企業のサステナビリティ経営の成熟度/業界別分析からの考察

第1回:建設・不動産業界

  • 2025-07-10

サステナビリティ経営の重要性が認識される中で、企業のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の取り組みが進んでいます。本コラムではサステナビリティ経営の成熟度を診断するSustainability Value AssessmentというPwC Japanグループのソリューションを基に、サステナビリティ経営を実現する上で重要となるポイントを整理し、企業のサステナビリティ経営の現状と課題について考察を行います。

複数回の連載として、各回で一つずつ異なる業界を取り上げます。SXのさらなる推進に向けた議論を深めることを目的に、業界を切り口とすることで、サステナビリティ経営の業界ごとの特徴や直面する課題の理解を深めます。今回は初回となるため、まずは議論のベースとなるSustainability Value Assessmentについての説明を行います。その後、実際の事例として、関連する就業者数や業界の規模が大きく、使用されるエネルギーや資源量の多さからサステナビリティを考える上でも重要な業界である建設・不動産業界を取り上げ、その内容について見ていきたいと思います。

「統合思考」とSustainability Value Assessment

Sustainability Value Assessmentは、サステナビリティ経営のベースとなる考え方に基づいた診断のフレームワークです。サステナビリティ経営においては、経済、環境、社会はそれぞれ独立した要素ではなく、環境や社会の価値と経済活動とが相互依存関係にあるという「統合思考」の考え方が重要となります。「国際統合報告 <IR> フレームワーク※1」で示されたこの考え方をベースとして、PwC Japanグループでは統合思考に基づく企業のサステナビリティ経営を診断するSustainability Value Assessmentを開発しました。

サステナビリティ経営は、従来の企業経営と異なる視点が求められており、時間軸の不確実性、環境・社会課題による影響経路の特殊性や範囲の広さなどのさまざまな要因を考慮して対応する必要があります。そのため、企業のサステナビリティ担当者からは、

  • マテリアリティを特定しているが、自社にとって本当に解決すべき重要な課題なのか
  • サステナビリティ経営を推進するために新たな会議体や部門を設置したが、今後何を議論・検討していく必要があるのか
  • 自社は競合と比較して、サステナビリティに関して後れを取っているが、どのような取り組みとポジションを狙いに行くべきか

といった悩みが多く聞かれます。加えて、サステナビリティ経営の取り組みが進む中では、

  • サステナビリティに関する目標の達成に向けてどのようなKPIを設定すれば良いか
  • 設定したKPIが将来の目標達成に本当につながっていくのか

といった点も関心が高まっている内容の一つです。Sustainability Value Assessmentは、統合思考に基づくサステナビリティ経営について企業の現状評価を行うことで、課題の洗い出しと改善すべきポイントの可視化を行うことを目的としています。

Sustainability Value Assessmentは図表1に記載の診断項目で構成されています。外部環境や重要課題の認識に基づく戦略・ビジネスモデル、それらを管理・達成するための指標・リスク管理、企業活動を統治するガバナンス、といった6つの構成要素を軸として、それぞれの要素について内容を深掘りする詳細な診断項目が存在します。診断における重要なポイントとしては、各要素における個別の取り組みを診断するだけでなく、統合思考に基づく価値創造プロセスとして要素間の関連性や一貫性が体現されているかどうかを見ているという点が挙げられます。すなわち、長期的視点からバックキャスティングで事業活動を考え、事業活動のアウトカムが財務資本だけでなく非財務資本の強化につながることで、それが次の事業活動のインプットとして企業の価値創造の強化につながっていくという「正の循環」を診断では重要視しています(図表2)。このことから、Sustainability Value Assessmentは、環境・社会・ガバナンスへの個別の取組内容や開示の有無をベースに評価を行う一般的なESG評価格付けとは異なる性質を持つ診断であり、統合思考経営の実現に向けて経営の目線に基づいた企業のサステナビリティ課題の評価を行うものです。

図表1:Sustainability Value Assessmentの診断項目の構成

図表2:「国際統合報告 <IR> フレームワーク」とSustainability Value Assessment の構成要素の対応

サステナビリティ情報開示の要請が高まる中で、企業は所与の開示枠組みに受け身に対応するのではなく、非財務資本と財務資本を結び付けて、統合思考に基づく中長期の価値創造につながる経営を積極的に推進できていることを示すことが求められています。Sustainability Value Assessment は、診断結果の提供を通じて企業のサステナビリティ経営推進に向けた課題と改善すべきポイントの可視化を行うことで、改善に向けた取り組みの検討や、取り組みの実施による中長期の価値創造につながる経営の実現を支援します。

