企業のサステナビリティ経営の成熟度/業界別分析からの考察

第3回:食品業界

  • 2025-12-18

サステナビリティ経営の重要性が認識される中で、企業のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の取り組みが進んでいます。本コラムではサステナビリティ経営の成熟度を診断するSustainability Value Assessmentという「国際統合報告<IR>フレームワーク※1」で示された考え方をベースにしたPwC Japanグループのソリューションを基に、サステナビリティ経営を実現する上で重要となるポイントを整理し、企業のサステナビリティ経営の現状と課題について考察を行います。

複数回の連載として毎回異なる業界に着目することで、企業のサステナビリティ経営の成熟度を、産業構造や社会との接点といった業界特性を踏まえながら多面的に捉えることを目指します。企業活動が社会課題の解決と密接に関わる今、業界ごとの構造的な特性や優先すべき論点を明らかにすることは、SXを経営に実装していく上での前提となるからです。シリーズ3回目の今回は、生活者との接点が極めて広く、健康や環境など幅広い社会課題と直結する食品業界を取り上げます※2

議論のベースとするSustainability Value Assessmentは、経済・環境・社会の要素を統合的に捉える「統合思考」の観点から、企業の中長期的な価値創造に向けた取り組みの成熟度を評価するフレームワークです。具体的には、外部環境、戦略、ビジネスモデル、指標管理、リスク管理、ガバナンスの6つの大項目(A〜F)に基づいて診断を行います。Sustainability Value Assessmentの詳細については第1回コラムをご参照ください。

食品業界におけるサステナビリティ経営の特徴と課題

Sustainability Value Assessmentのフレームワークを用いて、食品業界におけるサステナビリティ経営の特徴と課題を実際に見ていきたいと思います。本コラムでは、加工食品や調味料、菓子類、冷凍食品、食肉・乳製品など、幅広い食品の製造・販売を手掛ける企業を対象としています。東証33業種区分では「食料品」に属する企業が該当します。

総評

図表1:食品業界におけるSustainability Value Assessmentのスコア

出典:PwC作成

分析対象とした食品業界の企業におけるSustainability Value Assessmentのスコアの平均と全業界・全企業のスコアの平均の比較を行ったものが図表1の左側のグラフです(スコアはいずれも本コラムを執筆した2025年8月時点の値)。図表1の右側のグラフではSustainability Value Assessmentの大項目ごとのスコアの分布を見ています。

全業界・全企業平均スコアと比較すると、食品業界の企業のスコアは、全体としておおむね同程度の水準にあることがわかります。とりわけ、「E.リスク管理」では全業種平均をやや上回っており、非財務リスクに対する認識や対応が相対的に進んでいる様子がうかがえます。

一方で、「D.指標管理」および「F.ガバナンス」では全業種平均をわずかに下回っており、それぞれ、非財務KPIの活用、サステナビリティに関する監督体制や経営関与の強化といったマネジメント基盤に改善の余地があると考えられます。

加えて、食品業界内での企業間のスコアのばらつきに注目すると、「C.ビジネスモデル」および「F.ガバナンス」で特に差が大きく、各社のサステナビリティ経営への取り組み姿勢や実装度合いの違いが浮き彫りになっています。「C.ビジネスモデル」ではどのような社会的アウトカムを目指し、それを事業としてどう具現化しているかという点に差があり、また「F.ガバナンス」の項目では、経営層がどの程度積極的にサステナビリティに関与しているかという点が、企業間の差を生んでいる主な要因と考えられます。

このようなスコアに関する全体的な傾向を念頭に、以下ではSustainability Value Assessmentを構成する各大項目について、業界における取り組みの特徴が見られる点に絞って見ていきたいと思います。具体的には、まずは外部環境として業界で想定される主なリスク・機会や重要課題(大項目:A)の整理を行った後、それらの戦略・ビジネスモデルへの反映のされ方(大項目:B・C)についての深掘りを行い、最後に、戦略の実行に向けたマネジメントの観点からの指標管理(大項目:D)について考察していきます。

A:外部環境

食品業界における外部環境の認識を整理したものが図表2です。本章では、業界として共通して認識されている外部環境に加え、環境の変化を踏まえて将来を先読みし、戦略に取り込もうとする先進的な取り組みの特徴について取り上げます。

