2021年8月にFATF(Financial Action Task Force:各国のマネー・ローンダリング/テロ資金供与対策<AML/CFT>などの審査機関)から公表された日本に対する第4次相互審査結果は、要監視の最悪の水準とはなりませんでしたが、合格水準である通常フォローアップ国の水準には至らず、重点フォローアップ国となりました。この結果、日本は結果公表後の5年間のうちに3回の改善状況のフォローアップ報告を実施することが求められましたが、今般、2024年10月に3回目のフォローアップ報告結果が公表され、日本のFATF第4次相互審査対応は完了し、すでに開始されていた第5次相互審査の対応が本格化することになります。
本稿では、日本の改善対応状況と第3回フォローアップ報告結果を概観するとともに、今後、金融機関に求められる対応を確認します。
FATF第4次相互審査において、各国は法令等整備状況とその運用状況(有効性評価)の2軸で評価されますが、日本はいずれも未達成項目数を合格基準まで抑えられませんでした。日本は過去2回のフォローアップ報告で法令等整備状況の改善を進め、第1回フォローアップ報告の結果が2022年9月、第2回フォローアップ報告の結果が2023年10月にそれぞれ公表されました。
第1回のフォローアップ報告では、日本政府による「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策の推進に関する基本方針」(2022年5月/マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議)の策定等が評価され、法令等整備(テクニカルコンプライアンス)における「勧告2(R2)国内関係当局間の協力」が「概ね適合」(LC)に改善しました。また、第2回のフォローアップ報告では、FATF勧告対応法や継続的顧客管理の制度化、関係省庁の監督対応などが一定の評価を受けて、法令等整備状況の改善は相応に進み、「勧告24(R24)法人の実質的支配者」など法令等整備に関する4項目が「概ね適合」(LC)に改善しました。
第3回のフォローアップ報告では、法令等整備の「勧告7(R7)大量破壊兵器の拡散防止」、「勧告8(R8)非営利法人」、「勧告12(R12)PEPs(重要な公的地位を有するもの)」「勧告25(R25)信託等の実質的支配者」、「勧告22、23(R22、23)DNFBPs(特定非金融業者等)の顧客管理・疑わしい取引届出」の合格水準未達の「一部適合」(PC)であった計6項目が合格水準の「概ね適合」(LC)に改善しました(図表1)。
各項目で課題は残るものの、法令等整備40項目については全て合格水準を達成しました。なお、FATF加盟の38の国・地域のなかで法令等整備40項目全てが合格水準をクリアした国・地域はなく、法令等整備は概ね完了したといえます。
日本の第4次相互審査のフォローアップ報告は完了し、次回は2028年8月に予定されている第5次相互審査となります。第5次相互審査に向けては、AML/CFTの態勢整備後の2024年4月以降進められている実効性向上策の加速が必要となります。
第5次相互審査では有効性評価項目(Immediate Outcome/IO)を中心に検証することがFATFから公表されています。すでに、主戦場は変わっており、法令等整備項目はあまり意識されていないともいえます。今回の結果によって、日本の金融機関等に対して5次審査に向けての要請が削減される、水準を下げられる、といったことは全くないといえます。
また、日本は有効性評価について他国に比べて劣後しています。有効性評価項目11項目のうち未達項目数は8項目と主要国のなかでは目立っており、総合的にみれば合格水準に至らず、監視対象国となる一歩手前です(図表2)。
また、国として第5次審査で合格水準となるには、未達項目を5項目以下とし、さらにLEという最低評価を1項目も取らないようにすることが必要です。金融機関等は、すでに進められている実効性向上を図るための対策を、FATFから法令と同等の強制力を持つと評価された金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)等に沿って進めることが必要です(※1)。
日本としては、今後、第5次相互審査に向けて「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策に関する行動計画(2024-2026年度)」(以下、新行動計画)への対応が官民ともに最も重要となります。新行動計画は、これまでの計画が2024年3月末を期限としたものであったことから、マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策政策会議(FATF対応のための省庁横断組織)が新たに策定した計画です(図表3)。
注)背景が色付きは、とくに金融機関に関係する分野
(出典)「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策に関する行動計画(2024-2026年度)」(財務省)(https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/councils/aml_cft_policy/20240417.pdf)を基にPwC作成
従来の計画と比べると、以下の特徴がみられます。
また、FATFは、第5次相互審査から金融機関とDNFBPs(特定非金融業者及び職業専門家)を別々に評価するように有効性評価項目のIO3とIO4を監督と予防措置から金融機関等の監督・予防措置、DNFBPsの監督・予防措置へと業態別に組み替えました。新行動計画も、これに合わせて策定されており、不動産業者や士業に対する監督官庁の指導が強化されていくことが想定されます。
以下では金融機関等に深く関係する項目において留意すべき課題について解説します。
本項目は金融機関の運営実態を確認するもので、金融機関が最も注意すべき項目です。予防措置に関して、最も重要なのはリスクの特定評価・低減措置の実効性が上がっているかを検証する「有効性検証」です。
