100年にわたる自然との共生が育んだ九州電力の環境経営

  • 2024-02-08

人類の社会・経済活動の基盤を守る「ネイチャーポジティブ」。この潮流に対応する企業の取り組みが注目されています。その背景には、気候変動や生態系の破壊など、地球規模のさまざまな課題が現実的な危機として立ち現れたことで、世論が急速に変化していることが挙げられます。中でもエネルギー産業は、化石燃料を燃焼させることで自然環境に大きな影響を与えてきたことから、環境への影響が大きい業界とされてきました。

その認識に一石を投じているのが、九州を拠点に事業を展開する九州電力です。本対談では、その現状と向き合い、環境保全・地域共生とビジネスの両立を目指す九州電力の常務執行役員で、ビジネスソリューション統括本部地域共生本部長を務める内村芳郎氏をお迎えし、同社の環境への考え方や具体的な施策について伺いました。(本文敬称略)

登壇者

九州電力株式会社
常務執行役員
ビジネスソリューション統括本部
地域共生本部長
内村芳郎氏

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
中谷尚三

(左から)中谷尚三、内村芳郎氏

(左から)中谷尚三、内村芳郎氏

クマタカの生息に配慮した位置の選定と工事の実施

中谷:エネルギー産業は経済の発展になくてはならない一方で、「化石燃料を使用する」「発電プラントが自然を壊す」「排気・廃水・廃棄物が公害をもたらす」とのイメージが先行し、リスクが高いと語られがちでした。いま、生物多様性や自然資本の文脈の中でもエネルギー分野は重要な領域とされていますが、九州電力は自然保護と事業の両立に向けて長期にわたって取り組んでらっしゃいますね。

内村:はい、九電グループでは、「ずっと先まで、明るくしたい。」をブランドメッセージに掲げています。低廉で良質なエネルギーをお客さまにお届けすることを使命に、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを推進しています。

九州電力株式会社 常務執行役員 ビジネスソリューション統括本部 地域共生本部長 内村芳郎氏

現在は、大分県を中心に4,447ヘクタールの社有林を維持管理しています。もともとは、水力発電の安定した水源確保を目的として、原野で山林育成を開始したことに始まり、2019年には育成開始から100周年を迎えました。このように、九電グループは生物多様性やネイチャーポジティブなどの言葉がうたわれるずっと前から自然との共生を目指し、環境保全の意識を脈々と社内で継承してきました。今後も社有林の維持管理を通して、水源涵養やCO2吸収など、森林の持つ機能の維持・向上に努めることで、持続可能な社会の形成に貢献していきます。

中谷:地域の環境に基づいた取り組みが受け継がれているのですね。電力会社を含めたエネルギー産業が、自然資本や生物多様性に損失をもたらす直接的な要因の多くは、その上流プロセスにあるとされています。例えば、送電線、ダムの建設、太陽光発電設備設置による森林開発、洋上風力による海洋開発などです。加えて、発電フェーズも重要なファクターとなり得るでしょう。その点において、九州電力ではどのような取り組みが進められているのでしょうか。

内村:2007年に運転を開始した純揚水式発電所の小丸川発電所の建設プロジェクトがその一例となるでしょう。これは宮崎県にある全長約75㎞の一級河川である小丸川の中流部に位置する水力発電所で、最大120万キロワットという九州最大の発電量を誇ります。同発電所の建設にあたっては、自然環境に最大限の配慮をして工事を進めていきました。

発電所設置地点の一部およびその周辺地域は、県立自然公園や鳥獣保護区に指定されており、九州電力では、自然環境との共生に努めながら発電所レイアウト検討や建設工事を進めました。
計画していた地点の事前調査において、絶滅危惧種のクマタカを確認しました。ダム位置の選定にあたっては、営巣地から離れた場所となるように配慮するとともに、騒音対策や視覚影響の低減対策を実施しました。クマタカが特に敏感になる繁殖期には掘削工事を2年間にわたり延べ14か月休止しました。

中谷:九州電力グループの環境に対するフィロソフィーが如実に反映されている事業計画ですね。

内村:小丸川発電所は「揚水式発電」です。揚水発電所は、一般の水力発電所と同じように、水の力で水車を回して電気を作るのですが、異なることは、発電のために使う水を下部調整池から上部調整池に汲み上げる(揚水する)ことです。電気は貯めることができないので、水の位置エネルギーとして電気を貯える「蓄電池」のような役割を担っています。これまで揚水発電所では、電気の使用量が少ない夜に水を汲み上げ、電気の使用量が多い昼間に電気を作っていましたが、最近では、昼間の太陽光で発電した電気を利用して揚水を行い、夜(点灯帯)に発電する機会が増えており、再エネの導入拡大にも貢献しています。

