{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
株式会社 岡野 代表取締役社長
岡野 博一 氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
神馬 秀貴
未来を創るDX
~デジタルが加速させる社会のトランスフォーメーション
真のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、個々の企業の効率化や価値創出を可能にするだけでなく、社会を大きく変える力を持っています。
本シリーズでは、DXを通じて社会におけるさまざまな課題に取り組み、新たな未来の創造を目指している企業・組織のキーパーソンに、変革実現までのチャレンジや課題克服のアプローチを伺いながら、単なるデジタル活用にとどまらない社会にとってのDXの意義を探ります。
伝統的工芸品の「博多織」を世界的なブランドへと成長させるべく変革に挑む株式会社岡野の5代目社主・岡野博一氏と、多くの企業のDXを支援してきたPwCコンサルティング パートナー神馬秀貴との対談。DXの本質について意見交換した前編に続き、後編では伝統工芸職人の育成や、消費者とのチャネルのトランスフォーメーションについて、そのあるべき姿と現場の課題を語り合いました。
神馬:
岡野さんのお話を伺い、伝統工芸とコンサルティングの世界には共通点があることに気がつきました。特に、優れた人材が競争の優位性をもたらすピープルビジネスである点と、その人材の育成が難しい点には共通する要素を感じます。伝統工芸品は気温や湿度などでも作り方が変わると聞きますが、コンサルティングも、対峙するクライアントや取り組むテーマ、相手の性格、一緒に働くメンバーなど、非常に変数が多いことが特徴です。変数が多いと体系化が難しいので、人材教育は「背中を見て学べ」といった発想にどうしてもなりがちです。職人の世界にもそういった側面があると思いますが、現代に適応した人材育成のあり方について取り組まれていることはありますか。
岡野氏:
伝統工芸の職人は、ごくわずかしかいない超プロフェッショナル人材です。その意味では、プロスポーツの第一線で活躍する野球選手やサッカー選手の数とあまり変わりません。そんな希少な彼らを守り、育てるには、相応の報酬システムを整えることが第一の要件となります。また、職人を育成するにあたって、ご指摘の通り徒弟制度的な面があることは否めませんが、今の若者に「背中を見て学べ」というのは通用しません。私たちとしては、デジタルを活用してマニュアル化を進め、従来10年間かかっていた職人技術の習得期間を1年に短縮しようと考えています。それによって余った時間を使って、新たな技術開発に取り組むなど、別の苦労をしてもらいたいんです。質の高い苦労はすべきですが、先輩と同じ苦労をする必要はないというのが、私の考えです。もっと言えば、教えてくれる先輩はロボットでも構わないとさえ思っています。
神馬:
私も考え方は同じです。私たちも、勘と経験に頼っていた部分をデータ化し、人材育成に科学的な視点を取り入れて、現代的なアプレンティスシップ(徒弟制度)への変革を進めているところです。
岡野氏:
よく、AIが人間の仕事を奪うという話を聞きます。デジタルへの理解が不足しがちな職人たちのなかには、自分の仕事が奪われると恐怖を感じてしまう人も多いです。しかし、どれだけデジタル化や標準化を進めても、人間がやらなければならないところは絶対に残りますから、私は何も心配していません。
デジタルを活用してマニュアル化を進め、従来10年間かかっていた職人技術の習得期間を1年に短縮しようと考えています。
神馬:
人材育成の科学の次に、経営の科学──伝統工芸の事業経営に科学的な視点をどう取り入れ、生かしていけるのかについて、岡野さんのお考えをお聞きできますか。
岡野氏:
近年、マネジメント手法やデジタルのアルゴリズム、国際会計基準など、経営者・リーダーには広範かつ専門的な知識が求められるようになりました。この傾向は今後ますます加速するはずですから、今までのようにモノづくりと経営の両方を掛け持ちして指導していくことは難しくなるかもしれません。現業と経営は分離しなければいけないと考えています。例えば、芸能人やプロアスリートは、交渉や契約などの業務をマネージャーやエージェントに任せて、自身はプレイヤーとしての質の向上に100%注力します。私たちプロの職人集団も、経営を分離したほうが、もっと技術を深められるし、生産性も高められると思うのです。
