緻密な成長戦略・実行計画を策定したはずなのに、期待した成果が出ない。この「絵に描いた餅」問題とその浸透策は長らく指摘されてきた古典的な話です。その上で、今回改めてこの問題を取り上げる背景には、急速に変化する雇用環境(雇用の流動化)と、それに伴う「人的資本」をいかに生かすかという視点(人的資本経営)への注目があります。雇用の流動化が進み、以前のように社員が企業に長く勤めることを前提にはできない・会社へのコミットメントを前提としにくい時代になっています。そのため、各社員の能力や意欲を最大限に引き出し、組織全体の結束力やエネルギーを高めることが、これまで以上に重要となっています。戦略策定から実行までの一連の過程を「会社への納得感を高める機会」と位置づけ、組織全体のエンゲージメントを上げられるかどうかが、企業の競争力を左右しつつあるといえます。
戦略自体がどれだけ優れていても、主に以下の図表1に示す要素が絡み合うと「絵に描いた餅」と化してしまいます。
図表1:戦略が「絵に描いた餅」になる要因
上記の要因を解消し、戦略を実行へ結びつけるためにはいくつか有効なアプローチが存在します(図表2)。
図表2:戦略を実行へ結びつけるために有効なアプローチ
ここで特に注目したいのは、中計策定そのものをチェンジマネジメントの手段と捉え、あえて時間をかけて全社を巻き込むアプローチです。「書面」としての中計だけに価値を置くのではなく、「策定や見直しのプロセス」を通じて組織が変化し、新たな知恵と行動を育むことにも価値を置くことが重要だと考えられます。経営層から現場までが一緒に考え、対話し、学び合うプロセスを意図的に設計すれば、戦略は自ずと実行力を備えていきます。とくに、不確実性の高い時代だからこそ、「計画を作って終わり」ではなく「計画を軸に組織が変わり続ける仕組み」が大切になります。
※支援実績を基にした架空のケースです。
中計策定プロセスこそが変革の場になる、という考えを実践したA社の例をご紹介します。
A社では、前回の中計を経営企画部門と数名の役員が中心になって短期間で策定しました。計画自体は明快で、成長市場への新規参入や、収益力を向上させるための明確な施策が盛り込まれていました。しかし、多くの役員・本部長が策定プロセスに深く関わっていなかったため、「自分たちで作った計画ではない」という認識を持ち、推進力が弱まりました。結果、部門間の連携や新規施策が進まず、部門ごとの施策がバラバラに進められ、当初期待された目標を達成することはできませんでした。
こうした課題を踏まえ、A社は次期中計の策定プロセスを抜本的に改革しました。まずは戦略の骨格を少人数の役員と経営企画部門が迅速に作成。その後、細部は全役員・本部長が参加し、各部門や現場の知恵を反映させながら再構築しました。これにより、骨格の一貫性を保ちつつ、各部門の視点や意見が反映されることで、経営陣全体の納得感と当事者意識が高まりました。「押し付けられた戦略」から「共に作り上げる戦略」へと意識が変化したのです。
さらに、戦略の理解と共感を深めるために、社長を含む本部長以上全員が参加する2泊3日の「役員合宿」を開催しました(図表3)。この合宿は、参加者同士が互いの価値観や考えに触れ、自身をさらけ出すことで率直な意見交換ができる関係性を築くことを目的としました。その上で、社長が戦略の背景や未来への想いを直接語り、参加者一人ひとりが戦略への理解を深め、中計実現に向けた連携体制を強化する場としました。思考=頭で考えて、役割を演じているうちは言動に力が宿りません。図表4に示すように、頭だけで考えずに心や感覚にも目を向けることが重要であるという考えのもと、心理学や脳神経科学の知見を生かして、感性に働きかけるワークショップも複数行いました。
図表3:役員合宿のコンセプト
図表4:効果的なメッセージの伝え方
このプロセスを通じて、経営陣の期待と本部長層の期待のギャップや、営業フロント部門とコーポレート部門間の役割期待のズレも可視化され、議論を通じて埋められました。そして、役員一人ひとりが自らの言葉で戦略を語り、部門ごとにリーダーシップを発揮するようになりました。現場では、部門を越えた連携が生まれ、各部門が中計の目標を自分たちの行動に落とし込む動きが見られるようになりました。結果として、次期中計は図表5に示すような事象やリスクを回避し、単なる経営企画部門主導の計画ではなく、幅広い経営陣が「自分事」として共感し、主体的に推進する計画となったのです。なお次期中計では前回の中計から経営戦略や経営体制を大きく変更することを決めました。上記のようなプロセスを通じて互いの価値観や考えを理解し、連携を強化できたからこそ、主体的な推進ができたといえます。
図表5:想定された事象・起こり得たリスク(一部)
AIの発展や経営環境の激変に対応するため、中計廃止や短サイクルでの計画策定に移行する企業も増えてきました。しかし、計画書そのもののみならず、その策定プロセスを通じて組織全体が対話し、学び合い、新しい行動や考え方を生み出していくことにも価値があるということは忘れてはいけません。経営層から現場までが一緒に考え、互いの経験やアイデアを引き出しあう場を意図的につくることで、戦略は「自分たちのもの」になっていきます。AIによる分析や高度なデータ活用が進む時代だからこそ、人間同士の共感や学び合いが企業の競争力を左右します。
こうした考えを踏まえて戦略策定のあり方を捉え直すことで、戦略は机上のプランから脱却し、組織変革をリードする原動力になっていくのではないでしょうか。
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