※本稿は、2025年4月に日経クロストレンドに寄稿した記事を再構成したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
前回の記事では、日本政府による「新たなクールジャパン戦略」いわゆる“リブート版”をテーマに、これまでのクールジャパン戦略を振り返りつつ、政府が目指す2033年の「海外市場規模20兆円」という目標の意図・妥当性や、現状の市場規模が11兆円程度は存在するというPwCコンサルティングの推計を踏まえてクールジャパン戦略が目指す未来の姿を検証しました。
本稿では、過去の「クールジャパン戦略」が苦しんだ要因を整理しつつ、海外展開の“成功例”と称される韓国コンテンツ産業の実情をデータから解明します。また、前回紹介したPwCコンサルティングの提唱するContentとそれを取り巻くCapital/Creator/Channel/Commerce/Communityの5つのC(以下、5Cモデル)を踏まえ、日本コンテンツの海外展開に関するポテンシャルや、日本企業ならではの勝ち筋についても展望します。
日本コンテンツの歴史を振り返るにあたり、はじめにメディア業界とコンテンツ産業の違いを確認しておきましょう。
コンテンツ産業は、もともとメディア業界と不可分の関係であり、両業界が連動する形で産業が発展してきました。映画であれば劇場、ドラマであれば放送(テレビ局)、マンガであれば雑誌・単行本などのメディアに依拠する形でその消費文化を定着化させてきました。つまり、コンテンツ産業とメディア業界は「垂直統合」の関係にあったと言えます。
ところが、デジタルなどのテクノロジーの進化により、現代においてはコンテンツ産業が「水平分業的」に展開されるようになりました。メディア産業という枠からアンバンドリングされたコンテンツ産業は国内市場を超えて海外に「輸出」することが可能です。具体的には、アニメ番組が従来の放送というメディアにとどまらず、動画配信サービスを通じて配信されるようになり、海外展開が加速していることなどが該当します。
次に、メディア業界の特徴について述べます。「メディア」とは、コンテンツを視聴者に届けるチャンネルであり、具体的には「放送・配信」、「配給」などが該当します。このメディア業界は、実は代表的な「内需型」産業です。「放送・配信」に関して述べれば、広告に支えられた無料で放送・配信するモデルと、視聴者から課金を徴収する有料放送・有料配信(月額課金モデル)の2つがあり、前者は「広告市場」が、後者は「視聴料収入」がメディア産業の市場規模を構成する要素となりますが、各国のメディア産業の市場規模とGDP(国内総生産)との比率を見てみると、メディア産業はGDPの2%から4%で推移するなど、各国の経済規模と比例した産業であることが分かります(図表1)。メディア業界は、経済規模や人口などと強い相関関係がある「内需型」産業なのです。
図表1:GDPに占めるメディア産業の市場規模の比率
一方で、コンテンツ産業は「メディア」の中で流されるソフトを指しており、メディア産業という枠からアンバンドリングされた産業です。そのため、コンテンツ産業は国内市場を超えて海外に「輸出」することが可能です。具体的には、アニメ番組が従来の放送というメディアに留まらず、動画配信サービスを通じて配信をされるようになり、海外展開されていることなどが該当します。
ここでコンテンツ産業の「輸出」という概念の定義を整理します。
一般的な製造業の場合、小売価格ベースの取引を100(製造コスト50、卸・物流コスト25、小売コスト25)とすると、政府の貿易統計でいう「国際収支」の輸出額は卸値であり、おおよそ50をベースにしています。
一方で、コンテンツ産業の場合、主にIP(知的財産)のライセンスを行うことで対価(ライセンス料、ロイヤルティー)を受け取ることが基本的なビジネスモデルです。従って小売価格ベースの取引を100とすると、コンテンツIPホルダーが受け取るライセンス料相場はおよそ5-10であり、本来はこれが輸出額となります。「新たなクールジャパン戦略」にて4.7兆円と言及されるコンテンツ産業の「輸出額」とは、この5-10ではなく、小売価格ベースの100であるため、本稿では誤解を避けるために、小売価格ベースの金額については「輸出額」ではなく「海外市場規模」という言い方をします(図表2)。