神馬:
確かに、一部の業界では経営と現業の分離が確実に進んでいますね。今後デジタル化が進むと、分離された経営には、今まで以上にデータの活用が重要になってきます。なぜなら、デジタルネイティブな企業では組織がフラット化し、定常パターンの業務はAIが指示を出すようになり、人間は人間にしかできない意思決定に集中するモデルになっていくからです。これが、いわゆる「AI経営」あるいは「デジタル経営」と呼ばれる未来の経営モデルです。
一方、モノづくりの現場でも、デジタル化の進展に伴って機能のブロック化や専門化が進み、その組み合わせによって新商品が開発され、市場で顧客のフィードバックを受けながら進化するアジャイルなモデルが普及してきました。このようなデジタルを活用したモノづくりについて、岡野さんはどう考えていますか。
岡野氏:
伝統工芸品の多くは工程が多岐にわたり、何人もの職人の手を介してはじめて1つの商品が完成します。そんな手仕事の各工程をデジタル化するのは、やはり難しいことでしょう。しかし、全工程を俯瞰して職人の仕事をつなぐプロデューサー的な仕事なら、デジタルで自動化できる可能性があります。属人的な職人の世界と、デジタルによる管理のハイブリッド化が、未来の伝統工芸の姿かもしれませんね。
神馬:
コンサルティング業界では、オンラインでのコラボレーションが合理的かつ経済的になり、現場に実際に人を集めなくても質の高い結果を出せるようになったという変化があります。場所の制約を超えたこうしたデジタルなコラボレーションは伝統工芸にも取り入れることができるのではないでしょうか。
岡野氏:
伝統工芸の世界は縦割りですから、これまでは博多織、西陣織、大島紬などの間に横の連携は一切ありませんでした。しかし私たちの世代では、産地を超えたコラボレーションを進めたいと私は考えています。実際、当社では、京都の漆職人さんとコラボレーションして、博多織の生地に漆を塗ったカードケースを製作しました。また、有田焼の職人さんが作った「狛犬」に現代アーティストが絵付けした作品をプロデュースしたこともあります。伝統工芸だけではなく、アートの世界などとのコラボレーションも進め、今までにない工芸品をもっと世に送り出したいと考えています。さらにもう1つ、距離を超えたデジタルの活用という意味で私たちが取り組みたいと思っているのが、最終消費者と伝統工芸を直接つなぎ、オーダーメイド品を販売するプラットフォームの構築です。
神馬:
消費者とメーカーを直接つなぐ、いわゆる「D2C」(Direct to Customer)は、以前からPCメーカーなどで実践されていましたが、デジタル化が進んだことで近年一段上のレベルに達しています。工場のデジタル化が進んでいるメーカーでは、カスタムオーダーを受注してからわずか数時間で出荷できるところまできています。高度な予測モデルによりリードタイムの短縮を実現しているうえ、在庫管理コストも工場用地も少なく抑えられるなど、モノづくりの現場は大きく変わってきています。
岡野氏:
まさに私たちも、伝統工芸品の受発注を科学的視点で高度化するために、プラットフォーム開発の別会社を立ち上げたところなのです。伝統工芸の最大の課題は、消費者と職人を結ぶ受発注の仕組みがないことにありました。実は先日、某プライベートバンクの方から「人間国宝の先生に作品を作ってもらいたいというお客さまがいるのだが……」という相談を受けたのです。人間国宝への依頼そのものは可能です。しかし、購入側に相応の知識がないとそもそも発注すること自体が困難だという点が、伝統工芸の世界の課題です。例えば、オリジナルの漆器を作ってほしいと思っても、木地や漆の知識がなければ、どう注文すればいいか分かりませんよね。そこで私たちは、一般消費者でも項目リストを選ぶだけである程度要素を絞り込むことができ、そこから職人やメーカーとチャットやオンラインミーティングで直接話せるプラットフォームができないかと考えています。それが実現すれば、在庫を抱える「待ち」の商売から脱し、お客さまの注文を受けて商品を生産する仕組みが成立して、伝統工芸の世界に変化の風を吹き込むことができると思うのです。
神馬:
そのプラットフォームがあれば、お客さまが何を求め、どのパーツで迷っているのか、価格はいくらが適正なのかが明確になり、それをもとに需要予測が可能になりますね。そういう意味でデジタルの世界は、コモディティよりも変数が多い伝統工芸品に向いているのかもしれませんね。