PwC JapanグループではSustainability Value Assessmentを用いて毎年100社を超える企業のサステナビリティ経営成熟度を診断し、企業の統合思考経営の状況と課題を分析しています。次節からは具体的な業界を切り口に、サステナビリティ経営に関する特徴や課題を考察します※2。まずは、使用されるエネルギーや資源量の多さから温室効果ガス(GHG)排出量や資源投入量の削減が求められており、サステナビリティを考える上で重要な業界である建設・不動産業界を事例として取り上げます。

建設・不動産業界におけるサステナビリティ経営の特徴と課題

ここからはSustainability Value Assessmentのフレームワークを用いて、建設・不動産業界におけるサステナビリティ経営の特徴と課題を実際に見ていきたいと思います。建設・不動産業界には多くの企業が存在しますが、本コラムにおいては、建設:住宅の設計・施工、販売を行うハウスメーカー/マンションやオフィス・土木工事などの大規模プロジェクトを手掛けるゼネコンを対象とし、不動産:幅広いジャンルの開発事業を実施する総合デベロッパー/住宅・オフィスなどの賃貸を行う不動産賃貸を対象とします。東証33業種区分における「建設業」と「不動産業」に該当する企業が対象となり、関連の事業を手掛けるその他の業種に属する企業も一部含まれます。日本国内の大手企業を対象に、企業の開示資料の中から、特に価値創造プロセスが記載されている統合報告書の内容にフォーカスして整理を行います。

総評

図表3:建設・不動産業界におけるSustainability Value Assessmentのスコア

分析対象とした建設・不動産業界の企業におけるSustainability Value Assessmentのスコアの平均と、全業界・全企業のスコアの平均の比較を行ったものが図表3の左側のレーダーチャートです(スコアはいずれも本コラムを執筆した2025年6月末時点の値)。また、図表3の右側のグラフではSustainability Value Assessmentの大項目ごとのスコアについて、建設・不動産業界における企業のスコアの分布を示しています。

全業界平均とのスコアの比較では、建設・不動産業界においては「B:戦略」「C:ビジネスモデル」におけるスコアが高くなっていることが見てとれます。後述するように、今回対象としたハウスメーカーやゼネコン、総合デベロッパーや不動産賃貸の各企業においては、それぞれのビジネスモデルの特性を踏まえた資本の特定が進んでいます。

一方で、大項目ごとのスコアの傾向を見ると、「D:指標管理」「F:ガバナンス」のスコアが他の項目よりも低く、改善の余地が大きくなっています。これらの項目は全業界平均のスコアも同様の水準であり、業界を問わず全企業で取り組み検討が必要な項目と言えます。サステナビリティ経営においては、非財務における各種取り組みがどのような影響・波及をもたらし、財務・非財務を含めた最終的なアウトカムへとつながっていくかの可視化が重要となりますが、効果的な指標管理のためには可視化された影響経路に基づく取り組み検証が必要不可欠です。また、サステナビリティ経営が体制や方針の策定から実行へと段階が変わっていく中で、ガバナンスの実効性ということも今後のポイントとして重要性が増しています。建設・不動産業界の事例の中でも、会社全体でのダイバーシティを推進するために、事業所単位での取り組み状況を可視化することで、各職場におけるダイバーシティの推進度を測り、対応を促進するという取り組みが見られました。全体の目標達成に向けた取り組みを推進・統治していくためには、プロジェクトや事業などのレベルに目線を合わせた管理や取り組み実施が鍵となると考えられます。

「E:リスク管理」については、他の大項目と比べて平均スコアの水準は高いものの、スコアの幅が広くなっており、各社の取り組みのばらつきが大きい項目となっていることがわかります。財務だけでなく非財務のリスクとして想定されている内容や、リスクの特定プロセスやリスク管理の体制整備などについては、各企業における取り組みの違いがスコアの差として表れる傾向となっています。

このようなスコアの傾向を念頭に、以下では、Sustainability Value Assessmentの構成に沿って、建設・不動産業界における取り組みの特徴や内容の詳細について見ていきたいと思います。具体的には、まずは外部環境(設問項目:A)として業界で想定される主なリスク・機会や重要課題の整理を行った後、それらの内容が戦略・ビジネスモデルにどのように反映されているかについての深掘りを行います(設問項目:B・C)。次に、戦略の実施に向けたマネジメントの観点からKPIの指標管理について取り上げた後(設問項目:D)、リスク管理・ガバナンスの体制(設問項目:E・F)についての評価を行い、最後に全体のまとめを行います。