図表2:製造業とコンテンツ産業での「輸出額」の概念の整理
ここで「輸出額」を基に、米国、英国、フランス、韓国と日本を比較してみましょう。日本の代表的コンテンツであるアニメを含む映像コンテンツ(番組・映画)の輸出額がGDPに占める比率を見ると、日本のGDPに対する比率は英国や米国・韓国などの諸外国に比べて低い水準です。日本の強みと思われるアニメなどの映像領域でも、輸出は他国と比較してあまり進んでいない現状がうかがえます(図表3)。
図表3:GDPに占める映像コンテンツの輸出額の割合
では、一体何が日本のコンテンツ産業の輸出を阻んでいたのでしょうか。通説的にはこれまでさまざまな要因が指摘されています。例えば、言語やアジア人の外形的な障壁、制作費の規模感や撮影技術に起因するクオリティーの違い、企画やストーリーにおける「日本特有の歴史・文化的な背景」がグローバルには通用しない、などがあります。私たちは、これらの説が本当に正しい分析に基づいているのか検証してみる必要があると考えています。
結論から言うと、クリエイティブ(企画の面白さ、テーマの普遍性、制作予算の違いなど)とディストリビューション(劇場配給、放送、配信)でいうと、圧倒的にディストリビューションの未整備が日本コンテンツの海外展開が進まなかった要因であると考えられます。
日本に限らず、これまでコンテンツの海外展開におけるディストリビューションは未整備、あるいは非常に手間暇のかかる作業でした。
映画であれば、海外における映画祭に合わせて開催される見本市に出展をして、海外バイヤーに対する試写会を実施します。試写が終わった後に、個別の商談を設定して売り込みを行うわけですが、なかなかその場で商談がまとまるケースも少ないため、別途、時間をかけた商談が必要です。
またコンテンツ素材(映画の場合には上映するためのフィルム)を手配するのも大変であり、各国の通関手続きなどを経て、現地の代理店を通じて配給会社の手元に届き、そこから劇場にフィルムが配布されるというプロセスが必要でした。マンガなどの出版物、グッズなどの商品化も同様です。
その中で、地理的・言語的な障壁のある日本は、これまで日本コンテンツを海外に展開するためのディストリビューション網を確立してこなかった(あるいは非常に煩雑でコストのかかるプロセスであった)ために、数多くの国・地域における多数の海外ユーザーに対してコンテンツを届けることができませんでした。
結果として、日本コンテンツの認知も広がらず、事業も大きく成長しませんでした。これが日本コンテンツ産業の「輸出」がうまく進展していない最大の要因でしょう。
昨今、このディストリビューションの課題が解決されつつあります。2015年から日本でもサービスを開始したグローバルOTT(インターネットを通じてコンテンツを配信するメディアサービス)がコロナ禍を契機に世界中でアニメの配信を拡大させたことから、動画配信サービスを通じて海外に日本アニメが配信された結果として、海外において日本アニメの認知が拡大し、日本アニメの海外市場規模は急激な成長を続けています。
ここからは「コンテンツ産業の海外展開の成功例」として挙げられる韓国について、その実態や成功要因の分析を試みましょう。日本との比較では、2022年時点で日本のGDPは韓国の2.5倍、国内のコンテンツ市場規模は日本が韓国の2.5倍強という規模感です。
韓国コンテンツ振興院(以下、KOCCA)が発表している2022年のコンテンツ産業データを見ると、韓国国内の市場規模は放送(193億米ドル)・出版(187億米ドル)・ゲーム(165億米ドル)と続き、合計で1,119億米ドルの規模を持ちます。輸出額は計132億米ドルであり、そのうちゲーム市場が輸出全体の2/3(67.8%)を占めます。輸出先としては巨大市場である中国が最も大きく、日本、東南アジア、北米と続いています。
