「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第6回

企業変革を実現するPMI・バリュークリエーション

  • 2025-10-27

市場環境や技術革新が急速に進む中、企業はもはや従来の延長線上では生き残れない「変革の時代」に直面しています。その結果、M&Aは単発の手段ではなく、事業ポートフォリオを絶えず最適化するための企業戦略そのものへと位置付けが変わりつつあります。この潮流はグローバルのみならず日本にも波及し、ガバナンス改革や資本市場の要請を背景に、プレディールから統合までをワンストップで設計するアプローチが求められています。本鼎談では、書籍「企業変革のためのM&A」の内容も踏まえつつ、PwC Japanグループのコンサルティング、ディールアドバイザリー、税務の各プロフェッショナルが、「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」をキーワードに、M&Aを一過性のイベントではなく継続的な経営戦略オプションとして機能させるための視点について議論しました。特に統合後のPMI(Post Merger Integration)やバリュークリエーションに焦点を当て、日本企業が直面する課題と、その解決策を探っていきます。

登壇者

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
久木田 光明

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
香川 彰

PwC税理士法人 パートナー
八木 淑恵

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左から、香川 彰、久木田 光明、八木 淑恵

左から、香川 彰、久木田 光明、八木 淑恵

今求められる企業変革の本質とM&Aの役割

久木田:M&Aは、DXや生成AIなどの先端テクノロジーに比べれば、昔からある企業経営戦略のオプションの1つであり、いわばレガシーなソリューションと言えます。従来は、M&Aを事業成長の手段として活用するのは欧米企業が中心でした。一方の日本企業は、長らく自前主義や系列経営を重視してきたこともあり、M&Aを戦略的に取り入れる動きは限定的でした。しかし近年は、これまでM&Aをあまり活用してこなかった企業にとっても、成長や変革を実現していくための手段としてM&Aの活用を意識せざるを得ない環境となりつつあります。

この背景には、経済的・社会的に大きな変革のタイミングを迎えており、企業変革がもはや待ったなしの状態となっている現実があります。市場の変化や技術革新のスピードは極めて速く、現状維持では競争優位を保てません。従来の延長線上の経営では対応できず、変革に取り組まざるを得ない状況にあるのです。しかも、その企業変革はクロスボーダー戦略や異業種連携、デジタル・生成AIの活用といった要素を伴い、これまで以上に複雑かつ高度化しています。

こうした環境下において、M&Aの活用は、企業変革を実現するために欠かせない戦略的手段となっており、単純な垂直・水平型だけではないクロスボーダーや異業種間のM&Aも増加しています。まさに各企業の足元で「企業変革のためのM&A」が求められている状況にあると言えますが、「これまでのM&A」と「今求められているM&A」の役割・違いについて、長年M&Aアドバイザリーサービスを提供してきた香川さんの意見を聞かせてください。

香川:確かにM&Aは昔からある経営手法ですが、今日では、時間の流れが加速しており、「時間をお金で買う」ことの重要性と合理性が高まっています。こういった環境変化に加え、コーポレートガバナンスコードの浸透や資本市場の発達により、M&Aという経営手法の認知が広がっています。

事業の創り方も、自社だけで一つ一つ積み上げながら新規事業を立ち上げていくのではなく、外部のケイパビリティを生かし、スピーディに進める方向に向かっています。完全買収に限らず、ジョイントベンチャー(JV)やアライアンスといった協業・提携を含め、多様な選択肢が検討されています。これまでM&Aに積極的でなかった企業も検討を始めるなど、取り組みの裾野が広がっています。

久木田:「時間をお金で買う」という考え方自体は今も変わりませんが、そこで定義される時間のスピード感は、過去に比べて格段に高まっていますね。VUCAと呼ばれる不確実で複雑な外部環境の下、業界構造そのものが大きくかつスピーディーに変化しています。例えばテクノロジーの進展によって、世界的なプラットフォーマーが一夜にして産業構造をディスラプト(破壊的変革)することも珍しくありません。こうした状況下では、オーガニック(自社単独)で課題を解決し、成長を実現することには限界があります。それならばインオーガニック(他者を活用した方法)、つまりM&Aを戦略的に活用すべきということが、裏側にあるということでしょうね。

