次世代医療基盤法がもたらす医療情報の利活用推進への期待

「次世代医療基盤法」が目指すデータ利活用

「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」(以下、次世代医療基盤法)は、蓄積された医療情報を利活用し、健康・医療に関する先端的研究開発および新産業創出を促進することを目的として2018年5月11日に施行されました。施行から4年以上の月日が流れましたが、医療情報の利活用は十分には進んでいません。しかしながら、医療情報の利活用推進のうえ、乗り越えなくてはいけない課題が徐々に明確になってきました。

次世代医療基盤法の成立以前にも、「個人情報の保護に関する法律」(以下、個人情報保護法)に基づき、医療機関によって匿名加工されたデータを製薬会社が入手・利用することは可能でした(図1)。しかし、①匿名加工の責任が医療機関に残るため医療機関の心理的ハードルが高い、②医療機関単位で匿名化が行われるため、医療機関をまたいだデータの結び付けや収集ができない、③医療機関が匿名加工を委託する際に、適切な匿名加工能力を有する事業者を判断することが難しい、④本人の同意なく、匿名加工された医療情報を第三者に提供されてしまう、といった課題がありました。これらの課題により、医療情報の利用は限られた範囲で実施されるという状況に留まっていました。

図表1:次世代医療基盤法成立以前の医療情報の利活用

オニールレポートによる薬剤耐性に起因する死亡者数と COVID-19による世界の累積死亡者数

内閣官房健康・医療戦略室「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律について」*1を基にPwC作成

個人情報保護法に基づいたデータ利活用における問題を受けて、個人情報の保護に配慮しつつ、医療情報を円滑に利用することができる仕組みを整えるために次世代医療基盤法が作られました。この法律により、それまで医療機関が実施していた匿名加工を、国が認定した医療情報の匿名化技術を有する事業者(認定匿名加工医療情報作成事業者、以下、認定事業者)が行うことになりました。その結果、病院は匿名加工の責任を負うことなく、信頼する事業者を通じてデータを提供することができ、また、認定事業者は複数の医療機関をまたいだ医療情報を統合したデータベースを構築することができるようになりました。さらに、本人が医療情報の提供を望まない場合に情報提供を拒否することができるオプトアウトも整備されました(図表2)。

図表2:次世代医療基盤法に基づいた医療情報の利活用

オニールレポートによる薬剤耐性に起因する死亡者数と COVID-19による世界の累積死亡者数

内閣官房 健康・医療戦略室「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律について」*1を基にPwC作成

「次世代医療基盤法」の活用

次世代医療基盤法に基づいたデータ利活用は、2020年10月頃からいくつかの民間企業や大学研究機関で行われるようになりましたが、依然として医療情報の利活用が活発になったとは言えない状況が続いています。また、利用目的としては新規事業創生に向けたフィージビリティスタディ、特定の疾患群に対する後向き研究などが多くを占め、新薬の開発や未知の副作用の発見などを含めた幅広い活用には至っていません(図表3)。このような状況を打破するためには、以下の3つの課題の解決が必要と考えられます。

図表3:次世代医療基盤法に基づく認定事業における利活用実績一覧

※一般社団法人ライフデータイニシアティブの医療情報の利活用実績(2021年11月時点)

No. 承認日 課題名 活用者区分
1 2020年10月20日 乳癌のサブタイプ別、治療実態を探るための千年カルテデータのFeasibility アカデミア
2 2020年10月20日 がん患者の臨床アウトカムにおけるEHRデータベースを用いた評価方法の後ろ向き研究 民間企業
3 2021年1月15日 自己免疫疾患領域における寛解指標のフィージビリティ確認 民間企業
4 2021年3月5日 検査値等を用いたウイルス性肝炎患者研究のフィージビリティスタディ 民間企業
5 2021年5月26日 検査項目の多施設突合手法開発を目的とした研究 アカデミア
6 2021年5月26日 非構造化データの評価方法確立を目的とした研究 民間企業
7 2021年7月15日 希少疾病領域における症状把握を目的としたフィージビリティ検証 アカデミア民間企業
8 2021年7月15日 乳がんデータ項目に関するフィージビリティ調査 民間企業
9 2021年8月31日 匿名加工医療情報のAI研究への利活用可能性の検討 アカデミア
10 2021年9月28日 心不全データベース研究のためのFeasibility調査 民間企業
11 2021年10月26日 感染症に対するTreatment flow 及び 関連医療費の推計 民間企業
12 2021年10月26日 がん患者の臨床アウトカムにおけるEHRデータベースを用いた評価方法の後ろ向き研究-自然言語解析- 民間企業
13 2021年11月30日 肺がん・乳がん患者の治療実態把握及び病気の進展に関する因果探索 民間企業
14 2021年11月30日 電子カルテのテキストを活用したRECIST評価の辞書作成 アカデミア

内閣府 健康・医療戦略推進事務局「「次世代医療基盤法」の施行状況等について」*2を基にPwC作成

 

1つ目の課題として、利用可能な医療情報の量が少ないことが挙げられます。

当社インタビューにおいても、製薬企業からは「まだ次世代医療基盤法で集められた情報が量的に『全国の縮図』には至っていない」との声が寄せられています。より多くの医療情報を集めるには、患者に対して情報提供について詳しく説明したり、収集した医療情報を認定事業者に提供する役割をもつ医療機関の協力が不可欠です。そのためには、医療施設に対して次世代医療基盤法自体についての説明や医療情報の利活用がもたらす社会への還元の実例を周知すると同時に、国民に対しても個人情報の安全性に加え、提供することによるメリットを理解してもらう活動を増やすことで、積極的な医療情報の収集を進める活動を実施すべきと考えます。また医療機関からの協力を得るためには、医療情報を提供するインセンティブを強化するなど、医療機関のモチベーションを上げる状況を作ることも重要になると思われます*3