図表2:食品業界で想定されている外部環境

出典:PwC作成

食品業界では、気候変動、人口動態の変化、技術革新といった外部環境が多くの企業に共通して認識されています。特に、温室効果ガスの排出の増大、高齢化や労働人口の減少といった課題は、統合報告書においても繰り返し言及され、価値創造に影響を与える要素として位置付けられています。

こうした汎用的な環境認識に加えて、近年では「生活者のウェルネス志向の高まり」や「予防・健康市場の拡大」といった新たな成長機会が注目されています。実際、グローバルのウェルネス市場は今後も拡大が見込まれ、早期からこれを外部環境として捉えた企業は、Sustainability Value Assessmentにおいても比較的高い評価を得る傾向があります。

一方で、「糖類やアルコールに関する規制強化」「資源・原材料の供給不安定化」といった制約要因も無視できません。これらは従来の事業ポートフォリオに大きな影響を与える可能性があり、外部環境を正しく捉え、戦略に反映させることが求められています。

このように、既に起きた事象にとどまらず、機会とリスクの双方を「これから拡大する兆し」として把握し、自社の戦略や事業モデルに結び付ける姿勢が、サステナビリティ先進企業に共通して見られる特徴だと言えるでしょう。

では、こうした兆しをどのように捉え、自社の外部環境認識に取り込むことができるのでしょうか。重要なのは、短期的なトレンドにとらわれず、社会・環境課題の構造的な変化を中長期の視点から捉えることです。その中でも、制度化や市場形成へと至る予兆を早期に察知し、先んじて戦略に反映することが、競争優位性の源泉となります。そのために企業が注視すべき情報源には、以下のようなものがあります。

  • 学術研究やメディアによって提示される新たな知見・問題提起
  • NGOや専門団体によるキャンペーンや提言活動
  • 国際会議や業界団体における議論のテーマと合意形成の動き
  • グローバルまたは地域レベルでのガイドラインやフレームワークの策定
  • 関連分野における各国の法制度化の進展

構造的な変化は科学的な発見や社会課題の提起から始まり、NGOなどによるアジェンダ設定、国際的な議論や指針の整備を経て、最終的には法規制として制度化されていきます。こうした流れを初期段階から捉え、先んじて戦略に取り込んでいくことが、変化の激しい時代における持続的な競争力につながります。

図表3:社会的予兆の捉え方

出典:PwC作成

BC:戦略・ビジネスモデル

戦略・ビジネスモデルにおいても、サステナビリティ経営を推進する上で先進的な取り組みを行う企業には、いくつかの共通する特徴が見られます。Sustainability Value Assessmentの評価項目で高スコアを得た企業は、とりわけ以下の点で優れた実践を示しています。

  • 長期ビジョンと短期戦略(中期経営計画など)との整合性
  • マテリアリティとビジネスモデルの因果関係の明示
  • 非財務資本の具体的な活用と戦略への接続性

では、こうした特徴を備えた企業は、外部環境をどのように実際の戦略へと落とし込んでいるのでしょうか。

食品業界では、Aでも触れたように外部環境の変化として「生活者のウェルネス志向の高まり」「糖類やアルコールに関する規制強化」「資源・原材料の供給不安定化」などが指摘されています。複数の企業がこうした兆しを認識していますが、それを自社の存在意義(パーパス)や事業ポートフォリオの転換にまで結び付けている企業は限られます。

例えばある先進企業は、ウェルネス市場の拡大や生活習慣病のまん延といった傾向を受けて、自社のパーパスを再定義しました。その上で、提供したいアウトカムを明確に設定し、研究開発力や人材資本を再配分する形で新規事業を立ち上げています。ここでは、外部環境の変化を単なるリスク・機会として捉えるのではなく、自社の変革の起点としたことが特徴です。

一方で、同様の外部環境を認識していながら既存製品や従来市場にとどまり、本質的なビジネスモデル変革に至っていない企業も少なくありません。

ここから導かれる示唆は、「捉えた兆しを踏まえて、自社が中長期で解決すべき社会課題を明確化すること」がサステナビリティ経営の成熟度を左右する要諦であるということです。重要なのは、単に「どの施策を行うか」を積み上げるのではなく、「なぜそれを行うのか」「誰にどのような価値をもたらすのか」というアウトカム視点から逆算して戦略を構築することです。これは短期的な市場対応にとどまらず、統合思考に基づいた中長期の価値創造へとつながります。

