医彩―Leader's insight

第12回 MA活動変革化への道――インパクト分析で実現する可視化と最適化

  • 2025-10-07

組織の変革を推進するリーダーの思考に迫り、ヘルスケアの未来をともに創り上げるためのnext agendaを深耕するLeader's insight。第12回は、エーザイ メディカル本部の中村浩二氏を迎え、最新のAI統計解析によってMA(メディカル・アフェアーズ)活動の価値を可視化する先進的な取り組みと、その背景にある戦略思想を掘り下げます。MA活動の成果を「見える化」し、ビジネスとの関係性を再定義しようとするエーザイの挑戦は、日本のMAにいかなる進化をもたらすのでしょうか。

(左から)船渡 甲太郎、中村 浩二氏、西渕 雄一郎

登壇者

エーザイ株式会社 メディカル本部 メディカルエクセレンス部 部長
中村 浩二氏

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
船渡 甲太郎

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
西渕 雄一郎

エーザイMA本部の特徴と取り組み

エーザイ株式会社 メディカル本部 メディカルエクセレンス部 部長 中村 浩二氏

船渡:
はじめに、エーザイでメディカル・アフェアーズ(MA)機能を担われているMA本部について教えてください。

中村氏:
製薬企業による顧客医師への情報提供活動の必要性や価値が低下しているなか、エーザイMAでは活動のフォーカスを情報提供活動からエビデンス創出へとシフトしてきています。私たちの注力領域はがん、神経、免疫などの分野ですが、診療や薬剤使用におけるエビデンスの重要性は増すばかりです。エーザイではMSL(メディカルサイエンスリエゾン)はフィールドメディカル活動だけではなく、本社での戦略立案やデータ構築にも深く関与しており、この点が特徴的です。すなわち、エビデンス創出を分業ではなく、各MSLが企画から実行、論文発表まで、責任を持ってやり遂げます。

船渡:
一般的には、MSLの職務はKOL(キーオピニオンリーダー)の先生への情報提供とインサイト(意義のあるメディカル活動につながる重要知見)の取得までです。MSLにそれ以降の活動、いわゆるオフィスメディカルの役割まで併せ持たせているのはなぜでしょうか。

中村氏:
1人のMSLがKOL医師の疑問や要望(アンメット・メディカルニーズ)の汲み上げから、必要な研究の企画、実行、発表までを一貫して行うことによって、最も迅速で的を射たエビデンス創出が期待できます。また、エーザイのMSLが単なる情報提供者ではなく、エビデンス創出の実行者でもあることをKOL医師に理解していただくことで、より具体的で深い対話をしてくださる可能性があると考えます。私たちは、どれだけ質の高いエビデンスを生み出せるかが重要であり、例えば面談回数といったような業績評価指標(キーパフォーマンスインジケーター)は設定していません。

船渡:
一貫したエビデンス創出は理想的ですが、実際の運営には困難もありそうです。MA本部の組織や人材にはどのような特徴がありますか。

中村氏:
メンバーの多くは新卒からの生え抜きであり、エーザイの企業文化を理解した人財を丁寧に育成するという方針です。他社が医師(MD)や博士(PhD)といった学位取得者を積極的に中途採用している状況とは対照的だと思います。それでも、論文執筆や統計解析などに専門性を持つMA本部内の他部署とも連携しながら、「これから必要とされるエビデンスは何か」との問いかけから始まる効果的なエビデンス創出体制を実現しつつあります。

MA活動の「見える化」とインパクト分析

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 船渡 甲太郎

船渡:
今回、PwCコンサルティングはエーザイMA本部におけるMA活動のインパクト分析をPoC(概念実証)として支援させていただきました。この試みの背景や動機について、改めて教えてください。

中村氏:
ひとつには、社内においてMAのビジネス貢献を明確に示す必要がありました。MA活動はその結果や効果に測定不能なものが多かったり、研究の実施や論文作成には非常な長期を要したりするため、社内における存在意義が理解されがたい傾向があります。インターネット上での情報の普及や、コロナ禍での医療情報提供活動の更なる制限なども、医療情報提供機能としてのMAの貢献を低下させる要因となります。そこで、MAの価値の「見える化」が必要と考えました。

西渕:
PwCコンサルティングが開発した「MAインパクト分析」は、MAの活動成果を可視化および定量化することが目的です。これまでMA活動の価値が見えにくいと言われていたのは、日々実施されるMA活動と最終的な期待成果(アウトカム)との間に極めて複雑な相互関係が想定されるからです。このような従来は困難だった多要素間の因果推定が、AI(人工知能)を駆使した適切なモデリング手法による統計解析によって可能になりました。