香川:今はまさに「時代の転換点」です。地政学や人口動態の変化、AIの進化などを背景に、経営の前提条件が大きく変化しています。もはや既存の枠組みにそって事業を強化するだけでは不十分で、構造そのものの変革が求められます。その実現手段として、M&Aを戦略的に活用する動きが一層広がっていると感じます。

久木田:M&Aを戦略的に活用する中で、クロスボーダーや異業種間のM&Aが増えているという話を先ほどしましたが、税務領域で考慮すべき観点やこれまでのM&Aとの違いについて、八木さんはどう考えますか。

八木:税務の観点から見ても、M&Aの複雑性は以前に比べて格段に高まっています。今は日系企業が海外に事業展開しているケースが多いため、常にクロスボーダーの要素が絡んできます。M&Aの目的も、ポートフォリオの入れ替えや業界再編に伴う統合など多様化しているので、ストラクチャリングの重要性が非常に高まっている印象です。

加えて近年は、グローバルでの議論も踏まえ、各国において再編やクロスボーダー取引における租税回避防止の強化が進んでいます。各国税務当局の執行実務にも温度差があり、デューデリジェンス(DD)において、移転価格や税務訴訟など金額的影響の大きい論点が検出されるケースも増えています。こうした論点への対応は海外だけでなく、最終的な親会社である日本にも及ぶため、CFC(外国子会社合算税制)やPillar 2(グローバルミニマム課税)などを含め、各国での税務上の取り扱いや影響額、ディール全体へのインパクトを総合的に勘案して判断することが求められています。

したがって税務面では、DDやストラクチャリング段階からPMIに至るまで、案件のあらゆるフェーズでリスクを継続的に検証・対応することが不可欠となります。

久木田:M&Aを取り巻く環境は大きく変化し、ディールそのものの複雑性も格段に高まっているため、取引の各フェーズで求められる税務をはじめとする専門領域の役割も従来に比べて一層高度化しているということですね。

また、近年注目すべきは、プライベート・エクイティ(PE)の存在感です。現在、日本市場には多額のドライパウダー(未投資の資金)が流入しており、外資系PEを中心に活発な投資が行われています。日系企業の場合、内政的な変革だけでは産業構造の再編を十分に進められない面がある一方で、そこに大きなポテンシャルとビジネス機会が存在します。PEを買い手としたディールの数が近年急速に増えてきているように思います。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 久木田 光明

香川:世界のお金が魅力的な投資先を探し、PEに巨額の資金が集まっています。日本市場は相対的にバリュエーションが低く、安定的にキャッシュを生める事業が多く存在します。この点が、PEにとって日本を魅力的な投資先としています。

PEがディールに絡むことで、日本企業にもメリットがあります。PEが高い評価額を提示することでディールが成立しやすくなり、結果として双方にとってWin-Winの状態が生まれます。PEには、投資銀行出身者や戦略コンサルタント、経営経験者など、優秀な人材が集まっています。これらの人材が、多様な専門性を持つアドバイザーにソーシング、協働しながら、企業価値の向上(バリュークリエーション)を行っています。

久木田:かつては黒船やハゲタカといった印象のあったPEですが、日本市場にその存在が浸透するにつれ、ポートフォリオ再編、カーブアウト、事業再編など、自社のみでは実現し得ない取り組みの一部にPEを活用するケースが増えています。こうした動きも、日本のM&A市場全体を大きく動かす要因になっていると感じます。

香川:PMIには買収側の既存組織のしがらみや論理が少なからず影響します。それゆえ、買収側の経営体質が制約となり、PMIを遂行しきれないことがあります。PEは事業会社とは異なる企業体なので、異なる視点から、より短期間でバリュークリエーションを進めていきやすい特徴があります。事業の進化の過程において、こうしたプロセスを経ることにも一定の合理性があると思います。

M&Aによる変革を実現するために必要な視点とPMIの重要性

久木田:今回の主題は「企業変革」であり、その有力な手段としてのM&Aに焦点を当てています。変革を実現するM&Aでは、ディール成立までの工程ももちろん重要ですが、むしろ本当に大切なのは買収後の統合作業であるPMI、バリュークリエーションとなります。買収後のバリュークリエーションを実現する上で、重視すべき点について香川さんの意見を聞かせてください。