一方で、コンテンツの中でもドラマ・映画・アニメなどの映像コンテンツのみに注目すると、韓国映像コンテンツ産業が桁違いに海外展開に成功しているというわけではありません。2022年の輸出額では、日本の約882百万米ドルに比べて韓国は約1,179百万米ドルと1.3倍程であり、映画とアニメが強い日本、ドラマが強い韓国という違いはあるものの、規模は日本とも大きく変わりません(図表4)。つまり、日本の映像コンテンツ産業も非常に遅れている訳でもないことを、まずここで確認しておきましょう。
図表4:映像コンテンツの輸出額
放送コンテンツについて見ると、近年はSVOD(定額制の動画配信サービス)の登場で韓国コンテンツ受容の素地がさらに開拓されています。日本では2000年代から続く韓国ドラマブームの系譜がSVOD市場に引き継がれたのは言うまでもないですが、東南アジアでも日本同様に韓国発の放送・映画コンテンツがSVODにて人気を博しています。実際、2022年の東南アジアのプレミアムサービスでの視聴者の視聴時間を地域別に比較すると35%を韓国のドラマ・番組が占めています。他国と比較すると、米国のテレビ・映画コンテンツの約1.8倍、ローカルコンテンツの約2.2倍、中国のドラマ・日本のアニメコンテンツの約3倍消費されています。東南アジアにおける韓国ドラマブームは今に始まったことではなく、1990年半ばから2000年代にかけて官民が連携し、かつ他産業を巻き込みながらテレビコンテンツを輸出したことで、韓国ドラマの消費の素地を構築することができました。
“K-POP”の躍進が目覚ましい音楽産業において世界では北米を中心に人気を博しているような言説が多いですが、実態はどうでしょうか。図表5の韓国音楽産業の地域別の輸出額推移を見てみましょう。2017年時点で日本は輸出額全体の半分以上を占める321百万米ドルを誇り、その後北米などを中心に輸出額全体が1.8倍に増加した2022年でも、日本は全体の約4割の362百万米ドルを占めます。全体輸出額に占める日本の割合は年々低下していますが、見方を変えると輸出額自体は安定した状態で一定のまま推移しており、成長著しい韓国の音楽産業を支える重要な第一の消費国、という位置づけが浮かんできます。実際にBillboardの北米チャートと日本チャートを比較すると、北米では2021-2023年の3年間でHot100にランクインしたK-POPコンテンツは男性グループ1つのみですが、日本では2021年に女性グループが2つ、2022年以降も女性グループを中心に継続的に複数のK-POPアーティストがランクインしており、K-POP消費の安定的な素地は日本において築かれていることがうかがえます。K-POPに関しては、日本市場を足掛かりにしつつアジアや欧米に拡がりを見せていると言えます。
図表5:韓国音楽産業の地域別輸出額推移
韓国コンテンツは海外展開に成功していると言われることが多いですが、実際には「日本(や東南アジア)を戦略的に狙い撃ち」にする戦略が功を奏しており、日本や東南アジアのヒットを土台として北米・ヨーロッパへ着実に手を伸ばしているのが韓国コンテンツの海外展開における実態です。日本が韓国に学ぶべき点は多くありますが、決して「追いつけない」ほど韓国が海外展開に関して先行しているわけではありません。
製作委員会方式は、後述する5Cモデルが示す「コンテンツを基軸とした生態系」を持つ経済圏を形成しました。では、この国内を中心に形成された“日本流”のコンテンツ消費の生態系はどのグローバルに輸出していくことが出来るのでしょうか。
日本コンテンツには世界的ヒットとなった作品が多数あり、コンテンツ消費の生態系である5Cモデルをグローバルで構築することに成功した事例も多数存在します。それらを引き合いに、グローバルでの生態系構築の流れを見てみましょう。
世界的ヒットIPとしてまずイメージされるのはポケモンでしょう。2016年の「ポケモンGO」により一般ファン層を一気に拡大、現在は世界全体で10兆円近くの経済圏(うち半分以上が物販売上)を構築するに至っています。ここまで大規模に成長したのには「ポケモンGO」が契機として寄与するところが大きいですが、その背景には20年にわたり形成されたファンの土壌があります。1996年の発売当初から展開されたメディアミックス戦略、いわゆるアニメ・漫画・テレビバラエティ、トレーディングカードゲーム(TCG)などによる多領域でのコアファン層を中心に、ファンが自発的に開催する非公式イベントの盛り上がりは熱く、フィリピンの非公式ファンイベント「Pokeverse」にて、1万円以上の入場料のもと集客が成り立っていた事例は記憶に新しいです。
