
解説:「2024事務年度金融行政方針を踏まえた金融機関の内部監査のポイント」
2024年の金融行政方針が8月30日に公表され、内部監査に関しては、昨年追加された高度化に向けた取組が業界横断的なモニタリング方針が本年も継承されています。これを踏まえ、内部監査部門が今後の監査方針等を検討するにあたって着意すべきポイントを紹介します。
2021-12-02
金融庁は2021年11月、「モデル・リスク管理に関する原則」(以下「モデル原則」)を発表しました。これに先立ち、米通貨監督庁(OCC)は同年8月にモデル・リスクについての監督上のハンドブック*1を公表したほか、証券監督者国際機構(IOSCO)も同年9月に人工知能や機械学習の利用に関するガイダンス*2を発出しており、金融機関のモデル使用が広範囲の業務分野で進む中、監督当局の関心の度合いも高まっています。
モデル原則のもとで金融機関に求められる点としては主に以下の内容が挙げられ、それぞれ3つの防衛線と取締役会等が各々の役割を負うこととされています。
第3線の内部監査部門の主な役割としては「リスク管理態勢全体の有効性」が該当しますが、重要性の高いモデルについては個別に監査を行うケースも生じ得るため、モデル・リスクは監査テーマの1つになることが考えられます。なお、モデル原則上、各防衛ラインの役割や責任のあり方については柔軟な対応が可能となっているものの、内部規定を整備し、文書化することで明確にすることが求められており、内部監査部門はこうした手続きに沿って構築された自社の枠組みを総括的に評価する必要があります。
金融庁はモデル・リスク管理態勢について、「グループ全体での管理が基本」としており、モデル・インベントリーもグループベースで第2線が管理することとしています。とりわけ持株会社の形態をとっている金融機関の多くにおいては、持株会社レベルでのリスクの統制や親子間の連携のあり方などについて、残存する課題への対応が必要になると考えられます。
金融庁は現在のところ、モデル原則の主な対象を本邦G-SIBおよびD-SIBとしていますが、今後における適用対象機関の拡大についても含みをもたせる書きぶりとなっています。
モデル原則では、「広くモデルに該当するものに対する包括的なリスク管理態勢」に着眼点が置かれており、モデルの範囲を特定していません。すなわち、不確実性というリスクを伴う限り、あらゆるモデルが管理の対象となり得ます。しかし、個々の金融機関が使用している全てのモデルについてリスクを網羅的かつ継続的にモニタリングすることは非現実的であり、金融庁も「適切な優先順位付けを行うことが重要」としています。また、自社のリスクプロファイルやモデルの使用状況などに応じて、当該原則を柔軟に適用するよう促していることからも、規模や特性に応じた対応が可能であるといえます。
なお、モデルの範囲について、金融庁はプライシング、市場/信用リスク計測モデル、AML関連モデル、市場監視モデルといった主要なモデルの例示にとどめていますが、OCCのハンドブックはこれらに加え、顧客資産運用・管理、法規制の順守、ディスクロージャーなどにも言及しています。また、OCCはモデル使用に伴うリスクについても具体的に8つのカテゴリー*3を記載しており、各リスクの判定に係る監督上の着眼点を提示するなど、全体として実務面でのより細かい対応が金融機関にとって必要となる内容となっています。こうした内容は、日本のモデル原則を運用するうえで、とりわけモデルの特定を行うといった重要な観点から、有用な示唆を与えるものと考えられます。
金融庁は「モデル・リスク管理態勢全体の機能発揮の状況を重視する」としていることから、モニタリングの主な目的は、個別のモデル・リスクが内包する個々の負のインパクトを検証するというよりも、リスク管理の枠組み自体の構築やさらなる強化を促す点にあるとみられます。
金融庁のモデル原則は、取締役会等の責任と3線モデルの重要性を明確に掲げており、OCCのハンドブックにもそれぞれの関係者が負うべき責任の内容が例示されています。
ただし、金融庁は3線管理に関して、組織ごとに役割と責任の割り当てに違いがあることや、各防衛ラインの境目が不明確であるケースを勘案し、最終的には「実効的なけん制を確保するための検討が必要」としています。すなわち、自社の規模や特性に応じた対応をとることが管理態勢の面でも可能となっていますが、いずれのケースにおいても、モデルの所管や独立した立場からの統制について規定する必要があり、リスク管理態勢に係る方針や内部規定の整備と文書化、役割と責任の明確化は必須となります。
モデル原則は、モデルの特定、リスク格付の付与、開発、使用、変更、使用停止といった、モデル使用時の手続きの流れをライフサイクルとみなし、それぞれの局面に沿ったリスク管理とけん制を行う必要があるとしています。このライフサイクルにおいては、各防衛ラインが担うべき役割が前述のとおり明確化されているほか、取締役会等は自社全体のモデル・リスク評価についての報告を第2線から受けることになっています。また、金融機関は、全てのプロセスを方針および規定によって明確化し、各プロセスにおける結果を文書化する必要があります。
また、金融庁は、モデル・リスク管理の実効性確保に向けた重要な概念として、リスクベース・アプローチに言及しており、金融機関が各々のモデル・リスクの水準に応じたリスクへの対応を図りながら、許容可能な水準までリスクを低減させるべきとしています。具体的には、モデル検証の実施頻度、深度、範囲などは、当該モデルのリスクの高低と整合的であるべきで、とりわけ再検証の実施頻度や優先順位付けは、モデルのリスク格付と整合的であることが必要とされています。金融機関の一般的なプラクティスの1つとしては、モデルの重要性と複雑性の軸を用いて評価する事例が挙げられます。
モデル・リスク原則は、ベンダー・モデルの使用や外部リソースによるモデル検証・評価の実施についても、金融機関に適切な統制を求めています。金融機関にとっては情報の制約といった問題が残る部分ですが、自社のモデル・リスク管理のプロセスに、入手可能な情報の収集と検証、コンティンジェンシープランの策定、デューデリジェンスの実施などを落とし込むことが必要となります。
金融機関による第三者サービスの活用はリソース効率化の流れの中で必要性を増していますが、これは継続的にオペレーショナルリスクの増大を伴う動きでもあり、監督当局によるモニタリングの目線は着実に高まっているといえます。
モデルは各ビジネスや業務に幅広く存在し、モデル・リスクが会社に与える影響は相応に大きくなっていることから、当局の関心は高まっています。こうした中、第1線の管理や第2線によるガバナンスが適切に機能し、全社的な管理態勢が有効なものとなっているか、また、重要なモデル・リスクの管理に漏れが生じていないか、内部監査部門は総括的な検証・評価を行い、取締役会等に報告することが必要とされています。
(*1)Office of the Comptroller of the Currency, “Model Risk Management” (August 2021)
https://www.occ.gov/publications-and-resources/publications/comptrollers-handbook/files/model-risk-management/index-model-risk-management.html
(*2) The Board OF THE INTERNATIONAL ORGANIZATION OF SECURITIES COMMISSIONS, “The use of artificial intelligence and machine learning by market intermediaries and asset managers” (September 2021)
https://www.iosco.org/library/pubdocs/pdf/IOSCOPD684.pdf
(*3) 戦略リスク、オペレーショナルリスク、レピュテーションリスク、コンプライアンスリスク、信用リスク、流動性リスク、金利リスク、価格リスク
村上 美樹
スーパーバイザー, PwCあらた有限責任監査法人
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
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