岡野氏:
私は、「文明」とは物事を便利にしたり効率を高めたりすること、「文化」とは人を幸せにしたり豊かにしたりすることだと考えています。これを言い換えれば、DXはテクノロジーを使った「文明」ですが、そこに心が伴わなければ「文化」にはならない。最近私が人によく話すのは、「“効率”よりも“幸率”が大切」という言葉です。DXで効率が上がっても、その一方で人が不幸になるようであれば、世界はディストピアへ向かってしまいます。私たちは文化産業の担い手として、「心が幸せになっていますか」と世の中に問い続ける責任があります。もちろん、文明を担うテクノロジーも積極的に活用しますが、文化と調和することが大前提であり、どちらか一方を追い求める話ではないと思っています。
神馬:
最近携わったスマートシティの実証実験で、今お話しされた“幸率”と似た話がありました。スマートシティというと交通や人の動きをデータで管理・制御する効率性が注目されますが、このプロジェクトではKPIとして「幸福度指数」を採用してはどうか、という議論がありました。その街に「もう一度行きたい」「ふるさと納税で貢献したい」「今回は日帰りだったけれど次は2~3泊したい」など、そんな発信をとらえて幸福度指数としてカウントすれば、数値の上昇に伴って街に暮らす人や訪れる人の行動パターンが変わり、真のスマートシティに成長していくのではないか、というものです。結局、どのような価値を生むためにデータを集めるのかをしっかり定義することが、街づくりやモノづくりにおけるDXの根幹ではないかと感じました。
岡野氏:
おっしゃる通りですね。幸福度の指数を上げるためにデータが必要なのであれば、それは積極的にやるべきだと思います。
神馬:
最後の質問になりますが、次の100年先、200年先まで博多織を残すために、これから取り組みたいことについて、お聞かせいただけますか。
岡野氏:
その答えは、中国古来より伝わる「服は薬」という言葉にあると思っています。古の時代、病気の原因は「冷え」と「傷」でした。人間は冷えを防ぎ、傷から身を守るために「衣服」を発明しました。衣服が発明されたことにより、人間の寿命は大幅に延びました。その原点に立ち戻り、いずれは「衣は医なり」のコンセプトで博多織とメディカルをつなげていきたい──それが私の描く100年後の世界です。
神馬:
産業や文明の進化とともに、いろいろなものが機能分化しましたが、人は常に「健康でいたい」「家族を幸せにしたい」という根源的なニーズを抱えています。衣と医の再構築は100年後の未来にも、高い“幸率”を人間に提供することになるでしょうね。
伝統工芸品と一般企業。一見、かけ離れた存在のようですが、岡野さんのお話を伺うと、驚くほど共通する部分があることが分かりました。特に、「時代に合わせて変わらなければ生き残れない」という点は、企業のDXにも通じるところです。岡野さんが思い描く博多織とメディカルの融合がどのようなかたちで実を結ぶのか、とても楽しみです。また、PwCではデジタルを活用して時代に合わせた変身を遂げる企業を、これからも積極的に支えていきたいと決意を新たにしました。(神馬)
1971年、福岡県生まれ。26歳の時に本家が営んでいた伝統的工芸品博多織の工房を買収。㈱岡野・代表取締役(博多織元 5代目)に就任。伝統工芸の構造的な問題解決のために持続可能なビジネスモデル構築に取り組み、着物業界初の製造小売り体制を確立。日本発の世界ブランドの構築に挑戦中。アーティスト・工房支援の株式会社風土の取締役も務める。
外資系コンピューターメーカーに勤務した後、戦略系コンサルティング会社での20年にわたる経験を経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。PwC Japanグループ全体のCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として、デジタル戦略推進活動をリード。
企業戦略策定から組織改革、IT戦略の策定・推進、新規事業設立などの実行支援まで、幅広いクライアントサービスを手掛けている。また近年は、さまざまな業種のDX/全社改革プロジェクトをリードしている。『デジタルチャンピオン~変化適応と新価値創造のための思考とその戦略~』(東洋経済新報社)の監修・執筆を行う。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。