香川:PMIやバリュークリエーションを実行していく上でまず重要なのは「経営の前提が変化した」ことを頭に置いて、目指す方向性を再検討することです。その点を合意できていることが、変革の出発点です。その上で、ハードとソフトの両面で取り組みを進めることが重要です。

ハード面では、誰もが理解できる定量的なゴールと時間軸を設定し、そこからバックキャストで取り組むことが必要です。ゴールが明確であれば、人も組織も一つの方向に向かって力を合わせていくことができるからです。

またソフト面では、やはり人の要素が重要になります。M&Aでは異なる事業や人材などが一緒になるわけですから、自分たちの考え方、やり方に固執するのは得策ではありません。相手を理解しようとする姿勢と、違いを受け止める懐の広さを持つことによって、相互の信頼と理解を醸成するのです。個々人の資質を見極めながらプロジェクトメンバーを吟味し、チームを組成することが重要です。

久木田:M&Aの議論で必ず論点となるのが、ディール成立までとその後のPMIフェーズをいかにシームレスにつなげるかという点です。ありがちなこととして、ディールは特別なイベントと捉えられ、プロジェクトチームが立ち上がってDDを一気に進めるものの、クロージングが終わると事業部に引き渡されプロジェクトチームは解散してしまう、というような例が少なくありません。PMIの体制もアドホックで、その時だけの対応にとどまる例が目立ちます。私たちは、こうした一過性の取り組みを超え、M&Aを“持続的な成長と変革”につなげるための基盤として、「M&Aレディネス(M&Aへの備え)」を提唱しています。M&Aレディネスは、①全社戦略の策定、②グループガバナンスの最適化、③M&A推進体制、④人材マネジメント、⑤業務・ITシステムの標準化、⑥インクルーシブな組織文化の醸成という6つの要素で構築していきますが、これは持続的に企業価値を向上させるための経営力・組織能力に他なりません。複雑性が増す現在においては、ディールの実行前に社内体制を整えるなど、M&Aレディネスを確保しておくことが不可欠です。こうした意識は、M&Aの現場においてすでに変わりつつあるのでしょうか。それとも、まだ十分に浸透していないのでしょうか。

香川:多くの企業がまさにそうした課題を認識し、取り組み始めているものの、まだ十分に浸透しているとは言い難い印象です。M&Aは「買って終わり」ではありません。企業や事業が統合するだけで変革が実現するわけでもありません。M&Aは1つのイベントであり、新たに設定した目標に向かい、数年単位で変革していくものです。

M&Aのプロセス自体は半年から1年で完了し、その後は管轄事業部に振り分けられ、子会社管理に移行してしまうという状況をよく見かけます。担当者も変わり、ディールそのものの変革的な意義が失われてしまうことも少なくありません。重要なのは、ディールのコンテキストをいかに変革につなげていくかです。企業として継続的に取り組める体制を整える必要がありますし、私たち自身も、そうした視点を持って支援していくことが極めて重要と考えています。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 香川 彰

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 香川 彰

久木田:税務の観点についても伺います。PMIフェーズにおいてバリュークリエーションのために税務面で押さえておくべき論点があればぜひお聞かせください。

八木:PMIにおいて、税務面からバリュークリエーションを実現していく方法はいくつかあります。典型的な論点としては、連結納税制度等を利用して損益通算を行いグループ全体の税負担を適正化するといった対応が挙げられます。

また、資本政策の面では、資金調達をエクイティ(株式による資金調達)とデット(借り入れなどの負債による資金調達)のどちらで行うのか、その割合をどう設計するのかといった論点もあります。資金の流れを税務面から効率的に設計し、調達・回収・再投資に結び付けていくといった対応は、昔から行われていることです。