これをContentと5Cモデルに当てはめると、原作であるゲーム・アニメといった“Content”が海外展開され、熱狂的なファンが“Community”として醸成される中でTGCやグッズといった“Commerce”と循環し、また、映画やポケモンGOといった新たな“Content”によってさらに循環が加速されるような生態系を形成していると言えます。
また、同じく世界的コンテンツとしてはONE PIECE(ワンピース)も挙げられます。ドラゴンボールと並んで巨大な経済圏(3兆円程度の推計)を持つ漫画であり、直近では劇場版アニメで海外興行収入100億円超、実写VOD作品で1週間1,850万回再生など“Channel”を通じて視聴者に幅広くリーチをしました。ファンによる世界同時キャラ人気投票の際には、欧米・中南米を中心に日本と同規模(1位に10万票規模)の投票が寄せられるなど、地域によらず巨大なファンを形成していることが伺えますが、これは“Community”の形成を通じて、コンテンツ生態系が拡大していった好事例です。今後は、まさに“Commerce”である関連グッズの売上が大幅に拡大していくことが期待されます。
また、ワンピースをもしのぐ規模の経済圏(4兆円ほどと試算)とも言われるコンテンツとして、ガンダムがあります。もともとは人気が国内に集中していましたが、フィギュア・プラモデルを中心に海外市場への浸透が進んでおり、販売元の売上は海外が5割近くを占めます。国内一般には、日本ロボットアニメの海外人気はあまり認識されていませんが、実際には中東などでも人気が高く、例えばサウジアラビアの人気テーマパークでは、日本コンテンツの広告塔としてUFOロボグレンダイザー像がそびえたつなど現在もその人気は高まっています。ガンダムなどのロボットアニメは“Content”や“Commerce”を中心にIPへの熱が高まった結果、“Community”も含めた生態系が形成されていると言えます。
このように日本を代表するビッグIPは、製作委員会方式で製作されることによって、作品のリリース(Channel)と合わせて関連グッズが展開されていき(Commerce)、商品化市場が拡大するのみならず、ファンを熱狂的に囲い込むことによって(Community)、制作者・声優などとのインタラクティブな交流が行われ(Creator)、回収した事業収益が投下されることにより(Capital)、次なる作品創作としてつながっていく、という好循環を生み出しています。
このように、これまではアニメ作品を中心に、動画配信サービスで配信されることによって海外展開される事例が多いです。しかし、私たちは、アニメが先行しているものの、まだまだ日本コンテンツの快進撃は止まらないと考えています。
同じ映像作品である実写のドラマや映画についても、従来のディストリビューション未整備の課題をクリアできれば、十分に世界に通用する作品があると考えています。実際に、「ゴジラ-1.0」が北米でヒットしたほか、「地面師たち」に代表されるような配信向けシリーズも海外に浸透し始めています。また、アニメ人気をきっかけに原作のマンガやライトノベルの認知と人気が海外ユーザーの間で高まっています。例えばワンピースではアニメ配信、実写化の流れを受けて原作コミック本の人気が世界中で沸騰し始めています。今後、日本コンテンツが海外市場を席捲する可能性は非常に高いです。
ここまで見てきたように、製作委員会で製作されるアニメ番組を中心としたコンテンツの生態系である5Cモデルは作品のリリースに合わせた商品展開に加えて、ファンとクリエイターをつなぎながら規模を拡大させてきました。
では、日本コンテンツを海外に一気に広げた動画配信プラットフォームの実情についてはどうなのでしょうか。次回はグローバルOTTの台頭によって見えてきた希望と課題について考察します。