A:外部環境

企業経営では、外部環境の変化やトレンドを正しく認識し、状況に応じた戦略・ビジネスモデルの修正が必要となります。「国際統合報告 <IR> フレームワーク」においても、どのような環境認識の下で企業が事業を営み、中長期にわたる価値創造を行っていくかを伝える部分として、外部環境の説明がポイントとして挙げられています。

Sustainability Value Assessmentでは、外部環境に関する記載内容や外部環境の特定における企業の実施プロセスについてスコアリングを行っています。評価の観点について例を挙げると、想定しているメガトレンドや重要課題の内容に一貫性があるかといった点や、重要課題やリスク・機会の特定にあたってステークホルダーエンゲージメントが行われているかといった点があります。前者は、重要課題の特定において、その前提となる経営に重大な影響を及ぼすトレンドが適切に特定されているかを見るものであり、後者は、サステナビリティ経営の推進にあたっては投資家だけでなく幅広いステークホルダーの巻き込みが重要であることを踏まえた観点になります。

外部環境に関するSustainability Value Assessmentのスコアについては、個々の企業の取り組み度合いの違いが数字の違いとして現れる傾向にあり、業界としてのスコアの傾向は見られませんでした。前掲図表3で示したように、建設・不動産業界における平均スコアは全業界平均のスコアとほとんど同じ水準となっています。建設・不動産業界で想定されている主な外部環境をまとめたものが、以下の図表4になります。気候変動や人口動態、デジタル化などのトレンド認識の下で重要課題やリスク・機会の特定が実施されていますが、重要課題を例にとると、多くの産業で共通して挙げられるカーボンニュートラルや従業員関連の社会課題の他に、業界特有の課題としては、住空間・都市空間の提供や人々の暮らしの向上といった建築・不動産業界のビジネスに基づくものが挙げられています。

図表4:建設・不動産業界で想定されている外部環境

B-C:戦略・ビジネスモデル

統合思考に基づく価値創造プロセスとしては、事業活動の結果としてのアウトカムが次の事業活動のインプットとして企業の競争力の強化につながるという「正の循環」が重要となります(前掲図表2)。建設・不動産業界における企業の開示内容を見ると、多くの企業において、重要課題に対してそれらを解決するためのアウトカムの特定が実施されており、アウトカムの実現に向けた戦略策定が行われていることが見てとれました。中でも、事業活動における重要なインプットとなる「6つの資本※3」に関しては、以下のような建設・不動産業界の特徴が見られました(図表5)。

①自然資本

建設・不動産業界の自然資本のインプットとしては、ハウスメーカーやゼネコンにおいてはエネルギー投入やGHG、水などが記載されていた一方で、総合デベロッパーや不動産賃貸では自然資本に関する記載がない企業が多く見られました。ハウスメーカーやゼネコンにおいては建設機械を動かすためのエネルギーなどで自然資本が重要となることに対して、総合デベロッパーや不動産賃貸においては、再エネ発電を主な事業領域としている場合を除き、他の資本に比べて自然資本が競争力の源泉と位置付けられていない様子がうかがえます。

②知的資本

知的資本としては、研究開発投資や特許取得件数に関する内容が産業を問わず多くの企業で記載されていますが、ハウスメーカーやゼネコンでも同様の傾向が見られました。具体的には、住宅や建築物の品質向上、木材・コンクリートなどの資材の開発や建設工法に関する研究といった内容の記載です。一方で、総合デベロッパーや不動産賃貸では研究開発や特許に関する記載は限定的でした。総合デベロッパー・不動産賃貸の知的資本としては、主に都市開発や事業運営などに関するノウハウへの言及が多く、人的資本などのその他の資本にまとめて記載しているところも散見されました。こうした企業では住空間・都市空間を創造していくために、今までの経験に基づくノウハウやそれを体現する組織・従業員のリソースが競争力の源泉となっていることがうかがえます。

③社会・関係資本

社会・関係資本は、主要なステークホルダーとの関係や組織が構築したブランド・評判に関連する無形資産を指しますが、ハウスメーカーやゼネコンではバリューチェーンの上流に関連する内容が多く記載されていた一方で、総合デベロッパーや不動産賃貸においてはバリューチェーンの下流に関する内容が記載されていました。具体的には、ハウスメーカーやゼネコンでは建物の建築における協力会社の数が多く記載されており、総合デベロッパーや不動産賃貸ではテナント数や展開するサービスの会員数、企業のブランドに関する記載が見られました。ハウスメーカーやゼネコンでは建設を行うための協力会社との関係性が重要であること、総合デベロッパーや不動産賃貸に関しては、住空間や都市空間を創造していくために多くの関係者との調整や取りまとめが必要とされる中で、企業のブランド力が鍵となることがうかがえます。

