電力・ガス小売全面自由化から約10年。燃料価格の高騰や、絶え間ない顧客獲得競争の激化に、多くの事業者が消耗戦を強いられています。このような厳しい経営環境の中、多くの企業が顧客ロイヤルティの重要性を認識し、その指標としてNPS(ネット・プロモーター・スコア)等を導入するなど、顧客の声に耳を傾ける企業は増えました。
しかし、そのスコアは本当にビジネスの成長、すなわち経営成果につながっているでしょうか?
「全社的にNPSを導入し、顧客の声を集めてはいるが、具体的な収益向上への道筋が見えない」
「顧客体験の改善活動が、コールセンターやWebサイトの改修といった“部分最適”にとどまり、経営インパクトを説明できない」
「そもそも、NPSのスコアの上下が、自社のPLにどう影響するのかが分からない」
もし、このような課題を感じているのなら、それはNPSを「顧客満足度調査の延長」として捉えているからかもしれません。これからの時代に求められるのは、NPSで可視化した顧客の「感情」や「意向」を、LTV(顧客生涯価値)という経営インパクトに転換するという強い意志と、それを実現するための戦略です。
今や多くの事業者が電力・ガスの供給だけでなく、「創る(太陽光)」「貯める(蓄電池)」「賢く使う(EV関連サービス)」といった新しいサービス展開に取り組んでいます。しかし、なぜ決定的な差が生まれないのでしょうか。それは、各施策が「商材ラインナップの拡充」にとどまり、その真の価値を測る「モノサシ」を持っていないからではないでしょうか。
これからの成長の鍵は、単にサービスを増やすことではありません。顧客に「感動体験」をデザインし、その成果を「EGR(Earned Growth Rate)」という新しい経営指標で測定・マネジメントすることにあります。本稿では、この新しいロイヤルティ戦略を具体的に解説します。
多くのエネルギー事業者が、電力・ガスに加えて太陽光、蓄電池、EV関連サービスなどを提供し始めています。しかし、その多くが、顧客単価向上のための「クロスセル」にとどまってはいないでしょうか。顧客に個別の商品をバラバラに提案するだけでは、本質的な差別化にはつながりません。
LTV(顧客生涯価値)を飛躍させる鍵は、これらのサービスを顧客一人一人の課題を解決するために組み合わせ、単なる利便性を超えた「感動体験」をデザインすることにあります。
例えば、
このような「感動」や「安心」といった強い感情を伴う体験こそが、顧客を単なる「利用者」から、企業の価値を自発的に語ってくれる熱心な「推奨者(プロモーター)」へと変えます。目指すべきは、推奨者を生み出す「体験価値の最大化」です。
では、この「感動体験のデザイン」という、一見すると定性的な取り組みが、本当にビジネスの成長エンジンとして機能しているのかを、どうやって証明すればよいのでしょうか。
その問いに答えを出すのが「EGR(Earned Growth Rate:プロモーター獲得成長率)」です(図表1)。EGRは、「顧客の推奨や口コミによって、どれだけ“自律的”に成長したか」を測定します。これにより、NPSだけでは測れなかった「推奨の意向」と「実際の売上」が結びつきます。
図表1:EGRの考え方
例えば、同じ増収率30%のA社とB社がいるとします(図表2)。
A社(EGR+10%):顧客基盤が安定しており、ロイヤル顧客からの紹介や口コミによる新規顧客が多いため、広告費を抑制しても健全に成長している。まさにLTVの3つのエンジンが力強く回っている状態です。
B社(EGR-30%):顧客の離反が多く、その大きな穴を埋めるために、常に多額の広告費や販促費を投下して新規顧客を獲得している。売上は伸びていても、利益率は悪化の一途をたどる、まさに「自転車操業」の状態です。
どちらがより健全で、5年後、10年後も持続的に成長している可能性が高いかは一目瞭然です。EGRは、企業の成長が「お金で買った成長」なのか、「顧客からの信頼によって得られた成長」なのかを明確に区別し、経営の健全性を映し出す鏡と言えます。投資家たちも、企業の将来性を判断する上でEGRを重視し始めています。
図表2:増収率とEGRの違い
EGRを導入することで、経営は新たな次元の洞察を得られます。
つまり、EGRは「顧客体験」という無形の価値を、「推奨による顧客獲得」という具体的な経営成果に転換するための羅針盤であり、持続的な競争優位の源泉となります。
この顧客体験を軸としたEGR経営を、具体的にどう実行するのか。私たちは、以下の4ステップで着実に変革を実現できると考えています。
NPS調査や顧客インタビューを通じて、既存の不満点(料金プラン、問い合わせ対応など)だけでなく、顧客が「こうなったら嬉しい」と感じるエネルギー利用に関する潜在的なニーズ(=感動の種)をデータに基づいて発見します。
発見した不満点を優先的に解消し、解約率を着実に低下させます。これは、新しい価値提案を受け入れてもらうための土台となる信頼関係を築く、事業の根幹をなす重要なステップです。
信頼関係を築いた顧客に対し、Step1で見つけた「感動の種」を具体的なサービスパッケージ(例:EV連携プラン、防災レジリエンスプラン)としてデザイン・実装します。「安心」「お得」「楽しい」といった感情価値を伴う体験を提供し、熱心な推奨者(プロモーター)を創出します。
EGRを導入し、「どの体験が、どれだけ推奨(オーガニックな新規獲得)につながったか」を定量的に測定します。成果の高い施策に投資を集中させるとともに、紹介プログラムなどで推奨行動を促進し、広告費に依存しない健全な成長サイクルを確立・加速させます。
もはや、エネルギーを安定供給するだけでは顧客に選ばれ続けることはできません。これからのエネルギー事業者に求められるのは、単なるサービスの追加販売ではなく、顧客の体験をデザインし、その成果を「EGR」で測定しながら改善を続ける経営サイクルを確立することです。
この「顧客体験を軸としたEGR経営」こそが、コモディティ市場の消耗戦から脱却し、顧客との「絆」を真の「競争優位性」へと昇華させるための鍵となります。
本稿が、貴社の事業変革を前に進めるための一助となれば幸いです。
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