日本の資産運用会社を取り巻く環境―取り組むべき課題と対応策

2021-10-07

「貯蓄から投資へ」という政策スローガンのもとNISA・積立NISA・iDeCoなどの個人資産運用を促す制度の拡充や、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大による一時的な株価急落から一転、バブル期を彷彿とさせるような高値への上昇というドラマティックな相場展開により、資産運用業界は若年層を含む新たな投資家から注目を集めています。

市場環境は追い風を受けていると言えますが、一方で相変わらずゼロ金利、低手数料という厳しい状況でもある中、金融庁は資産運用高度化に係る提言を発信しており、資産運用会社にとって、中長期にわたって持続可能な運用成果を上げるための運用力の強化および効率化は、重要なテーマとなっています。

運用会社へ機能集約が進む日本

日本国内では資産運用高度化に向け、金融機関各社はグループ内の資産運用機能を傘下の運用会社に集約し、グループ全体でビジネスを強化する動きを加速させています。

(A)運用会社の裁量と独立性の確保

販売機能を有する金融グループ内で、運用子会社の一定の独立性を確保するため、運用子会社の経営体制において親会社の業務執行担当役員との兼務を解消するとともに、グループ外の運用会社で経営の経験がある人材を社外取締役に登用するなど、運用力重視の業務運営を志向しています。

(B)幅広い顧客ニーズにグループとして対応

例えばオルタナティブ資産の運用も含め運用子会社へ集約することで、運用子会社が扱うアセットクラスを拡充し、顧客ニーズに合わせた商品組成・運用を可能にしています。

(C)グループ内効率化

グループ内で重複するフロント・ミドル・バック業務を運用子会社へ集約し、効率化を推進しています。例えば銀行系グループでは、もともと親会社が法人向け事業、子会社の運用会社が個人向け事業をカバーしていたため、それぞれの機能を持ち寄ることで再構築が可能となり、重複システムの一本化によるコストシナジーも見込んでいます。さらには、同一投資先の分析をグループ内で共有・有効活用することにより、運用の効率化を図ることができ、さらにより多くの投資先を選定・拡充することで、将来的なパフォーマンスの向上を目指すことが可能となります。

(D)運用人材の高度化

グループ内に点在する運用部門を運用子会社へ集約して人材を集中させることに加え、人材を定着させるための人事制度の構築(プロパー化など)、運用の要となる専門家への育成やスキル開発を促進しています。

取り組むべき課題と対応策

運用力強化と効率化に向け、グループ内の運用機能を集約するにはさまざまな取り組みが必要ですが、真の目的とすべきは、その運用会社の運用成果を上げ、ビジネスに寄与する会社にすることです。ルールや仕組みを作るだけでなく、実効性のあるものにするために、前述の取り組みにおいて想定しうる課題と対応策について考察します。

(A)運用会社の裁量と独立性の確保

  1. 課題「運用会社の役割や位置づけ、方向性が曖昧」     

    一定の裁量や独立性は確保され、運用力重視の運営体制が構築されたものの、グループ内における運用会社の役割や位置付け、方向性が曖昧だと運用方針が定まりません。結果として成果の改善や、会社の成長に繋がらないという問題が生じると想定されます。

  2. 対応策「グループの一員として資産運用を実行する意味(パーパス)の共有」

    誰のため、何のために資産運用を行うのか、また、それをなぜ金融グループの一員として行うのかの意味(パーパス)を議論し、グループ内、運用会社内で共通認識を持つことが重要です。

(B)幅広い顧客ニーズにグループとして対応

  1. 課題「商品やクロスセルに対する理解不足」

    例えば不動産商品であれば、国内運用会社は不動産投資会社が主なプレーヤーとして以前から存在することなどを理由に敢えて扱わってこなかった経緯や、プライベート・エクイティに関しては欧米に比して歴史が浅く特に大手運用会社は十分な人材を投下してこなかったことなど、商品のカバレッジについて十分なケイパビリティが備わっていないという問題が考えられます。また、顧客との接点となる証券や銀行、特にオルタナティブ領域の知識を有する人材は数少なく、クロスセルの機会が不足する問題が生じると想定されます。

  2. 対応策「海外運用会社や国内プライベート・エクイティ、不動産投資会社との協業」

    運用会社側では、まずケイパビリティを有する海外運用会社や不動産投資会社、国内プライベート・エクイティとの協業などにより、カバレッジの拡大を検討すべきです。そのためには、優良な協業先を発掘・選定するための目利き力を高めていく必要があります。また、協業を通じた人員の相互派遣や教育的交流により、自社のケイパビリティ育成を計画できると考えられます。

(C)グループ内効率化

  1. 課題「リソース配分の偏り」

    機能を集約したものの、重複していた業務に対するリソース配分が過多となったり、新たな成長領域へのリソースが不足したりし、業務量と人員数に偏りが生じることが想定されます。また機能の集約を通じて、扱う商品ラインナップの拡大が予想されますが、実際の業務量が増加することをあらかじめ考慮できていない場合、チームによっては人員不足となることも十分に考えられます。

  2. 対応策「新組織・機能に合わせた体制・システム・人員の再配置」

    集約後に始める新業務を想定した業務量を試算しつつ、既存業務は重複を極力なくし、適切に人員を配置することが必要です。また、前項に上げた幅広い顧客ニーズに対応するため、成長領域として拡大する新たなオルタナティブなどの領域へ配置転換し、会社の成長を共に担うチームを形成して会社と人員がともに進化するための計画に落とし込むべきでしょう。加えて、継続的にモニタリングすることで、適時適切に調整していくことが重要です。

 

(D)運用人材の高度化

  1. 課題「人の寄せ集めによる共通理解・認識の不足に伴う、モチベーションの低下」

    運用会社の位置づけや方向性といったパーパスに対する共通理解・認識がないまま部門やチームを統合すると、一体感や目標を共有できずに、社員のモチベーションが低下するという問題が生じると想定されます。

  2. 対応策「企業文化の創造・意識改革および、報酬体系・インセンティブなどの見直し」

    まずは運用会社のパーパスを設定し(Aの項目と関連)、部門・チームの目標に落とし込み、メンバーと共有することで共通理解を獲得します。また、チームで定期的に課題認識や対応策を議論する場を設け、相互理解を深める活動を検討します。さらに、専任化するなどの人事制度と合わせた報酬体系や、個人の目標達成度合いに応じたインセンティブ制度の見直しを行います。
資産運用機能の高度化を可能とする ドライバーの例

資産運用業界は、厳しい環境に置かれながらも、制度的後押しや顧客ニーズの高まりといったポジティブな潮流の中にあります。グループ内の機能集約のメリットは、顧客ニーズに合わせた商品・サービスの拡充や、グループ全体の業務・システムの効率化、人材の確保など多岐にわたります。グループの運用機能集約後の運用会社が、グループ全体でのビジネス成長に寄与するという真の目的を達成するためには、運用会社としての目的や目指す姿の共通認識を持ち、その共通認識に基づいて各施策を実行、運営できる組織体制や人材、スキルを備えることが肝要です。

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