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PwCコンサルティング合同会社 代表執行役CEO
大竹 伸明
株式会社JERA 代表取締役社長
小野田 聡 氏
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGs17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
SDGsのゴール7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」では安価かつ持続可能なエネルギーへのアクセスを、ゴール13「気候変動に具体的な対策を」では気候変動を軽減するための緊急対策を掲げています。火力発電を主力事業としてきた株式会社JERAは、エネルギーと気候変動をめぐるこうした地球規模の課題を背景に、2020年10月にゼロエミッションを表明しました。「SDGsの道しるべ」第3回では、同社代表取締役社長の小野田聡氏を迎え、PwCコンサルティング代表執行役CEOとしてエネルギー業界を含むさまざまな企業の経営課題解決を支援してきた大竹伸明とともに、脱炭素化という大きなミッションの実現に必要なリーダーシップや有効なアプローチについて議論しました。
大竹:
脱炭素を目指す世界的な潮流がより強くなるなか、産業界も持続可能な成長に向けた戦略を具現化していく必要性を一層意識するようになっています。PwCが2021年1月~2月に実施した「第24回世界CEO意識調査」でも、自社の成長見通しに対する潜在的な脅威として「気候変動や環境破壊」を非常に懸念していると回答した日本の経営者が前回から急伸しています。
こうした状況のなか、JERAは2020年10月にCO2排出量を2050年に実質ゼロにする「JERAゼロエミッション2050」を宣言されましたね。まさに本業を根本から見つめ直す大きな変革の決意表明であり、難しい決断だったのではないでしょうか。
小野田氏:
当社は、2015年4月に東京電力と中部電力の火力発電事業を統合して生まれた会社です。国内の火力発電設備の約半数を所有し、発電量の約3割をまかなう国内最大の発電事業者であり、持続可能な社会の実現に対する重大な責任があると考えています。業界におけるプレゼンスの大きさ、責任の大きさを自覚し、当社が動いていくことで、日本の脱炭素化の前進につながっていくと信じています。
低炭素社会の実現をリードしていくという決意とともに、当社が考えるクリーンエネルギーと持続可能な成長の道筋を、覚悟を持って宣言いたしました。
もちろん、「2050年までにCO2排出ゼロ」という目標を掲げるだけでは、何も進展しません。CO2を実際に減らすための具体的なアプローチも宣言には必要だと考えました。まずは、再生可能エネルギーとゼロエミッション火力の相互補完です。再生可能エネルギーのみに頼るのではなく、発電時にCO2を排出しないゼロエミッション火力を稼働させながらCO2排出ゼロを目指すことで、より現実的に、かつ低コストで脱炭素に近づけると考えています。
2つ目は、国・地域に最適なロードマップの策定です。経済の成長段階や地理的条件は国や地域ごとに違うのだから、脱炭素のための最適な選択肢もそれぞれ異なるはず、というのが当社のスタンスです。
3つ目は、スマート・トランジションの採用です。遠い未来の夢を語るのではなく、実際に今できることから着手し、それを積み重ねて脱炭素への歩みを着実に進める考え方です。当社ではこれをスマート・トランジションと呼んでいます。
大竹:
目標を絵に描いた餅に終わらせないため、具体的かつ現実的なアプローチまで落とし込んでいったことが決断を支えているともいえますね。
大きな決断でもあるゼロエミッション宣言に対するステークホルダーからの反応はいかがだったでしょうか。電力事業では、電力を安定的かつ安価に供給し続けることが期待されていると思いますが、脱炭素に大きく舵を切ったことに対し、心配の声などはありませんでしたか。
小野田氏:
製造業などの大口需要家からはポジティブな反応がありましたし、むしろ脱炭素への期待を感じました。確かに「ゼロエミッションのために火力発電をやめるのか」と思われた方もいらしたかもしれません。しかし、ゼロエミッションを宣言したからといって火力発電がなくなるわけではありません。
資源に乏しい日本では、エネルギー政策の基本方針として「S+3E」を掲げてきました。これは「安全性(Safety)」を大前提に、「安定供給(Energy Security)+経済性(Economic Efficiency)+環境(Environment)」の3つの観点から多様なエネルギー源を組み合わせるエネルギーミックスの考え方です。再生可能エネルギーは脱炭素の有効な手段の1つですが、電力を安定的かつ安価に供給するには、調整電源としての火力発電も引き続き必要です。そこで当社では、ゼロエミッション火力を目指すことにしたのです。
当社が考えるゼロエミッション火力とは、火力発電に使う燃料を化石燃料からクリーンな燃料に替えることです。具体的には、アンモニアと水素を使用します。これらは燃やしてもCO2が出ません。石炭火力であれば石炭とアンモニアを一緒に燃やす(混焼)ことで、CO2の排出量を減らせます。こうした技術的な裏付けがあっての宣言なので、ステークホルダーからのご理解もいただけているのではないかと思います。
大竹:
「CO2が出ない火をつくる。」という広告を見る機会もありますが、そのフレーズの趣旨がよく分かりました。一方、社内の反応はいかがでしたか。
小野田氏:
会長や私を含め、取締役会で何度も議論を重ねながら決定した経営方針ですので、トップダウンで進めたといえますが、これまでのところ、社内からの大きなネガティブな反応はありません。とはいえ、驚いた社員は当然多かったと思います。
