【2026年】PwCの視点(4)

日本の化学産業は次の成長をつかめる―財務×技術×市場で見極める日本の化学業界の勝ち筋―

  • 2026-05-25

「成長分野」を具体的に見極める

シリーズ「PwCの視点」の前回記事では、化学企業が事業ポートフォリオを再設計するうえで、財務・技術・市場の三軸評価とSOTP(Sum of the Parts:事業価値評価)による企業価値の見える化をどのように組み合わせるべきかを整理した。

今回の記事はその続編として、この三軸を具体的な成長領域に適用し、日本の化学産業がどこで勝てるかを立体的に検討する。

脱炭素とデジタル化の進展により、半導体、医療、インフラ、水資源といった領域では素材技術の重要性がこれまで以上に高まっている。化学企業にとってはむしろ追い風だが、全ての領域に投資を続けることは現実的ではない。だからこそ、財務×技術×市場で領域を選び抜く“選択力”が競争力の源泉になる。

以下では、この三軸に基づき、特に勝ち筋が明確な5つの成長領域を例示的に提案する。

財務×技術×市場に基づく5つの成長領域の提案

1. デジタル社会基盤(半導体、光通信、データセンター)

半導体微細化やデータ処理量の増加によって、フォトレジスト、CMPスラリー、封止材、光ファイバー材料などの日本が強い素材の重要性はさらに高まっている。顧客認証(Qualification)が厳しくスイッチングコストも大きいため、技術と市場の両面で安定的な高収益を見込める。

注目トレンド

素材

半導体微細化・3D化

フォトレジスト、CMP(Chemical Mechanical Planarization)スラリー、封止材、高純度ガス

冷却効率上昇、水・電力資源の逼迫

熱伝導材、液浸・二相冷却用誘電性冷却液、
低GWP(地球温暖化係数)冷媒、RO膜(逆浸透膜)/UF膜(限外ろ過膜)

6G対応

低誘電・低損失材料

シリコンフォトニクス・電光複合の本格化

低損失光学ポリマー

2. 医療・ヘルスケア材料(バイオ医薬、DDS、診断)

高分子バイオ材料、細胞培養素材、特殊フィルムなど、要求特性が高度であるが、技術差別化が効きやすく、少ない投資で高ROICを狙える機能材が多い。高齢化に加え、個別化医療と再生医療の進展により、市場成長も強い追い風が続く。精密化学に強い日本企業がそのまま優位を発揮できる領域である。

注目トレンド

素材

高密度培養の進展

細胞培養素材

細胞・遺伝子治療の拡大

ウイルス除去フィルター(ナノろ過フィルター)、
クロマトグラフィー樹脂、
シングルユース材(リアクター、コネクターなど)

3. 脱炭素・次世代エネルギー(軽量化材、高機能樹脂、水電解)

EV、電池、燃料電池、水素社会の拡大は、炭素繊維、触媒、電解膜といった日本の強技術に直結する。ただし投資負荷が大きいため、財務視点での優先順位づけが欠かせない。提携やアライアンスを前提にした戦略設計が求められる。

注目トレンド

素材

EVの普及

制振材、スーパーエンプラ、接着剤、炭素繊維

固体電池の普及

固体電解質

水素社会の拡大・燃料電池の増設

電解膜、GDL(ガス拡散層)

CCUSの拡大

CO2吸収・吸着材、分離膜、CO2変換触媒

4. サーキュラーエコノミー(リサイクル、バイオ素材)

規制・ESGの追い風は強いが、収益化は容易でない。原料の確保、装置産業としての効率性と、分解・再生の技術高度化を同時に満たす必要があり、事業設計力が問われる。SOTPと技術チェーン評価を併用し、投資領域の精度を上げることが重要である。

注目トレンド

素材

再生材使用義務化

解重合触媒、再生材向け添加剤

デザイン・フォー・リサイクルの普及

可逆接着剤、コンパウンド材

バイオルート循環の進展

バイオモノマー、分解酵素

5. 社会基盤の安全化(防災、老朽化対策)

高耐熱樹脂、難燃材、膜分離技術、衝撃吸収材などは、規制・安全要求によりスイッチングコストが高い。長期契約につながりやすく、事業全体のキャッシュフローを下支えするとともに、景気耐性の強い収益基盤として収益の安定性を強化する。

注目トレンド

素材

異常気象による浸水の増加

耐候・耐食・防火コーティング、高耐久防水膜

老朽インフラ更新・補修

CFRP(炭素繊維強化プラスチック)/GFRP(ガラス繊維強化プラスチック)補修、構造接着剤、
点検・保全センサー材料

建設の省エネ・断熱規制強化

高性能断熱・遮熱材

標準解はない。強みから逆算して領域を決める

成長領域の正解は企業ごとに異なる。重要なのは「どの領域が儲かるか」だけでなく、「どの領域なら自社が勝てるか」も見極めることであり、それを炙り出すのが財務×技術×市場の三軸統合評価である。技術においては、自社固有技術を単なる製品スペックとしてではなく、顧客のプロセスにおける物理的、化学的「機能」として再定義する必要がある。三軸を併せて見ることで、

  • どの技術が複数市場に横展開できるか
  • どの顧客は離れにくいのか
  • どの領域が企業価値の拡大(マルチプル向上)につながるのか

といった問いに答えられるようになる。この“自社ならではの勝ち筋”を描ける企業が、次の成長を手にする。

勝つ領域の選択が、日本の化学を再び世界の中心へ導く

日本の化学企業は、すでに世界トップ級の顧客基盤と技術を持っている。だからこそ、選択する力を磨けば、企業価値は大きく伸ばせる。

そして、ここで提案した5つの成長領域を実際にものにするためには、自社の技術や顧客基盤を強化し、規模や補完性を獲得するためのM&Aが極めて重要になる。

次回は、この「選択した領域で勝ち切るためのM&A戦略」について検討してみたい。

執筆者

野里 高志

ディレクター, PwCアドバイザリー合同会社

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