金融機関は、整備した態勢を基に実効的なAML/CFT対策を実施しているかを検証するにあたり、全社的なPDCA管理態勢を確立し、組織を整備したうえで、リスク特定・評価、顧客管理、モニタリング、疑わしい取引届出等の実務について、それぞれが有機的なつながりを保ちつつ円滑に実施することが求められます。そして営業部門、管理部門、監査部門の3線管理態勢をてこにAML/CFTプログラムを機能させることが必要です。また、個別のオペレーションが有効に機能しているかを個々に検証する必要があります。例えば、取引モニタリングシステムの場合、システムから抽出されるアラートの検出条件を調整し、アラートの発生を抑制しつつ、過去に届出した疑わしい取引パターンを最大限取り込んでいるかといった確認を、定期的に試行錯誤を繰り返しつつ実施しなくてはなりません。
有効性検証に関しては、ガイドラインの有効性検証に関する項目の文意をしっかり理解して対応することが必要です。2024年6月に金融庁が公表した「マネー・ローンダリング等対策の取組と課題」には好事例が列挙されています。また、データ整備をベースとした取引モニタリング・フィルタリング態勢の整備により、リスク評価・低減措置の高度化を図れているか、こうしたサイクルが全社的に機能しているかを検証することを求めています。
また、有効性検証と同様に重要となっているのは、急増する金融犯罪への対策です。SNS型投資詐欺などの金融犯罪が沈静化せずに高水準で推移すれば、金融機関等の予防措置の実効性が上がっていないとされ、FATFのIO3の評価に悪影響を及ぼすとみられます。なお、金融犯罪への対応の主要業務である口座凍結や財産回復(補償・分配等)は、IO8の主要課題であり、対応結果がIO8の評価にも影響を及ぼすことに留意が必要です。
このほか、PEPsに関しては、国内PEPs・国際機関PEPs(以下、国内PEPs等)をガイドライン・FAQにてリスク評価の対象であると明示した結果、FATFからは、「国内PEPs等は『特定の顧客カテゴリー』として認識している」と評価され、法令等整備(勧告12)は「概ね適合」(LC)となりました。金融機関としては、国内PEPs等について、リスク評価において特別な顧客として相応に調整し、リスクに応じた低減措置を実施することが最低限求められることになります。
実質的支配者の確認態勢の構築を求める項目であり、第5次相互審査に向けて、内閣府・規制改革推進会議は、関係省庁に対して実質的支配者の登記制度の整備等を提言(2023年7月)しました。その後、第2回フォローアップ報告(2023年10月)では、FATFから「法令と同等の強制力のあるガイドラインにて実質的支配者の確認を含む継続的顧客管理が規定されていることが登記制度を補完・代替する手段として機能している」と評価され、法令等整備項目の「勧告24(R24)法人の実質的支配者」は「概ね適合」(LC)とされるなど、法令等整備は一定の評価を得ることになりました。これを受けて、2024年5月に規制改革推進会議意見の検討結果として「特定事業者への情報照会システムを利用して、特定事業者が取引時確認等で得た実質的支配者情報やその他の顧客情報についても、当局が把握するために必要なシステムを整備する(警察庁・金融庁担当)」との方針が打ち出され、新行動計画でも「金融機関等の実質的支配者情報等の活用(登記の代替手段)」が採用されました。
日本の実質的支配者の登記制度(実質的支配者リスト制度)を利用した登記は任意であり、網羅的な確認のため、民間の継続的顧客管理による確認等の代替手段も活用していくこととなります。本項目の実効性を上げるために、金融機関等はガイドラインに則り継続的顧客管理を通じた実質的支配者の確認を精度高く実施していくことが求められると考えられます。
テロ資金供与、拡散金融対策に関して、第三者を介した制裁対象者等への資金供与など、いわゆる「制裁逃れ」への実効的な対策が金融機関に求められています。
日本では、外為法が改正され、2023年6月に制裁対象者の第三者を介した取引の禁止を明確化したほか、2024年4月には外国為替取引等取扱業者に対して制裁対象者対応・拡散金融対策に関する態勢整備、リスクの特定・評価、低減措置の実施を求めることを規定しました。財務省は施行に当たって2023年11月に新たな外国為替検査ガイドラインを制定しており、2024年3月には拡散金融リスク評価書を公表しています。
金融機関等は、法令に則り、対策の実効性を上げるため、法人の役員や株主、商流全体の適時・適切なフィルタリングと取引回避・凍結、リスク評価書への拡散金融リスクの反映、3線管理による防止態勢の適切な運用など、高度な対応が求められることになります。
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日本のFATF第4次相互審査は終了、法令等整備に関しては合格水準となったとえいます。次は2028年8月の第5次相互審査となりますが、金融機関は2024年3月期限で整備された態勢の運用面が厳しくみられることに変わりはなく、実効性向上のためのさまざまな対策が引き続き求められます。日本は本格的なAML/CFT対応のスタートラインに立った段階で、主要国に比べて劣後していること認識する必要があります。
さらに、第5次相互審査はすでに始まっているといえます。書類審査はFATF審査の1年前(2027年)に実施されるとみられますが、その際、民間の対応状況の資料(書類審査前の数年分)が確認されます。実質的な国際公約であった態勢整備期限を越えたことや第4次相互審査が完了したことに安心できる状況ではなく、引き続き緊張感を持った対応が官民ともに求められていると言えます。
※1 FATF第4次対日相互審査報告書では「金融監督当局は、2018年及び2019年に、金融機関に対して強制力のあるガイドラインを採択し、これは、金融機関によるマネロン・テロ資金供与リスクを低減する措置の実施を向上させるために重要なステップとなった。」と評価された。