では、このような統合思考に基づく戦略構築を自社で進めるには、どこから着手すればよいのでしょうか。私たちが企業支援を行う中で見えてきた実践的なアプローチの一例を以下に紹介します。

  • 既存事業を棚卸しし、マトリクスで可視化する
    まずは、既存の製品・サービスを「社会課題起点」で再評価し、マトリクスで可視化してみることが有効です。縦軸に「事業の全社売上構成比」、横軸に「社会的アウトカムへの貢献度」を置いて分類することで維持すべき事業と再検討すべき事業が見えてくることがあります。こうした棚卸し作業は、次の中期経営計画策定や事業ポートフォリオ改革の土台となります。
  • 「自社の強み×社会課題」で事業アイデアを創出する
    例えば、「冷凍物流×高齢者の栄養課題」、「機能性素材開発×生活習慣病対策」など、既存の資源を社会課題と掛け合わせることで、新たな発想につながります。こうした動きを社内で促すには、偶発的なひらめきに頼らず、あらかじめ設計されたプロセスを設けることが有効です。
    一例として、社員が社会課題を持ち込み、社内外の知見と連携しながら、プロボノ形式で事業アイデアを創出する手法が欧米企業を中心に見られます。これは社員の課題抽出力とスキルを活用する仕組みであり、社内の機運醸成と実行力の両立を支える構造と言えます。
  • アウトカムを基準とした意思決定フレームワークを構築する
    投資や研究開発、マーケティング施策の意思決定プロセスに、「どの社会的アウトカムに貢献するか」や「自社のパーパスとどう整合するか」といった観点を組み込むことで、短期的な収益性だけでなく、中長期的な社会的インパクトも踏まえた判断が可能になります。

こうした取り組みを通じて、戦略とビジネスモデルの一貫性が高まれば、自然とKPIの設計や経営管理のあり方にも統合的視点が波及していきます。次章では、このような変化を支える「指標管理」の視点から、各社の実践と課題を見ていきたいと思います。

D:指標管理

サステナビリティ経営の高度化においては、「アウトカムと整合するKPIの設計・運用」が不可欠です。しかし、食品業界では、成果や経営判断につながる指標設計にばらつきが見られ、戦略や事業モデルとの一貫性が不十分な例も多く存在します。

まず、多くの企業では健康、安全、環境対応などに関する非財務KPIを開示しています。例えばCO₂排出量や持続可能な原材料の調達比率、健康関連商品の販売実績、従業員の心身の健康やエンゲージメント指数などが共通する指標として挙げられます。しかし、それらのKPIは事業戦略やマテリアリティ、アウトカムと連動しておらず、「取り組み内容や活動量の可視化」にとどまっているケースが多く、社会や生活者への影響(インパクト)を測定している企業は少数派です。

一方で、一部の先進企業では、「心の健康価値」に関する定性的イメージを数値化した指標や、特定の市場区分に対して健康価値を提供できた割合など、アウトカムに紐づくKPIを中長期で設計し、戦略と接続させている事例が見られます。これらには、「やったこと(例:施策数)」を測るのではなく、「社会に起きた変化(例:健康意識や行動の改善)」を測ろうとする姿勢が見られ、KPI設計の思想そのものが異なっています。

企業によって対応差のある傾向は、Sustainability Value Assessmentのスコアの結果にも表われており、食品業界全体としては「戦略と指標の整合性」や「非財務KPIの具体性」「経営との接続性」といった観点で、企業間のばらつきが顕著に見られました。高スコアの企業では、KPIの設定にあたってマテリアリティを起点とし、アウトカムと活動の両面から指標を構築している他、KPIと財務指標とのつながりに関する検証や説明が行われており、設計思想そのものに深度が見られます。

サステナビリティ経営において重要なのは、「測れるものを測る」から「測るべきものを測る」へと発想を転換し、経営の意思や目指す社会的アウトカムに整合した指標設計を行うことです。食品業界のように生活者との接点が深い産業では、「何を成果とするか」を明確に言語化し、その実現度合いを可視化することで、ステークホルダーからの共感や支持が得られやすくなり、結果として競争優位の構築にもつながります。