図表5:建設・不動産業界における資本のインプットの整理

企業の戦略・ビジネスモデルに関する開示についての議論において、投資家などを中心に良く指摘されることとしては、企業の価値創造のストーリーという点が挙げられますが、価値創造プロセスの「正の循環」はまさしくこのストーリーを生み出す根幹になるものであると解釈できます。自社の事業成長や競争力にとって重要な資本とその理由、それらの資本を維持・強化するための企業活動の取り組みを具体的に説明することや、資本の強化を通じた企業の価値創造およびその先の社会課題解決へのつながりを一体的なプロセスとして描くことこそが、企業成長にストーリーをもたらす重要な要素となるためです。

策定された戦略・ビジネスモデルが「絵に描いた餅」にならないよう、企業成長のストーリーを実現するためには、企業活動が適切に運営され、戦略が実行されていくことを説得力を持って示していく必要があります。次の節では、そのための鍵となるKPIなどの指標管理について見ていきます。

D:指標管理

重要課題の解決や企業のあるべき姿の実現を目指す上では、KPIなどによる指標管理によって企業活動を適切に把握することが必要です。統合思考経営を実現し、中長期的な価値創造やサステナビリティを含む重要課題の解決に向けた実効的な企業活動を推進するためには、どのような財務・非財務KPIで指標管理を実施すべきかの議論が重要となります。

建設・不動産業界における取り組みをみると、環境、人材、品質、安全といったテーマを中心に、マテリアリティに基づく非財務KPIの設定が広く進んでおり、多くの企業で目標や実績の開示が行われています。また、設定されているKPIの中身に関しては、建設・不動産業界におけるバリューチェーンの構造に応じた業種間の差が見られました。

ハウスメーカーは、グループ会社やサプライチェーン上流までKPIの対象を広げており、ゼネコンでは施工現場起点のKPIが多くありました。資本の特定で示したように、ここでもサプライチェーンとして協力会社との連携が中心となっています。総合デベロッパーでは調達方針など住宅・都市開発に向けた施工主としての観点に基づくKPIが設定されている所が多く、不動産賃貸ではZEH賃貸比率や入居者満足度などの建物運用や入居者対応に関するKPIが設定されている傾向が見られました。

マテリアリティに紐づいたKPIの設定が進む一方で、設定したKPIの達成が重要課題の解決や企業の目指す姿の実現につながっていくことを示すためには、企業が実施する非財務を含む各種の取り組みが、重要資本の強化や将来的な財務パフォーマンスにどのようにつながっていくか(非財務と財務のコネクティビティ)を可視化することが重要です。その他の業界と同様に、建設・不動産業界においても、非財務と財務のコネクティビティを明確に説明できている企業は限定的でした。非財務を含む各種取り組みがどのような影響経路をたどることで重要課題の解決や企業の目指す姿につながっていくかを可視化することにより、効果的なKPIの設定や企業活動のマネジメントが可能になります。また、目標達成に向けた実効性を担保するためには、策定した目標・KPIに対しての現時点までの進捗状況を整理し、仮に取り組みが遅延している場合にはその原因を検討した上で修正のためにどのようなアクションを取っていくのかを説明していくことも重要です。

E-F:リスク管理、ガバナンス

最後に、統合思考経営の「正の循環」を回していくにあたり、企業活動を適切に管理していくためのリスク管理やガバナンスについて見ていきたいと思います。以下では、建設・不動産業界におけるリスク管理やガバナンスの取り組みに関して、「①経営体制」「②リスク管理」「③役員報酬」「④ステークホルダーエンゲージメント」の4つの観点から、その傾向について整理を行います。

①経営体制

サステナビリティ推進体制として、建設・不動産業界における多くの企業がサステナビリティ委員会やリスク管理委員会を設置しています。社長が委員長を務めることによりその実効性を担保する例が見られた一方で、社外取締役などの外部有識者が経営に関与する体制については一部に限られており、社内だけでなく外部の意見を迅速に反映する取り組みに関しては改善の余地がありました。

②リスク管理

リスク管理の面では、気候変動、災害、情報セキュリティなどの非財務リスクが、財務リスクと並列で記載されるようになっており、経営上の重要課題としての認識が進んでいます。加えて、多くの企業で、非財務リスクも含めた横断的なリスクマネジメント体制が整備されつつあります。