ダム建設にあたってもサステナビリティを意識しました。例えば、貴重な植物を残すために、他の樹木や草花を含めた自然の群落に近い配置で移植・植栽を行いました。
また、工事で使用するコンクリートの材料である骨材には掘削作業によって発生した岩塊(掘削ずり)を利用する等、工事に伴って発生する産業廃棄物も極力現場内で有効活用して環境負荷低減に努めました。

発電所関係自治体との環境保全協定を遵守

中谷:社内では他にどのような取り組みを実践、推進しているのでしょうか。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 中谷尚三

内村:九州電力では、約30年前に「環境にやさしい企業活動を目指して(後に「環境憲章」に改称)」を制定して環境活動の心構えや方向性を示すとともに、行動計画である「環境行動計画」の策定を開始しました。九電グループは、事業活動に伴い環境負荷を発生させている企業グループとして、環境保全に真摯に取り組んでいく責務があると認識しています。

その取り組みの一つとして、発電所などの建設にあたっては、その周辺環境の保全を図るため、環境影響評価法などに基づき、自然環境(大気、水質、生物等)の調査を行い、建設や設備運用が周辺環境に及ぼす影響を事前に予測・評価し、その結果に基づいて環境保全のための措置を講じています。また、発電所などの設備運用にあたっては、法令はもとより、関係自治体との間で締結した環境保全協定を遵守するとともに、排ガスや排水などについても、モニタリングの結果を関係自治体に報告するなど、周辺環境について厳正に管理しています。

中谷:そこまで徹底した取り組みを行うのは、環境への取り組みを経営の重要な要素とみなしているからでしょうか。具体的な取り組みの目標と、これまでの実績についてもお聞かせいただけますか。

内村:2020年日本政府の「2050年カーボンニュートラル」宣言を受け、2021年4月、当社は「カーボンニュートラルビジョン2050」を策定し、2050年カーボンニュートラルへの挑戦を宣言しました。また、2021年11月には、「カーボンニュートラル実現に向けたアクションプラン」を策定し、自社サプライチェーンにおけるGHG排出ネットゼロを超えて、社会全体の排出削減に貢献する「カーボンマイナス」を2050年よりできるだけ早い時期に実現するというチャレンジングな目標を設定しました。2050年のゴールを明確にしたうえで、2030年の経営目標として、サプライチェーンGHG排出量を65%削減(2013年度比)としました。これは、国のGHG排出削減目標の46%を大きく上回る水準です。地球環境問題が深刻化する中、気候変動への対応などを経営の重要課題と位置づけ、グループ一体となった取り組みを推進しています。

独自のカリキュラムで環境教育を提供

中谷:目先の課題解決だけでなく、未来への指針が明確に定められていらっしゃるのですね。地域に根差した取り組みについても教えていただけますでしょうか。

内村:そうですね。将来に向けた環境教育にも力を注いでいます。「Qでん★みらいスクール」と題し、子どもさん達に出前授業や森での環境教育など、将来に向けて自然を守っていくための様々な「学び」や「体験」の場を提供しています。2022年度は2万人以上の子どもさん達が参加しました。子どもたちの未来に豊かな自然を残すことは、経営理念の具現化でもあります。

中谷:最後に、九州電力の環境経営が企業文化として根付き、今後も徹底した取り組みを推進されようとしている一番の理由をお聞かせ願えますか。

内村:「ずっと先まで、明るくしたい。」というブランドメッセージに思いを込め、地域と共生し、電気を安定供給して地域社会に貢献していくことが一番大切だと考えているからです。環境保全の取り組みと事業経営の両輪がそろうことで、初めてサステナブルな経営が実現できると考えています。ライフスタイルや価値観が変化する現代においても、おのずと地域の課題が見え、その解決に努めることでWin-Winの関係を築いていくことをビジョンとして描いているのです。

九州の地域経済や生活は、九州の豊かな自然資本によって支えられており、自然に配慮しなければサステナブルな事業ができなくなると考えてきました。九電グループは、社有林の維持管理など自然との共生の道を歩み、高度経済成長期の公害問題を乗り越えてきた歴史もあります。こうした取り組みを継続し、地球環境問題に対しても責任を持っていく所存です。

中谷:九州電力の環境保全の取り組みは、御社が2023年に行ったTNFDレポートにおける自然資本への影響と依存、リスクの評価にも役立てられているそうですね。自然とともに歩みを続ける九州電力の今後の成長と、御社がつくり出す九州の明るい未来を期待しています。

ありがとうございました。

主要メンバー

中谷 尚三

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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