2つ目の課題は、データの質が医療分野における幅広い研究開発に適したものではないということです。

医療分野の研究における有用性という観点から考えると、特異な情報が削除され、加工後は元データに紐づけられないという匿名加工情報の特性から、以下のような使いにくさが存在することが次世代医療基盤法ワーキンググループでも議論されています*3

  • 数が少ない症例を削除しなければならず、医学研究上有用なデータほど得られない
  • 個別サンプルのデータの真正性を確認したい場合に、カルテに立ち返った検証ができない
  • 患者個人の状態の時系列変化を追いかけるための継続的なデータ取得ができない
  • 個別サンプルをさらに発展的に研究したい場合に、カルテ内の他のデータを追加取得できない

次世代医療基盤法施行後も個人情報保護法に基づいて匿名加工が行われていますが、個人情報保護法は対応表を破棄し、匿名加工情報と元データとの完全な断絶を求めているため、医療分野の研究との親和性が低いと言われています*3。医療情報の利活用を進めるためには、個人情報を保護しつつ、必要とされる医療情報の実態に即した匿名加工を目指していくことが必要と考えられます。

3つ目の課題として、データ取得における管理の不徹底があります。

最近では、同意取得がされていない医療情報を、認定事業者が誤って取得していたという事案が発生しました*4。認定事業者および医療情報の提供を行う医療機関の数を増やす方向に検討が進められていた中での今回の不適切利用は、医療情報の利活用事業に対する信頼を失墜させる出来事となりました。今後は、オプトアウト通知の簡略化や医療情報の取り扱い方法の統一などを通して、あらゆる医療機関および認定事業者が適切な手順に従って医療情報を扱えるようにすることが一層求められます。

なお、附則に定められた施行後5年見直しに向けては、上記の課題を踏まえて次世代医療基盤法の改正に関する検討が進められています。見直しに向けた検討事項は匿名加工医療情報の利活用、多用な医療情報の収集、認定事業者による確実な安全管理措置の実施の3つに大別され(図表4)、2022年内を目途に改正に向けた検討の最終取りまとめが行われる予定です*5

図表4: 次世代医療基盤法の見直しに向けた検討事項

検討事項 論点

匿名加工医療情報の利活用

利活用を推進する観点からの匿名加工医療情報の在り方

薬事目的での匿名加工医療情報の利活用を推進する取り組み

利活用者が情報を探索・活用しやくするような取り組み

多様な医療情報の収集

医療機関等におけるオプトアウト通知の在り方

協力機関・提供医療情報件数の拡大に向けた取り組み

レセプト情報・特定健診等情報データベース (NDB)などの公的DBや既存の民間DBとの連携

死亡日・死因、学校健診情報などの収集に向けた取り組み

認定事業者による確実な安全管理措置の実施

匿名加工および情報セキュリティに関する取り組み

内閣府 健康・医療戦略推進事務局「次世代医療基盤法の見直しの方向性について」*5を基にPwC作成

医療情報活用の推進に向けた製薬企業への期待

医療情報の利活用活発化に向けて製薬企業に期待されることは、利活用を考える上で現在どのような懸念があるか、どのような仕組みがあればもっと利活用しやすくなるかという意見を出し、次世代医療基盤法をブラッシュアップするための議論に参加することです。また、使用したいと思う医療情報を共有することで、有用なデータベースの構築に貢献することもできます。医療情報に限らず、諸外国に比べ日本では限られた企業が特定の範囲で情報を利活用するに留まっています。より多くの製薬企業から得られた意見を活用し、制度の利用と改正を繰り返すことが、日本における医療情報の利活用を推し進めることにつながると考えます。

総括

次世代医療基盤法が施行されて一定の期間が経過しましたが、いまだ医療情報の利活用は十分に進んでいません。一部の民間企業や大学研究機関でデータベースを使った研究が行われるようになってきていますが、医療情報という資産を効果的に活用するには、産学官がより一層連携する必要があります。特に、医療分野において社会に大きなインパクトをもたらす製薬企業には、臨床試験の対照群をRWD(リアルワールドデータ)で代用する、市販後調査の情報収集にデータベースを利用するなど、実際に医療情報を利活用することや、医療情報の利活用環境の整備に向けた意見を出すことが求められています。このような取り組みを通して医療情報を積極的に使うことが、将来的には製薬会社の発展ならびに国民の健康維持・向上にも寄与していくことでしょう。

参考

*1:医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律について(内閣官房 健康・医療戦略室 2017年10月4日)

*2:「次世代医療基盤法」の施行状況等について(内閣府 健康・医療戦略推進事務局 2020年12月20日)

*3:次世代医療基盤法検討WG これまでいただいたご意見の整理(案)(内閣府 健康・医療戦略推進事務局 2022年4月20日)

*4:次世代医療基盤法の認定事業者による医療情報の不適切取得事案について(内閣府 健康・医療戦略推進事務局 2022年9月20日)

*5:次世代医療基盤法の見直しの方向性について(内閣府 健康・医療戦略推進事務局 2022年6月6日)

執筆者

高橋 志穂美

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

増井 郷介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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