LCAで“品質”見える化を

2024-05-29

※本稿は、『日刊工業新聞』2024年4月25日付「経営リーダーの論点(4)」に寄稿した記事を再編集したものです。
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国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)の「パリ協定」(地球温暖化対策の国際的枠組み)の長期目標達成に向けてカーボンニュートラル(CN、温室効果ガス<GHG>排出量実質ゼロ)投資が過熱する一方、コスト先行に不安を抱く企業は多い。投資を競争力に変えるには、外部動向を捉えながら将来財務へのインパクトを可視化し、適切に投資する事業管理モデルが重要だ。環境品質をライフサイクルアセスメント(LCA)で把握し、競争を勝ち抜くケイパビリティの獲得が求められる。

2023年末にCOP28が開催され、パリ協定の長期目標達成に向けてグローバルで進捗を確認するグローバル・ストックテイク(GST)が初めて実施された。各国はGSTを踏まえて35年のGHG排出量削減目標を更新するPDCA(計画、実行、評価、改善)の枠組みを整備する。

日本ではGX(グリーン・トランスフォーメーション)推進法案が可決され、28年度から化石燃料輸入事業者に対して二酸化炭素(CO2)排出量に応じた化石燃料賦課金を、33年度から発電事業者に対する排出量取引制度(ETS)を導入する予定。カーボンプライシングなどのルール整備も進む。

一方、企業はカーボンニュートラルに向けた具体的なアクションが求められる。しかし、その投資は財務的にコストであり、コスト先行に不安を抱く企業は少なくない。

例えばサステナビリティー(持続可能性)に関する非財務情報開示に対する社会的要求の高まりを受け、多くの企業がGHG排出量を開示している。この結果、社会に対する貢献度や価値を把握できるようになったが、企業の価値がどれだけ向上したのかは把握・評価できないといった課題がある。

社会価値と企業価値は異なるだけに、将来のGHG削減目標やアクション策定とともに、どの程度の財務インパクトをもたらすかを可視化することが重要である(図1)。

図 1

財務インパクト 3つの出口

CN投資の財務に対する影響をプラスにするには、大きく三つの財務インパクト出口が想定される。それは①炭素税等の支払い・調達コスト増の回避②新規ビジネスの加速③ブランド向上である(図2)。

図 2

まず、①炭素税等の支払い・調達コスト増の回避は、直接的な炭素税もしくは企業に排出量の上限を設定し、余剰や不足排出量を市場取引するETS(排出権取引スキーム)により、GHG排出量を削減してカーボンプライシングに対する支払いを回避することなどを意味する。

欧州の炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、欧州域外からの輸入品に対してもETS取引価格に準じたカーボンプライスを課税する。このように、炭素制約が緩い国に生産移転するカーボンリーケージを防ぐ取り組みも始まる。また、自動車産業における企業平均燃費規制(CAFE規制)や新エネルギー車規制(NEV規制)における罰金、炭素クレジットなども実質的な炭素税と見なせる。カーボンプライスは市場や産業によって異なることに留意しなければならない。

続いて②新規ビジネスの加速は、革新的な製品や新サービスなどを環境負荷低減という付加価値によって加速させることである。輸送・電気・建設などの多くの工業製品において、ライフサイクルでGHG排出比率が高いのは使用時である。例えば輸送機器の場合、電動化や水素シフトなどのイノベーションが期待されるが、経済合理性だけではなく、環境価値によって市場への普及を狙える。製品の使われ方にも踏み込むことにより、使用時のCO2削減につなげる視点もある。

最後に③ブランド向上は、消費者に環境への取り組みや成果を発信し、単価アップや新規顧客獲得につなげる取り組みだ。消費者は生活用品だけではなく、家具・家電・自動車などの耐久消費財においてもプレミアムが上乗せされた商品を購入する意向がある。消費者の感度も製品・市場により異なり、企業の戦略に影響する。

将来の財務影響を踏まえて投資する考え方は、環境保全意識の高まりやCNの動きが活発化する以前から一般的だった。関税を回避するための生産拠点の配置、革新的な製品投入に向けた技術研究、技術力をアピールしたブランディングなど、企業は将来の財務影響を見据えて戦略的に活動している。

最適な管理モデル 構築必須

ただ、CNという新潮流で鮮明になった経営課題の本質は、ルールや消費者意識、コストドライバーなどの外部要因の変化が激しく、財務出口を含めた事業管理モデルの教科書が存在しないことにある。このため「外部動向の把握」「削減施策の立案(環境投資)」「利益貢献の明確化」による統合的な事業管理モデル(図3)の構築が重要となる。

図 3

先に述べたように、市場・製品・産業などによって事業環境が異なるため、企業ごとに最適な事業管理モデルを構築する必要がある。また、削減施策を利益につなげるには、GHG排出量という環境品質をLCAで見える化するケイパビリティも重要である。自社・サプライヤーが努力してGHG排出量を減らしても、その成果を正しく示す能力がなければ、財務価値につなげられない。

LCAにはサステナビリティーに関する非財務情報開示に求められる組織(企業)や、拠点単位の環境負荷総量を示す組織LCA、製品やサービスごとの環境負荷を示す製品LCAが存在する。組織LCAは製品やサービスの売り上げや販売数量の増減に伴って排出量も増減するが、製品LCAは類似製品・サービスで直接的に環境品質を比較できる。このため、組織LCAだけではなく、製品LCAの重要性が高まると考える。

LCAには2次データと呼ばれる一般的な排出係数を用いる計算方法と、企業が実測値にした1次データに基づいて計算・集計する方法がある。自社の取り組みや製品の価値を伝え、環境品質を見える化する視点で、データ収集・算出難易度が高い1次データを用いることが求められる。

日本の製造業は高品質を強みとしてグローバル競争を勝ち抜いてきた。CNや環境というビジネス変化においても、LCAというケイパビリティを早期に獲得し、環境品質を向上しながら競争を勝ち抜くことを期待する。

執筆者

細井 裕介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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