【CCS商⽤化の分岐点にある⽇本】―ノルウェーの先⾏モデルから導く、商⽤化後発国脱却への道筋―

  • 2026-08-31

日本のCCS実装が進まない本質的理由とは

2026年5月のCCS事業法※1施行により、試掘権・貯留権の創設、貯留事業の許可制度、導管輸送規制、さらには長期管理を見据えた制度が整備され、日本でのCCS実装は初めて事業として成立しうる制度基盤が整いました。長らく日本は、実装・商用化において欧米の先行国に後れをとってきました。CCS先行国の中でも、ノルウェーは北海油田開発で培った地下貯留技術を生かし、世界に先駆けてCCSを実用化してきた国と言えます。同国は1991年導入の炭素税という明確な価格シグナルでCCSへの投資動機を生み出すとともに、近年の大規模プロジェクトにおいて総事業費の過半を政府が負担するなど、補助の面からも初期投資リスクを引き受け、商用化を強力に後押ししてきました。翻って日本は、権利関係や事業者責任が不明確で投資の予見性が低く、事業の自立を支える価格シグナルや大規模な公的資金支援も欠く状況が続いていました。制度基盤が整った今は市場形成の初期段階にあると言え、企業側の観点として今後の競争優位を左右する投資判断のタイミングに入ったと考えられます。そこで今回は、政府のリスク負担と官民連携によってCCSを商用化に導いたノルウェーを比較対象とし、日本で企業投資を促すために必要な政策・事業環境を考察します。ノルウェーは日本と同じく海域貯留を中心に制度・インフラ整備を進めてきており、日本の課題・必要な政策支援を比較検証する対象として適していると考えられますが、本稿では、日本のCCS最新政策動向を踏まえ、今後のCCS政策に求められる方向性を整理します。

日本の最新政策動向

日本ではCCS事業法の成立・施行を受け、2025年には北海道苫小牧市沖や千葉県九十九里沖が特定区域に指定され、苫小牧沖では同年12月から試掘が開始されるなど、実際の貯留適地開発も動き出しています。また、2026年1月からはロンドン議定書改正の暫定適用※2により海底下貯留を目的としたCO₂の国外輸送も一定条件のもとで可能となり、海外貯留を含む事業展開の選択肢が広がりました。

一方で、貯留適地制約やコスト競争力、公衆理解といった課題は依然として大きく、投資を呼び込む仕組みの具体化が今後の鍵となります。政府は2026年6月、「CCS事業(パイプライン案件)の支援措置の在り方(中間とりまとめ)」※3において、初めて基準価格の算定方法の枠組みを提示しました。日本は、コスト差を補填する支援制度の設計を進めつつ、投資判断が問われる実装段階への移行期にあると位置付けられます。

ノルウェーに学ぶ、CCSの成功モデル

ノルウェーは、1996年開始の世界初の商業規模CCSであるスライプナー※4以来、約30年にわたりCCSを推進し、2025年には政府主導のロングシップ・プロジェクト※5が稼働を開始しました。その中核であるノーザンライツ※6は、世界初の越境型・オープンアクセス型CO₂輸送・貯留インフラであり、欧州各地で回収・液化されたCO₂を海上輸送し、北海の海底下に恒久貯留する仕組みです。

この先進性を支えるのが、国家主導の一貫した制度設計です。第一に、1991年導入の炭素税です。これにより、排出より貯留が経済合理的な環境を整えました。第二に、政府による民間リスクの大幅な軽減です。ロングシップでは総事業費※7約4,100億円のうち約2,750億円を政府が負担しました(約67%負担)。また、超過収益の国庫還元(ゲインシェア)により官民のバランスも確保しています。第三に、越境CO₂輸送協定の締結を通じ、CCSを国際ビジネスとして展開する制度的裏付けを整えました。さらに、北海油田の地質知見の活用や海底貯留の選択により、社会的受容性も確保しています。これらが相互に作用し、ノルウェーのCCSは実証から社会実装へと移行しました。

国際比較

ここでは政府主導で事業基盤を整備したノルウェーに加え、税額控除を軸に民間投資を促す米国と、政府が収益を長期保証し事業者リスク低減を図る英国も比較対象に挙げて見ていきます。日本のCCSは、ノルウェーや米国・英国と比較すると、炭素価格の明確性や補助制度の厚み、リスク分担の仕組みといった点でなお発展途上にあり、投資インセンティブや収益化環境で相対的に劣後しています(図表1)。こうした中、政府は2026年6月の「CCS事業(パイプライン案件)の支援措置の在り方(中間とりまとめ)」で基準価格と参照価格の差額を支援する制度案を示しました。経済産業省のCCS事業コスト・実施スキーム検討ワーキンググループから示された2030年度の想定基準コスト※8と、排出量取引制度(GX-ETS)を基にした排出量取引価格※9を参照価格としてPwCが試算したところ、日本の支援割合は約60%~76%程度となります※10。一見するとノルウェーのロングシップ・プロジェクトにおける政府負担割合約67%と同程度に見えますが、日本の支援案では排出量取引価格の上昇に伴って支援額も縮小していきます。一方、ノルウェーでは初期投資(CAPEX)に加え運営費(OPEX)も政府が一定期間支援し、初期商用化リスクを国家が積極的に負担する仕組みとなっています。このため、日本は制度整備こそ大きく前進したものの、事業者が長期的に投資できる環境としては依然ノルウェーには及ばず、さらなる支援制度の拡充が求められる状況です。