大竹:
日本企業では一般的にミドルアップダウンの意思決定が多いといわれますが、SDGsのように課題が複雑に絡み合う時代に新たなビジョンを指し示すには、ディスラプティブ(創造的破壊)な発想が欠かせませんので、トップダウンでの決断と実行へのコミットメントが必要になってきます。ゼロエミッションという大きな方向性や目標を打ち出すに際して、経営層が一丸となったうえで全社員に発信されたのは有効なご判断ですね。私も経営に携わる者として、トップの覚悟について考えを深める契機になるお話です。
業界におけるプレゼンスの大きさ、責任の大きさを自覚し、当社が動いていくことで、日本の脱炭素化の前進につながっていくと信じています。
大竹:
世界の機関投資家の動向や司法判断の傾向などを見ると、企業経営における脱炭素の意味合いが急速に変化しているようです。脱炭素をめぐる世界の潮流、経営環境の変化をどう捉えていますか。
小野田氏:
漠然と技術開発を重ねていけば将来的にゼロエミッションを達成できると捉えているようでは、エネルギー事業からの撤退すら余儀なくされる──これが今の世界の現実だと考えています。明確な目標を掲げ、その実現に向けた具体的な道筋と達成する時期を示したうえで、最大限の努力で脱炭素を目指すことは、今や「エネルギー事業を続けるための入場券」のようなものになっています。そのような現実に対し、当社はゼロエミッションを宣言しました。遠い将来のことではなく、今すぐに「できることから、やっていく」という強い意志の表明なのです。
大竹:
エネルギー以外の分野でも、脱炭素への取り組みは急務です。菅首相が「2050年カーボンニュートラル」を宣言したこともあり、多くの企業が脱炭素への取り組みを表明しています。まさに先鞭をつけた形になりましたね。
小野田氏:
よく聞かれるのですが、政府の宣言と同時期に発表をしたのは本当に「たまたま」です(笑)。世界的な潮流のなかで脱炭素を真剣に捉え、議論を重ねてきた結果、ほぼ同タイミングの発表になったということでしょう。とはいえ、当社の宣言が間違っていなかったとの思いを強くしています。
大竹:
最初に触れられたスマート・トランジションのアプローチについて、もう少し詳しくお話しいただけますか。
小野田氏:
「将来、水素がふんだんに供給されるようになれば、ゼロエミッションを達成できます」と宣言することは簡単です。しかし、その水素を誰がどうやってつくり、利用者に届けるのか。エネルギーの技術開発や供給インフラの整備について「たられば」の条件付きでゼロエミッションを語っても、その実現可能性には誰もが疑念を抱くはずです。そこで当社は新たな技術開発を待つのではなく、現時点で利用可能かつ信頼できる技術、すでに研究開発が進み実用化や商用化が視野に入っている技術を速やかに導入することで、目標にコミットすることにしたのです。これがスマート・トランジション、すなわち「できることから、やっていく」ということです。
石炭火力におけるアンモニアの混焼はその一例です。ラボベースではすでに成功しており、2021年6月からは大型の商業炉での本格的な実証事業が始まっています。その結果を踏まえ、2030年までに本格的な運用を開始し、2030年代前半には石炭火力においてアンモニアを混ぜる割合(混焼率)を20%にしたいと考えています。これを順次引き上げていき、2040年代にはアンモニアのみを燃やして発電する専燃化を開始する計画です。
水素と天然ガスの混焼も計画しています。進展の速度はアンモニアよりも緩やかになりますが、これも着実に進めていきます。実機の発電プラントでの安定運転を確認しながら、2030年代には本格運用を開始し、2050年に向けて混焼率を向上していきたいと考えています。
大竹:
待ったなしの課題に対し、希望的観測に近いような将来を描くのではなく、「できることから、やっていく」という実行力のあるアプローチは説得力がありますね。
全く新しいものを導入するのではなく、既存のものを変えていく。発電事業において複雑なオペレーションを高い水準で継続しながらも、変化に取り組んでいくのは至難の業ではないかと思います。そのためにどんな工夫をされているのでしょうか。
小野田氏:
火力発電所の運営業務(Operation & Maintenance=O&M)をデジタル技術によって変革するデジタルパワープラントを推進しています。かつて、発電所の運営は、現場の技術者によるさまざまな匠の技で支えられていた面がありました。「カン・コツ・ゲンコツ」と言われていた時代のことですが。
そのような匠の技を、デジタルを活用することで一定のレベルまで再現できるようになりました。現場の風土も変わりつつあります。デジタルパワープラントは人の手だけに頼らない分、O&M費用を低減することができ、より事故の少ない堅実な運転が可能になっていくのです。デジタル化は今後も積極的に推進し、低コストオペレーションを追求するとともに、世界に展開していきたいと考えています。
愛知県出身。1980年慶應義塾大学大学院修了、中部電力入社。2013年同社取締役専務執行役員発電本部長、2018年4月から副社長執行役員、発電カンパニー社長、同年6月に同社代表取締役。2019年4月1日よりJERA代表取締役社長。
外資コンサルティング会社および外資IT系コンサルティング会社を経て、現職。
自動車メーカーおよび自動車部品メーカーを中心とした製造業や、総合商社を得意産業とし、戦略策定支援から業務変革(バックオフィス、フロントオフィス系業務)、IT実装(ERP導入経験を多数、クラウド導入)、PMO案件まで、さまざまなプロジェクトに従事。会計管理領域、販売管理領域、設計開発領域に強みを持ち、海外案件、クロスボーダー案件など、国際色の強いプロジェクトの経験を多く有する。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。