このように戦略と整合するKPI体系を構築していくためには、以下のような具体的な視点と実践が有効です(図表4)。

  1. KPIとアウトカムとの関係性の棚卸し
    まず取り組みやすいのは、既存のKPIとアウトカムのつながりを点検することです。例えば、「健康応援商品の販売件数」というKPIがある時、それが「健康寿命の延伸」や「予防医療の促進」とどのようにつながるのかを見直すことで、指標の妥当性や不足が可視化されます。
  2. KPIと非財務資本の接続性の点検
    次に、KPIがどの非財務資本(人材、知的資本、関係資本など)によって支えられているのかを可視化することで、成果とリソースの因果関係を再検討することができます。これは、投資対効果の評価や組織戦略の見直しにもつながります。
  3. KPI体系の再設計
    さらに一歩進めるなら、「どんな社会的変化を起こしたいのか」「その変化をどう測るか」「そのためにどんな資源・体制が必要か」といった問いから出発し、ゼロベースで測るべきことを定義し直すことが求められます。
  4. 経営プロセスへの組み込み
    最後に、非財務KPIが中期経営計画や部門別KPI、役員報酬制度などと連動しているかを点検することも重要です。これにより、KPIが単なる「モニタリング指標」ではなく、「意思決定の軸」として機能するようになります。
図表4:KPI設計・実装のプロセス

出典:PwC作成

指標とは、企業が描く価値創造ストーリーの中で「何を目指し、何をもって成果とするのか」を示すコンパスです。だからこそ、KPIの設計・運用は戦略や非財務資本、ガバナンスなど複数の要素を統合する視点の下で体系的に捉える必要があります。食品業界においても、こうしたアプローチがサステナビリティ経営の実装と深化に不可欠であると言えるでしょう。

まとめと今後の取り組みに向けて

本コラムでは、Sustainability Value Assessmentのフレームワークをベースに、食品業界におけるサステナビリティ経営の特徴と課題を整理してきました。

分析の結果、食品業界ではリスク・機会や社会課題の認識は進んでおり、特にウェルネス市場の成長といった兆しを捉えようとする姿勢が見られました。一方で、こうした外部環境をどのようなアウトカムとして定義し、その実現に向けて戦略やビジネスモデルをどう再構築するかという点では、業界全体では改善余地があります。

先進企業では、パーパスから逆算する形でアウトカムを明確化し、非財務資本を再配分しながら事業ポートフォリオ変革や新規事業創出に踏み込んでいます。また、こうした戦略と連動するKPIを構築し、成果やインパクトを測ろうとする姿勢も見られます。しかし中には依然として「取り組みの可視化」にとどまる指標設計や、マテリアリティとの整合性が弱いケースも散見されました。

サステナビリティ経営を深化させるには、短期の成果にとらわれず、「なぜ取り組むのか」「誰にどのような価値をもたらすのか」といった中長期の視点から、戦略・指標・資本を一貫性をもって統合することが不可欠です。特に生活者との接点が深い食品業界においては、社会的アウトカムの明確化とその実現に向けた経営の意思が、競争優位や共感形成の源泉となり得るでしょう。

今後は、非財務と財務の接続性や、部門別の目標管理・報酬制度との連動など、より実践的な運用を通じて、サステナビリティ経営の仕組み化が求められます。本コラムが、企業の統合思考の深化と、持続可能な社会への価値創造に向けた一助となれば幸いです。

脚注:

※1 「国際統合報告<IR>フレームワーク」とは国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council:IIRC)によって公表されたフレームワーク。IIRCは2021年6月にSASB(Sustainability Accounting Standards Board:サステナビリティ会計基準審議会)と合併してVRF(Value Reporting Foundation)となった後、2022年8月にIFRS(International Financial Reporting Standards:国際会計基準)財団に統合された。国際統合報告フレームワークは2013年の初版公表後に改定が行われているが、Sustainability Value Assessmentも時勢に合わせた診断項目の見直しを随時実施している。

※2 ここで記載している業界分析の内容は、Sustainability Value Assessmentの個別企業の診断結果を基にして、業界ごとの特徴や課題についての追加分析を行っているため、通常のSustainability Value Assessmentの診断レポートには掲載されない内容も含んでいる。

執筆者

林 素明

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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屋敷 信彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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藤井 大地

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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木元 芳和

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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