【2023年】PwCの眼(2)欧州炭素国境調整措置の自動車産業への影響

2023-06-02

2023年4月25日、欧州理事会は欧州炭素国境調整措置(CBAM)を定める法律を採択した。CBAMは、欧州が温室効果ガスの削減目標を達成するための気候変動政策パッケージの一環として導入される政策のひとつである。法案の採択を受け、2023年10月から開始されるCBAM移行期間中、欧州における輸入者に輸入品の含有炭素排出量などの報告が義務づけられることが確定した。2026年からの本格導入では、CBAM証書の購入によるCBAMコストの負担が開始される。

導入の目的は、EU域外からEUに輸入される特定品に、EU域内生産品と同等の炭素コストを課すことで、輸入品と域内生産品の公平な競争環境を確保し、カーボンリーケージ(排出制限が緩やかな国への産業流出)を防ごうとすることだ。原産国で支払った炭素コストをCBAMコストから減額可能な仕組みも設けられており、EU域外の国における脱炭素化を促す意図もある。

CBAMの課税対象は、水素、電気、セメント、肥料、鉄鋼、アルミニウムの各分野の製品であり、鉄鋼製品の中にはねじやボルトなども含まれる。対象製品は移行期間終了までに検証される予定で、将来的には拡大される可能性もある。現時点で完成車や自動車部品は対象外だが、欧州の自動車製造においては、原材料の調達時にかかる間接的なコスト増加が予想される。

実際のCBAMコストの負担は2026年以降の開始だが、EUの輸入企業はもちろんのこと、EUのサプライチェーンや貿易コンプライアンスを統括する役割を担う企業は、CBAMの本格導入によるコストの影響を事前に見極めていくことが推奨される。特に、現地日本企業が欧州域内の完成車、または部品の製造工場で材料として鉄鋼製品を欧州域外から調達する場合はCBAM導入による影響をうける可能性が高い。2026年からの本格導入に先立ち、本年10月からの報告義務への対応のみならず、2026年以降のコストへの影響を見極め、将来的な戦略的なサプライチェーンに向けた検討が行われることが期待される。

また、CBAMにおける報告などの義務の履行者はEUの輸入者であるが、炭素価格の算定基礎となる生産過程で発生した実際の炭素排出量にかかる情報は輸出者や生産者が保有していると考えられる。そのため、EU域外の輸出企業がEUの輸入者から報告義務への協力を求められることも予想される。EUの輸入者は、実際の生産過程で排出された炭素量を把握できない場合は、デフォルト値を使った報告を行うことも認められている。一方で、実際の排出量やCBAMコストを把握するために、EUへCBAM対象品を輸出する企業に情報提供を求めることや、情報開示に対応する輸出企業を選好する可能性もあると考えられ、日本の輸出企業としても対応に向けた検討や準備が必要だ。

間接的には、欧州におけるCBAM導入をきっかけに、カーボンニュートラル実現に向けた自動車サプライチェーンにおける原料調達から生産工程での炭素排出量(カーボンフットプリント)の可視化のニーズが一層高まる可能性もあり、ビジネス環境に与える影響にも注視していく必要がある。

執筆者

濱田 未央

シニアマネージャー, PwC関税貿易アドバイザリー合同会社

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※本稿は、日刊自動車新聞2023年5月29日付掲載のコラムを転載したものです。
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