「M&A=ビジネス面でのバリュークリエーション」という文脈で言うと、PMIの中で検討される施策、例えば子会社統廃合による法人の削減、業務効率化やコスト削減、あるいはフットプリント(拠点配置)や商流の見直しなどは、いずれも税務面から常に見ておかねばなりません。これらの再編自体に伴う課税の可能性だけでなく、移転価格税制や関税にも影響が生じる可能性もあり、タイムリーかつ適切に対応しなければ想定外の税務コストが発生しかねないからです。

したがって、PMIで想定される取引まで幅広く視野に入れたM&A戦略の下、税務についても早期段階から検討を行い、DDなどを通じて対象企業グループの税務ポジション、リスク、およびオポチュニティを概括的に把握することが必要です。税務がバリュークリエーションの足かせとなることなく、M&Aの機会を最大限に生かす役割を果たしていけるよう支えていくことが重要だと思います。

久木田:税務は、企業を成長させるための「血流」といったイメージで、ビジネスを裏側から支える機能ですしね。おそらくそうした税務上の論点と、香川さんがお話ししたシナジーの実現を含む、ビジネス的な要件の接続点が重要になるでしょう。実際、ビジネス側でいくら素晴らしいビジネスモデルを描いても、税務面で大きな課題があれば実行できないということもあります。にもかかわらず、現場では「税務は税務。ビジネスはビジネス」と分断されがちで、ビジネス側は「自分たちは税務面のことはよく分からない」というスタンスをとることが多いようにも感じます。そうした実情を踏まえると、常にビジネス側と税務側が一体的に動いていくような仕組みを持つべきだと私は思うのですが、八木さんはどう考えますか。

八木:実際にビジネスサイドはひた走りに走って物事を進めていくので、税務の対応が漏れている、もしくは遅れていることもあります。ですから私たち税務は、「どんな動きをしようとしているのか、なぜその動きをしようとしているのか」について、自分たちから積極的にヒアリングし、意図・情報を収集するよう努めています。

また、「案件の初期段階から関与することの重要性」もお伝えしたい点です。その時点では税務的な論点が表面化していなくても、最終的に実現したいことを見据えながら、税務的にレッドフラグとなり得る論点を早めに検討、対応することで、スピード感を持ってディールを進めることができます。結局のところ、ビジネスと税務が常に密にコミュニケーションを取り一体となって動くことが、全ての成功の鍵になると思います。

久木田:複雑性が高まるM&Aでは、税務だけでなく法務や会計・規制など多様な専門性が求められますが、それらを統合的に見ていく必要がありますね。各専門的立場からM&A戦略を鳥瞰し、その判断は妥当かと立ち止まって検証することを、ワンストップで行うことの重要性が増していると改めて感じます。

以前から、「M&Aの要諦はPMIにある」「価値を生むのは買収後」と言われています。それも鑑みつつ、 「企業変革のためのM&A」や「Transact to Transform(M&Aを通じた変革)」というコンセプトを踏まえると、M&Aは一過性のイベントではなく経営戦略オプションの1つなので、買収と売却を絶えず回し続ける組織的なケイパビリティをどう確立するかが、とても重要になると感じました。M&Aにおいては、組織体制の確立や税務視点、企業文化、IT、ビジネスプロセス―これらがしなやかさを持ったレジリエントな土壌・仕組みの下にあるならば、新しいものも受け入れられやすいのですが、そもそも硬直的な仕組みであるならば、変革を阻む要因になりかねません。ですから、企業としてのI&D(多様性を受け入れる姿勢)を含めた組織文化の醸成は不可欠です。

日本企業が抱えるPMI・バリュークリエーションの課題と対応策

久木田:ここまで、M&Aを通じた企業変革の理想像や実現に向けたPMIの重要性について議論してきました。しかし一方で、日本企業には理想と現実の間に依然として大きなギャップが存在すると感じています。組織体制の在り方や税務とビジネスの連動といった点も含め、まだまだ課題が多いのも事実です。そこで、日本企業がPMIやバリュークリエーションを実現していく上で直面している課題と、その対応策について、ぜひお二人の視点から聞かせてもらえればと思います。まずは香川さん、いかがでしょうか。