サブセクター別に見ると、ハウスメーカーは災害や品質不良への備えとして、BCPやマニュアル整備が進んでいます。ゼネコンは、安全・品質・環境といった施工現場起点のリスクに対し、現場主導での管理と全社統制を組み合わせた対応力が特徴的です。総合デベロッパーは、気候変動やサイバーリスク、人材流動化などの中長期的課題を幅広く捉え、リスクマップや優先順位付けの導入も一部で見られます。不動産賃貸では、施工不備、災害、情報漏洩といった運用リスクを重視し、点検・補修や対応プロセスの整備が進んでいました。

上記のような取り組みが示された一方で、実際にどのようにリスクを特定・評価・対応しているかというプロセスの開示については限定的でした。また、リスクマネジメントの体制整備が進む中で、今後はマネジメントが適切に実行されているかどうかの検証の実施や、その内容を開示することでマネジメントの実効性を示していくことが必要となります。

③役員報酬

非財務KPIを役員報酬に反映させている企業が多く見られました。一方で、評価基準が抽象的で曖昧であるといった制度の透明性が欠如している点や、具体的にどういった指標と連動しているか、どのように報酬が計算されるのかといった算出方法に関する不明瞭さなどの問題が確認されました。選定された指標がマテリアリティや戦略とどのように整合しているのかを具体的に説明することも価値創造プロセスの実効性を高める上で重要なポイントとなっており、今後の改善が求められます。

④ステークホルダーエンゲージメント

ステークホルダーエンゲージメントは多くの企業で実施されており、それぞれのビジネスの特性に合わせた重要ステークホルダーの特定も行われています。ハウスメーカーは顧客や地域住民との対話による意見を取り入れた住宅機能や景観の改善、ゼネコンは協力会社や現場従業員との継続的な対話を通じた現場課題の改善、総合デベロッパーは、行政・地域・将来世代などを含む多層的な対話を重視し、各ステークホルダーの意見を取り入れたまちづくりへの活用、不動産賃貸は、入居者やオーナーとの実務的な接点を多く持ち、満足度向上に向けた取り組み検討などが実施されています。

一方で、ステークホルダーエンゲージメントの結果が経営戦略へどのように反映されているかを具体的に示している企業は限定的であり、ステークホルダーエンゲージメントの結果が取締役会などにどのように伝達されているかを明記されていない所が散見されます。

策定した戦略・ビジネスモデルを実効性のあるものにしていく上では、適切なリスク管理やガバナンスが必要不可欠です。近年、コーポレートガバナンスの形式的な整備にとどまらず、その実効性を求める動きが強まっており、上で述べた観点は統合思考経営の実現だけでなく、実効性のあるガバナンスを考える上でも重要です。

まとめ

本コラムでは、Sustainability Value Assessmentのフレームワークを基に、建設・不動産業界におけるサステナビリティ経営の特徴と課題を見てきました。企業ごとのばらつきはありますが、Sustainability Value Assessmentのスコアとしては、建設・不動産業界の平均は全企業平均とおおむね同程度となっており、統合思考経営の取り組みが平均程度実施されていることがうかがえます。環境・社会へのインパクトが大きい業界であるため、サステナブルな住空間・都市空間の創出を目指した取り組みが企業の競争力強化につながる形で展開されていくことが期待されます。

サステナビリティ経営は中長期の時間軸を要するため、企業における取り組みが今後もさらに進展していくことが期待されます。本コラムが企業のさらなるサステナビリティ経営の取り組みにつながることを目指し、次回コラムでは別の業界に関する紹介を行いたいと思います。

脚注:

※1 国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council:IIRC)によって公表されたフレームワーク。IIRCは2021年6月にSASB(Sustainability Accounting Standards Board:サステナビリティ会計基準審議会)と合併してVRF(Value Reporting Foundation)となった後、2022年8月にIFRS(International Financial Reporting Standards:国際会計基準)財団に統合された。国際統合報告フレームワークは2013年に初版が公表された後改訂が行われているが、Sustainability Value Assessmentも時勢に合わせた診断項目の見直しを随時実施している。

※2 ここで記載している業界分析の内容は、Sustainability Value Assessment の個別企業の診断結果を基にして、業界ごとの特徴や課題についての追加分析を行っているため、通常のSustainability Value Assessmentの診断レポートには掲載されない内容も含んでいる。

※3 「国際統合報告 <IR> フレームワーク」では、資本を財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本に分類しており、ここもその分類を基に整理を行っているものの、Sustainability Value Assessmentにおいて「国際統合報告 <IR> フレームワーク」の分類を採用することを推奨・要求している訳ではなく、「国際統合報告 <IR> フレームワーク」でもそのような要求はされていない。

執筆者

林 素明

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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大屋 直洋

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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久木田 光明

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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南出 修

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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木元 芳和

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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