【2025年】PwCの眼(1)

SDV時代を支えるクラウド環境の進化と挑戦

  • 2025-06-30

SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)が実現する世界においては、車両は単なるハードウェアではなく、モビリティサービスを提供するソフトウェアプラットフォームとなる。そして、そのプラットフォームの一部を構成する重要な要素がクラウドである。

SDVでは、車両におけるリアルタイムの操作やモニタリング、データ処理がクラウドを介して実行され、各車両が生成するデータは、単なる車両運行情報にとどまらず、ユーザー体験を向上させる多様なデータを含む。例えば、エンジンの動作状況や車内の快適さを測定するセンサー情報、ユーザーのハンドル操作の傾向を示すデータ、課金や決済に必要となるサービス利用情報などさまざまである。これらの情報をリアルタイムで処理し、クラウド側で分析・最適化するため、クラウド環境は極めて高いスケーラビリティとデータ処理能力を持つ必要がある。

さらには、車両からのデータが、単一のクラウドに保存されるだけではなく、SaaS(サービスとしてのソフトウェア)を含め複数のクラウド環境にまたがって処理されるケースも増加する。このような状況下で、クラウド環境は分散型でありながらも、一貫したデータ処理を行う能力が求められ、効率的かつスケーラブルなクラウドアーキテクチャの設計と実装がますます重要となる。

これらのSDV開発を支えるためには、クラウドネイティブアーキテクチャの採用が不可欠である。クラウドネイティブアーキテクチャは、動的な要件に適応するスケーラブルで柔軟なシステムを構築することを目的とする。主要な要素には、異なる車両環境での一貫したソフトウェア展開を可能にするコンテナ化や、自動運転やインフォテインメントなどの機能をモジュール化してシステムの柔軟性を高めるマイクロサービスアーキテクチャが含まれる。イベント駆動型アーキテクチャは、センサーや運転データを即時のシステム応答のトリガーとして処理することで、リアルタイムの意思決定をサポートするだろう。

また、SDVを実現するためのクラウドインフラは、単なるスケーラブルなシステムだけではなく、柔軟性と信頼性を両立させる必要がある。クラウドインフラの信頼性向上には、障害を前提とした「Design for Failure(デザインフォーフェイラー)」の設計思想が重要である。これは、システムが障害を発生してもサービスを継続できるよう冗長化を図るアプローチである。また、カオスエンジニアリングを用いて意図的に障害を発生させ、システムの耐性を検証することで信頼性を高めることも有用だ。

さらに、オブザーバビリティを活用し、システムの状態をリアルタイムで監視し、異常を早期に検知することで、SDVの高い可用性と信頼性を維持する。オブザーバビリティは、ログやトレース情報を収集し、システム全体の振る舞いを可視化することで、異常検知やパフォーマンスの最適化を可能にする。これにより、迅速な根本原因分析と対応策の実施が可能となり、高い可用性を維持しながら運用を継続できる。

昨今の生成AI(人工知能)に代表されるようにテクノロジーの進化のスピードは激しい。利用者に新たな価値や体験を提供し続けるソフトウェアプラットフォームであるSDV自体と同様に、それを支えるクラウド環境も一度構築して終わりということではなく、新しい技術や思想を適宜取り入れながら、進化し続けていくことが求められる。


※本稿は、日刊自動車新聞2025年1月27日付掲載のコラムを転載したものです。
※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。


執筆者

中山 裕之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

鈴木 直

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email


日刊自動車 連載寄稿

68 results
Loading...

【2025年】PwCの眼(5)企業のサステナビリティ対応は統合的アプローチに昇華する

カーボンニュートラルに向け、エコカーの生産・販売にシフトしてきた完成車メーカー各社ですが、一方で事業において気候・自然・人権の負荷を同時に高めてしまうリスクが現実味を帯びてきています。課題を可視化し、コスト低減と価値創出を両立させるために企業がとるべき統合的アプローチについて考察します。(日刊自動車新聞 2025年6月2日 寄稿)

【2025年】PwCの眼(4)企業価値向上のための投資家視点の把握とデータ分析のススメ

PER(株価収益率)の改善を企業側で能動的に行うには、投資家が企業のどのような活動や成果に注目して事業リスクや成長に係る期待形成を行っているかの「投資家視点」を理解することが対応への第一歩となります。 投資家視点を理解するための情報収集・分析のススメについて考察します。(日刊自動車新聞 2025年4月14日 寄稿)

【2025年】PwCの眼(3)SDV時代の法規制対応の難しさ

車の価値がハードウェアからSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)へ移行したことによって、高度なサービスが提供されると同時にソフトウェアの複雑さとサイバー攻撃への脆弱性が増すことになります。これからは、情報を守るための仕組みや組織体制づくりを行い、法制度の高度化や高速化に備えていくことが重要となってきます。(日刊自動車新聞 2025年3月24日 寄稿)

Loading...

関連情報

20 results
Loading...

ISO/PAS 8800:2024―Safety and artificial intelligence 安全性と人工知能―量産向け自動車開発へのAI適用

近年、自動車業界においてもAI技術の革新が進んでいます。 新たな安全規格となるISO/PAS 8800の文書構成や既存の安全規格(ISO 26262, ISO 21448)との関連性について概要を整理するとともに、AI安全管理およびAIシステムの保証論証について紹介し、AIシステム開発における課題について考察します。

日本の強みを生かした新産業創造の必要性(前編) 採るべき戦略はマルチパスウェイ。多様化するエネルギー利用のなかで、水素エンジンが持つ役割とは

京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、水素社会実現に向けた内燃機関やマルチパスウェイの重要性について議論しました。

日本の強みを生かした新産業創造の必要性(後編) 国内二輪車メーカー4社が、水素エンジンの技術研究組合を組成。見据えるのは、産官学・サプライヤーとの連携

京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、産官学連携での水素エンジンの研究開発の重要性と、具体的な課題について議論しました。

Loading...

本ページに関するお問い合わせ

We unite expertise and tech so you can outthink, outpace and outperform
See how