香川:M&Aは非常に難易度の高い取り組みですが、とりわけ日本企業にとっては、それを推進できる人材の確保が課題です。M&Aの重要性が高まる一方で、それを推進できる人材が少ないという問題があります。大手企業でも、現場で試行錯誤を重ね、実務で学びながら進めているケースも少なくありません。「これまで携わったことはないが、基本から体系的に教えてほしい」といったご相談をいただくこともあります。M&Aを推進する人材を企業のコア人材として育成しつつ、プロジェクト経験を組織でアセット化していくことが極めて重要です。

もう1つの課題は、日本企業のグローバルケイパビリティです。今日では大部分の事業が世界とつながります。そのため、企業としてのグローバル対応力がM&Aの成否を大きく左右します。

久木田:経営層・役員と現場の間にギャップもかなり出てきているのではないでしょうか。ディールを特殊なイベントとして捉えた場合、集中的に進めはするもののクロージングが過ぎれば元の平常運転に戻り、結果的に組織は従来とさほど変わらなかった―そんな状況もよく見受けられます。そこで重要になるのがチェンジマネジメントなのかもしれません。

香川さんがアドバイザーとして関わる際、こうした経営と現場の間にある断絶をどうつなぐか、変革を継続的に根付かせるためにアドバイスしていることがあれば、ぜひお話しください。

香川:やはりトップの言葉こそ、チェンジマネジメントの起点だと思います。「なぜ変革が必要なのか」「目指すべき方向はどこなのか」を、経営トップが自らの言葉で明確に語ることが全ての出発点です。もっとも人の心というものは、一時的に盛り上がっても、時間とともに冷めていくものです。だからこそ、モメンタムのあるうちに行動を起こし、仕組みを整備し、新しい経営のやり方をしっかり定着させることが必要なのです。いわば「鉄は熱いうちに打て」、これを真正面から受け止め、真摯に行うことが大切と考えます。

また、クロスボーダーディールの場合は外国人のCxOとともにPMIを推進します。その際、自らの言葉でビジョンを語ることができなければ、信頼を得ることはできません。目指すところを相手にしっかりと伝える。そして、それを具体的な目標に落とし込む。これを実行していくことが経営トップには求められます。

久木田:税務の観点から、日本企業がPMIやバリュークリエーションを実現していく上で直面している課題と、その対応策について、八木さんはどう考えますか。

八木:税務面でも、人材に関する課題は極めて大きいと感じています。税制が複雑化し、さらにグローバル案件が増加する中で、国内外で税務リソース(税務人材、グローバル人材)が不足している企業は少なくありません。日系企業はローテーション人事が行われるケースも多く、税務のように高度な専門性を要する部門から経験者が異動してしまうなどで知識やノウハウの蓄積が難しいという声も現場でよく聞かれます。こうした課題については、テクノロジーを活用してナレッジの蓄積および効率的な情報収集を行っていくことも改善の一手でしょう。

また、さまざまな課題解消の前提として重要であるのは、繰り返しになりますが、税務(会社の税務担当者や税務アドバイザー)をプレディールの段階から積極的に関与させるということです。対象企業の過去リスクの把握やクロージング後のリスク管理、買収後の事業再編、移転価格、CFCやPillar 2対応など、税務論点はディールのあらゆるフェーズに関わります。税務がM&A検討の初期段階、つまり制約条件が少ない段階から幅広く検討に参加して潜在的なリスクを抑え、コンプライアンス遵守とガバナンスを担保しながら合理的なプランニングやETR(実効税率)改善適正化を行っていくことで、M&Aを通じた価値の最大化が図れると考えます。

久木田:若干異なる視点から、税務における素朴な疑問を八木さんにお聞きします。M&Aの複雑性が増す典型例として、クロスボーダーや異業種間M&Aがあります。異業種の場合、本業と異なる事業領域に踏み込むため、共通する部分はあるにしても、税制の見方や扱いが業種によって異なるケースが出てくると思います。クロスボーダーでは、当然ながら現地の税務が絡んできますが、日本側の担当者が十分に把握できない領域も少なくありません。こうした場合、基本的には買収先企業の税務チームから知見を引き継いでいくことになると思いますが、買い手側に異業種、異国間の知見が乏しい場合、「どこに無駄があるか」「改善の余地がどこにあるか」などを明確にできず、結果としてイニシアチブを取りにくいといったケースもあると推測します。こうした状況も「複雑性の高いディール」の一例と考えますが、このような点は議題に上ることはあるのでしょうか。

