影響について調査しました。また、企業の競争力を高める5つのサーキュラービジネスモデルや、移行に向けた課題および実現要素を考察します。
化学産業の脱化石化は、世界的なネットゼロを実現する上で最も重要な要素の1つといえます。本レポートでは、基礎化学物質の脱化石化に向けた具体的な道筋を示し、予想されるCO2排出削減効果や必要な投資について説明します。
国内外でショッピングモール事業を展開するイオンモールで代表取締役社長を務める大野惠司氏と、サステナビリティ・トランスフォーメーション (SX)を通じた社会的インパクトの創出に取り組むPwCコンサルティングのパートナー屋敷信彦が、サステナビリティ経営をどのように実現するかについて語り合いました。
総合建設会社大林組の「デジタル変革」に伴走し、単なるシステムの導入ではなく、ビジネスプロセスの抜本的な変革を推し進めたPwCコンサルティングの支援事例を紹介します。
TCFD対応およびネットゼロ社会の実現に向けた経営戦略の策定、気候変動リスクと機会のシナリオ分析、炭素関連資産の特定と管理、関連KPIの設定、情報開示など、企業における気候変動ガバナンスと戦略の強化を支援します。
SDGs達成/環境・社会課題解決を通じた持続的成長を包括的に支援します。
PwC Japanグループでは、再生可能エネルギーや脱炭素経営、会計、税務などの専門知識を有するプロフェッショナルが「カーボンニュートラルソリューショングループ」として組織を横断して活動しています。
温室効果ガス排出削減効果をシミュレーションできる独自の分析ツールを活用し、脱炭素に向けて経済合理性を踏まえた最適な計画の立案や実行、対外的な開示まで、企業の脱炭素の取り組みを総合的に支援します。