図表1:主要国におけるCCS事業環境の比較

主要国におけるCCS事業環境の比較

出所:経済産業省、EFTA Surveillance Authority、Global CCS Instituteなどの公表資料を基にPwCが比較作成

政策面におけるヒント

日本のCCS実装が進まなかった本質は、CO₂削減の価値が十分に価格に反映されない中で、巨額の投資を民間に求める構造にあります。ノルウェーは炭素税や公的投資、国際連携によりこの課題を克服してきました。日本への示唆は、①CCSコストを上回る水準のカーボンプライシング、②輸送・貯留インフラの共有化によるコスト低減、③海外貯留を含めた国際バリューチェーンの整備、④CAPEXだけでなくOPEXも対象とする公的支援の導入です。加えて長期的に安定した制度の下で、企業が安心して投資できる市場を形成することが求められます。

総括・日本企業への提言

ノルウェーの成功が示すのは、CCSが「技術実証」から「社会実装」のフェーズに移行しているという事実です。一方、日本は収益モデル・インフラ統合の面で具体化途上にあると言えます。

このフェーズにおける日本のエネルギー関連企業にとっては、CCSを個別設備への投資ではなく、排出源から回収・輸送・貯留までをつなぐバリューチェーン構築のインフラ事業として捉える視点が重要になります。ノルウェーのように今後本格化する官民によるリスク分担の枠組みを見据え、バリューチェーン全体の中で自社の役割や他社との連携を通じてどのような事業モデルを構築していくかなどを早期に見極めることが大切です。

私たちは、この課題に対してさまざまなソリューションを提供します。①国内外の制度比較に基づくCCSの制度設計・政策提言や、責任移転・支援スキームの構築、②CCSの構想・事業化支援として、排出源・輸送・貯留を統合したバリューチェーン設計と投資スキームの策定、③収益化モデルの構築では、カーボンプライシングとの連動やクレジット創出・需要連携による事業採算性確保、④海外CCSハブとの連携戦略として越境輸送やオフテイク契約を含む国際連携の道筋の作成などを支援します。

PwC Japanグループは、グローバルの知見と国内政策への深い理解を掛け合わせ、日本に適したCCSビジネスの早期立ち上げと国際競争力の確立を支援してまいります。

※1 CCS事業法:二酸化炭素の貯留事業に関する法律(令和6年法律第38号)
詳細はこちら(外部サイト)

※2 外務省「千九百七十二年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約の千九百九十六年の議定書の二千九年の改正(略称:ロンドン条約千九百九十六年議定書二千九年改正)」2026年4月8日
詳細はこちら(外部サイト)

※3 経済産業省「中間とりまとめ(原案)CCS事業(パイプライン案件)の支援措置の在り方について」2026年6月12日
詳細はこちら(外部サイト)

※4 スライプナー・プロジェクト:北海スライプナー油田におけるCO₂を注入・貯留するプロジェクト。1996年以降、年間約100万トン規模のCO₂を貯留

※5 ロングシップ・プロジェクト:ノルウェー政府が主導する、産業由来のCO₂を回収・輸送・貯留する世界初の国際的なフルスケールCCSバリューチェーン構築プロジェクト。ノルウェー史上最大級の気候関連投資として位置付けられている

※6 ノーザンライツ:ロングシップ・プロジェクトの中核を担うCO₂輸送・貯留事業。エクイノール、シェル、トタルエナジーズの3社による合弁会社が運営し、欧州各国から排出されたCO₂を受け入れて海底下に恒久貯留するサービスを提供

※7 ノルウェー政府「The Government launches ‘Longship’ for carbon captureand storage in Norway」(2020年9月21日)参照。総費用は251億NOK、国の負担分は168億NOKと記載あり。為替は2026年7月1日時点のレート:1ノルウェー・クローネ=16.4円で換算
詳細はこちら(外部サイト)

※8 2030年度の想定基準コスト:10,800円/t-CO₂(陸上輸送)~18,200円/t-CO₂(海上輸送)。経済産業省「第3回 CCS事業コスト・実施スキーム検討ワーキンググループ 資料4(CCSバリューチェーンコスト)」2022年10月31日参照
詳細はこちら(外部サイト)

※9 GX-ETSを基にした排出量取引価格:4,300円/t-CO₂(2026年度の参考上限取引価格)。本稿では試算上の参照価格として使用
詳細はこちら(外部サイト)

※10 試算方法:コスト差支援価格(基準価格-参照価格)÷基準価格

執筆者

神島 文平

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

小澤 まみ

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

PwC Japanグループのニュースをお届けします

本ページに関するお問い合わせ