八木:そうですね。異業種間のM&Aでは従来の事業とは異なる領域に踏み込むため、重要となる税務イシューが生じる論点や対応の仕方も少し変わってくるでしょう。典型としては、移転価格税制、関税、VAT(付加価値税)などの間接税でしょうか。また、各国税務当局がその業界に対してどのような姿勢を取っているかなども無視できない要素になります。

その他の論点もたくさん考えられますが、最も重要なのは、「個々の論点にとらわれすぎて、全体像を見失わないこと」だと思います。クロスボーダーや異業種間のM&Aでは、こうした全体観を持ちながら論点を整理する姿勢が不可欠だと考えています。

PwC税理士法人 パートナー 八木 淑恵

PwC税理士法人 パートナー 八木 淑恵

企業変革を実現するM&Aは企業の歴史を作る重要な契機

久木田:「企業変革のためにM&Aを活用する」という観点に立てば、単に買収を実行するだけでは不十分であり、買収後のトランスフォーメーションやバリュークリエーション、つまりPMIが極めて重要な意味を持つことなどを、各専門分野の立場から多角的な視点で論じました。これらを踏まえて、経営者をはじめとする皆さまへのメッセージをお願いします。

香川:M&Aは企業の歴史に残る大きなイベントです。環境の変化に適応できた企業は生き残り、適応できなければ役割を終える―中には、その企業のアイデンティティを大きく変えてしまうようなディールも存在します。だからこそ、M&Aに関わる全ての人々、私たちアドバイザーも含めて「一つの歴史をつくっている」という実感を持ちながら、勇気と希望を持って、真摯に取り組んでいくことが重要だと思っています。私自身、M&Aを通じて日本、そして世界の新たな歴史をクライアントとともに創り上げていきたいと思います。

八木:税務には、M&Aの文脈において直接的にバリュークリエーションに貢献する部分と、コンプライアンスを通じて間接的に支える部分の両面があります。前者は分かりやすいため注目されやすいのですが、後者の意義は少々忘れられがちな面もあります。しかし実際には、そのコンプライアンス的な側面が、のちのち非常に大きな問題となるケースもあるわけです。香川さんがお話しのように、M&Aはその企業の歴史の一部を形づくる出来事です。だからこそ税務においても、攻めと守りをバランスよく対応することにより、その企業が脈々と築いてきた歴史やレピュテーションをさらに底上げし、結果として企業全体の価値向上につなげることが大切で、私たちとしても、そうした支援を実現していきたいと考えます。

久木田:今回の議論を通じて改めて感じたのは、M&Aが「企業の進化」と深く結び付いているという点です。ダーウィンの進化論が示すように、どれほど成長を遂げた企業であっても、コンフォートゾーンにとどまれば停滞が訪れます。新しい血を取り込み、変化を起こしていかなければ、新しいビジネスモデルは生まれません。これは経済学者・シュンペーターの言う「創造的破壊」にも通じる考え方です。

もちろん内省的な改革も重要ですが、閉塞感のある市場において大きな変革を実現するには、M&Aという外科的な手法が有効です。ただし、それを一過性のイベントにとどめるのではなく、常に模索し続け、買収だけでなく売却を含む事業ポートフォリオの変革を継続的に実行していくことが求められます。これこそが、PwCが掲げる「Transact to Transform(M&Aを通じた変革の実現)」というコンセプトの真髄だと考えています。今後、企業変革に挑む全ての経営者にとって、M&Aはますます欠かせない戦略的選択肢となっていくでしょう。

左から、香川 彰、久木田 光明、八木 淑恵

左から、香川 彰、久木田 光明、八木 淑恵


【書籍紹介】企業変革のためのM&A
Transact to Transform 適応できなければ競争には勝てない

編著: PwC コンサルティング合同会社 PwCアドバイザリー合同会社
出版社: ダイヤモンド社
定価: 2,200円(税込み)

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企業変革のためのM&A Transact to Transform 適応できなければ競争には勝てない

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