船渡:
今回のPoCでは、「製品の売上額」をMA活動による期待成果(アウトカム)の指標とされました。MAの原則は営業活動から独立し、販売促進を目的としないことですが、分析上とはいえ製品売上の増加をゴールとして定めることに躊躇はありませんでしたか。

中村氏:
MAの原則や業界ルールの遵守は大前提ですが、業界内でも「MAはビジネスのことを考えてすらいけない」といった過度なスタンスへの疑問は広まりつつあると感じています。メディカル戦略においては製品や疾患に応じた適切で科学的なアプローチを採りながらもブランド戦略にアラインすることは当然ですし、必要な患者さんに治療が届くことを反映する現実的なデータとして、「製品売上」は妥当だと考えました。

MA活動インパクト分析の結果から見えてきたこと

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 西渕 雄一郎

西渕:
実際の結果についてお伺いします。MA本部に蓄積されていたさまざまな活動記録のデータと、期待効果の指標である製品売上データとの因果関係やその強弱について、異なる5つの製品・疾患領域において解析を行いました。結果をご覧になり、どのような感想を持たれましたか。

中村氏:
インパクト分析の結果として、まずはMA活動がすべての製品の売上増加において一定以上の効果を及ぼしていることが明確に示されました。なかにはMA活動による売上寄与が30%程度にも及ぶと推定された製品もありました。また、製品や疾患によって、MA活動の種別、すなわちKOL面談、研究活動、パブリケーション、学会セミナーといった個々の活動から得られる効果の程度が全く異なることも分かりました(図表1)。何よりも、MA活動の効果やその程度が「製品売上への寄与」という形で可視化・定量化されたこと自体が非常に画期的でした。

図表1:MA活動による財務指標への寄与効果(%)

船渡:
PoCは達成されたと言えますね。

中村氏:
はい、MAインパクト分析の手法が有効であることは確認できました。製品や疾患ごとに示された差異の多くは私たちの実感とも合致し、多くは状況や特性から納得可能なものでした。この点は、非常に興味深く、示唆に富んだ分析結果であったと考えています。

西渕:
今後、MAインパクト分析はどのように使われますか。

中村氏:
今回は解析対象のデータが限定的だったことと、新たな仮説や興味も生まれてきたことから、追加的な分析の実施を考えています。具体的には、個々のMA活動とその効果の関係を深堀りする、例えばKOL面談であれば、面談内容や面談形式によってどのような因子がどの程度の影響を受けるのかなどを解析したいと考えています。また、今回の結果を受けて、今後は製品ライフサイクルや疾患ニーズを柔軟に捉えたメディカル戦略を構築するとともに、他部門との連携や役割分担も最適化していきます。MA活動の効果はMAインパクト分析のような手法で随時検証され、合理的なKPI設定や組織リソース管理などへも活用されるのが理想的だと思います。

MAの新時代――可視化と成果志向の達成に向けて

船渡:
最後に、製薬業界における今後のMAの在り方について、お考えをお聞かせください。

中村氏:
MA活動はこれまで、「やること自体」で終わりになりがちでしたが、これからは目的や活動成果をさらに明確に意識する必要があります。そこで活動を一元管理しておき今回のような検討が可能な土台を整えておくことが重要です。同時にMA活動の価値の「見える化」に向けて、活動の評価・検証の必要性を社内風土・価値観として根づかせることも重要になってきます。

西渕:
PwCコンサルティングも製薬各社との議論を通じて、MSLはじめMA活動の「見える化」に対する関心の高まりを感じています。私たちも「MAインパクト分析」を業界標準に引き上げるべく支援を行い、効果測定や最適な活動計画の立案に注力しています。

中村氏:
日本のMA活動は今、確実に転換点を迎えています。これまでのコンプライアンス最優先から価値創造と成果志向へとシフトし、自社への明確な貢献も求められます。医療現場では、エビデンス不足による医師の処方自信が欠如する「エビデンスギャップ」が認識されており、この課題解決を助けるのはMAの任務です。データに基づいた戦略的なMA活動の展開や効果測定の標準化など、今回の取り組みが製薬業界全体でのMAの質的向上を促し、疾患や患者さんの予後改善につながることを期待しています。

船渡:
本日は貴重なお話をありがとうございました。

執筆者

船渡 甲太郎

マネージングディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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西渕 雄一郎

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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